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第三幕(4)

※この物語はフィクションです。作中に登場する人物・組織・団体その他もろもろは、現実とは一切関係の無いものです。

「最初の事件、つまり虹橋駅を爆破した犯人は別にいました……。失策です」

 寺町さんの一言に驚きはしたが、大してがっかりはしなかった。

 むしろここで犯人が逮捕されるようなら、かえって拍子抜けしてしまうぐらいだ。

 しかし、それだけではなかった。

「もう一つ、重要なことが……。先ほど、CSCが爆破されたようです……」

「そんな……っ」

 身の毛がよだつ気分になる。真犯人はやはり、私の小説と同じことを確実に実行している。

「あなたの車や、家の爆破予告については、すべて現在警視庁にいる男によるものですが……聞いた話では、虹橋駅が爆破されたことに乗っかった、ということです。CSCは、その取調べ途中に爆破されてしまいました……」

 くだらない愉快犯だ。そんなやつのせいで、私の財産は失われようとしていたのか……。

「真犯人についての情報は?」

「今のところは……。現場付近に不審人物がいたという情報もありませんし、爆発物も特定中です。負傷者は多数いる模様で、被害情報もはっきりとはわかっていません。何しろ、建物が半壊するほどの爆発物が仕掛けられていたようですので……」

 寺町さんの表情はますます曇る。私のせいで起こった事件は、もはや警察でも手掛かりをつかめない事件に発展しているようだ。

「くそっ……」

 小声の叫びが漏れる。悔しかった。ただ率直に。ついつい拳を固く握ってしまう。

――私には……どうすることもできないのか。この状況で。連続爆破事件という怪物の根っこを生み出した親である私が。

 真犯人にあざ笑われているかのようだった。しかし、何が目的なんだ……っ。

 そして、私は一つの決意を固める。

「……すみません、寺町さん」

「はい?」

「私を東京に連れ帰ってください。私を狙っているのではないと、小説内のことを実際にやっているのだと、これで証明されましたよね?」

 私が逃げていてはダメだと思った。身の安全を確保するのも、本当はいらない処置だったのだと自分に言い聞かせる。もうここまで来たら、身の危険があろうと知ったことではない。

 だが、寺町さんの返答は微妙なものだった。

「……確かに、そういう見方もできますが、仮に事件の真犯人があなたに恨みを持って起こしているのだとすれば……? あなたが完全に狙われていないとは言えませんよね?」

 警察はある意味面倒臭い。逮捕状がなければ、どんなに確実に犯人であろうと、現行犯でない限りは逮捕できないし、確実に犯罪や違法行為の実態がなければ動いてくれない。まあ、下の者から言わせれば、動きたくても動けない、と言ったところかもしれないが。

 結局、寺町さんもそんな警察の一員なんだな、と思わざるを得ない。

「それでも帰りたいんです。私の責任で起こった事件なのに、私だけが安全なのは納得できません」

「それは……」

 寺町さんが言葉に詰まる。どうやら私の気持ちをわからないわけではないようだ。

「その無言は、構わない、という風に受け取ってもよろしいですか?」

 私がもう一押しをする。すると寺町さんは明らかに困った様子を見せた。ぜひこんな状況下でないときに拝みたい表情だった。

「……わかりました。そこまで言うのなら、山下や水鳥川部長にも掛け合ってみます」

 渋々とはいえ、何とか寺町さんは了承してくれたようだ。

「ありがとうございます」

 私は軽く笑顔になりながら、感謝の意を示す。

 すると話を終えた途端、雷鳴が(とどろ)く。知らぬ間に、外では雷を伴って大粒の雨が降っていた。

「すごい雨……」

 寺町さんがそうつぶやく。こうして見ると、刑事ではなく普通の女の子、という雰囲気だ。

「それでは、私は部屋に戻りますね」

 相変わらず腹は減っていたので、すぐさま部屋に戻って食事がしたかった。

「あ、はい」

 寺町さんの女の子らしさに戸惑いつつも、私は部屋へと戻る。

――いったいいつになるのだろうか……。早く東京に戻りたい。

 焦る気持ちをまた感じつつ、爆発による犠牲者がいないことを祈るのであった。




□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□




 部屋に戻ると、鼻をくすぐられる香りとともに、旅館の従業員さんが実においしそうな料理を用意して待っていてくれた。「待たせてしまってすみません」と私が言うと、「食べ終わったらお電話ください」と言ってから丁寧にお辞儀をして部屋を出て行った。

 料理は、山奥ということもあって、山の幸が多いらしい。逆に、海の幸は皆無だった。旬ではない松茸もお吸い物に入っていた。

 たくさんある料理の中で、特に川魚のフライが印象的だった。通常臭みが強いとされているが、そういったものは感じられず、非常に塩と相性のいい、おいしい料理だった。

 空腹も味方し、あっと言う間に平らげてしまった。

 今度来るときはぜひ松茸の季節に来たいものだ。

 雨は、相変わらず降り続けている。携帯の天気予報では、今晩はずっと嵐で、翌朝になってようやく回復の兆しが見える、とのこと。

 することもなくなった私は、食事を片付けてもらっている間に、食休みがてらに浴場へと向かうことにした。

 浴場は、露天風呂と大浴場の二つがある。だが、露天風呂は現在嵐のため閉鎖中だろう。露天風呂も一度入ってみたかったが、雷に打たれてしまっては意味がない。

 仕方なく、大浴場の方へと向かう。

 大浴場の入り口が見えたところで、私は浴場から出てきた一人の大柄な男に声を掛けられた。

「あれ? もしかして、岡本健一さんですか?」

 ペンネームで呼ばれるのは久しぶりではないが、どこか新鮮な感じがした。

「あ……はい。あなたは……?」

「あ、僕は東京の方で雑誌ライターの仕事をしております、『宮地(みやじ) 克彦(かつひこ)』と言います」

 雑誌ライターか……。ということは一連の事件も何か知っていそうだな……。

「岡本さんは、今日は旅行で?」

「ああ……いえ。少し込み入った事情がありまして……」

 意外なことに宮地と言う男は、今回の事件を知らなかったようだ。

「そうなんですか? ……まあ深くはお聞きしませんが。そうです、いつも読んでますよ! 『日本近未来史』! すごく面白いです!」

 こう言ってもらえたのは、実に久しぶりだ。サイン会はあの一件で無期限延期になり、一番最近(おこな)ったものも半年ぐらい前の話になる。ファンの人と間近になる機会はほとんどなかった。

――あれ……そう言えば、最近こういうことあったような?

 思い出すのも面倒だったので、話を続けた。

「ありがとうございます。ところで、近頃テレビはご覧になっていないのですか?」

 雑誌ライターであるこの男が、情報に鈍感なのはおかしい。ましてや、テロ事件なんて滅多にない大ニュースの一つであろうに。

「ああ、僕は久しぶりの休暇なもので、この休暇の間はメディアとはおさらばしようと思いまして……。ええっと、確か今日で4日間、テレビに携帯電話、新聞も使ってないことになりますね」

 そうだったのか……。なんとなく納得できる。四六時中メディアに好かれていると、逆にそれが嫌になるのだろう。

 私は、あることを思いつき、さっきよりも小さな声でこう質問してみた。

「ということは、テロ事件もご存じでない?」

「え……? 今なんと?」

 この男も、さすがは雑誌ライターと言ったところか。スクープになりそうな情報を扱うときは、周りに気を張っているようだ。とびっきり小さな声で、私との間を詰めて訊ねてきた。

「テロ事件ですよ。私の小説が現実になってしまったんです」

 正直、自分でこのことを言うのは、心が痛んだ。だが、もしこの雑誌ライターの男に興味を持ってもらえれば、いい情報収集ができそうなので、そこは我慢する他ない。

「本当ですか……!? じゃあ、ここへは逃げてこられた……は言い方が悪いですね」

 男は、自分の言ったことを申し訳なさそうに詫びた。

「いえいえ、事実ですから。それより、ここだけの話、聞きたくありませんか?」

 海老で鯛を釣るとはこういうことを言うのだろうか。こっちとしてはメリットしかない交渉だった。

「テロ事件にまつわる話なのですが、どうしても聞きたいというなら、話しますよ?」

 二度押し。小説が書けても、話すことが得意ではなかったのだが、今は特別に頑張っている。

 そんな私の頑張りが効いたのか、男は興味津々そうに言った。

「ぜひ聞きたいです! どんな話でも、ぜひ!」

 小声での会話が続く。ここを通る人がいれば、間違いなく怪しまれる光景だろう。

 そして私は、男の言葉を受け、大きく出る。私にとっては、だが。

「……そうですね。もしあなたがこれからテロ事件について調べてくださって、私にもその情報をくれるなら、話してもいいんですけれど……」

 最後の頑張りだった。警察では動きが制限されたり、情報源が限られてくるが、この男は違う。裏社会にも情報を求めていく、雑誌ライターなのだから。

 とにかく情報が欲しい私の、最大限の努力であった。

 男の答えは、私が望むもので違いなかった。

「もちろんですよ! こんな……作者から直接話を聞けるなんてチャンス、ありませんからね!」

 男は、目を輝かせるように、そう言った。目論見通りにことが進んだので、ほっとする。この男が素直な人物でよかった。

 私がそんな風に思っていると、男はもう一言、私に言ってきた。

「ただし……あまりにもあなたの情報が価値のないものだった場合は、私は一切調べるつもりはありませんので。もちろん、その場合は雑誌にも載せませんので、ご安心ください」

 男の印象ががらりと変わる。たった一言で、こんなに緊張させられるとは……。会話の不得意な私だからかもしれないが。

 思わず固唾を呑んでしまう。一気にその場の空気が変わった気がした。

 さっきの言葉で最後にしようと思った、私の強がりをもう一度しなければいけないようだ。

「……いいですよ。あなたが納得して仕事をしてくれるような、とびっきりの話をしますから」

 男は、不敵に笑い、さっきよりも一層、耳を傾けてきた。

「どうぞ話してください。どんな話なのか楽しみですよ」

 私はもう一度唾を呑み、話し始める。一か八かの賭けではあったが。

 窓からは雷の光と、雷鳴が轟いていた。

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