悪の道から正義の道へ
「ってことで、引っ越しするわよ」
「ふぇ?」
次の日になると、美佳さんは起きてすぐそんなことを言い出した。
「あ、美味しそうな匂い」
「つまみ食いは駄目です」
今日の当番は私が朝食を作ることになっている。台所で調理していると、美佳さんは手をさし伸ばしてきたので、皿に乗った卵焼きを取られないように避難させた。
「それより引っ越しって何ですか」
「ん?ロードにアジトが見付かったんだから場所変えないとまずいでしょ」
あ、なるほど。あまりのギャップに忘れがちになるけど、ロードは敵の幹部だ。幹部に知られては正義の機関も長くは持たない。
「何処に引っ越すんですか?」
「桜ちゃんは学校もあるし、そんな遠くには行かないけどね」
良かった。なら転校はする必要はないみたいだ。そう私が安心したのも束の間というように、緊急出動の呼び出しがかかった。赤いランプがくるくると回り、騒がしく警報が鳴る。またロードたちが何処かで暴れているようだ。
「桜ちゃん!」
「はい!」
私は元気よく返事して、出動の準備にかかる。
「あ、ごめん。二人はあとから向かうから、それまでお願い」
「えぇえ!? どうしてですか」
危うく転びそうになった。まさかの単独出動に心細くなってしまう。思わず尋ねると、美佳さんは気まずそうに答えた。
「いやそれが。二人には一旦本部に戻ってもらったのよ。色々報告溜まってたし、手続きやらないといけなかったし……」
何だか納得いかないのは、報告やら手続きとかは本来美佳さんの仕事だからだ。私が正義の味方をやるようになった当初、大々的にまかせてもらおうなんて言っていたことを覚えている。無言と訝しげな視線で訴える。
「あ、ほらほら正義の味方は現場に向かう」
ぐいぐいと背中を押され私は催促された。緊急なんだから仕方ない。急いで私は支度を始めた。
現場に着いてみると、同じ姿をした複数の戦闘員が暴れてテロ活動を行って……いるのか?
確かにいることにはいるが、特に悪いことはしていないように見える。
「おい、本当にこれで来るんだろうな」
と、よく見ればロードもいて、パン屋さんに何やら喚いていた。どうやら悪いことをしているのは確かなようで私は急いで向かう。
「ちょっと待ったぁ!」
変身を済ませ、私は勇ましく割り込む。それに気付いたロードたちは振り向いた。
「ほ、ほら来ただろ?」
「あぁそうだな。感謝するぞ」
そう言ってロードと店員さんらしき人は握手を交わす。いや、勝手にロードが店員の手を無理矢理握っただけに過ぎない。店員さんも苦笑いしている。だけどこれはいったいどういう状況だろう?
「よく来たなさく…」
「わぁぁ!」
何も考えていないロードは、事もあろうに名前で呼ぼうとしていた。私は慌てて被せるように叫ぶ。ちゃんと変身しているのだから、合わせてもらわないと困る。それを何とか察したようで、ロードが言い直す。
「こほん。よく来たなモモレンジャー。待ってたぞ」
「待ってた?」
「大事な話があってな。ズバリ、こっち側に来ないか」
「は?」
いまいち言ってる意味が分からない。
「実はな、昨日親父に言ったんだよ。あ、親父ってのはボスな。お前らが最終的に倒そうとしてる相手だ。で、その親父に、俺は桜を嫁にするって言ったんだ」
「………えぇぇ?」
色々と言及するポイントが多い。ロードと魔王って親子だったんだ。いや、ていうか何勝手に嫁とか言ってるんだ。
「するとだな。親父の奴、情報網を駆使して桜を探ったらしい。正義の味方なんか許さんとか言い出しやがった」
そりゃそうだ。身分の差というわけじゃないけど、立場が違うのは明白だ。
「だからだ。俺はこうやって話し合いの場を設けたわけだ」
「ぜんっぜん、話し合いの場じゃないでしょ!」
ただいつものように暴れただけだ。これでよく設けたなどと言える。
「あれ? そうか? まぁいいんだよ。そんなことは」
まぁいいで済まされてしまった。
「とにかく桜。こっち側に来い」
「へ?」
「正義の味方なんてやめて、俺と一緒に悪の道に走ろうぜ」
「絶対嫌」
「…………なにぃ!」
無駄に時間差のある無駄に大きなリアクションで驚いている。
「おい、もしかして今のは断ったのか」
と改めて確認してくるほどだ。こくっと頷くと、固まってしまった。さっきまでロードに脅されていた店員さんが、白い髭を揺らしてきりっと良い顔を作る。そして、ロードの肩をぽんっぽんっと叩いていた。あの人けっこう余裕あるなぁ。
「じゃあ俺悪止めた」
「はい?」
そう言って兜を脱ぎ捨てるロード。さっきからだが、急な行動が多い。
「悪の道が嫌なら正義の道に俺が行くしかねぇだろうが」
いや、諦めるって道もあると思う。
「よーし、今日から俺は正義の味方だ。お、ちょうど良く悪い奴らがいるな」
「え?」
ギラリと光る目は、同じ服装をした手下たちに向いていた。手下たちは当然ながらビビっている。
「おらぁ! 悪は倒~す」
と、自分が引き連れてきた手下たちをどんどん倒していく。
「ロ、ロード様! お止めくださーい!」
「うわあぁぁ!」
美佳さん、私はどうすればいいですか?
悪の手下たちを倒しているロードを手伝うべきか。問答無用に敵を倒す、むしろ悪に見えるロードを倒すべきか。
もうどうすればいいのやら。
そんなことを考えているうちにロードは全員倒していた。
確かに強い。けどこれは酷いと思う。




