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魔王からの刺客

 そんなことがあったために負った心の傷は、癒やす暇もなかった。私はすぐに任務を言い渡されてしまった。


「はぁぁ…」

「おいおい溜め息つくなよ」


 溜め息もつきたくなる。何で私はこんなことをしなくてはならないのか。

 美佳さんから言われたのはロードとパトロールをしろとのことだ。勿論本当の意味でのパトロールではない。 何とか急いで基地の移設をするから、それまでの時間を稼いでとのことだ。昨晩にはバレていたのだから、引っ越しは既に手掛けてはいるようだ。優斗さんと幸樹さんがいなかったのもそのためだったとか。


 目的も方法も合理的ではある。でもそれで喜んで納得することは出来ない。


「面倒だなパトロールってのは。正義の味方はいつもこんなことしてんのか?」

「別にいつもじゃないけど。たまには」

「やめだやめ。こんなのただの時間と体力の浪費だ。いざ戦うときにバテちまう。それより海でも行こうぜ」

「はぁ?」


 いったい何を言い出すのか。パトロールをほっぽって遊びに行こうという。美佳さん、やっぱりロードは正義の味方にはなれません。


「行かない」

「何でだよ。行こうぜ、な」

「な、じゃない。正義の味方は遊んでる暇はないの」

「正義の味方って意外に面倒だな」


 早くも正義の味方の面白味をなくしたらしく、わざわざ舌を打つロード。絶対正義の味方には向いてない。まだまだ新米の私でもそう確信できる。


「きゃああ!」

「うわあぁぁ!」

「な、何?」


 叫ぶ声が聞こえたのは、スクランブル交差点を渡っているそんな時だ。いったい何なんだと声がした方を見てみれば、何と後ろから戦車が暴走していた。


「え、えぇ?」


 住民の人たちは見事に逃げ切ってくれているようだが、乗り捨てた車も何もかも全部押し潰してくるのだから驚きである。まずい、このままじゃあ私たちも逃げないと。そう思ったところ、意外にも戦車は私達の前で止まった。


「何だお前か」


 と、冷静にロードが返す。何でそんなに落ち着いているんだろう。


「し、知り合い?」

「弟だ」

「えぇ?」


 二度びっくり。パカリと上にある扉が開いた。そこから出てきたのは黒い甲冑に身を包む青年だった。顔は普通にさらけ出しているが。


「見つけたよ兄さん!」


 この人が弟のようだが正直似ていない。


「何の用だ? カルマ」

「分からないわけないだろ。父さんからの勅命でね。聞けば悪を止めて正義の道を行くらしいじゃないか」

「それがどうした」

「父さんはカンカンだよ。兄さんを連れ戻すために僕が駆り出されたってわけだ。ま、拒否するようなら次期魔王といえども殺していいらしいんでね」


 何だか悪の方は悪の方で大変みたいだ。私には何が何やらで口を挟むこともままならない。


「なるほど? それで俺を殺せばお前が次期魔王ってんで喜んでるわけだ」

「な、な、何を言うんだ兄さん。ぼ、僕は兄さんに戻ってほしいだけで、魔王になるチャンスだからって、問答無用に殺しに来たわけがないだろう……」


 ほ、本音がだだ漏れだ。さらに弟のカルマからは滝のような汗がぶわっと流れていた。正直滝のような汗って始めて見た。


「まぁどういう思惑かは関係ねぇよ。俺は戻るつもりはねぇし、てめぇが俺に勝てるわけねぇからな」

「過去のことを持ち出してるならそれは間違いだよ。今や僕は兄さんより強い」

「へぇ、言うようになったな。かかって来い。遊んでやるよ」


 ちょいちょいと指でロードは挑発する。それを見てカルマは、冷静に笑みを浮かべた。


「驚くにことになるよ兄さん」

「面白い冗談だな。あ、親父!」

「なっ……」

「えっ!」


 ロードが突如指差して叫ぶ。ロードのお父さんってことは魔王だよね。ロードの弟も私も驚いて指差す空を見据えた。


「あ、あれ?」


 反射的に注視したわけだが何もいない。てっきり飛行艇でも来ていたのかと思ったけど。もしかして姿を消したのだろうか。

「ロード? いったい……」


 尋ねてみたところ、ロードはめいいっぱい悪の顔で笑っていた。……何て悪い顔だ。


「は、馬鹿め」

「し、しまっ……!」


 何と隙を狙ってロードは攻撃を仕掛けた。瞬時に手にする大剣で、戦車を一刀両断にしたのだ。そして同時に斬り上げられるロードの弟。その衝撃により、カルマは空を舞っていた。


「……ぐ、くそっ……。何て卑怯なんだ。またこんな、同じ手に引っかかるなんて……」

「はっはっは! 俺に勝とうなんざ百万年早ぇ!」


 相変わらず強い。けど卑怯だ。子供が見たら泣いちゃう。ロードは絶対正義の味方になっちゃ駄目だと思う。


「ぐふっ……。は、ははっ、甘いな兄さん」

「あ?」


 どさっと地べたに打ち付けられるカルマ。だというのに、息も切れ切れに笑いを零した。


「ぼ、僕を倒したところで、他の兄弟たちがまたやって来るんだ。兄さんを殺すためにね」

「ハ、上等だ。返り討ちにしてやるよ」

「そんなことを、言ってられるのも、今のうちだよ。ほら、空を見てみなよ……」


 言われるまま空を見てみる。


「う、嘘……」


 雲の影から現れたのは、とびきり大きな飛行艇だった。黒く禍々しい形のそれは、まさに空飛ぶ要塞だ。そのあとに続くように、同じく禍々しい形でいくつもの飛行艇が飛んでいた。大きさこそは遠く及ばないものの、その数三十はくだらない群れとなっている。


「ありゃあ、ネオンの艦隊か」

「ろ、ロード!? あんたの兄弟ってあんなにいるの?」


 数の多さ、もとい戦力に私は恐ろしくなる。あんなのを相手にしなければならないのか。


「いやあれ全部じゃねぇよ。ネオンって妹が率いてる軍隊だからな」

「妹!?」


 そんな妹は欲しくない。


「……ごふっ!?」

「とりあえず面倒だから逃げるか」


 瀕死だったロードの弟、カルマは隙を狙っていたようだが、それよりも先にロードに踏みつけられて気絶してしまった。

 ……惨い。

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