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第二幕(3)

『CSC』を出発した利賢は、久しぶりに中央図書館へ向かうことにする。

※この物語はフィクションです。作中に登場する人物・組織・団体その他もろもろは、現実とは一切関係の無いものです。

 私が孤独感と戦っている間、水鳥川さんは狙われそうな怪しい場所の目星をつけていたそうだ。

 これ以上被害を出したくない警察としての、あくまで〝予想〟である。信憑性(しんぴょうせい)は皆無だ。

 もっとも、推理もろくにできない、ミステリー小説を書くだけの私が言えたことではないのだが……。

 いやはや、本当に無力だ。

「それで、どういうのが怪しいんですか? ぜひ聞かせてほしいのですが」

 この件が終わったらファンタジーものを書こうとしている私には必要のない知識かもしれないが、普通に、生理的に知りたくなったので思い切って聞いてみた。

「そうですね……真っ先に疑う場所は、やはり人目のないところですね。防犯カメラの死角とか……」

 なるほど。まあこれは鉄板だろう。……しかし意外にも、あっさり答えてもらえたので驚いた。

「それから、逆に人の多い場所、とか」

 もう一つは実に興味深い答えだった。

「テロリストの目的は大体、自らの主張や要求を武力によって示すことですからね……。まあ例外的なものもありますけれど。あえて目立たせることも多いんですよ? 犯行予告とか、自爆とか――」

 そう言われてみると確かに、いつもニュースでよく見るテロなんてものは、やり方が過激なものが多い。小説内では、インパクトを与えたい時だけ過激な行為をさせている。どんな話であろうと山があり谷があるからだ。

「――ですから、爆発物が隠しやすく、なおかつ人が多く集まる場所。そんなところも狙われやすいんですよ」

 水鳥川さんはさわやかにそう言った。だが気のせいだろうか、彼の瞳からは重いものを感じた。

「参考になりました。まあ、もうその手の小説は書かないつもりですが」

「そうですか。大切な収入源なのにやめちゃって平気なんですか?」

 重苦しい雰囲気を払うためか、もともとこういった軽口が好きなのかはわからないが、明るい話題を振ってくれるのは私としてもありがたい。

「また大ヒットさせますよ。それに、芥川賞とか、直木賞とか。一度狙ってみるのも悪くないなー、とも思いましたし」

「はは、それも悪くないかもしれませんね。頑張ってください」

 冗談半分、半分はもちろん本気で言っているのだが、水鳥川さんは冗談だと思ったようだ。

 まあ、今はまだライトノベル作家なのだから仕方ないのかもしれない。

「それでは嶌村さん、くれぐれも気を付けてお過ごしくださいね」

「わかっています。早々に解決していただけるのを待っていますよ」

 そう言って――待つしかない。待つことしかできない。

 私は何もできない。

 無力だ。無力で、どうしようもないくらいに悔しい。

 昔はけっこう精神論を語っていたりもしたのだが、今ではそれほど虚しいことはないと思う。

 スポーツではいいかもしれないけれども。現実では、どうにもならないことは、本当にどうにもならないというものだ。逆にどうにかなることは、勝手にどうにかなってくれる。

 それを今、身をもって体験している。

 根性があろうと。気力があろうと。やる気があろうと。

 無理なのだ。どんなに願っても――無理なのだ。今ほど〝無理難題〟という言葉がしっくりくるなんてことはないだろう。

 時計を見ると午後6時を示していた。意外と長い間ここにいてしまったらしい。

 だが、時間を浪費するのは悪くなかった。とりわけ趣味もない私だ。帰宅してもすることがない。

 そういえば中央図書館が閉まるのは午後8時だったな、ということを思い出しつつ、薄暗い夕焼けの光が差し込む駐車場から、私は車と一緒に図書館を目指すことにした。




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




 街のはずれから図書館まで戻ってくることが、こんなに時間のかかることとは(道が混んでいたこともあったのだが)……閉館時間ぎりぎりになってしまった。

 私は広くない図書館の駐車場に車を停めた。もっとも、閉館時間が迫っているだけあって、停まっているのは私の車だけというなかなか寂しい状況だった。

 入り口の種類はわからないがたくさんの花の香りが漂っていた。リラックスさせる香りなのか、私はさっきとは打って変わってとても気分がよくなった。

 図書館をいつも見てはいるが、中に入るのは久しぶりのような気がする。何か新鮮だ。

 相変わらず本の行き場がない、といった感じだろうか。ところせましと本が置かれている。

 改めて時間を確認すると、8時にはなっていないがもう間もなく閉館時間になるといった具合か。

 今私は書庫カウンターを目指している。この図書館は、貸出カウンターと書庫カウンターがあり、貸出カウンターでは名の通り本の貸し出し手続をしてくれる。

 では、書庫カウンターとは何かと言われると、実は私もよく説明できない。とりあえず、書庫に収蔵されている本を読みたいときなどに利用するところだが、書庫に何が入っているのかはおそらくあまり知られていないだろう。まあ、最近はデータベース化したようで、ようやく書庫にある本が調べられるようになったらしいのだが。真相は定かでない。

 いやしかし、久々に来たからには(あずま)館長と話をしないわけにはいかない。館長は、書物管理のトップ(?)なのでいつも書庫のカウンターのところで座っている。

 しかし、本当に図書館は静かである。たまに、小学生の集団が来てうるさいときもあるが、今は人の気配すら感じられないくらい静かである。

 私はこの雰囲気がたまらなく好きであった。孤独を感じるわけでもなく、ただのんびりとした気分になれる。いつも賑やかな場所が静かになるのとは別である。


 東館長は、いつも通りその席に座っていた。

「おお。嶌村君じゃないか。久しぶりだね」

 なんだかものすごく懐かしい声が聞けた気がする。

「お久しぶりです、東館長」

「ずいぶんといい生活をしているようだね。元気かい?」

 ……昔と見てわかるほど変わっただろうか? 確かに収入は天と地ほどの差があるとはいえ……。

「〝日本近未来史〟、読んだよ。なかなかエグイ話を書いているじゃないか」

 うっすらと笑みを浮かべながら、東館長はそう言った。読んでいたのか……。

 しかし、〝エグイ〟とは……そこまで言うか。

「知っておられたんですね。では、今私が置かれている状況も……?」

 東館長は、頭をかきながら、カウンターに置いてあったコーヒーを飲んでこう言った。

「もちろん知ってるよ。……正直、気分が悪いな」

 何に対してなのかはわからないが、とにかく東館長の機嫌があまり良くないのはわかった。

「どこの誰だか知らないけれど――本はあくまで読み物なのだよ。言ってみれば、一種の娯楽であり、作者の虚構。どんなに感情移入できる名作だとしても、現実とは切り離して考えるべきものなんだよ」

 読むことだけを楽しまなくちゃ、と東館長は本についての持論を展開した。私もその考えはわかる。事件で逮捕された犯人が「ゲームに影響されて」とか「漫画を読んで」事件を起こした、とか言っていることがあるけれど、そんなもの、自分の弱さを言い訳しているにすぎないと私は思う。

 若干、ふざけるな、という感情も込めて。行動の責任を、作り物に押し付けるな、と言ったところか。

 まあでも、自分ではどうしようもない精神の病というのもあるらしいけれど。

 それと一生無縁な人もいるだろうし、一生向き合っていくような人もいるだろう。

 だけど、中途半端に、努力もせず「俺は精神が病んでいるんだ」とか言い訳してるやつが許せない。

 だいたい、そういうことを言える段階では、本当にダメにはなっていないことが多い。

 言い訳するぐらいなら何かしら行動を起こせ、と言いたいところだが、今はまさに行動を起こされてしまっている。決していいことではないが。

 別に犯人の精神が本当に病んでいるかなんてのはわからないけれど――たぶん、正常ではない。

 異常だ。事件を起こす段階で異常である。

 通常とは異なっている(・・・・・・・・・・)ことがあるから、である。

 それが何なのかは、知る由もないし、知りたくもない。

 いや、知りたいかもしれないが、とりあえず今は〝怒り〟でいっぱいだ。

 どこにぶつければいいのかわからない〝怒り〟を胸に、気づけば私は東館長と話し込んでいた。

「――とにかく、気を付けておくれ。君の身に何かあってからでは遅いのだから」

「はい。ありがとうございます――それでは、また来ますね」

 時計の針はいつの間にか閉館時間を大きく過ぎて9時前を指していた。

「おお、長話になってしまったな。すまんすまん、それじゃあの」

 閉館時間を大きく過ぎてしまっていたので、私は貸出カウンターの職員さんに詫びをいれて、中央図書館を後にした。辺りはすっかり真っ暗――とはいったものの、都会なので、街灯がたくさん並んでいるのだが。

 街灯の明かりに照らされて、私は家へ足を運ぼうとした。

――あれ? 何かおかしくないか?

 ふいに違和感を感じる。何か忘れているような――。

 私は図書館のほうを振り向き、少し考える――が何も思い出せなかった。

 別に、テロの一件で精神のほうが疲れているわけでも、私が天然というわけでもないが、そのときは確かに気付けなかった。

 駐車場に停めていたはずの車がなくなっている(・・・・・・・)ことに。

 歩いて帰路についた私の耳に、どこからか消防車であろうか、サイレンの音が響いていた。

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