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第六話 始動

 正円をした人工的ながらも地面のみが自然で出来ている土や草を使用したフィールドを大きく旋回し、ライズは時間を稼ぐ。統率力のある追跡者達は悉くライズの逃げ道を塞ぎ、その度に紋様を駆使しては追撃を回避していた。


「クルル!」


 時間稼ぎとは名ばかりの逃走を続けながら、ライズとは正反対にフィールドの中心で三方向を傀儡に囲まれ戦っているクルルの名を叫ぶ。


「ちょっと待ってて! すぐ行く!」


 これ以上もたもたとしている余裕はないと判断し、クルルは手に持つ棍の末端を握り、姿勢を低くする。


「邪魔だああぁっ!!」


 紋様棍『虎崩蹴』。瞬発力を最大まで高め時計回りに棍を一周回転。機械仕掛けの傀儡の首を三つ全て吹き飛ばす。


「今行くよっ! ライズ君!!」


 紋様術『瞬虎』。ただひたすらに足の瞬発力を高め、風すらも切り裂く速度でライズを追う小さき追跡者の行く手を阻む。



「はぁ!」


 目の前にいた一体に棍を振り下ろし、粉々に叩き割る。それを確認したライズが足を止め、なおも慣性で砂煙を巻き上げ滑る自身の身体を紋様で引き止める。


「待ってたよクルル!」


 無理矢理引き止めた自身の身体を、今度は追跡者へと向け走り出す。突如現れたイレギュラーに追跡者の統率は一瞬にして崩され、蜘蛛の子が散るが如く隊列は崩れ去っていた。


 紋様剣『螺旋花』。手に持つ双剣と共に身体を回転、その勢いを利用して剣を放し、ライズの紋様で操作されるがまま追跡者の全てを巻き込みながら螺旋を描き上昇する。そして螺旋の先端に辿り着くと同時に剣を手元に引き戻し、落下してくる機械の残骸を避けるために二歩前に踏み出す。


 数秒後、スクラップと化した追跡者の塊が地面に落ち、その機能を停止した。


「……ふう」


「やったねライズ君!」


 第四小隊に入隊してから最初の訓練は、ライズとクルルの実力判断だった。訓練用量産型機械『ばとろぼっと』一号二号、それが今回の相手だった。


「はいはーい、凄いわね。初見でしかも無傷で撃破なんて強いじゃない」


 部屋の外からクレアの所持する端末で中の様子を見ていたクレアとウィルが中に入る。


「でっかい方がこっちに来ればもっと早く片付けられましたけど……」


「僕も、ちっちゃい方が相手ならもっと楽だっただろうなあ」


 戦闘の結果から感想を述べる二人を見てクレアが得意気な表情を見せる。


「接触開始三十秒以内に敵の戦闘スタイルを特定。プログラミングされた約一万のパターンから最も適するコンバットパターンを五秒で検索・実行・伝達する。機械工学科が暇つぶしに作った『ばとろぼっと』の実力は伊達じゃない……はずなんだけど、初見で簡単に突破されるなんてまだまだかもね。今度文句言うわね」


 これまでに見せた事もないような活き活きした表情を見せるクレアを見てライズはウィルに耳打ちをする。


「ウィル先輩……クレア先輩ってこんなキャラでしたっけ」


「あ? ああ、あいつは電子工学科から転科してきたからな。機械の事になると目が輝くんだよ」


 先日の一件から、ウィルの事を『ウィル先輩』と呼ぶようになった。最初こそ少し驚く表情を見せたが、何も言わずに笑顔で流してくれた。


 それにしても転科とは初耳だ。軍事学科に入る事はそうそう容易い事ではない。後方に立つ人物であろうと最低限の戦闘能力は有さなければならないし、小隊に所属というのなら最低限というレベルでは足りなくなる。


「どうしてよりによって軍事学科に?」


「まあ、いろいろあったのさ」


「……先輩達っていつからの付き合いなんですか」


「俺はあいつが軍事学科に入ってからの仲だよ。三年前だ」


 これ以上は余計な詮索になる。ライズは何も言わずにクレアへと目を向ける。そういえばクレアは制服の上に白衣を着ている。前に所属していた時の名残なんだろうか。


「あらどうしたの?」


「いえ、あの機械、思いっきり壊しちゃいましたけど大丈夫なんですか?」


「いいのよ別に。あれ、機械工学科が暇つぶしに余り物で作った物だから、残骸からまた新しい奴を作るわ」


「簡単に作れる物なんですか?」


「機械工学科は機械作るのが三度の飯よりも好きな変態ばっかりだから気にしなくていいわ」


 自信満々に言い切るクレアに苦笑いを見せて後ろに転がる機械の残骸を見る。あのスクラップからまた新しい機械を作るとはなかなか想像に難い。そういえば微妙に個体の大きさが異なるのが気になっていたが、余り物で作るというならばそれにも合点がいく。


「さて、我らが第四小隊の開幕戦は再来週。二人の実力もわかったし、時間もないから基本的なコンバットパターンを徹底的に叩き込むわよ」


「はーい!」


 元気よくクルルが返事をする。彼女ほど楽天的ではないが、ライズもこれからが楽しみではある。内面が幾分か柔和になったとはいえ、戦士としての本質的な部分は変わっていないらしい。


「まずは前衛の動きね。ライズ君は人数の都合上中衛になるけど、前衛に移動する事も考えられるから参加してね」


「はい」


「じゃあ『ばとろぼっと』三号を仮想敵にするわ。まずは自由に戦ってみて」


 クレアの説明の最中、どこかに行っていたウィルが台車を引いて戻ってくる。そこにはキャタピラを足として剣と盾を装備した人型の機械が乗っていた。



「小隊ねえ……」


 ケン、ライズ、クルル、レイス、エスポワール、シルビアの順で一つの長いベンチに腰掛け、昼食を取る。朝から疲労困憊の様子を見せていたライズとクルルに他の四人は心配をしていたようだが、小隊における訓練疲れと説明したらすぐに納得した。


「第四小隊といえば前年度二位の成績を残して一躍有名になった小隊ですけど、まさか二人のまま誰一人入隊せずにここまで来ていたとは驚きでした」


 レイスが卵焼きをつつきながら言う。普段弁当を食べないレイスがどこからそんな手作りの可愛らしい弁当を手にしたのか、少し気になる所だが、大方の予想が付く上に野暮ったい質問になるので何も言わない。


「卒業した六年生三人でほとんど成り立っていた隊だから仕方ないって先輩は言っていたけど、それでも妙だな」


「でも、僕達が活躍すればみんな入隊したいって思うよね!」


 クルルが明るく言う。彼女はクレアの目的に協力するという理由で入隊している。人が増えれば勝つのも易くなるという思考から来る発言なのだろう。


「それにしても、小隊の訓練ってそんなに厳しいのか?」


 シルビアが二人に言い、二人が意気消沈する。


「……え、何?」


「凄まじかったようですね……」


 エスポワールの言う通り、小隊の訓練は至極厳しいものだった。デジタル式の戦術で戦いを組み立てるクレアが下したのは、『ばとろぼっと』にプログラミングされたコンバットパターンの内二百を身体に叩き込むというものだった。一つのコンバットパターンを覚えては『ばとろぼっと』がそれに有利な戦術で攻め、今度はそれに対抗する戦術を教えられる。この二百のパターンを覚えるまでが基本。そこからはクレアとウィルが一年間積み上げた経験を元に様々な実戦向きの動きをしていくそうで、辛いのはそれまでとの事だが、戦術にある程度の知識があるライズと違いクルルは個人的な能力を活かして単独で戦う事の方が得意だ。恐らく初めて経験する『他人に合わせる』という行為は、近くで見ていてとても歯がゆそうに見えた。


「俺は大丈夫だけど、クルルは辛そうだったな」


「うん……一人で前に出ても囲まれて倒されるっていうのはわかってるんだけど、周囲を見て戦うのは初めてだから」


 着飾らず、素直な気持ちを述べる。一人で前に出てもライズがそれをサポート出来れば良いのだが、ライズもまだクルルの動きというのを完璧に把握している訳ではない。自由を求める猫を束縛するというのは、ライズ個人としても無力を実感してしまう。


「まあ、戦っていく内に互いの呼吸ってのはわかってくるもんだ。あまり気にする事じゃねえよ」


 ケンの言う事はもっともだ。戦いの場に出るという事は背中を預け、また預けられる関係になるという事に等しい。信頼関係はもちろんの事、互いを常に気にかけ助け合いながら戦う。特に小隊のような少人数で戦う場合ではこれが重要になる。しかしライズ達には時間がない。今から阿吽の呼吸を手にできる程二人は達人ではないのだ。それがライズの上に重くのしかかっていた。


「そういえば二人とも、デートの件はどうするんですか?」


 新たな不安材料がレイスの口から生まれる。重苦しい話題を変えようとしたのだろうが、少なくともライズにはその効果はない。


「今は時間がないから……ちょっと無理かな」


「俺もクルルも、今は小隊戦に集中する。他の事はその後になるだろうな」


 珍しくクルルがデートの話題に食いつかなかったのでライズもそれに便乗する。


「なるほど。では小隊戦の翌日にしましょうか」


「は?」


 なぜそうなるのか。エスポワールの提案に疑問を抱きながらその質問を一音の言葉に乗せて発する。


「『は?』ではありません。このままでは約束がうやむやになってしまいます。お二人の気持ちもわかりますが、それでも疎かにしてはいけない事もあります」


 力強い説得にしかし反論できずにただしかめ面をする。クルルも突然の提案に驚いた様子だ。


「メイキングは私達も協力しますから、どうかクルルちゃんとの約束を果たしてください」


「え……あ、はい」


 押し切られた形で承諾した後、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。


「さあ! 私の中でもやもやしていた事も解決しましたし、戻りましょう!」


 弁当を畳み、ベンチから腰を上げる。そして軽い足取りでエスポワールは校舎に向かって小さくなっていく。


「……え、俺達も関わるの?」


 沈黙を一瞬だけケンが打ち破る。しかし思考の追いつかない五人は、レイスが授業開始二分前である事に気付くまでそのままただエスポワールの通った道を眺めるだけだった。



「……はいストップ。十五秒か。かなり最適化できるようになってるわね。一度休憩しましょう」


 初の訓練から一週間。ライズとクルルは二百のパターンを覚えるという地獄のような作業が終了し、現在は主にライズの前衛から中衛への移動、また中衛から前衛への移動をスムーズにする訓練を行っていた。


「成果が出てるって事ですか?」


「そうね、クルルちゃんがライズ君に余裕を持たせるタイミングが早くなったし、ライズ君もそのタイミングに反応するのが早くなったわ。正直、一週間でここまでできるなんて思ってなかったし」


 クレアに手渡されたスポーツドリンクのキャップを開いて喉の渇きを癒やす。自分ではあまり劇的に良くなった印象はないが、確か最初にやった移動の訓練では一分以上掛かっていた記憶がある。そう思えば成長もしているのだろう。


「そういえば、訓練の時いつもウィル先輩だけいつの間にかいなくなってますけど、どこ行ってるんですか?」


 クレアとウィルはいつも一緒に練習場に来る。練習場というのは、各小隊に置かれている本番と同じ広さの部屋なのだが、ウィルは訓練が始まるとすぐにどこかへ消えている。毎日訓練をしているが、ウィルがここで訓練するのを見た事がない。


「そうねえ。位置変更も十分だし、そろそろみんなで訓練したいし、言ってもいいかもしれないわね」


「何か秘密でも?」


「そうね。秘密の特訓てやつだわ」


 特訓などというウィルには似合わない単語が飛び出し、ライズとクルルは顔を見合わせる。


「ともかく来て。大学部に行くわよ」


「大学部?」


 そういえばこの二人と初めて会ったのも大学部だった。その時ウィルは確か大きな荷物を背に抱えていたが、あれが何か関係するのだろうか。


 ともあれ個人的な興味としても小隊の一員としても気になる。ウィルの元へ向かうため、いつもより随分と早く三人は練習場を後にした。



 静かな部屋の中、ウィルは銃の左側に開かれた液晶画面を注視する。彼が手に持っているのは一年前に方々に無理を言って作成した第四小隊の誇る携行戦略兵器『電磁投射砲』。通称『ビーハイヴ』である。


「……よしっ!」


 スコープ替わりに銃口の上に設置された超小型カメラとそれに接続された小型の液晶画面。これらは全てクレアの手作りだ。昨年、第四小隊が快進撃を繰り広げたのは、小隊の主力となり劣勢に活路を見いだしたカリスマ性溢れる六年生の先輩がいたから。というだけではない。機械に詳しく、その学科に知り合いの多いクレアがジャンク品から作った数々の道具が、人数のディスアドバンテージを覆していたと言っても過言ではない。事実、このビーハイヴを作成できたのはクレアのコネクションによるものだし、ただでさえ規格外のこれに専用のスコープを作成したのも彼女だ。機械方面に関しては本当に頭が上がらない。


「充電完了。実験を開始する」


『了解』


 インカムにそう告げ、返事が帰ってくるのも待たずにウィルは引き金の形をしたスイッチを押す。小型とはいえ電磁投射砲のそれと何ら変わりのない仕組みであるそれは十二分な衝撃をウィルに与える。


「結果は?」


『射角誤差プラス十パーセント。着弾点は十七パーセントの差異があります』


 結果を聞き、ため息を一つ。端的に言えば狙撃としてはド素人以下の結果だ。狙った的には当たっていない上、これがもし実戦だったならば味方に当たっていてもおかしくない。


『やはり他の方によるサポートなしで撃つというのは無理があるのでは』


「撃てない事はないんだ。俺が紋様を使えばな。ただ……」


『消耗が激しい、ですね』


 自分の言葉を先回りされウィルは苦笑を漏らす。次にビーハイヴが撃てるようになるのは放熱と充電の時間を合わせて三分後だ。それまでは何もできない。


『……ああ、はい。わかりました』


「どうした?」


『はい、第四小隊の方々がこちらに来ています。というか、部屋の前にいるみたいです。入室を希望しているみたいなのですが、入れても問題ないでしょうか』


 第四小隊という事はクレアが連れてきたのだろう。つまりライズとクルルの訓練は一通り終了した事になる。予定よりいくらか早い来訪に、ウィルは少し焦りを感じた。


「入れていいぜ。久々にクレアの指示で撃ちたい」


『了解しました。ではマイクを切っておきますね』


 ブツンという音が耳元で聞こえたのを確認してウィルはインカムを外す。直後にクレア他後輩の二名が部屋に入ってきた。


「やっほウィル。遊びに来たわよ」


「わあ! 何これでっかい!」


「……先輩、秘密ってこれですか?」


「そう。我らが学園が持つ最大にして最小、そして唯一の戦略兵器『ビーハイヴ』よ。武器としての名称は電磁投射砲。規格外も規格外のトンデモ兵器ね」


 自慢気に後輩へ説明をするクレアの瞳は輝いている。最近はああした瞳を見せる機会もなかったが、小隊が再び結成されてからはまた見られるようになった。そういう意味では、ライズとクルルには感謝してもしきれない。


「そっちは順調そうだな」


「そうね、問題ないわ。そろそろ全体の隊列を意識した訓練をしたいと思ってね。そっちは……まだかしら?」


「からっきしダメだな」


 十メートル離れた先にある的を指差す。的の左上に掠めたかのような傷があるだけで、全く命中した様子はない。その代わりに壁や床には大量のへこみや窪みが散見された。


「改善するためには紋様で弾を無理やり命中させるか、ガッチリ固定して動かなくするか……あの紋様を使える奴を連れてくるかだ」


「あの紋様?」


「『星』の紋様だ。重力を操る『星』なら、反動を抑える事ができる」


 ウィルの言葉をライズは聞いた事がある。『蜘蛛』と同じく、触れた物質や紋様を通した武器や自身が身に着けている物が振れている物質、あるいは自分自身に影響を与える紋様だ。重力を操るという呼び名に相応しく、非常に限定的ながらこの惑星が与える重力に干渉する能力がある。


「その紋様って確か……」


「ああ、かなり珍しい。この学園に一人いるかどうかだな」


「いやそうではなく、昨年の第四小隊にいましたよね?」


 第四小隊を支えていた三人の六年生。その一人がその紋様を操っていた記憶がある。


「よく覚えてるな。アスラさん殆ど紋様使わなかったのに」


「そうだったんですか?」


「ああ、あの人紋様使うの下手だったからな」


「えっ?」


 さらりと答えるウィルの言葉に耳を疑う。ライズの思う第四小隊の姿とウィルの言葉が乖離していたからだ。


「……第四小隊の六年生っていうとてっきり完璧超人なのかと」


 ライズの漏らしたその言葉にウィルとクレアが目を見合わせ、同時に笑う。


「な、何ですか?」


「ふふ、ライズ君にはあの人達が完璧に見えたのかしら?」


「ええ、人数のハンデをものともせず戦う姿は完璧と言っていいものでした」


「なるほどね。そうなるとクレアの努力も無駄じゃなかったわけだ」


「何なんですか。何かおかしな事言いましたか?」


 からかわれるという事に慣れていないライズはただひたすらに困惑する。


「いや悪かった。別にどうって事はないんだ。ただ、あの人達は完璧じゃない。全員、尖った実力の持ち主だったんだよ」


「尖った?」


「そうね。ライズ君の紋様術を数段向上させて剣術を素人に毛が生えた程度にしたくらい極端な人が三人いたと思ってくれていいわ」


「はぁ?」


「それを纏めて、見事に指揮を勤めたのがクレアだ」


 二人の説明に唖然とする。今までライズは、いや恐らくこの学園にいる全ての者は、第四小隊の躍進を六年生の三人によるものだと思っていた。だが実際は学年が二つ下の後輩による指揮で全てが賄われていたのだ。


「しかもそれだけじゃないわ。私が電子工学科にいた頃の知識とコネを活かしたガジェットも役に立ったんだから」


「……」


 なぜ彼女は軍事学科に転科したのだろう。今の話を聞くだけでも彼女は多芸に秀でている。少なくとも機械の知識と戦術の知識を共有するというのが並大抵の事ではないというのはライズにも理解ができる。恐らく軍に入れば大成するだろう。


 だがしかし、彼女の才能を機械のみに向ければ、世界を豊かにできるような技術ないし機械を見つけ出す事ができるかもしれない。そちらの方が軍人として生きるよりも遥かに多くの人の記憶に残る。クレアがその事に気付いていないとは到底思えなかった。


「さて、充電も終わった。クレア、指揮してくれ。紋様術で弾を無理矢理曲げる」


「大丈夫なの? あんまり消耗してほしくないんだけど」


「一回だけだ。俺もどれくらい消耗するのか知っておきたい」


 同時に、なぜ昨年の第四小隊が敗北したのかをライズは理解した。第四小隊は三人が軸となっていたのではない。ただ一人が全てを背負っていたのだ。そのただ一人が崩れ、小隊は崩壊した。


「……クルル」


「にゃ?」


「先輩にあまり負担をかけないようにしたい。協力してくれ」


 指揮官の指示に頼るばかりではいけない。そう思考したライズはクルルにそっと耳打ちをした。



 小隊戦の行われる闘技場にある控え室。そこに第四小隊の面々は集合していた。


 小隊戦の相手は第七小隊。昨年度の成績は九位と、中堅に位置する小隊だ。


「去年はあまり強い印象はなかったな」


 昨年の戦いを振り返り、ウィルは第七小隊をそう評する。ライズの記憶にも、あまり第七小隊の記憶はない。


「…………」


「クルルちゃん、そんな緊張しなくていいぞ」


「はい……」


 クルルは意外にも、小隊の中で最も緊張を露わにしていた。クレアに協力すると啖呵を切った手前、責任を感じているのだろうか。


「クルルは、あまり気負わなくてもいいよ」


「そうは言っても……僕、あんまりこういう戦いに出るの初めてだし……」


「そうね、フォーメーションも上手く出来てるし、一人で戦う訳じゃないわ。もう少しライズ君やみんなを信頼してもいいんじゃない」


 こういう時にクルルを勇気付けられるような甲斐性があれば良いのだが、ライズも緊張をしている。正直な話、余裕はライズも無かった。


「……あ、発表されたわ。今回は……白兵戦・バトルロワイヤルね」


 小隊戦には種類がある。戦場を決定する白兵戦、森林戦、廃墟戦の三つ。ここに相手を多く倒す事でポイントを獲得する事を目的とするバトルロワイヤル、戦場を中央で区切り相手の陣地にあるフラッグを奪取する事を目的とするフラッグバトルの二つが加わり六種類となる。これらは試合の十分前に公開され、選手にも事前には知らされない。


「白兵戦か……」


「人数の差が顕著に出るわね。奇をてらった作戦もできないわ」


「うぅ……」


 ウィルとクレアの言葉が緊張しているクルルの身に重くのしかかる。障害物や身を隠す壁のある森林戦や廃墟戦と違い、白兵戦にはそれが一切ない。特に、紋様の応用性の高いクレアやライズは真っ向から戦う白兵戦は苦手な部類になると言える。


「よし、最後のミーティングをするわよ」


「はい」


 試合を前にし戦場を知り、そこから作戦を立案する。小隊にはそうした柔軟性も求められる。クレアの一言で部屋の一点に全員は集合する。


「いい? まずは試合開始と同時に……」



「さあァーーーーッ! お待たせしましたッ!! 小隊戦第一節最後を飾る第四試合!! まずは北口から入場、堅実な戦闘を組み立てる戦術から一変、前衛を四人に増やし攻撃的な戦術に方向転換したと噂される期待のチーム、第七小隊だあああああああああっ!!」


 マイクを通し戦場全体に拡散される実況の喧しい声が入場を控えたライズの耳にも届く。さすがに戦闘の内容を言う事はしないが、戦いの場で実況が繰り広げられるというのも変な話だ。


「……ライズ君」


「うん? ってうわっ!?」


 クルルがライズの手を握る。クルルを見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。


「どうした、大丈夫?」


「ちょっとだけ……ちょっとだけ僕に勇気を下さい」


「え、ちょ、え?」


「脚が震えて……動けないの」


 そう言われ、視線を下に移す、薄暗くてよく見えないが、確かに脚は頼りなさげに震えていた。


「ライズ、励ましてやんな」


「そうは言っても、どうすれば……」


「鈍いわね、男ならそこでハグの一つでもしてあげなさいよ」


 この先輩二人は相も変わらず気が合うようだ。漫才の如く間髪を入れずに物事を言う。そのせいでライズもクルルもよく気圧されてしまう。


「えっと……」


 しばし逡巡した後、意を決してクルルを抱き寄せる。脱力したクルルはすんなりとライズの腕に収まり、受け入れる。


「……んー」


 クルルがライズの胸に顔を埋め、鳴き声のような声を漏らす。


「続いて南口より入場ゥ! 去年快進撃を続け二位の成績を残し、今年大型新人二人を迎えたダークホース、第四小隊の入場だアアアアアアアアッ!!」


「クルル、そろそろ……」


「んー……じゃあ手繋いで」


 ライズの周囲にいる女性は無茶をよく言う。よもやこれから大衆の目に晒されるというのに、手を繋げというのか。ただでさえ二重文様を見せる事がライズにとって不安だというのに、緊張の元を増やされるのはなるべく避けたい。


「よしライズ君、頑張って」


 アウェーの雰囲気が一瞬にして作られる。本当に無茶を言う。いやそれよりもリングコールがされている関係上早く入場しなければいけない。そしてクルルはライズの手を既に握っている。ライズは仕方ないと全てを諦め、クルルの手を握り返す。


「行くよ、クルル」


「うん!」


 隊長と副隊長を先頭にライズとクルルが入場する。手を繋いでいる事は、その瞬間に実況によって拡散された。


「おっとぉ? ライズ選手とクルル選手は仲むつまじく手を繋いでの入場だァーーーー!!」


 非常に恥ずかしい。クルルは先程とは比べ物にならない程リラックスしているが、それに比例するようにライズの緊張が増してゆく。


「資料によると二人は仲の良い友人との事ですが、この入場には一体どんな意味があるのか!?」


 何もない。そう言いたい所だが、ライズがいくら叫んだ所でマイク越しに拡散される声に勝てるはずもない。


「クルル、そろそろ……」


「うん。ありがとう」


 自発的にクルルは手を離し、前へと進む。唯一の前衛たるクルルは、隊の誰よりも前に出なければならない。


「おっと、ここでクルル選手のみ前へ出た。ライズ選手は中衛でしょうか?」


 実況の言う通り、第四小隊の隊列は前衛にクルル、中衛にライズ、後衛にウィルとクレアという構成になっている。ライズが二重文様ではないかとの噂は既に出回っているようだが、それにしても双剣を武器にするライズが中衛を任されるというのはやはり端から見れば違和感を拭えないだろう。


「さあ、試合前から異様な光景になってきました。第七小隊の前衛は四人。対して第四小隊の前衛はクルル選手ただ一人! 四年生学年ランキング七位の実力を持つクルル選手ですが、どう立ち回るのか!? 間もなく試合開始です!」


 試合開始三十秒前、選手全員が各々の武器を取り出す中、ライズのみがその場で棒立ちを続けていた。その姿に観客はすぐさま気付き、声となって響く。


「どうしたー! 武器忘れたかぁ!?」


「立ってるだけじゃ勝てねえぞぉ!! 武器構えろ!!」


 罵声にも似た観客の声をライズは聞き流す。いや、観客の声など聞いている暇も余裕もないのだ。たった一度しかない機会。この試合に勝利するために練られた寸分の誤差も許されぬ作戦。それを完遂するために、ライズは精神を研ぎ澄ませていた。


 試合開始のサイレンが流れる。その瞬間に、戦場は一瞬静寂に包まれた。


 クルル・クレッセントが、消えたのだ。


 いや、消えたのではない。しかしライズに注目していた観客の殆どは、試合開始直後に起きたクルルの変化に気がつくのが遅れた。結果として、第七小隊の前衛四人に一瞬にして詰め寄り、棍を以て吹き飛ばしたクルルを消えたと錯覚したのだ。


 『虎』の紋様。能力は、瞬発力の爆発的上昇。十メートルはあろうかというクルルと前衛四人の距離、それを目に止まる間もなく詰め、攻撃に転じる。直線移動しかできず、反動で数秒間動けないという致命的弱点はあるものの、それを補って有り余る超高速移動。それがクルルの真髄。


 紋様術『山月』。クルルの最高速による接近は大成功し、第四小隊は一挙四点を獲得した。


 小隊戦の試合時間は十分。バトルロワイヤルはその中で相手を転倒させダウンを取った数で競う。また、選手を戦闘不能にした場合やリーダーからダウンを取った場合は五点を一挙に獲得する事ができる。


「……よし」


 クルルが四人を吹き飛ばし、反動で動けなくなったのを確認してライズは背中と両腕に隠しておいた小剣を四本投げ、更に脚から双剣を取り出すとそれを順手に持ち、まっすぐに駆け出した。


「あまり急ぐ必要はないわ。クルルちゃんの保護を最優先して」


「了解」


 右耳のインカムからクレアの指示が届く。クレアの紋様を受信し、また周囲の音を集めクレアに届ける特注の石を使っているのみで機械は全く使っていないとの事だが、未だにライズには信じられない。


「クルル、大丈夫か」


「うん。もう多分動けるよ」


「大丈夫そうね。クルルちゃんは後退して」


「はい」


 インカムを通しクルルにも指示が下される。そしてクルルが後ろに下がると同時に、ライズは前へと進む。


 第四小隊が狙うのは、コールドゲームであった。バトルロワイヤルでは全隊員が連続でダウンを取られる、または二十点の差が付いた時点でコールドゲームとなる。今回は最初の条件、全隊員の連続ダウンを狙っていた。そのためにライズがダウンを取らなければならない相手は、第七小隊副隊長、カレン・レイだった。


 隊の最後尾に位置し、支援攻撃を行う役割のレイ。しかしそんな彼女も前衛が崩され、後方支援の難しい状況となれば実力が発揮できる由もない。


「させるかっ!」


 カレンを守るようにライズの前に立ちふさがる人影が一つ。そう、小隊は普通六人存在する。第七小隊では前衛は四人、後衛は一人、そしてリーダーを守る中衛が一人。合計六人が、この試合に出ていた。


 ガイアス・ウォーレン。第七小隊の隊長だ。制服の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体に恵まれた体躯、その身に相応しい大剣を携え、ライズの接近を待っていた。


「試合開始僅か三十秒足らずにしてこの状況。まさに見事な電撃戦と言えよう。しかし、貴様を止めて試合を覆す! 姫には指一本触れさせん!」


 ガイアスが紋様を発動させる。ライズの持つ紋様と同じ『花』だ。拡散・延長の性質を持つ『花』は、本来与えた衝撃を拡散させる事に使われる。大きく大剣を振りかぶったガイアスの繰り出す一撃が何なのか、ライズには大体の予想が付いていた。


 紋様花『鳳仙花』。地面を叩いた大剣の衝撃は大地を割り、鋭い土の破片となってライズを襲う。


 空中に逃げ、そのままガイアスを飛び越そうとする。しかしガイアスは空中で身動きの取れないライズを見て不敵に笑みを浮かべた。


「空に逃げたな?」


 地面に埋まった剣を引き抜き、そのままライズに向けて振り上げる。


「二重紋様を持っていると期待をしたが、まだまだひよっこだったみたいだな」


「……そうだな。紋様を使っていない俺はただのひよっこだ」


 防御姿勢すら取らないライズに異変を感じ、ガイアスの表情が固まる。何か、先程見たライズの姿と決定的に何かが違う。


「貴様……剣は……っ!?」


 剣はどこだ。そう言おうとしたガイアスの言葉が、身体が、停止する。その背中には、数秒前までライズが握っていた剣が突き刺さっていた。


「いつもより多めだ。覚悟しな」


 裏技『ジ・ファレノプシス』。四本の剣を紋様でめまぐるしく操作し、『蜘蛛』の紋様で拘束した相手を絶え間ない連続攻撃を加えるファノプレシスの上位技。六本の剣によって繰り出される剣の舞いは、ガイアスの気を遥か後衛にいるウィルから逸らすのには十分だった。


「それと、あんたの相手は俺じゃない」


 『蜘蛛』によって全ての動きが緩慢になったガイアスの肩に乗り、ライズは呟く。その直後にライズは高く跳躍し、首を動かして後ろを見る。


「ウィル先輩、準備完了です」


「待ってたぜぇ!」


 インカムを通じてウィルと短い会話を交わす。そして後方で白い光と火花を放つウィルの銃が、そのエネルギーを一気に前へと押し出す。


 蜂刺『ビーハイヴ』。ウィルの持つ電磁投射砲と同じ名前を冠するその技は、ウィルの紋様によって撃ち出された弾の軌道を無理矢理曲げるというものだ。


 ウィルの紋様は『蜂』。能力は、自身が投射した物の軌道変更及び一時的な運動エネルギーの停止。ウィルは自身の打ち出した弾丸を、働き蜂を操るかのように自在に動かす事が可能だった。


 火花を放ち、弾丸は不自然な軌道を描きながらガイアスを直撃する。ライズはその直前に紋様を解き、弾丸の持つエネルギーのままに吹き飛ばされるガイアスを上空から見る。これで残るは一人だけになった。


 地面に着地し、目の前にいる少女を見る。カレンだ。六年生だというのにクルルとも負けず劣らず幼い身体つきをしている。紋様は空気を凍結させる『氷』。問答無用に強力な紋様ではあるが、発動が遅く近接戦闘に置いては全く役に立たない。その無力さを自覚してか彼女は追い詰められた子犬のように涙を浮かべ震えている。


「ひぅっ……」


「……」


 さすがに完全に無抵抗の相手に剣を使う気にはなれない。身体のどこかに触れれば『蜘蛛』で拘束し、優しく倒す事もできる。そう思いカレンの肩に手を伸ばす。


「……姫に」


 後ろから生まれた殺気に反応し、身を翻す。


「……嘘だろ」


 そこには、片膝を着きながらも立ち上がろうとするガイアスの姿があった。


 今回の作戦において、ガイアスは戦闘不能となる手はずだった。ビーハイヴによる一撃を受けて、ダウンで済む筈がないと踏んでいたのだ。しかしその思惑はライズの前で脆く崩れ去る。


「姫に……触るなアァァァァァァッ!!」


 片膝を地に着けた姿勢のままガイアスは大剣を横に薙ぐ。『花』の紋様によって擬似的に剣の射程が引き伸ばされている事に気付いた時にはもう遅かった。『花』による緑色の光がライズの脇腹を抉り、空中へと放る。


「ぐっ……あッ!」


 左斜め後ろに吹き飛ばされ、その身体を地面に着ける。ダウンを取られた。クルルの穫った四点。そしてウィルがガイアスを撃った事による一点もあってまだ得点はこちらの方が大きい。


「ライズ君!? 大丈夫? 一旦退避して、作戦を組み直すわ」


 クレアの声がインカムから聞こえる。しかし、これから一体どんな作戦を立てるというのだろうか。ウィルは紋様を使って無理矢理ビーハイヴの弾道を操作した事で消耗しているし、最高速による奇襲が知られている中、クルルも果たしてこの人数差を覆せるかも怪しい。何より、ライズ自身が今の一撃で全開を出せる状況ではなくなった。作戦は失敗。後はもうひたすらに失点を重ねる事しかできない。


 と、少し前のライズならば考えていただろう。


「クレア先輩」


「何? とにかく、今は退避して。孤立した状況じゃ……」


「一つ、作戦があります」


 ライズの着地した砂煙が段々と晴れる。全て晴れる前に、ライズは懐に忍ばせておいた予備の小剣一本を地面に置いた。



「うオオオオオオオォォォォォォラァァァァァァァアアアアアッ!!」


 紋様弾『蜂球』。機関銃で放たれたゴム弾は五組一対の塊となり、戦線に復帰した第七小隊の前衛四人に襲い掛かる。鍛えられた軍事学科の生徒にとって銃弾を見切る事はそれほど難い事ではないが、それが塊となっていては対処も難しい。各々はそれぞれ散り散りになり、そこに退避しに来たライズが来る。


「ただいま帰還しました!」


「おかえりなさい。でも時間がないわ、作戦って何?」


 散り散りになった前衛の四人を追撃するようにライズが剣を投擲する。作戦を提案している間にも時は進む。前衛はその間を待ってくれるような事はしない。


「コールドゲームを狙います」


「コールドって……また全員からダウンを奪うの?」


 ライズがダウンを奪われた時点で、連続ダウンによるコールドゲームの条件は再びやり直しになっている。ライズの提案にクレアは訝しげな表情で返した。


「いいえ、そっちの条件ではありません」


「はあ!? まさか、今から二十点差付けるってのか!?」


 疲労した身体に鞭を打ち休まず撃ち続けるウィルが口を挟む。しかしそれにも顔色を変えず、ライズは続ける。


「相手の前衛一人からダウンさせ一点奪い、最も消耗しているガイアスを戦闘不能にして五点を奪います。そして、相手リーダーを戦闘不能にする。これで十点。十六点追加で勝利です」


「ちょっと待って、彼を戦闘不能にできるの? ビーハイヴを耐えたのよ?」


「可能です」


 クレアの問に即答する。ライズにはそれだけの自信があった。この小隊には存在するのだ。学園随一の俊敏性を持つ『魔女の黒猫』が。彼女ならば、この状況を打破できる。そう、信じていた。

「僕のアシスト付きでクルルを単騎特攻させます」


「えっ……」


 後ろで身体を休めていたクルルが目を見開く。そして驚きの表情を見せるウィルとクレアをよそに、ライズは顔を動かしクルルを見る。


「例の動きだ。頼めるか?」


 降りかかる期待。プレッシャーにもなりかねないライズの言葉は、しかしクルルにとっては大きな励ましとなっていた。


「……うん! 任せて!」


 立ち上がり、棍を構える。紋様が右手の甲に浮かび上がり、地を噛み締める彼女の足で周囲の砂が震える。尋常ではない気迫に、観客を含めその場に居合わせた全員がクルルの存在を感じる。


「クレア先輩は俺の声がクルルに聞こえるようにしてください。ウィル先輩は前衛の足止めをお願いします」


「……よくわかんねえけど、さっさと頼むぜ、俺はもう疲れた」


 冗談を聞き流し、投擲した剣を手元に戻す。そして『蜘蛛』と『花』の紋様を発動。剣を意のままに操るライズだけの二重紋様が発現する。


「さあ、思いっきり暴れてこい!!」


 小剣を四本投擲する。それに合わせ、クルルが剣を追うように駆ける。


「うわっ! クソ!」


 剣の襲撃を受けた一人がその対処に追われる。しかし同時に迫り来る自在に動く四本の剣を初見で躱す事など、よほど腕の立つ者でなければ不可能だ。剣の一本は前衛の脇腹に刺さり、容赦なくライズの『蜘蛛』がその動きを止める。


「まずは一人」


「ガァッ!!」


 紋様混『虎咆』。勢いのままに繰り出される突きに、拘束された前衛は為すすべもなくその一撃を受ける。


「左だ、クルル!」


 ライズの声に従い、左を見る。ライズの投擲した剣が視線の先を先行しているのが見えた。何の躊躇いもなく、再び剣のある方向にクルルは飛び込んだ。


「……すごい」


 ライズが紋様によって敵の動きを止め、クルルが一撃を加えるという戦術は、クレアも頭の中で描いていた事だった。しかし、ライズとクルルの間にある決定的な近接戦闘の実力差やクルル自身がコンビネーションに向かない戦闘スタイルをしている事もあって断念していた。だがライズはそれを剣の投擲によって埋めたのだ。


 ライズが剣の投擲と操作を戦いに取り入れるというのは知っていた。同時に、剣の操作に集中している時はライズ自身も動けない事、両方を同時にこなそうとすれば消耗が激しくなる事も知っていた。そもそも遠距離からの攻撃ならばウィルがいる事もあり、それほどこの能力を重要視はしていなかった。しかし、今こうしてライズはライズにしかできない方法で、ワンマンプレーが得意なはずのクルルを最大限サポートしている。


「……くっ」


 迂闊だった。全体のバランスを考え過ぎて、クルルの実力に頼りすぎて、二重紋様という唯一無二の武器を持っているライズの力を十分に発揮できなかった。ウィルとの差別化はいくらでもできたし、今思えばライズはガイアスに対して六本の剣を操り連撃を与えていたではないか。ライズの、二重紋様の持つポテンシャルにまで考えが及ばなかった自分を、クレアは悔やんでいた。


「……?」


 悔やんでいる暇はないと、前衛を一人で足止めしているウィルのサポートへ回ろうと視線を外し、異変に気付いた。クレアの着けているインカムに、微かなノイズに似た雑音が走ったのだ。戦いにおいて雑音など当然のように入る。ましてや自身だけではない、三人の音が集まるクレアのインカムにおいては、雑音が雪崩のように入り込んでくる。だが『音』の紋様を司るクレアの耳は、その雑音がウィルの銃声によるものでも、クルルが走った事によるものでも、ましてやその場から動いていないライズが発したものでもない事を瞬時に察した。


「ライズ君! クルルちゃんを左に移動させて!」


「……!」


 なぜか。そう理由を問おうとしたライズの口はすぐさま強く結ばれ、ライズの操る剣は左へと大きく舵を取る。それに釣られるようにクルルも左へと動き、そしてクルルの右側に巨大な氷塊が生まれる。


「ひゃっ!?」


「大丈夫か!?」


「うん、クレアさんの声聞こえてたし、剣も動いてたから大丈夫だったよ」


 突如現れた氷塊の正体をライズは知っている。第七小隊のリーダー、カレンによるものだ。ただ奥で震えているだけかと思っていたが、そうでもないらしい。彼女もまた、小隊に身を置いて戦う戦士という事か。そう考えると、甘い考えで気付かれないようにダウンを奪おうとした自分の考えが馬鹿馬鹿しくなった。


「気を付けて、敵は一人じゃないわ」


「は、はい」


 インカムに内蔵されている石は、クレア個人の紋様に反応を示すよう改造されている。この石は元々紋様を吸収し封じ込め、放出する性質のある石だ。特注した改造品とはいえ、本来の性質は若干残る。そのため近くで紋様が発動すると雑音が走るという欠点があったのだが、まさかこんな場面で役に立つとは思わなかった。少なくとも、去年の間はデメリットにしか働いていなかった。


「……み」


「はい? な、何です?」


 剣の操作に集中しなければならないライズが、しかし先輩の指示を聞き逃す訳にもいかないと神経を研ぎ澄ます。そんな苦労とは裏腹に、クレアは少し恥ずかしそうに視線を外して言葉を繋げた。


「味方もあなた達二人だけじゃないわ。私がサポートするから、対応して」


「……ぷっ」


「笑うなウィル!」


 ライズには聞こえなかったが、どうやらウィルが笑ったらしい。


「と、とにかく、何かあったら私が指示をするから、それに従って」


「そっちもいいがクレア、俺への指示も頼む。そろそろ弾も少なくなってきた」


「そんな……クレア先輩、ウィル先輩の指示に回ってください。俺は大丈夫です」


 二人への指示を同時にこなす事の負担がいかにかかるか、戦術の基礎を学んでいたライズはそれを知っていた。切羽詰まったこの場においてミスを誘発しかねない過負担の同時指示よりも、誰か一人への集中した指示を選んだ方が賢明な判断である事は素人に近いライズですらも理解していた。


「……わかったわ」


「お願いします。ウィル先輩が突破されると、そもそもこの作戦自体が失敗しますか……」


「二人とも、インカムに耳を傾けて」


「……ら?」


 クルルを見ながらも会話に参加していたライズの視界の端がわずかに輝く。目を離す訳にはいかず確認もできないが、その輝きの正体は、ライズには大方の予想が付いていた。


「聞こえる?」


「!?」


 ライズのインカムに聞き覚えのある、しかし違和感の拭えない声が届く。


「クレア先輩!?」


「そう、合成音声だから少し変だけど、気にしないでね」


 調律『無響音叉』。クレアが自身の声を紋様で再現。クレアの紋様をキャッチする石に対し発信する。声を出すという段階を省き、また複数人に対して声を発する事も可能になる。


「さあウィル、私の指示する通りに撃ちなさい。弾数は少なくしてあげるから外すんじゃないわよ」


「それって結局俺の負担増えてないか?」


「ゴチャゴチャ言わないの。十時の方向と一時の上方向、次は十一時、最後に十時と二時の方向に弾を滞空させて」


 ウィルは弾の残り少ない機関銃を地面に放り投げ、腰のベルトに収めていた拳銃を二丁取り出し、トリガーを引く。矢継ぎ早に繰り出される指示をこなすのは決して簡単な事ではない。だがしかし、ウィルにとっては巨大な電磁投射砲の照準に四苦八苦するよりは、こうして拳銃を使い立ち回る事の方が慣れていた。


 スカウト。それがウィルの本職である。物影に潜み斥候、偵察といった隠密活動の他、小型の火器を使用した近・中距離戦闘を行う兵士だ。東洋においては「忍者」という名称のスカウトと非常によく似た役割を担う兵士が存在しているという。


「無茶苦茶言うよなあ……」


 紋様弾『蜜蜂』。拳銃から放たれたゴムの弾丸は乱気流の如く曲がりくねり、距離を詰めようと前進してきた前衛を惑わせる。命中した所でダウンを奪える威力はない。しかしダメージは確実に蓄積される。それを避けなければならないと判断する人間の本能は、前衛を確実に足止めする。


「何が無茶苦茶なのよ」


「多対一の戦闘だよ。少なくとも俺みたいな斥候兵の仕事じゃない」


「不満かしら」


 クレアの問いにウィルは笑みを見せる。


「まさか。後ろで狙撃してるより数倍楽しいさ!」


 紋様弾『蜂花粉』。弾丸を撃ち出し、直後にその動きを止める。長時間は無理だが、三分程度であればこの状態のまま維持する事は可能だ。無論、今はそこまでやる必要はない。


「クレア、次は!?」


「ちょっと待ってて、音で指示を出すわ」


「音ぉ!? んなわかりにくい事……」


 ウィルが視線を動かす。あくまでターゲットは前の四人。しかしほんの右に、一瞬だけ視線をずらす。そこに映ったのは、クルルの姿だった。第一の目標であるガイアスまでおおよそ四メートル。しかし後方からの激しい支援攻撃とガイアスの紋様『花』から繰り出される牽制の前に、なかなか前に進めないでいるようであった。


「…………クレア」


「何!?」


「ガイアスに接触できたとして、カレンちゃんを戦闘不能にするまでどれくらいかかる」


 今のクレアに詳細な計算をする暇はない。ガイアスさえ突破すればクレアへ到達するのに十秒もかからない。とすれば接触からガイアス撃破までの時間が大半を占める。そもそもクレアはクルルとライズがどうやってガイアスを撃破するのかを知らない。様々な思考が頭を巡り、希望的観測を交えつつクレアは口頭で答える。


「……四十秒」


「なるほどね」


 ウィルの望む時間よりも少し長い。しかし、無理をすれば不可能ではない。


「クレア」


「今度は何!」


「ちょっと無茶するぜ」


 ウィルの手には一丁のライフルが握られている。二丁の拳銃は空中に放られ、ゆっくりと回りながら落下を始めていた。


 ライフルを脇で固定し、狙いを定める。銃口の先に見えるは、第七小隊リーダーのカレン。その距離は七十メートルは離れているかとウィルは目算する。


「悪いなガイアス。大切な姫を驚かせるぜ」


 トリガーを引く。それと同時にライフルを手放し、空中に放られていた拳銃をその手に掴む。そして、ほんの数秒ながらもウィルの銃撃が止み自由になった第七小隊の前衛四人が一斉に襲いかかる。


 カレンに撃った弾丸はただの弾ではない。弾頭に衝撃が加わると破裂し、あらかじめ仕込んでおいたクレアの紋様が解放、爆音が流れる仕組みとなっている。鼓膜が破れる事はないだろうが、集中力の必要になる紋様の使用を妨げるのには十分だった。


「さあ、何とかしてくれよッ!!」


 クレアの指示を無視した以上、最早彼女の戦略的かつ無駄のない、必要最低限の弾と紋様で切り抜ける指示が来るとは思えない。ならば、後はもう一人でこの場を耐えるしかなかった。


 ありったけの弾丸を高速で撃ち出し、自身の紋様で滞空させる。そして拳銃を放り投げ、背中から二丁の散弾銃を取り出す。ウィルの持つ最後の銃。しかもその性質上、弾数もそれほどない。今から四十秒を果たして耐えられるかどうか、ウィルには判断がつかなかった。



 機械音と爆発音が混じった頭痛を引き起こしそうな音が前方から聞こえ、カレンが耳を抑えるのをライズは確認する。何が起きたのか、その答えはインカムから流れてきた。


「くっ……! ウィル!」


 怒り、あるいは苛立ちの浮き出た声でクレアが叫んだ。なるほどウィルの差し金かと理解し、この上ないチャンスを得たと口角を上げる。


「クレア先輩、後は大丈夫です」


「大丈夫って、まだ距離はあるわよ!?」


 クルルのリーチは踏み込んだ距離を含めおおよそ二メートル。カレンの攻撃は収まったとはいえ、まだガイアスとの距離は八メートルはある。


「問題ないです。ウィル先輩の指示に回ってください」


 真っ直ぐクルルが突進する。それを迎え撃つべくガイアスが大剣を突き出す。『花』の紋様によって大剣は擬似的に引き伸ばされ、クルルの目の前へと迫る。


「……跳べ、クルル」


 剣がクルルの額に差し迫り、激突する。そう思われた瞬間。クルルはまたもや『消えた』。


 猫がしなやかな身体と優れた瞬発力を以て上へ上へと飛び移るように、クルルは空中を蹴り上空へと跳ねる。


「これは……!?」


 周囲に目を向けられないウィルを除いた全員が驚く中、最もその現象を間近で目の当たりにしたガイアスがいち早く気付く。剣だ。二重紋様によって操られた小剣がその場に留まり、クルルの足場となっていたのだ。


「……フン」


 ガイアスが鼻で笑う。最初こそ驚いたが、仕組みがわかっていればなんら驚く事ではない。空中で自由に移動できる訳ではないのなら、いくらでもガイアスの紋様で仕留める事は可能だ。


「なるほど、二重紋様と高い身体能力があってこその連携だ。だが、甘かったな」


 剣を上に向け構える。飛び越えようとしているのか上から強襲しようとしているのかは知らないが、紋様で射止めれば同じ事だ。


「終わりだ第四小隊!」

 その叫びと共に突きが繰り出される。しかしその動きは、背中に生まれた違和感と共に急激な鈍りを見せた。


「……こ、これは…………!」


 剣が、突き刺さっていた。刃は抜かれてある模造刀。しかし、誰かが今も剣を支えているかのように、しっかりと剣はガイアスを突き刺し続けている。


 先刻ガイアスにコールドゲームを阻止されたライズが地面に忍ばせておいた剣。それらはずっと『蜘蛛』と『花』の紋様でライズが自身と繋いでいた。それを今動かし、奇襲を仕掛けた。


 本来、ライズの二重紋様は運動エネルギーの方向を変化させる事しかできない。地面に置いた剣を動かすというのは不可能なのだが、ライズはこの間行われた実験の結果を受け、一つの発想を得ていた。


 常に触れていなければ効力を発揮しない『蜘蛛』を『花』で引き伸ばし、剣を操っている。ならば、ライズと剣の間には見えない繋がりがあるはずである。ライズはこれを「糸」に見立てた。


 後はライズの持つイメージ力と紋様の才能が解決した。『花』によって伸ばす剣とライズの繋がりを制限し、無限に出続ける毛糸玉のような状態だったのを釣竿とルアーのような状態にしたのだ。


 しかしそんな事など当然ガイアスは知らない。一体どこから剣が来たのかを知らないまま、その動きは拘束されクルルを仰ぎ見るのみとなる。


「これで終わりだ」


 頂点に達していたクルルがゆっくりと自由落下を始める。重力に付き添い、徐々にその速度を増して行く姿は、ただ見つめる事しかできないガイアスに一種の恐怖を与えた。


「糞ッ! こんな……四年生二人なんぞにぃいいいいいイイイイイイイッ!!!!」


「……ニャァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」


 獣牙『キャットパッド』


 ガイアスの脳天をクルルの棍が思い切り叩く。圧倒的なエネルギーで発生した衝撃は『蜘蛛』による拘束を振り払い、ガイアスを地面に叩き伏せる。そして小隊の得た点数を表示する電光掲示板に『ガイアス戦闘不能』の表示が彼の顔写真と共に大きく出され、第四小隊に五点が入る。


 しかしこれで終わりではない。リーダーのカレンを叩くため、クルルは一息つく間もなく前へと前進する。カレンの紋様も、もう間に合う距離ではない。

「なっ……しまった! 全員戻れ!」


 ガイアスが倒れた事に気付いた前衛四人が急いで進路を変更する。が、当然間に合う由もない。


「ええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!」


 頭を軽く小突くクルルの一撃がカレンを打ち抜き、目を回しながら倒れる。電光掲示板に『カレン戦闘不能』と表示され、二つの小隊に二十の点差が開く。


「試合終了オオオオオオォォォォォォォォォウッ!! 何という事か、激戦を制したのは第四小隊だアアアアアアアァァァァァァァ!! 人数のハンデを乗り越えクルル選手の俊敏性を活かした戦いで見事コールドゲームの状況を作り出したアアアアアアアアアッ!!」


 テンションの高いアナウンスがライズの耳を叩く。ライズの発案から試合終了まで僅か三分二十三秒。試合総計六分四十八秒という電撃戦。今思えば、最初の作戦が崩された時によくも戦線が崩壊しなかったものである。ウィルとクレアが攻撃的な布陣の相手を足止めしたおかげだろう。それも簡単な事ではない。昨年度二位という栄光を掴んだ実力は本物であるらしい。


「ライズ選手!」


「はい? ……うわっ!」


 剣を納め、天を仰ぐ。そういえばこの試合が終わったらクレアとデートに行く約束があったけかなどと思いつつ、名前を呼ばれ声の方向を見やる。すると、多数の重そうな機材を持った十数人の塊が押し寄せてくる。


「見事な勝利でしたライズ選手、一言感想をどうぞ」


「え、あの、先輩やクルルの力があっての勝利だと思いま……」


「剣が浮遊したりまるで生きているかのように動いていましたが、噂の二重紋様なのでしょうか」


「はい、二重紋様です。もしかしたら否定的な見方をされる人もいるとは思いますが、ここまで支えてきた仲間に感謝し……」


「入場した時にクルル選手と手を繋いでいたようですが、お二人はどういう関係で?」


「な、仲間であり僕を変えてくれた恩人でもあります」


 学園名物、記者洗濯機。小隊戦終了直後に押しかけ、活躍した選手を質問責めにする。例え囲まれようとも軍事学科の生徒ならば容易に突破は可能だ。しかしそれでは取材ができないと、記者達は選手をもみくちゃにする事でそれを防ぐ。今では疲労した選手と記者軍団のやりとりも一つの名物と化している。


「はいはい、取材なら後で受けるから、新人に変なトラウマ植え付けないでくれる?」


 輪の外から記者の包囲網に穴を開けるが如くウィルが割入る。どうやらウィルとクレアにはそれほど記者は向かわなかったらしい。戦闘の知識がある者ならば二人の活躍はわかるはずだが、記者にそんな事を言っても仕方がないと諦め、素直に助けを求める。


「ちょっ、これどうすればいいんですか?」


「ようし任せろ」


 肩を回し、ウィルが人混みの中へ割り込む。スカウトの手腕といった所か、満員電車が如く密集している記者の群れに穴を開けるようにかいくぐり、ライズの腕を掴む。


「そい!」


 そのまま強引に引っ張り出す。ウィルによって作られた隙間を通ったライズは今まで身動きが取れなかったのが嘘のように解放された事に呆気を取られる。


「さて……クルルちゃんは逃げたみたいね。私達もさっさと逃げましょう」


 クレアとウィルが先導してライズを出口へといざなう。辺りにクルルの姿は見えない。彼女の素早さならば記者に捕まる事もなく逃げるのも容易だろうが、人懐っこいクルルが人を避けるのは少し妙に思えた。


「……勝ったんですね、俺達」


「おっと試合の振り返りと反省会は控え室に帰ってからだ。今は兎にも角にも逃げな」


 後ろをふと見ると、記者が追いかけてきているのが見えた。機材を持っているのもあってか追い付く事はなさそうだが、それでも諦めない彼らの根性には感心すらしてしまう。紋様を使い披露した頭で取り留めもなくそんな事を考えながら、ライズは足を前へと進めた。

「クルル」


「ん? お、ありがとう」


 控え室に戻り、四人はひとまずその疲れを癒やす。一足先に戻ってきていたクルルの隣に座り、ライズはスポーツドリンクを手渡す。


「どうしてインタビューから逃げたんだ?」


「あはは……ちょっと怖くて」


 怖いとは、なかなか言い得て妙かもしれない。人の波が迫るというのはやはり恐怖だ。そこに闘志があるのなら迎え撃つという事もできるだろうが、記者達が放っていたのは闘志とはまた違う、執念のようなものだった。突然でもあったし、本能で逃げたクルルは案外賢いのかもしれない。


「でも、決まってよかったね!」


「何が?」


「ライズ君の提案したコンバットパターンだよ。実際にやるのは初めてだったけど、思ったよりも簡単……」


「ちょっと待って、あなた達、あれをぶっつけ本番でやったの?」


 端末をいじりながらストローに口をつけていたクレアが突如口を挟む。


「はい、ライズ君に説明はされてましたし、ライズ君の剣が僕の速さに対応できるかとかの確認はしたんですけれど、剣だけを追いかけて目の前に出てきた人を倒すっていう動きは初めてでした」


「……冗談でしょ」


「クルルは身体能力高いですから、何とかなりました」


 そういう事を言っているのではない。手足のように動かせるとはいえ遠隔操作をするライズが、四年生で七番目の実力を持ち学園でも五本の指に入るであろう素早さを誇るクルルとリハーサルなしで息を合わせ、あれだけの結果を残した。その事実に驚愕しているのだ。


(……これは、とんでもない逸材を掘り起こしたかもしれないわね)


 そもそもよく考えれば、クルルの進むべき道を求めながら剣を操り、攻撃を繰り出すというのは尋常な事ではない。クレアの行う同時の指示とはまた異なる、一人に対する徹底されたリアルタイムのコマンド。そして自らも戦いに加わる紋様の実力。特に紋様に関しては、二重紋様という特性だけでは説明がつかない程の能力を有しているように見える。目視が難しい紋様には対応できていなかったが、インカムに内蔵された石の特徴を活かし訓練すればその課題もクルアできる。もしそうなれば、この隊はこの上なく強くなれる。期待と希望。その二つが混じり合いながら、クレアは目を輝かせた。

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