友人関係>恋人関係
この作品に登場する主人公(男)とヒロイン(女)に名前はありません。自分の思い浮かべた名前を当てはめて、お楽しみください。
いつも一緒に居たわけだし、他の男連中よりは、近い場所に居るつもりだったから、もしかしたら………なんて、淡い期待もあったわけ。
だからさ、思い切って――
「付き合ってくれ!!」
……告白。けどさ、
「すまない……私はキミを異性として見ていたわけじゃないんだ」
文字通りの“玉砕”ってやつ。俺の初恋はこうして幕を下ろしたんだけど、友達としての関係は、現在も続いている。
出会ったのは中学の入学式で、告白したのは中3の秋。そして今は大学の3年生だから、かれこれ10年近く友人関係が継続中。大学はお互いに違う学科なんだけど、休憩時間に顔をあわせたりすれば、ちょっとした会話もするし、飯だって一緒に食べることもある。
告白以後は気まずい関係になってしまうんじゃないかと思ったが、現在も友達としての関係は良好のようだし、なにより、気兼ねせずに話せる相手が居るっていうのはこちらとしてもありがたいんだけど、やっぱ異性として見られてないんだと思えば、寂しい気にもなる……なんだか複雑な気分だ。
こうして、どっちつかずな関係のままで、大学進学から3度目の夏休みに入ったわけなんだが、俺は夏休みを満喫しているわけでもなく、週4日のコンビニのアルバイトに精を出している。
コンビニは社員も含めて男店員の割合が高い。そんな理由かどうかは知らないが、客も少ない。駅から徒歩5分という立地にも関わらず……だ。こうしてヒマをもてあましている間も、客といえば雑誌を立ち読みしている中年のおっさんくらいなもんで、店内はますますむさ苦しい男ばかりの状態……。同じ時期にアルバイトを始めた他の店員は、奥(控え室)で休息中。そんなわけで、俺一人がレジ前で客を待っているんだが……ヒマだ。雑誌を立ち読みしているおっさんも、一向にこちらに商品を持ってくる気配が無いし……。
♪~♪~
「いらっしゃいませ~」
無機質な電子音が来客を告げ、反射的に俺は声を出す。店内に入ってきたのは、どうやら見知った人間らしい。というか“友人”だった。
「やぁ、随分とヒマを持て余しているような感じだな……」
「そう思うんなら、店の売り上げを手伝ってくれ」
「やれやれ、横暴だなキミは」
そう言いつつも、どこか嬉しそうに目を細める友人は、店内の商品を物色するでもなく、俺のいるレジの前へ。
「何も買わないのか?」
「そうだな……買いたいものは、唯一つだ」
「さて、レジ前にはタバコぐらいなものしか無いんだが……」
「ふふ、他にもあるじゃないか……」
悪戯っぽく口角を歪ませた友人は、ひとさし指を向ける……そう、俺に――
「申し訳ありませんが、俺は非売品なんですよ」
「そうか?私の目には値札が付いているように見えるんだが」
「そりゃ眼科をおススメしますよ。……ちなみに、幾らなんだ?」
「840円」
「安っ!てか税込み価格!?」
俺の返し(ツッコミ)に満足気な表情を浮かべている友人は、一向に指を俺から外さない。さて、どうしたもんだか……
「……ま、あと2時間ほど待ってくれりゃ無料で引渡し出来るんだがな……」
「そうか、ならば待たせてもらおう」
◇
「悪い、待たせた……」
「何、かまわんさ」
定時を向かえ、待たせたままでは気分も悪いから速攻で着替えを済ませようとしたんだが
「おい!あの美人と知り合いなのか?」
だの
「か、彼女なのか!?」
だの
「くぅ~!うらやましいぜチクショウ!!」
などと、更衣室(控え室)にいた店員(男)からの質問攻めにあい、結局、定時から30分も過ぎてようやく解放されたわけだ。
「んで、俺に何の用なんだ?」
「ふむ、それは私についてくればわかることだ。それより……なにか感じないか?」
「ん、そうだな……2時間ちょっとの間に服装が普段着から浴衣に変わっているようだ……おそらく幻覚だろうが……」
いつの間に着替えていたのか、友人はいつものTシャツにジーンズという格好から、藍色の浴衣姿に。まぁ似合ってるっちゃ似合ってるんだが、今日って何かあったんだろうか?
「いやいや、キミの視力はいたって正常だ。つまるところ、今日は花火大会という夏の一大イベントが開催されるから、それに合わせたんだ」
「そうだったっけ?」
「……キミがアルバイトをしているコンビニにも、でかでかとポスターが貼られていたじゃないか」
「まったく興味が無いものは視界にも入らない」
「やれやれ……そこで、普段からアルバイトをしてるか寝ているだけのキミを、心優しい私がエスコートしてあげようと思ったわけだ」
いや、そんな胸を張るような内容か?というか――
「単に自分が楽しみたいだけなんじゃないのか?」
「それもある」
「あるんかい!まぁいいや、そんな事より他に誰が来るんだ?」
「は?」
「は?」ってなんだよ……。だいたい祭りとか花火大会ってのは、大勢で楽しむものなんじゃないのか?
「キミは他の友達よりも付き合いが長いわけだし、気兼ねする必要もないわけだし……なにより、出不精のキミを連れまわすことで、キミの運動不足も解消され、一石二鳥!」
「なるほど、俺を引きずり回すのか……しかし、それってデートというものじゃないのか?」
「そうだな」
「否定しないのか。まぁいい、花火までには時間もあるだろうし、とりあえずは出店でもまわるか」
幸い、一昨日バイト代をもらったばかりだし、財布もそれなりに融通が利く。まずは腹ごしらえでもすっかな。
◇
「ってか、始めにポップコーンってチョイスはどうかと思う……いや、そもそも出店でポップコーンなんて初めて見たけど」
「美味いぞ。食べないのか?」
「普通、出店の定番って焼きそばとかたこ焼きなんじゃないのか?」
「それはメインディッシュだ。まったく、キミは献立もまともに組めないのか?」
なんで説教されなきゃならんのだ……ってか、献立てってなんだよ。
それにしても、この“友人”はよく食う。なぜかポップコーンを前菜に始まり、フライドポテト、イカ焼き、たこ焼き、焼きそばにハシ巻きお好み焼きと続き、デザートとしてりんご飴にカキ氷……。合計3千円近くを食い物に費やした。むろん、この金額は“友人”が一人で食べた分なんだけど……。
「なんだ、随分と食が細いようだな」
「いや、俺は普通だよ……」
「そうか?まぁこういう縁日だからな、食が進むんだ」
「なるほど……」
その後は冷やかし程度に金魚すくいや射的、輪投げなんかをして遊び、暗くなるまで時間を潰す。そして、打ち上げ花火の時間までには、まだ少し時間があるなというときに、友人は俺の手を引き、人通りの多い河川敷からは真逆の方向へと足を向ける。
「おいおい、いくらなんでも不法侵入は立派な犯罪だろ」
「こういうのも立派な青春だろ?まぁ細かいことは気にするな。というより、この“ビル”は私の所有物だから法になど触れん」
「さらっとすげえ事言ってる自覚はあるか?」
“ビル持ち”なんて初耳だ。そもそも、コイツの家って普通のサラリーマンじゃなかったのか?
「あまり驚きはしないんだな」
「人間っつーのは、驚きすぎると逆に冷静になるらしい」
「なるほど。私としては「嘘っ!マジかよっ!?」と驚愕するキミの表情を期待したんだがな……迂闊だった」
「それより、“所有物”ってのは……」
なんでも、両親はごく一般のサラリーマンだが、祖父が不動産屋なんだとかで、実のところはこの4階建てのビルも、友人の祖父の“所有物”らしい。
「まぁ実質的には私のものに違いないんだが、そんなことはこの際気にするな。今はまず、花火だ」
「色々と引っかかるんだがな……まぁそう言うなら、聞かないでおいてやるよ」
「ふふ、キミならそう言ってくれると思っていた。さぁ、とりあえずは屋上へ行こう」
と、案内されるままにエレベーターへと乗り込み屋上へ。
「はぁ~……こりゃまた準備万端って感じだな。もし俺が来なかったらどうするつもりだったんだ?」
エレベーターの扉が開いた先には、二人分のイスとテーブル、それに大きなクーラーボックスなんかも用意してある。
「ふふ、キミの性格は把握しているつもりでね。多少強引な誘いなら、キミは断らないと確信があったんだ」
「やれやれ……」
「とりあえずは座ってくれ。まずはこのクソ暑い中、色々とつれ回したから喉が渇いているだろう?」
と、差し出されたのは、クーラーボックスの中で氷漬けになっていたビールだ。重ねて言おう、安物の発泡酒や第3のビールではなく、紛れもない“ビール”である。
「随分とリッチな飲み物じゃないか?あとで請求書が送られてくるというオチが付く可能性が否めん……」
「安心しろ。キミからお金を巻き上げるつもりなんてない」
「そうか、そりゃ安心だ」
「どれ、まずは乾杯だ」
プシュっと炭酸独特の音が、静かな屋上に響く。どちらともなく「乾杯」と缶を重ね、一口を含み口の中に流し込めば、爽やかな喉越しと、後口のよいほろ苦さが……はぁ、久しぶりにビールなんて飲んだが、
「美味いな!夏はやっぱりビールだわ」
「ふふ、そうか。ならばじゃんじゃん飲んでくれて構わん」
「ほぉ……俺は遠慮なんてしない性格なんだが?」
「把握済みだ。それを踏まえたうえでコレだけ用意したんだ」
どこまでも見透かされてるな、俺。それにしても、今日はなぜこんなにも機嫌が良いのだろう……?なんて思いつつ、早速2缶目のフタに手をかける。
「さて、ここでキミに要求したいものがある」
プシュっ!
「やっぱりボッタクリか!今の言葉で思わずフタ開けちまったよ!!」
「なぁに、安心しろ。金銭要求じゃない……そうだな……要求というよりも、譲渡したいものがあるんだが……」
「なるほど……押し付けというやつか。生ものでなければある程度は引き受けるが、不燃物や粗大ゴミ的なものは勘弁願いたい」
ニヤリと口元を緩めた友人に、俺もおどけた感じで言葉を返す。まぁコイツに限って無理なものを押し付けるつもりはないのだろうが……はて、一体何を俺に押し付けるんだろう?
「残念なことに“生もの”なんだが……」
「おい、ペット的なもんは駄目だぞ」
「ふむ。まぁキミがその“モノ”をどう思うかは知らんが、まずは実物を見てから判断してくれ」
と、言うが早いか友人はイスから立ち上がり、おもむろに俺の前に足を踏み出す。テーブルから離れ、一歩、また一歩と足を踏み出し、ついに俺との距離は1メートルをきった。
「なんでそんなに近づくのかは知らんが、その“モノ”はどこにあるんだ?」
「ここにあるじゃないか……キミの目の前に……」
「は?何言って――」と、言葉が口から出るより先に、友人は俺にもたれかかるように身体を密着させる……。ビールを一気飲みしたせいでアルコールに早くも支配されつつある脳みそをフル稼働させ、幾度か瞬きをして視界をリセットさせてみるが、やはり俺の視界は友人の顔でいっぱいになっている。
「俺は一度、フラれているんだがな……」
「そうだな……私は一度、キミの告白を断っている」
「じゃあ、なんで――」
俺にとって、友人との関係は友達であって、告白してフラれてからも、その関係はそのまんま……。だからこれ以上の進展は、絶対にありえないと思っていた……なのに――
「そうだな……わかりやすく言えば、あの時、私たちは若かった……ということだろうか……」
「は?」
「まぁ、まずは私の話を聞け。要するに、だ。私たちはあの時、中学生だった…… だからというのは言い訳になるのかもしれないが、あの時は愛だの恋だのというものを、私はよく理解できていなかったんだ……。だからキミの告白を断った」
そう言いながらも身体を離そうとしない友人は、なおも言葉を吐き出そうとしていたので、俺も黙って耳を傾ける。
「けれど、なぜだろうな……キミとの関係は友人としての関係なのに、私は日を追うごとに、この関係に物足りなさを感じ始めたんだ……」
「んで、なんでこの“体勢”なんだ?俺としては非常に嬉しいことなんだが。なんせ美人と密着してるわけだし……」
「ふむ、美人だと思ってくれているのが唯一の救いだな。なにせ、私は切羽詰った状況になると言葉よりも先に行動に移してしまうらしい」
「それはつまり、この体勢が答えだということか?それには色々と引っかかることが多い。友人としての関係からこの体勢に移行するにしては、過程をすっ飛ばしすぎだろう?」
「だから言っただろう?私は今、切羽詰っている状況なんだと」
◇
「キミを異性として意識し始めたのは、高校に入ってからだ。キミは鈍感だから知らないだろうが、割とキミに惹かれる女子は多かったんだよ」
なんてこった!なんでそれを行動に移してくれなかったんだよ……。おかげで高校時代は悲惨な青春を送ったんだぞぅ!
「キミは変わらず私に接してくれていたから、結果として私が他の女子を遠ざけるような形になったんだがな」
まさかの敵は友人だったのか!!
「私の友人たちも、キミと私の関係を必要以上に勘ぐっていたからね……結果とてそれが、キミを意識させたんじゃないかと思う」
「なるほど……んで、明確な結論に至った理由はいつ頃だったんだ?」
「……どうやらキミは、好きなものは先に食べる性格のようだな。そこまでは把握してなかったよ」
ごもっとも。嫌いなもの食って腹を膨らませたあとじゃ、好きなものを食べた時の感動も半減すると思ってるし。
「結論に至ったのは、去年だ」
「割と最近なんだな」
「まぁ聞け。……キミはよく、私に知人を紹介してくれたが、私も同様に、キミを紹介して欲しいと頼まれたことがある」
「何!?美人か?ってか紹介された記憶は無いが」
「……この状況で、よくもまぁ残酷な台詞が吐けたものだな。まぁ紹介してないから記憶に無いのも当然だがな」
「くそぅ!美人だったら迷わずお友達になってたのに……って、イダダダダダダ!!!!???」
おもいっきりほっぺたつねられた。あ~もぅ絶対真っ赤になるよ俺の頬!ちょっとは加減しろよな!
「紹介しなかったのは、私が嫉妬に駆られたからだ……キミはよく私と接してくれていたが、他に女性と接している姿を見たことが無かった……だから、キミが他の女と仲良くしている姿を想像したら……その……」
と、急にモジモジし始めた友人は、頬を真っ赤に染め上げている。やべぇ、理性崩壊しそうなくらい可愛い……。
「一度キミの告白を断っているクセに、随分と虫のいい話をしていると思われても仕方がないが……私は、いまさらだが……キミが好き……なんだ……」
「なるほど……確かに、都合のいい話だな」
俺の言葉に、友人はビクっと身体を震わせる……。顔は俯き、その表情は伺えない……けど、意を決したように顔を上げた友人は、俺の言葉の続きを待っているようで……。
「一度フッてるくせに、いまさら好きですなんて言われても、こっちにもこっちの事情ってのがあるしなぁ……」
「……っ!?」
また、ビクっと身体が震える。って、あんましイジるのはやめとこう。報復が怖いし。
「んでもま、あん時から5年か……随分と長い間、待たされたもんだよな」
「……え……?」
「いんや、なんでもない。さて、一つ聞いておきたいことがあるんだけど」
「な、なん……だ?」
あまり真剣な言葉を返すってのは、俺の性に合わん。だから、俺はこんな言葉を口にする。友人は笑っている俺を不思議そうに思いながらも、何を言われるかわからない不安からか、少し身構えているようだった。
「俺が受け取る“モノ”ってのは、返却しなくてもいいんだよな?」
「そ、そうだな……受け取ったらもう【返却不可】だ」
「なんか高い買い物をした気分だが、まぁいっか。“生もの”だから、一生をかけて世話しないとな」
再び笑いながら言葉を返すと、友人はこう付け加えた。
「出来れば“愛情”も与えてやって欲しい。なにぶん寂しがり屋だからな」
だって。
「手間もヒマもかかりそうだな……ま、いっか!!」
ヒュー………………
………ドオォーォォオン!!!!
その日、俺と友人との関係は、一発目の花火が夜空に咲いた頃に“友達”から“恋人”へと変わっていて、アルコールで酔ったらしい“恋人”は、テーブルに突っ伏しながら、こう呟いた。
「……一生、世話をしてやってくれ……きっと全力で……私はキミに応えてくれるから……」