魔王が現れた
9月9日。(月)
まず話したいのは、ぼくの中学校が変なところにあるってことだ。
丘というレベルじゃない、極めてどでかい山の中に建っているんだ。もちろん、生徒はみんな自家用車やリフト、バス、ロープウェーを利用している。
足腰に自信のあるやつは登山なんかもしたが、三日後にはやらなくなる。だって登山していたやつは、例外なく筋肉痛をうったえるからね。中学生という成長期の子供にそんなことさせるもんじゃないよ。
と、これがまっさきに言いたかったことだけど、最近もっとヤバいことが起きている。
魔王が現れた。らしい。
お昼過ぎ、短縮授業で家に早く帰るとテレビ放送していた。魔王とその配下の魔物が世界各地で暴れている。街が燃え上がり、都市が煙を上げ崩壊していた。粉塵が舞う中レスキュー隊員や防衛隊が人命救助を試みている。担架で運ばれる人も映っていた。
映像が映像なだけに最初はぼくもエイプリルフールかなんかだろうぐらいにしか思ってなかったんだけど、大人たちがテレビで必死に頼んでいたんだ。
手にしていたミルクを置いてテレビに目を向ける。
『我々は、一刻も早く救世主が現れ、魔王を退治してくれるのを願っています!』
リビングでそのニュースを見ながらぼくと高校生の兄ちゃんが、あははと笑っていたら、ママがマジな調子で怒り出した。
「人が一生懸命になっているのを笑うんじゃありません!」
ぼくは反論しようと思ってやめた。兄ちゃんが何も言わずすぐに部屋に戻ったのもあるけど、口答えして罰をいいつけられるのがイヤだったからだ。
今週はダズリーの家族にボウリング場へ連れて行ってもらえるんだ。それが外出禁止でぱあになるのはたえられない。
ソファーに寝転がり、リモコンでチャンネルを変える。『インスタントスナックで作るお手軽ヘルシーレシピ』という体をよくしたいのか悪くしたいのかわからない料理を作っていた。
ぼくの嫌いな野菜フライチップを使っていて、食べる気も作る気もなかったけど、出来上がった料理がフライドポテトみたいで無性に食べたくなった。
立ち上がり、野菜フライチップを買いに出かけた。
スーパーマーケットはぼくんちの近くでは、学校を超えたところにある『リーリーハッピー』と、近所のスポーツクラブの側にある『ムームーマーケット』があった。
『リーリーハッピー』のほうが品揃えは豊富だけど、『ムームーマーケット』を選んだ。学校でもないのにわざわざ山に登るなんて、ばかのすること。ぼくは先月、学校に必要なパジャマを買い忘れて、わざわざ『リーリーハッピー』へ向かってしまった。
リフトを待つ間に体は冷えるは、不良のニイチャン、ネエチャンは現れるはで大変だった。ぼくはそいつらの存在にいち早く気づいて、さっと茂みに隠れたけど、どんくさくベンチに座っていたやつらは、案の定カツアゲされていた。
だけどうまく切り抜けて店に着いたときは閉店15分前でちっとも商品を吟味する時間はなかった。「何がリーリー『ハッピー』だ!」と文句を言ったのを覚えている。
その反省から、今回は品目数はあえて捨てる。
決心を胸にしてスカイブルーストリート沿いに左へ折れると、ピカピカした看板が見えた。緑と黄色で発光している。
『みんなの台所。ムームーマーケット。21時まで営業中』
マーケットは横広で二階以上の高さは無い。そしてやたらと駐車場が広かった。ぼくはワクワクしてムームーへ入ったんだけど、十秒ぐらいで後悔し始めた。鮮魚コーナーとドリンクコーナーでほとんど占められていたからだ。お菓子コーナーは学校にあるロッカーの半分ぐらいの広さしかなく、しかもそのほとんどは、ミルクキャンディとミルクキャラメルで埋め尽くされていた。
肩を落として、帰宅するとママに話した。ママは、
「あそこはくだものもいいのが手に入らないのよねえ」さらりと流していた。でもぼくの胸のむかつきはママみたいに簡単にはおさまらなかった。
ムームーマーケットがここ一年にできたのは知っていた。あまり評判がよくないのも知っていた。だけど今日、自分で入ってみてわかった。身にしみたんだ。ムームーマーケットは客が遠方へ行きたがらないのをいいことに、商売の工夫をしていない。
店員が自分の好きなものを発注している。
仮に客が気に入らなくても、他のお店へ行く気はないだろう。しかたなく間に合わせのものを買うだろう。と思っているはずだ。
実際ぼくは意味もなくミルクキャンディを購入した。野菜チップスの代わりだと、その場でぼくは納得したが、家に帰ってみて思った。別のおやつにするなら、家にもチョコレイトとかクッキーとかあったのに……。って。
全くあくどい商売しているよ。
夕食時も家族にそのことを話していたら、「しつこい」と一括された。今はハンバーグを食べなさい。とのことだ。
最近どうもぼくはいろんな人から粗末に扱われている気がする。
夜、ベッドに入ってから考えた。弟のレルが生まれたあたりからだ。ぼくが放られ始めたのは。
レルはもうすぐ三歳になる。弟だからあんまり悪くはいいたくないけど、したたかなわがままの甘えん坊だ。それに泣き虫でもある。
容姿は年齢相当のチビで、ナスのヘタみたいな髪をしている。ぼくには野菜の国から来たナスビとうりふたつだと思っている。
そのナスビのミートスパゲッティーを温めていたときのことだ。
赤くテカテカに光るパスタを口に入れてやると、
「冷たい!」
とわめかれた。レルが幼児椅子からスプーンやフォークを落としていく。ついでにハブラシコップまで遠くへ投げ捨てた。コップが食器置き場に命中。がしゃんがしゃんという音と共にキッチンは大混乱になった。
騒音の中、ぼくもミートソースを口に入れてみたけど、そんなに悪くない温度だった。まあちょっとぬるかったんだけど。でもさ、赤ん坊ってあんな生ぬるいミルクを飲んでたんだから平気だよ。
口元のソースをなめていたら、ママが飛んできた。縫い物の途中だったらしく、「針を刺した」ってぼくにぷんぷんしていた。ぼくがレルの泣いたわけを説明すると、
「今度からは、レルが食べる前に味見しなさい」と注意された。
「あんまりだ!」
ぼくは反論した。
「レルはスプーンとかを投げたんだよ? それを注意しないと!」
ぼくがまっとうなことを言うと、ママがキッとにらんできた。
「どうしてレルから取り上げないの? レルがケガしたらどうするの?」
一瞬ぼくはめんくらった。責任はレルにあるはずだ。だけど、そんなときの言い分が決まっていた。
「レルはまだよくわからないのよ」
ママはレルの顔を覗き込んで言う。レルには優しげな笑みが向けられるという差別。
まったくひどい話だよ。むかっ腹を立てているぼくに追い討ちをかけるようにレルが言った。
「にいたんひじょい。ごしごしおいた」
ごしごしっいうのは、ハブラシとプラスチックのコップのことだ。食事と並べて幼児椅子のテーブルに置いていたのが気に入らなかったらしい。
でもさ、食後すぐレルの歯をみがくことになっているんだよ? ぼくが。だったら最初から用意しておいたら便利じゃないか。
そうママにも説明したんだけど、「食事と一緒に置かれるのはママもイヤだわ」とぼくに改めさせた。
やってらんないよ。ぼくに生活力があれば今日にでもこの家を出て行く!
ぼくの決心は固かったけど、翌朝登校してから考えが変わる。かわいい子が転校してくるんだ。