戦いは続く
何も起きる気が出ない。学校の机に突っ伏して、私は一週間前の大騒ぎで疲れ切っていた。ついに魔王を倒したニュースは全国的にも報道され、世界は平和が戻ったと喜びに溢れていた。それは凄く良いことではあるけど、それからが大変だった。
「くそっ、離せ。私は魔王だ。こんな扱いが許されると思っているのか!」
「……」
後から聞けば、空に浮かぶ魔王城には強力な敵と、あらゆるトラップが用意されていたらしい。それを、ロードは一撃で沈めてしまった。いろいろと無茶苦茶であるけど、最終目標であった魔王を倒したのは良い事である。ただ、手錠に繋がれて連れて行かれる魔王の図というのは何ともシュールだった。
おまけに、私の隣にいるロード。魔王から見れば息子に対する敵意むき出しの罵倒が凄まじかった。ロードは何処吹く風というように、気にしてなかったけど。
何はともあれ、これで平和が戻ったのだ。今までの苦労から解放されて、こうやって学校の机に突っ伏しても誰にも文句は言われないと思う。
ただ、魔王の最後の言葉が気になる。
「これで終わりだと思うなよ。俺を倒したとしても、第二、第三の魔王がいるのだからな」
どっかで聞いたような台詞ではあったけど、恐ろしい事実である。いや、私は聞かなかったことにしよう。これで私はヒーローと学生の二重生活から解放されるのだから。
気になるといえば、ロードもあのダー何とか号に乗って行方を眩ませてしまった。魔王が捕まったのだから、やはりロードも当然捕獲対象となってしまうだろう。そのため逃亡を図ったのだ。それからというもの、何処で何をしているかは分からない。
朝のホームルームの時間が近付くと、登校してきた人数も増えて少しがやがやと騒がしくなる。その流れに合わせて、ようやく友人の玲奈も教室に入ってきた。そのまま私を見つけると、何やら嬉しそうに頬を緩ませていた。これは何か良いネタを見つけた顔に違いない。
「ね、桜。聞いて聞いて。ビックニュースよ。ついさっき仕入れたんだけど、このクラスにね……」
挨拶も忘れて玲奈が話し出す。新聞部部長としての信念がそうしているのか。すっかり興奮した様子だ。けど、いったいどんなネタだろうと気になるところだが、残念なことにそのタイミングで先生がやって来てしまった。
「よーし、席につけー」
少し気だるげな声調で先生が入室する。仕入れたネタを話せなかった玲奈は、しまったと言わんばかりに顔を歪ませたあと、何故かにやりと口元を緩める。そして、「このあと楽しみにしてて」と意味深な言葉を残して自分の席に向かってしまった。
「何のことだろ」
後で教えてくれるってことだろうか。あそこまで露骨に嬉しそうにしている時って、申し訳ないけどたいしたネタじゃなかったする。まぁそこそこ期待しておくとしよう。
教壇についた先生が珍しく間を持たせる。スゥと息を吸い込むと、大きく口を開いた。
「お前ら喜べ。転校生が来たぞ」
「きたああああぁぁ!?」
クラスの熱は一気に膨れ上がり、ほとんど男子の咆哮で教室中が包まれる。いや、確かに転校生イベントなんて喜ばしいしワクワクするけど、ここまで豹変すると少し怖いものがある。
なるほど。さっきの玲奈は転校生が来るというネタを仕入れていたのかと納得する。
「どんな奴?」
「男? 女?」
「イケメン?」
「バカヤロー。こういうときは美少女って相場が決まってんだ」
席を立って騒ぐクラスメイトたち。もはや女子までテンションは留まることを知らない。とりあえず男子なのか。女の子なのか。皆先生の返答を聞き逃さないように一瞬静まる。
「男だ」
「しらけたー!?」
男子の激しい落胆が起こる。女子のほうはイケメンなのかどうかが問題だと、まだまだ余念は残さない。
「とりあえず入ってもらったほうが早いだろ。おーい赤神。入ってきてくれ」
先生の呼び声に反応して扉が開かれる。出てきたのは、長身痩躯で赤茶色をした髪を振りかざす男の……子……?
「はぁ? ちょっ、な、何で……?」
驚かずにはいられない。転校生として教室に入ってきたのは、まさかのロードだったのだ。魔王軍の幹部として君臨した宿敵である。もちろん戦闘用の甲冑は身に付けていないが、さも当然のように学校の制服に身を包んで現れた。
「桜。待たせたな」
「待ってない!」
「何だ知り合いだったのか?」
「あ、あう……」
反応してしまった私と、私に話し掛ける転校生の図が出来上がってしまう。先生に指摘されるだけでなく、当然クラスの皆も勘付いてしまう。
「え、こんなイケメンと何処で知り合ったの?」
「桜。ずるい」
何がずるいもんか。転校生の振りをしているが、そいつは魔王軍の幹部だ。と言ってやりたい。けど、言ってしまったらたぶんパニックになってしまう。そうなったらロードが何をするか分からない。
それに、ロードが私の正体をバラしてしまう危険性もある。
その時、騒がしい教室のなか、勢いよく扉が開かれた。
「はーい。お疲れさま。新しい副担でーす」
入ってきたのは何と美佳さんである。いったい全体何が起こっているのか。
「え、副担? 俺は聞いてないぞ」
「今しがた決まったんですよ。先生。それよりも……」
つかつかと、美佳さんが教室の中央でと闊歩し、混乱する私の前にやってきた。そしてこっそりと耳打ちする。
「み、美佳さん。どういう……」
「実は困ったことになってね。魔王を捕まえたのは良かったのよ。私も晴れて昇し……こほん、とにかく良かったんだけど、何と魔王のあとを引きついだ奴がこの学校にいるらしくてね。皆で潜入することになったの」
「えぇ? じゃあ何でロードまで……」
「あー、彼は何というか、上に殴り込んだらしく、新たにうちのレッドとして入ることになったの」
「ちょ、何でそんなことに」
「戦闘能力は申し分ないし。トンズラされるよりそばにおいとけって方針ね。私より上からの命令だから。ね、桜ちゃん」
「ね、じゃないですよ」
せっかくヒーロー生活から脱することができると思ったのに、こんなことがあっていいわけない。私が美佳さんから事情を聞いている間に、ロードは自己紹介をこなしていた。
「赤神凍夜だ。好きなことは勝つこと。座右の銘は勝ったものが正義だ。よろしく」
「桜とはどういう関係で?」
「将来を誓い合った仲だな」
「ええええぇぇぇ!?」
「ふ、ふざけんなああぁぁ!」
勝手なことを言うロードを止めないと。その時、またも教室の扉が開かれた。
「こんなところにいたのか兄さん。さぁこの間の続きだ」
「いいえ。私の方が先ですわ。お兄様を倒すのはこの私です」
「性懲りもねぇな。いいぜ。来な」
ロードの兄弟である、弟のカルマと妹のネオンだ。何でこの二人も制服を着ているんだ。
今度は反対に、教室の後ろの扉が開かれる。
「桜ちゃん、お待たせ」
「俺が来たからにはもう安心だ」
白衣を着た優斗さんとジャージ姿の幸樹さんまでもが登場した。え、なにこれ。
「二人も私と同じで先生として潜入してもらう予定なの」
「私は何も聞いてません!」
突如始まる兄弟ゲンカに教室中は大混乱だ。それを止めるべく、優斗さんと幸樹さんも参戦してしまう。
「あ、あと大事なこと忘れてた。ようやく名前決まったのよ。魔王を倒して平和を取り戻す正義の味方。勇者戦隊ブレイブレンジャーとかどうかしら」
「私の平和を返してくださいっ!?」




