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星空の下

「こういうの苦手なんだよなぁ・・・。つか、俺似合わないし」

「そんなことないよ。かっこいいよ、レオ君」

 慣れない正装と、アスコットタイに辟易しながらレオが言い、その横で爽やかなグリーンのドレスを着たソフィアが笑う。

 今、二人は戦勝パーティの本会場へと向かって歩いていた。

 本来であれば、レオはこの手のパーティはサボる質なのだが、今回は戦争を回避させた英雄の一人ということで、直属の上司であるヘクトールから必ず出席するようにと厳命を受けていた。

「レオさん!」

 柱の影から一人のメイドが突然現れてレオの前に胸元から取り出した手紙を差し出した。

「あ・・・あの、コレ、受け取ってください」

 声をかけてきたメイドは手紙をレオに押し付けるようにして渡すと、踵を返して走り去ってしまった。

「んー・・・今の誰だっけか」

「メイドのコレットちゃんだよ。・・・前はレオ君なんて全然眼中にないとか言っていたくせに」

 走り去るメイドを、ため息混じりに見ながらソフィアがつぶやく。

「って、ことはまた手柄に惹かれた子ってことか。結構好みのタイプだったんだけど。あー・・・どっかに手柄じゃなくて、俺自身の魅力に惹かれてくれる子は居ないものかね」

 レオのその言葉を聞いて、ソフィアは身を乗り出すようにして自分を指差す。

「ほらほら、すぐ横にいるよ。ほらほら」

「却下」

「即答!?・・・酷いよレオ君」

「お前の横にいると、俺がやたらと小さく見えるんだよ!俺は平均なのに、お前がでかいばっかりに」

「でかいって・・・」

「デカイだろ。昔は俺より小さかったくせにすくすく育ちやがって。かつて俺の愛した、小さくて守ってやりたくなるようなソフィアねーちゃんは十年前に死んだ!」

「そんな言い方しなくたっていいじゃない・・・」

 そんな他愛のない話をしているうちに、二人は戦勝パーティの会場である中庭へとたどり着いた。

 中庭に出ると、大勢の男性が、二人の女性を取り囲んでいた。一人は前髪の揃った金髪の女性。もう一人は、前髪を斜めに下ろしている青みがかった黒髪の女性だ。

「んー・・・アリスちゃんとオリガちゃん。モテモテだねー」

「え?あれオリガなのか?だって髪・・・」

「つけ毛だね。うんうん。これでオリガちゃんもきっと運命の人に出会えるよね」

「・・・よし、俺が運命の人になろう」

「ちょ、ちょ、ちょ。オリガちゃんわたしと身長変わらないよ。レオ君より身長高いよ」

 オリガの元へと歩いて行こうとするレオの腕を掴んでソフィアが抗議する。

「ソフィア」

「うん?」

「俺、実は身長の高い女性が好きなんだ」

「さっきと言ってることが違うよ!」


「ふむ・・・なにやらソフィアが騒いでおるな」

「また、レオが何かしたんでしょう」

 そう言って真っ赤なドレスを着たリュリュの傍らで男装姿のアンジェリカが微笑む。

 降伏から一週間。一度だけ簡単な検査と思想チェックを受けただけで、アンジェリカは制約なく自由に街や城の中を動き回れるようになった。おそらくリュリュが必死で擁護してくれ、メイも口添えをしてくれたのだろうが、二人とも「そんなことはない」と言い張っているため、アンジェリカは礼を言うタイミングを逸していた。

そして今日の戦勝パーティーまでの間に改めてソフィア達と話をする機会もあり、それがきっかけでアンジェリカはソフィア達と親しくなっていた。

「レオの奴も懲りないのう」

「まったくです」

「まあ、あの二人はアレが持ち味だからね」

「え、エーデルガルド様」

 いつの間にか現れたエドに、アンジェリカは恐縮したように居住まいを正した。

「様はやめてって。別に国があるわけじゃないしさ。わたしはただのエーデルガルドだよ。それにエーデルガルドって長いし、エドって呼んでもらえると嬉しいな」

「そ・・・それはさすがに」

「そっか・・・残念。ところで二人とも、アレクを見かけなかった?」

「アレクシス様でしたら、先程、街のほうを見に行くとおっしゃっていましたが」

「あ、そうか。今夜は街の方もお祭りになっているんだもんね。私もそっちを見に行けばよかったかな。この髪色に戻して正体がバレた途端、今まで話したこともないような人が話しかけてくるようになっちゃってさ、本当に困るよ。しかもあんまり面白くない話ばかりだし」

「人の欲とは、そういうものですよ。それもひと通り終われば落ち着きますから、辛抱なさってください」

「そういうものか・・・あーあ。早く終わらないかな。・・・・ところで、リュリュ。なんでそんな難しい顔しているの?」

「のう、アンジェよ。兄様は誰かを連れておったか?」

「いいえ。お一人でしたが」

 アンジェリカの返事を聞いて、リュリュがますます難しい顔になっていく。

「どうかされましたか?」

「兄様は致命的な方向音痴なのじゃよ。知っている場所ならばともかく、ろくに知らない場所では間違いなく迷うくらいのな」

「え・・・?それってまずいんじゃない?あと30分もしたらアリス達の表彰と、決起演説が始まっちゃうよ。そこでアンと一緒にアレクも演説することになってるのに」

「探しにゆくか・・・しかしリュリュもエドもそれにアンジェも壇上に上がる予定じゃしのう・・・入れ違いにでもなったらそれはそれで面倒じゃし・・・」

「ま、まあでもアレクだって子どもじゃないんだし、きっと街の人に聞いて自分で戻ってくるって」

「・・・だと、良いんじゃがのう」




「すみません、道を訪ねたいんですが」

 後ろから声を掛けられて振り返ったキャシーは声をかけてきた人物に驚いた。

「はい・・・あ」

「君は確か、先週病院で・・・」

「え、衛生兵のキャサリン・ブライトマンと申します!あ、アレクシス殿下におかれましては・・・」

 姿勢を正し、大きな声で殿下などと言い出すキャシーの口をアレクシスが慌てて塞いだ。

「し、しーっ・・・こんなところで皇子だなんてバレたら面倒なことになるからさ。そのことは黙っておいてもらえるかな?」

 アレクシスの言葉に、キャシーはコクコクと頷き、それを見たアレクシスはホッと胸をなでおろしてキャシーの口から手を離した。

「実はね。城への道がわからなくなってしまったんだよ。よかったら連れていってほしいんだけど」

「城・・・ですか?それならこの道をまっすぐですけど・・・」

 キャシーの指差す先に、城門を見つけて、アレクシスはバツが悪そうに顔を背ける。

「・・・・・・」

「えっと・・・」

「・・・知っていたとも」

「そ、そうですよね」

「それはそうと。確か君はアリスの隊だろう。叙勲対象者の君がどうしてこんな所に居るんだ?それにその格好、旅支度じゃないか?」

「・・・私、辞めることにしたんです。除隊願いも出しましたし、もう故郷の村に帰ろうかと」

「辞める?どうして?アリスから、君は相当優秀な医療技術を持っていると聞いたぞ。そんな君が何故?」

「・・・私、自分が何もできない人間なんだって思い知ったんです。戦って仲間を守ることも、自分のことを守って傷ついた仲間を助けることもできない無力な人間なんだって、思い知ったんです」

「・・・グレン大尉騎士の事か」

「私は最初から最後まで、結局何もできませんでした。その場で彼に何かをしてあげることも、治療室に入った後、大隊長達の手伝いをすることも。何も・・・」

「だから辞めるか・・・確かに今回君は何もできなかったかもしれない。だが、次は君にしかできないことがあるかもしれない。この先君がいることで助かる命があるかもしれない。戦いに身を置くということは、君の命を賭けるというこということだから無理強いはできないけれど、僕としてはあのアリスが褒めるほどの技術を持つ君に、この先も一緒に戦って欲しいと思う」

「・・・私なんかに、できることはありませんよ」

「ある。絶対にだ。現に僕は君に一つ頼みたい仕事がある」

「え・・・?」

「僕を城に連れていってくれ」

 真顔で頼むアレクシスの様子に、キャシーが思わず噴きだした。

「あはっ・・・あ、すみません」

「やっと、笑ってくれたね。もちろん城に連れていってくれというのは冗談だけど、君には本当に頼みたい仕事があるんだ。医術を志す女の子に、君の技術を教えてあげて欲しい」

「教える・・・ですか?」

「ああ。詳しいことは後で話すよ。今は時間がないからとりあえず急いで城へ向かおう」

 そう言ってアレクシスが走りだそうとするのをキャシーが慌てて止める。

「そっちじゃありません!何で城が見えているのに逆に走りだそうとするんですか!」




 ジゼルが中庭に現れると、会場は一瞬静まり返った。

 彼女が着ていたのは、普段鮮やかな色を好む彼女からは予想ができないような黒のドレスであった。

 どういう意図で彼女がそのドレスを着ているのか。その意図がわからない者はこの場には居なかった。

「ジゼル、大丈夫?」

 誰もが遠巻きに彼女を見ている中で、エドがいち早く彼女に近づいて声をかけた。 

「・・・ええ。大丈夫よエド。心配かけたわね」

 グレンの葬儀が終わってからの一週間、部屋に籠りきりだったジゼルは、少し頬がこけていた。

「何か飲む?」

「そうね、ジュースをお願い」

「ほら、グレープフルーツでよかったよな」

 いつの間にきていたのか、レオが横からグラスを差し出していた。

「ありがとう、レオ」

「ああ、無理すんなよ。昼間もたいして寝てないんだろ?」

「大丈夫よ。一応顔を出しにきただけだから、すぐ部屋にもどるわ」

「ならいい」

 レオはジゼルの返事に頷くと、少し離れた所で、ジゼルへの好機の視線を防ぐようにソフィアと二人で話し始めた。

「ジゼル姉様!」

 ジゼルの名を呼びながら心配そうな顔で駆け寄ってきたリュリュを抱きとめると、ジゼルはやさしくリュリュの頭をなでた。

「心配かけたわね、リュリュ。もう大丈夫よ」

「その・・・グレンのことは、リュリュの力が足りずに・・・申し訳ありません」

「リュリュは精一杯よくやってくれたわ。あなたのお陰で最後に彼とちゃんと話ができてよかったわ。本当にありがとう」

「姉様・・・」

 ジゼルの登場で静まり返っていた会場が、突然今度は歓声でわっと沸いた。

 アレクシスが、一人の淑女を連れて現れたのが原因だった。

「ん・・・あれ、もしかしてキャシーか?」

「あ、本当だ。キャシー!」

 最初に彼女の正体に気づいたのはレオだった。ソフィアもすぐに気がついて大きな声を上げて手をふった。

 キャシーの方もすぐに気づき、アレクシスに一礼すると、ソフィアの方へ駆け寄ってきた。

「よかった!戻ってきたんだね。除隊願いを出したなんて聞いていたからもう会えないのかと思ってたよ」

「うん・・・本当はそのつもりだったんだけど、もう一回頑張ってみようと思って」

 そう言って、キャシーはちらりとアレクシスに熱のこもった視線を送る。

「ていうか、あれだな。皆ドレスとか着るといつもと印象が違うよな。オリガとかキャシーなんか最初誰だかわからなかったし」

「わたしは?」

「お前は別にそんなに変わらねえな」

「ひどいよ・・・」

「まあまあ、きっとレオはソフィアはドレスなんか着ないでも充分綺麗だって言いたいのよ」

「そういうことか!もう、レオ君ったら照れ屋さんなんだから」

「違うし!キャシー、本当にやめてくれよ。こいつすぐに本気にするんだから」

「いいじゃない。もうそろそろ覚悟を決めたほうがいいわよ」

「お話中ごめんなさい。・・・あなたがキャシー?」

「はい・・・あ、ジゼル様・・・」

 ジゼルから声を掛けられて、キャシーは緊張気味に返事をした。

「・・・あなたの報告が適切であったおかげで、グレンの治療がスムーズに進んだとカーラ大隊長から聞きました。礼を言います。ありがとう」

 深々と頭を下げるジゼルに恐縮してキャシーも頭を下げる。

「そ、そんな。私なんか何も出来なくて。その・・・すみませんでした」

「謝らないで。そうだ、よかったら今度一緒にお茶でもどうかしら。私ね、あなたとゆっくりお話がしてみたいの」

「は・・・はい。恐れ入ります。わたしでよろしければいつでもお声かけ下さい」

「ええ、約束よ。さ、そろそろ式典が始まるわ。壇上へお行きなさい」

 ジゼルに言われてキャシーが壇上を見ると、既にアンドラーシュが壇上に上がっており、参加者達もその周りに集まり始めていた。

「私は体調がすぐれないから部屋に戻るけど、彼の分までしっかりね」

「・・・はい!」

 力強く返事をして、キャシーはレオとソフィアと共に、エド達のところへと歩いていった。

 ジゼルはその様子を見届けて、一本の酒瓶を持って会場を後にした。




 ジゼルが墓地に着くと、レクイエムと言うほど暗くもない曲調の、それでいて少し悲しげで優しいリュートの調べと、歌声が聞こえてきた。ジゼルが歌声に引き寄せられるように歩いて行くと、歌声の主は、グレンの墓の前に腰を降ろして歌っていた。

「アリス・・・あなた、どうしてここに?」

「こんばんはジゼル様。いい夜ですね」

 リュートを弾く手を止めて、アリスはジゼルの問いかけには答えずに、にっこりと微笑んだ。

「・・・あいかわらず変な奴」

 ジゼルは会場からくすねてきた酒瓶をグレンの墓の前に置くと、アリスの横に腰掛けた。

「お互い様ですよ。・・・とは言え、お邪魔でしたら退散しますけど」

「いいわよ、むしろ一緒にいて頂戴。こいつはどうせ答えてくれないんだから」

 そう言ってちらりとグレンの墓に視線を送ると、ジゼルはため息をついた。

「で、なんであなたがここに居るの?本当ならあなたは今、中庭で表彰の真っ最中のはずだけど」

「あまり興味がないし、正直に言ってしまえば面倒なので、妹のクロエに代わってもらいました。多分アレクとレオ。それにアンは気づいていると思いますけど、もしかしたらオリガは気づいていないかも」

「・・・胸と幸の薄い妹さんに同情するわ」

 悪びれもせずいたずらっ子のような笑顔で言い放つアリスに、ジゼルは苦笑しながら答えた。

「ジゼル様こそ、会場にいらっしゃらなくてよろしいんですか?」

「いいのよ、今日の主役はアレクとエドだもの。それにこう見えて、私ってあまり騒がしいのは好きじゃないしね」

「あら偶然。わたしもです」

「嘘ね」

「ふふ・・・お互い嘘つきなひどい女ですね」

「まあね。・・・でも、今日だけは嘘じゃないわ。明日からしばらく彼の側に来ることもできなくなるだろうから、今日だけは煌びやかな場ではなくて、ここにいたい気分なの」

「では、ジゼル様もリシエール遠征へ行かれるのですか?」

「ええ。この街の文官は優秀な人間が多いからね。あたしとお父さまが居なくても大丈夫。それにああ見えて警備隊長も中々優秀なのよ。昔は鬼教官なんて呼ばれていたんだから」

「存じております。彼ならば、きっとこの街の平和を立派に守ってくれるでしょう」

「当然よ。あたしとグレンの先生なんだからね」

「おや、ジゼル様にアリス殿。こんなところでどうされました?」

 二人が声のしたほうに顔を向けると、礼服を大分着崩した警備隊長が、酒瓶とグラスを持って赤ら顔で立っていた。

「・・・噂をすれば影、ね」

「ですねえ・・・」

「げ、先客がいるし」

「あれ、ジゼルちゃん。部屋に帰ったんじゃなかったの?」

 隊長の後ろからは、レオとソフィア。それにオリガとキャシーが顔を出した。

 その後も、騎士や文官。それに平民を問わず、何人もの人がグレンの墓を訪れた。

 あるものはグレンに侘び。

 あるものは墓前に誓いを立て。

 あるものはグレンに礼を言った。

「あーあ。なんか出遅れちゃったね。・・・アレクが城の中で迷ったせいで」

 エドとアレクシスが到着したときには、墓の周りにはすっかり人の輪ができており、いささか入りづらい雰囲気を醸し出していた。

「こういう事は、早ければいいというわけでもないだろう。とにかく僕らも行こう」

 そう言ってアレクシスはエドの手をとった。

 

 結局、グレンの周りにできた人の輪は朝まで途切れることはなかった。

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