決戦前夜
「なあ将軍閣下。正直言って・・・あの子使うの、厳しくないっすか」
同僚たちの訓練風景を見ながらレオがつぶやく。
「厳しくても、やる気がある人間を無下に扱うわけにはいかないでしょう。ただでさえ人手が足りないんだから。私だって本当はヘクトール殿のような猛者が来てくれるのを期待していたのよ」
アリスがレオの言葉を受けて答えるが、その声にはため息が混じっている。
「あのおっさん並みの猛者なんて、アンのおっさんかヴィクトルの旦那しかいねえって」
「ヘクトール殿と同じ姓だったから期待していたのだけどね・・・」
結局アリスの呼びかけに答えてあつまったのは、たったの二人。一人は浅黒い肌をした黒髪の警備隊の男性。もう一人は茶色い髪をした小柄な女性だった。それも、女性の方は警備隊でもない医療班の人間だ。
こうして訓練をしていても男性―グレンの動きは突出した何かがあるわけではないが、そつがない。剣を持つ手にも力が入っており、足取りも軽い。
しかし女性の方は、通常の剣よりも細身のレイピアであるにもかかわらず、その重さに振り回されている。
挙句、振り回した時の勢いでレイピアを離してしまった。
「はぁ・・・そこまで。キャシー、あなたソフィアと代わってレイピア拾って来なさい。もどってきたらオリガと一緒に基礎訓練。わかった?」
「は・・・はい!」
そう言ってキャシーは飛んでいったレイピアを探して走っていった。
走っていくキャシーを見送った後、アリスは一人で素振りをしていたソフィアに向き直って尋ねる。
「ソフィア。新しい武器はどう?」
「うーん・・・軽いね。何も持っていないような感じ。もっとこう、ずっしり来るような物の方が好みなんだけど」
ソフィアはそう言って自分の身長ほどのハルバートをくるくると回した。
以前にソフィアの失敗を嫌というほど見せられていたアリスは、アンドラーシュがレオとソフィアを使うように言ってきたときに、ソフィアに対して露骨に嫌な表情をみせたが、実際に実力を見て自分の隊への編入を認めた。
彼女の肉体強化能力はかなり使える。特に、敵大将の首を狙う必要がある今回の戦いでは強力な敵にぶつけるもよし、撤退時に殿を努めさせるもよしだ。そうアリスは思った。実際、彼女はメイドの仕事をしていた時よりもいきいきとしていて、失敗らしい失敗もしない。彼女は戦うために生まれてきたのではないだろうかと考えてしまうほどに強かった。
「あなたの魔力にあわせてチューニングしてあるからそう感じるみたいね。実際には相当な重さがあるし、貴女の肉体強化の魔法も強力なんだから扱いには気をつけて。グレンも気を付けないとそのグレートソードごと叩き潰されるわよ」
「はーい」
「りょ・・了解」
アリスの言葉に、ソフィアはニコニコと答え、グレンは冷や汗を流しながら答えた。
近接戦闘であればソフィアの実力は素の状態でもグレンの上を行く。そのソフィアにカスタマイズされたエンチャント武器が与えられたとなると、グレンにとってはまさに命がけの試合となる。
「レオ君、ちゃんとそこで見ててよ」
「あー、はいはい。ちゃんといるからしっかり戦え」
レオはそう答えた後、手近にあった岩の上に寝っ転がった。
「じゃあ、グレン君。行くよ」
「お・・おう」
身構えるグレンに、ソフィアがハルバートを大きく振りかぶって襲いかかる。
「うわっ、ムリムリ!」
殺気の塊のようなそれを剣で受けるのを諦めたグレンが間一髪の所で横に一歩ずれてかわすと、地面を叩いたソフィアのハルバートは叩いた場所に小さなクレーターを作った。
「死ぬ・・・これは死ぬって」
「死ぬなぁ・・・」
「死ぬわね・・・」
「死ぬわね・・・じゃないですよ!俺を殺す気ですか!」
レオとアリスの言葉にグレンが声を上げるが、当のアリスは涼しい顔で答えた。
「あなた、攻撃を避けるの上手だし大丈夫だと思って」
「・・・おい、オリガ。この人何とかしてくれよ。お前の知り合いなんだろ」
「はい・・・それはまあ、そうなんですが・・・」
同じ部隊の先輩であるグレンに言われてオリガが返事をするが、その言葉は歯切れが悪い。
確かにアリスとオリガは友人だが、今は上司と部下だ。公務中にその上司と部下の関係を超えて友人として話をして良いものかどうか。オリガがそんなことを考えてオロオロとしていると、見かねたアリスが助け舟を出した。
「グレン。そういうの、パワーハラスメントって言うのよ」
「あんたがいうのかよ!・・・つか、エンチャント武器に普通の武器で戦うっていうのが、そもそも無理なんですよ。俺にも何かくださいよ、新しい武器」
「エンチャント武器にはエンチャント武器じゃないと太刀打ちできないとか、そんなことないのよ。・・・ソフィア、あなたちょっと本気でかかってきて。さっきグレンにしたのよりも本気でね」
「ええっ?でもそんなの危ないよ、アリスちゃん」
そんなことを言い、一向にかかってくる気配のないソフィアの様子にため息をつきながらアリスはレオに近づいた。 そして、レオの顔に自分の顔を近づけると、ソフィアからは見えないように自分の顔でレオの顔を覆った。
「っの・・・ッチがぁぁぁっ!」
その様子を見ていたソフィアは目を見開いて声にならない叫び声を上げてアリスに斬りかかった。
「よく見ていなさい、グレン」
そう言ってアリスはレオの腰のホルダーから短剣を抜くと、その短剣を横に振り、見事にソフィアのハルバートの直撃を逸らした。
「と、まあこんな風にね。別にエンチャントなしでも戦えるでしょ」
「殺す・・・殺す、殺す、殺す、殺す殺す殺す殺す殺してやるぅ!」
地面に突き刺さったハルバートを抜いて、ソフィアが再びアリスに襲いかかる。
「あらあら」
横薙ぎに払われたハルバートの上にふわりと飛び乗ると、アリスは楽しそうに笑った。
「そんなに怖い顔をしてると、大好きなレオ君に嫌われちゃうわよ」
アリスはそう言いながらハルバートの柄の上から飛びあがり、ソフィアの後ろに着地すると手刀で首の後ろを叩いて気絶させた。
「・・・ああいう悪ふざけは本当にやめてほしいんだけどな」
「ごめんなさい。ここまで怒ると思ってなかったのよ。・・・この子、本当にあなたのことが好きなのね。こういうストレートな感情、ちょっとうらやましいわ」
アリスはそう言いながら、ソフィアを抱き起こすと活を入れて覚醒させた。
「あ・・・あれ?」
「ごめんなさいねソフィア。さっきのあれ、お芝居なのよ。私はレオに何もしてないから安心して」
「・・・酷いよアリスちゃん。もー、本当にしたと思っちゃったでしょ」
「本当にごめんなさい。もうしないから」
そういって顔の前で手をあわせて謝るアリスを見て、ソフィアがため息混じりにしかたないなあと、微笑んだ。
「・・・次は本気で怒るからね」
「ええ。本当にごめんなさいね」
微笑みを消して念を押すソフィアに、アリスは微笑みを消さずに返すと、グレンのほうに向き直った。。
「それでグレン、参考になったかしら」
「いや・・・ならないですって。なあ、オリガ、キャシー」
「あ、はい。アリス・・・隊長の技は我々には参考にならないかと」
「はい・・・」
「レオは参考になった?」
「参考もなにもハルバートに乗るのって、この間俺がやって見せたやつじゃないっすか。元々はアンのおっさんの技だし」
「あら、バレちゃった」
「バレバレだって。パクりとは言え、こう簡単に真似されたんじゃ自信なくすわ」
そう言ってレオが「よっこらしょ」と岩の上に起き上がった。
「ソフィア、倒れた時に肘すりむいているだろ、魔法ですぐ治るっつっても一応コレ巻いとけ」
「あ、ほんとだ。ありがとうレオ君」
レオからハンカチを受け取ったソフィアが右肘を見ると、確かに肘がすり切れて少し血が滲んでいた。
「あ、そのくらいなら私が」
そう言ってキャシーは腰につけたポシェットから消毒液とガーゼ、包帯を取り出して手早くソフィアの手当を行った。
「わぁ、ありがとうキャシー」
ソフィアはそう言ってキャシーの手を握ってブンブンと上下に振った。
その様子を見ていたアリスは思案顔でキャシーに話かけた。
「・・・キャシー、あなたやっぱり剣を握るのには向いていないから・・・」
「く・・・クビですか・・・?」
「いいえ。グレンと一緒に後方支援に回ってちょうだい」
「なんで俺まで後方支援なんですか!」
キャシーに巻き込まれるような形で後衛に回されそうになったグレンが抗議の声を上げる。
「だってあなた、剣より弓の方が得意でしょ。たしか、魔法も視力強化系のものだったはずだし」
「で、でも!」
食い下がるグレンに、アリスは優しく微笑みかける。
「故郷の家族や好きな女性の為に大将首を上げて出世したいって言っていた貴方の気持ちはわかるけど、後方支援も立派な任務よ。大将を打ちとっても死なない集団というものも稀にあるの。アミサガン軍がそうかどうかはわからないけど、万が一そうだった時の為に、私達の帰り道を確保しておいてもらいたいの。大丈夫、手柄は皆のものということにしてもらうから。この作戦がうまく行けば騎士叙勲くらいならすぐよ」
「・・・了解」
アリスの言葉に、しぶしぶではあるもののグレンが頷く。
「キャシー、貴女はグレンに弓を習いなさい。一週間くらいしかないけど、経験が全くない状態でやるよりはマシだろうから。後は、オリガと私、レオとソフィアがペアになって連携の練習よ」
アリスの言葉に全員が頷く。
「よろしい。では全員訓練開始!」
アミサガン軍の駐屯地から帰ってきたメイの報告を聞いたアンドラーシュらイデアの首脳陣は皆一様に頭を抱えてため息をついた。
「よりによってエリヤス男爵か・・・」
アンドラーシュが思わず素に戻ってしまうほど、エリヤス男爵は厄介な相手なのだろう。ヘクトールもヴィクトルもアンドラーシュと同じように、表情が晴れない。
「そんなに厄介な相手なの?」
あんまり強そうな感じは受けなかったけど。とメイが毛布の隙間から見たエリヤスの姿を思い浮かべてつぶやく。
「メイ、この場合本人の強さっていうのはあんまり関係ないんだ」
「そうなの?よくわからないんだけど」
「まあ、エリヤス自身も決して侮れるような相手じゃないんだけど、それ以上に彼は攻め方がえげつないのよ。あんたも、うっかり奴に捕まったりしたら、見せしめに滅茶滅茶に犯されて串刺しにされた上に、生きたまま軍旗代わりにさらされるくらいのことは覚悟しておいたほうがいいわよ」
アンドラーシュの言葉を聞いて、メイは背中の毛がゾワゾワと逆立つのを感じた。
「へ、変ニャ脅しはやめてほしいんだけど」
「いや、脅しではないのだメイ。私もエリヤス男爵については、今アンドラーシュ様が話されたのと同じような話を聞いたことがある。彼はそういうことをすることで敵の戦意をそぎ、恐怖によって味方の士気を高めるそうだ」
普段から冗談ばかりのアンドラーシュだけではなく、普段はまったく冗談など言わないヴィクトルにまで言われ、メイはすがるようにヘクトールを見た。
「大丈夫だメイ。俺の側を離れなければそんなことにはならない。いや、させない」
「ヘクトール・・・」
ヘクトールの言葉に、目を潤ませるメイだったが、次のヘクトールの一言で、その涙は一気に吹き飛んだ。
「妹のようなお前をそんなひどい目に合わせるわけにはいかないからな」
「・・・・・・」
「大丈夫だ、安心していいぞ。メイ。・・・ん?なんだ?何を怒っているんだ?」
「ヘクトールの・・・バカぁ!」
メイは怒鳴り声と一緒にヘクトールの顔面にパンチを繰り出すとそのまま会議室を飛び出していった。
何故こんなことになっているのかわからないという表情で殴られた鼻っ柱を抑えているヘクトールに、アンドラーシュがため息混じりにつぶやいた。
「ヘクトールのばーか」
「な・・・アン!一体どういうことなんだ?何故俺はメイに殴られたんだ?」
「なんでアタシがあんたにそんなこと教えなきゃなんないのよ。子どもじゃないんだから、自分で考えなさい。・・・さ、皆。朴念仁は放っておいて、会議の続きをするわよ」
アンドラーシュはそう言って、ヘクトールには構わずにさっさと会議を再開した。
予定よりも4日早くエリヤスは街の包囲を開始した。それは予定よりも早く出陣し、到着予定を大幅に削減していたアレクシス軍よりも早い展開だった。しかしアンドラーシュは突然現れたアミサガン軍に慌てず、外門を閉門して市民の避難を開始し、ヘクトールらの部隊を外門に配置した。
両軍のその様子を少し離れた山の上から小型の望遠鏡で覗いていたアリスが保存用のパンをかじりながらつぶやいた。
「さて、始まるわね」
「戦闘は面倒臭いけど、とりあえずこれでこの堅いパンともおさらばできるってわけだ。本当だったらあと4日はこのパン生活が続くはずだったことを考えれば敵の大将に感謝するべきなのかね」
そう言っておどけるレオにオリガが抗議の声を上げる。
「不謹慎なことを言うんじゃない。取り囲まれた街の中には市民やアンドラーシュ様達がいらっしゃるんだからな」
「そうよ!怪我する人だっていっぱい出るだろうし・・・死んじゃう人だって」
オリガに続き、キャシーにも抗議を受けた所で、レオが「悪い悪い」と謝った。
「そういうつもりで言ったんじゃないんだ。気を悪くしたなら謝るよ」
レオがそう言って頭を下げたところに、偵察に出ていたグレンとソフィアが戻ってきた。
「崖の上から確認できた限りでは、敵本陣には、それらしい騎士は三人居たな。狐みたいな顔をした騎士と、顔に傷のある騎士。それに女騎士が一人。あとはガラの悪い強そうなのが4人ばかり」
「ありがとうグレン。・・・女騎士は報告にあったアンジェリカでしょうけど、残り二人のどっちがエリヤスなのか気になるところね。斬り込むのは私とレオ、ソフィアの三人だけだから、一対一で戦った場合、逃げられることも考えられるし、できれば絞り込んで、三人がかりで一気に片を付けたいところね」
アリスはそう言って腕を組んで考え込んだ。
「とは言え、残りの二人や他の人間を放っておいてってわけにも行かないし、三人とも相手をするしかないと思うぜ」
「やっぱり少し人数が足りなかったかしらね・・・」
「アリス、やっぱり私も行くよ」
「だめよオリガ。たとえ上手く敵を倒せても、あなたじゃいざという時の離脱ができない」
「・・・」
装備の重いオリガでは崖を降りて奇襲を掛け、離脱をすることが難しい。最初は彼女の魔法である脚力強化の魔法で駆け上れるだろうと考えていたのだが、脚力強化の魔法が強すぎるのと、装備が重すぎて、崖を踏み抜いてしまい、駆け上ることができなかったのだ。かといって軽装備での戦いに慣れていないオリガでは、軽装備で一対多数の乱戦になった場合には不安がある。そのため、オリガはグレンとキャシー同様に突撃の任務から外された。
「じゃあ、俺が!」
そう言ってグレンが手を挙げるが、アリスは首を振った。
「はぁ・・・何のためにエンチャントされた弓を手配したと思っているの。前にも言ったけど、あなたには狙撃を担当して欲しいのよ。進路と退路の確保。それと、私達に近づく敵の牽制。あなたの仕事はそれよ。そっちにちゃんと集中して頂戴」
「はぁ・・・了解です」
この一週間、何度もしたやりとりにうんざりしながらアリスが言い、その言葉を聞いたグレンが少し不満そうにため息をついた。
「まあ、心配しても仕方ないし、やるだけやってみようよ。頼りにしているよ、グレン君」
「貴女は貴女で楽観的すぎるのよ。一体どこからその余裕が来るの」
アリスの言葉もどこ吹く風といった感じでソフィアが緊張感なく答える。
「だって、心配していたってしかたないよ。やるだけやって、ダメならその時考えようよ。アリスちゃんは凄く強いんだから失敗なんかしないだろうし、わたしはレオ君が一緒にいてくれれば失敗しない。もちろんレオ君も失敗なんかしないし、行くときも逃げるときも、ちゃんとグレンくんが道を作ってくれるし、もしも怪我をしたらキャシーが手当をしてくれる。万が一崖上に敵が現れても二人のことはオリガちゃんがちゃんと守ってくれる。それで全部解決だよ」
「はぁ・・そんな簡単に・・・」
「アリスちゃんは本当に優しいよね。この街とは何の関係もないのに、一生懸命に戦おうとしてくれて。こんな危険な任務を自分から買って出て、そのうえわたしたちの心配までしてくれて」
「わ、私はそれが仕事だから」
ソフィアにやさしいと言われ、アリスが狼狽した様子で口を開きかけたが、その前にソフィアがアリスの手を握って言葉を遮るように言った。
「ありがとう。わたしたち、アリスちゃんのお陰できっと勝てるよ」
「と、とにかく。突撃は明日の朝。日の出と共に開始よ」
アリスはそう言って、ソフィアの手を振り払い、ポツリとつぶやくように続けた。
「むしろ・・・私のほうこそ、信じてついて来てくれてありがとうって言わなきゃいけないのよね」
「え?なんですか隊長」
「聞こえないっすよー」
聞こえているくせに、そう言ってはやし立てるグレンとレオをアリスは唇を噛んで涙目になってキッと睨みつけるが二人はニヤニヤとした表情のままでアリスを見ている。
「レオ君!」
「グレン先輩!」
二人の悪ふざけを見かねたソフィアとオリガが二人を窘める。
「う・・・いや、本気になんなよ」
「じょ、冗談っすよ、本気にしないでくださいね隊長」
アリスだけでなく、ソフィアとオリガにも睨まれてレオとグレンが困ったような笑顔で弁解する。
「あ、そうだ。罰として二人は晩ご飯抜きにしましょうか」
「ちょ・・・勘弁してくれよキャシー」
「そうだぜ、腹が減っては戦はできないって言うだろ」
「でも、さっきこんな堅いパンがどうだとか言っていたような気もするし」
食事係でもあるキャシーにとって、先ほどのレオの暴言は地味にイライラさせるものだったらしく、冗談めかして言ってはいるが、キャシーの目は全く笑っていなかった。
「あれも冗談だって。いくら保存食だって言ったってキャシーの手料理がまずいわけないじゃないか。なあ、グレン」
「な・・・俺を巻き込むんじゃねえよ。で、でもマジでうまいって」
「ああ、うまいうまい」
「え・・・二人共味覚おかしいんじゃない?もうなんかそのへんの土でも食べてたらいいんじゃない?」
「おい!」
「なんでだよ!」
せっかく褒めたのにキャシーのあんまりな反応に、レオとグレンが頭を抱えてのけぞったり大げさな手振りをつけながら抗議の声を上げる。
そんな二人の様子を見ていたアリスが、噴きだした。
「ぷ・・・あははは。二人共おかしい、あははは」
そのアリスの様子を見ていたソフィアがほっとしたように微笑んだ。
「よかった、アリスちゃん、ここのところずっと難しい顔していたからみんな心配してたんだよ」
「え?」
「ま、そういうことだ。誰が一番心配って、キャシーよりグレンより隊長だったからな」
「せっかく作った食事もあまり食べてくれないし」
「ため息ばっかりついていたしな」
「みんなアリスを心配していたんだよ。なんだか思いつめた顔をしていたからさ」
「・・・そうね、確かにオリガの言うとおりかもしれない。ちょっと一人で抱え込んじゃっていたかもね。改めてちゃんというわ。みんな、ついて来てくれてありがとう。明日はよろしくね」
アリスたちが最後の食事をとっていたころ、アレクシス軍は既に、山をかけおりれば、アミサガン軍の背後を突くことができるところまで来ていた。
予定よりも早い行軍だったため、その日は早めに野営をし、陽が落ちるころには、見張り以外はテントの中に入った。
疲れていたからだろう。早めの就寝だったにもかかわらず、皆すんなりと眠りに入っていった。
「・・・ジゼル、眠れないの?」
つぶやくような声にエドが目を覚ますと、月明かりに照らされたテントの中でジゼルが祈りを捧げていた。
「あ、起こしちゃった?ごめんなさい」
「ううん、いいよ。どうしたの?やっぱり不安?」
「まあ、不安・・・なのかしらね。なんだか嫌な胸騒ぎがするのよ」
「戦争・・・だからね」
「エドは?不安じゃないの?」
「私には不安がったり、嫌がったりするような資格はないよ。元々は私のせいで始まったみたいなものだし」
「エド・・・」
「ああ、別に全部自分のせいだなんて思ってないよ。でも過失はなくても責任はあるから」
エドはそう言って起き上がるとジゼルの横に座ると、ニヤニヤと笑いながら問いかけた。
「で・・・ジゼル。本当は誰の心配をしていたの?」
「え・・・?あ・・・えっとその」
「アンじゃないよね」
「・・・・・・」
沈黙を肯定と取ったエドはさらに続ける。
「もちろんヴィクトルさんや城の皆でもない・・・いや、城の人は城の人なのか」
「・・・」
「・・・っていうか、アンじゃないならジゼルはグレンの心配しかしないでしょ」
「・・・そうよ。あんたの考えている通り、あたしはグレンの心配をしてんのよ。何よ、悪い?」
「いや、普通でしょ」
「え・・・?」
「色々言われているのは知っているけどさ」
実際、警備隊の入隊が同期であったジゼルとグレンの仲の良さは城の中でも噂にはなっていた。
そして、そのことを妬ましく思う人間によって、グレンが嫌がらせを受けていることをエドは知っている。
『平民のくせに。』
『ジゼル様に近づくのは下心があってのこと』
そんな中傷は日常茶飯事だ。もちろんジゼルの耳にも入ってくるが、それを咎めればますますグレンへの風当たりは強くなる。
ジゼルは何も出来ず、ただグレンに謝るしかなかった。するとグレンはいつも、「気にするな」とジゼルの頭に手を置いて笑った。
「さっき伝令から聞いたんだけど、あいつね・・・特別部隊に志願したんだって」
「アリスの隊だよね。たしかオリガやレオやソフィアも一緒だって伝令の人が」
「うん・・・あいつ弱いからさ。心配なのよ」
「そんなことないでしょ、弓は城内なら右に出る人間はいないし」
「アレクに聞いたんだけど、あの女が得意なのは、奇襲戦。つまり、あの女の隊は敵将の首を取るための特別部隊よ。基本的には接近戦がメインだもの・・・」
「そんなに心配?」
「うん・・・」
「そっか。じゃあ私も一緒にお祈りしようかな。グレンだけじゃなくて、皆の分も一緒にさ」
そう言って笑うと、エドはジゼルの横で祈り始めた。




