第一幕(1)
仕事が終わり、後輩『天井輝行』とともにラーメンを食べに行く利賢。
その先に待っていたものは――――?
※この物語はフィクションです。作中に登場する人物・組織・団体その他もろもろは、現実とは一切関係の無いものです。
12時を過ぎ、天ちゃんと昼飯を食べに行くことになった。
私は天ちゃんに希望を聞いたのだが、「安いラーメンでいいです」とこれでもかというくらいに謙虚だった。それとも高校生はこういう食べ物のほうがいいのだろうか?
私としては回らない寿司屋で好きなだけ食べさせるぐらいの余裕をもっていたので、少し肩すかしを食らったような感じになってしまう。
しかし本人の希望通りにやってやらないと後で何を言われるかわからない。
パソコンの電源を切り、机の上をひととおり片づける。
「それじゃ行こうか」
「はい」
天ちゃんが鼻歌まじりに応える。
「やけにうれしそうだな」
「そ、そんなことありませんよ!さ、早く行きましょう!」
まじめなうえに素直だ。この子はウソをついたこともないんだろうな。
まるでこの高校生が優しい神父さんのように見えた。
玄関から出ると、さわやかな初夏の風がほおをなぜる。
照りつける日差しが心地よく、小鳥のさえずりでも聞こえてくるような気がした。もちろん、聞こえるはずがない。
心地よさの中で、前はこんなことできなかったな、と過去を振り返る。
小説『日本近未来史』が売れたことは本当にかなり私の生活を変えた。
なんといっても、収入が増えたのはうれしい限りである。
今では後輩に飯を奢ることもたやすくできる。とは言っても、あまりいないのだが。
以前は自分が三食きっちりと食べられていたかどうかも怪しいところ。
一気に生活水準がアップしたのである。
とは言っても、あまり贅沢はしていないものの、車や家を一度に購入したのでたくさん持っているわけではなかった。
一応言っておくが、別にギリギリなわけではない。単に使いすぎたせいだ。
というかさわやかな雰囲気の中でこんな金勘定をする自分に苦笑してしまう。
「窓開けていいか?」
車に乗り込んだ天ちゃんに向かって訊ねる。
「かまいませんよ」
返事はイエスで返ってくる。聞くまでもないことかもしれないが、一応聞いておかないと失礼だろう。
ちなみに窓を開けたのは、外の空気を味わえるときに味わいたいからである。
もともとインドア派の私。職業柄、室内にいることがほとんどなこともあり余計に外に出ないのだ。
「じゃ、車出すぞ」
私はそう言って、街へと車を走らせた。
その先にどんな痛快な作り話よりも滑稽な真実が待ち受けているのかも知らずに――――――。
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私が貧乏だったころの話を少し。
これから私が話すその店の名は『来名亭』。
高校生のころからよくお世話になっている店で、美味くて激安という評判で有名。テレビの取材も何度か来ているようだった。
ちなみにラーメンの値段は並の大きさで390円。大盛りでも450円という驚きの安さ。
その当時、親と離れて暮らしていたためお金のなかった私は毎日のように通いつめた。
すっかり常連になってしまい、親父さんとも長い付き合いになる。
この店も開店から30年がたつという。
昔16だった私は27になり、44だった親父さんも55。
時間が流れるにつれ、私は成長した。小説家として。
でもそれは親父さんにとっては衰退を意味する時の流れだった。
近くに大きなデパートができ、客足をとられてしまったのだという。
昔ながらの常連も私しかいなくなってしまったのことだ。
とはいえ、確かに店自体には昔の輝きこそないが、安くて美味いのは相変わらず。
私が稼ぐようになっても、いつまでも通い続けるのはこれが理由。
親父さんは「いつまでこんな店に来てるんだい」なんていうのだが、私は決まってこう答えるのだ。ラーメンの値段が上がったら、です。と――。
私は安くて美味いものが好きなのだ。それも小説を書くのと同じくらいに。
「いらっしゃい!」
昔と変わらない声。シワは増え、髪の毛も少し薄くなったりしているけど。
店内も年季の入ったものになって暗い店内だけど。
私の小説家としての活力の源。あの人の明るい笑顔、時に厳しく、優しい言葉――――。
青春時代、悩みを相談して、我が子のように心配してくれた親父さん。
変わってほしくないもの、変えたくないものってこういうことなんだな、と思う。
「ラーメン2つ。大盛りで!」
「え?いいですよそんな」
「問題ない。激安だからな」
まあ最近は大盛りラーメンなんて1000円以上するものがほとんどになってしまっているから、天ちゃんが遠慮するのも無理はない。
「了解!…おや?そいつは後輩かい?」
「まあ、そんなところですよ」
厳密にいうと違うのだが。
「初めまして」
「おう!利賢の後輩なら大歓迎だ。ほらよ、煮卵サービス!」
目の前に大盛りのラーメンが2つ並ぶ。
「「いただきます!」」
いつもより早くできたラーメンを、おなかがすいていた私と天ちゃんはすぐに喰らいついた。テレビの音と麺を啜る音が、自分たち以外に客のいない店内を満たす。
「おいしいです、親父さん」
天ちゃんが感想を口にする。当然だ。美味くなくて私が通いつめるはずがない。
「ありがとよ――。……でもよ、やっぱり寂しいな」
「なにがです?」
思わず聞き返してしまった。
「……いや、なんでもねえ。ちょっと昔を思い出してしまっただけさ」
へへっ、と照れ臭そうに笑う親父さん。らしくないな…。
もしかしたら、天ちゃんもいて少しにぎやかなころの雰囲気を感じたからだろうか。
「大丈夫ですよ。私は天国とか地獄にこのラーメン屋が移転しても通いつめますから」
「そうか。それは心強いな!」
ようやく大きく笑ってくれた。
「まったく、お前は相変わらずだな。もっといい店を――――」
ふと、親父さんが突然笑うのをやめた。
「どうしたんですか?」
「おい……テレビ、見てみろよ……」
「え?」
促されるまま、テレビの画面に目を向ける。
――速報です。テロが発生しました。東京都の港区で……――――――――
はっきりとしゃべっているはずのニュースキャスターの声が聞こえず、口から言葉も出なかった。
「先輩……!これって……」
天ちゃんの声にハッとする。もう一度画面を見つめなおしてみるが、やはり――。
「俺の小説に出てくるテロ組織とそっくりだ……」
思わず『俺』と言ってしまった。
だが、エンブレムも、服装も、武器も。攻撃手段だって、目標物だって。すべてがまったく同じ。
「そんな……なぜだ……」
紡ぐ言葉が出てこない。まさか。単なる偶然だろ。きっと同じ考えをもった奴だっているさ。こんなことがあっていいはずが……。
いくら思考回路を巡らせても冷静になることができなかった。
無力感。危機感。絶望感。罪悪感。責任感。
気づけば、店を飛び出していた――――――。
また下手な文章ですいません。
ちょっとした戯言として受け取っていただければ…。