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第1話 幼馴染が何やら言い出した

ぴったり一年ぶりの新作投稿です。

ブランク明けのため、しばらくはのんびり週一回で更新していきたいと思います。

前作ほど長くは続かないと思いますが、またお付き合い頂ければ幸いです。

よろしくお願いいたします。

 9月。

 今年の夏は暑かった。

 いや、今年の夏も暑かった。

 年々夏の日差しは強くなっている。このままだと10年後の夏には日差しのせいで肌を晒すような服なんて着られなくなるんじゃないだろうか。

 それは困る。

 女の子には是非とも肌を晒してもらわなくてはならない。

 夏の楽しみなんて女の子の薄着くらいなんだから、それを奪われるなら夏なんて来なくていい。

 ただでさえ可愛い女の子達が開放的な気分で肌をあらわにしてくれるのが最高なんだ。

 ああ最高。女の子最高。

 そういう私、七夕小雪(たなばたこゆき)も生物学上は女の子なのだが。


 そんな女の子好きの私は、残暑の厳しい炎天下の中で頑張る運動部の女子を眺めながら、校舎と校舎を繋ぐ渡り廊下を歩いていた。

 夏休み明けの初日から我が校の部活は始まっている。40日近くも休みだったのだから徐々に元のペースに戻していけばいいのに、学生にはそんな猶予は頂けないらしい。

 この暑さでは額に汗をにじませる女の子達が輝いて見えるどころか、しんどそうに見えるだけだ。部活はもう少し涼しくなってから再開するべきだと生徒会に嘆願書でも送ろうか。

 ……などと。実は運動部が夏休みの間も死ぬ思いで活動していたなど知りもしない私は、お気楽な気持ちで部室のある校舎にやってきた。

 一ヶ月以上ぶりの部室の扉の前に辿り着くと、中に人の気配がする。どうやら先に誰かが来ているようだ。

 ならば夏休みの間に溜まった部屋の熱気やら何やらの換気は終わっているハズだ。あとは部屋が冷えていれば何も言うことはない。

 思い切って扉を開けると、心地の良い冷風が体にあたる。

 良し。勝った。

 部屋の中は冷房が効いていて外の地獄に比べるとまさに天国のようだった。

「おはようございます」

「あら小雪ちゃん。おはようございます」

 私が来る前に部屋を冷やしておいてくれたのは部長の天橋汐星(あまはししおせ)先輩のようだ。

 汐星しせお先輩は栗色の長い髪が綺麗なふわふわ系女子だ。

 見た目通りに優しい人で、初めて会話した時は天使が地上に降りてきたんじゃないかと勘違いしてしまう程だった。

汐星しおせ先輩、夏休みはどうでした?」

 会話を続けながらいつもの席に座る。

 すると先輩は微笑みながら、机の上のお菓子の入ったカゴを差し出してくれた。

 その中からラムネを一つ取り出して口に入れる。

「幼馴染がこっちに戻って来ててね。その子とたくさん遊んじゃった」

汐星しおせ先輩にも幼馴染がいたんですね。……もしかして男性ですか?」

 ラムネをコリコリと噛み砕きながら先輩の顔を見ると満面の笑顔だった。そんな顔をされたらその人とただならぬ関係なのではと勘ぐってしまう。

「違うよ。女の子。年上なんだけどね」

「なーんだ。高校2年生にしてひと夏の青春を過ごしてしまったのかと思いましたよ」

「こらこら。駄目だよ。うら若き乙女がそんな言い方をしたら」

 勿論そういう意味で言ったのだが先輩にはしっかり伝わっていたらしい。

 高校生にもなるとそういう話題には事欠かない。

 誰も彼もが常に恋人を。一緒に過ごせるパートナーを。あわよくばその先を……と想像するのは健全な心の動きだ。

 スポーツや勉強などでこの溢れる欲情を昇華できるのは一部の人間だけだとご理解頂きたい。

「小雪ちゃんこそどうだったの? 楓歌ふうかちゃんとの進展はあった?」

 先輩がさっきまでとは違うタイプの笑顔を浮かべる。

 その笑顔に対して私は不満気な顔をするしかできなかった。

「特に何もです。ほとんど毎日一緒にいましたけど、ほとんど同じ毎日でした」 

「そっかそっか」

 私の返答を知っていたかのように軽くリアクションを返してくる。

「あーあ。こんなに近くにいるのにどうして何にも始まらないんだろう……」

「うーん。近くにいるからじゃないかなぁ」

 ただでさえふわふわした先輩が、ふわふわした回答をくれた。

「どういう意味ですか?」

「幼馴染なんて一緒に過ごす時間が長いからね。新鮮さがなくなってるんじゃないかな。つまりマンネリ化ってやつだよ」

「マンネリ化!?」

「そう。すでに小雪ちゃんと楓歌ちゃんの関係は固定化されちゃってるんだね。故に何も変わらないと見た」

「くっそう幼馴染! 最強の関係かと思ってたら難易度が高くなってるだけじゃん!」

 悲痛な叫びが部室に響き渡る。

 せっかく夏の暑さから解放されたのに、叫んだせいで体温が上がって来た。


 先輩に幼馴染がいるように私にも幼馴染がいる。

 さっきから話題になっている楓歌ふうかという綺麗な名前を持った少女がそうだ。

 家が近所で幼稚園の頃から一緒にいる大親友。

 小学校も中学校も一緒。高校も同じところを受けて、何なら部活も一緒だ。

 私はそんな幼馴染の楓歌ふうかちゃんに恋をしていた。

 もうずっと前から。小学校も中学校もずっと。高校に入ってからもずっと。ずっとずっと彼女が好きで、どうにか付き合えないかと、あれやこれやと手を尽くしてみたものの、ずっと空振り続きだった。

 そもそも私も楓歌ふうかちゃんも女の子。

 女の子同士は普通は恋愛したりしないらしい。

 でも、それでも私は楓歌ふうかちゃんを好きになってしまったんだから仕方がない。

 そしてそんな私の悪戦苦闘が分かりやすかったのか、汐星しおせ先輩にはしっかりとその事が伝わっていたらしい。それから色々と相談に乗ってもらっている関係だ。


「聞いて下さいよ先輩。進展どころか、一週間前から楓歌ふうかちゃんが会ってくれないんですよ」

「え? まさかケンカでもしたの?」

「私が楓歌ふうかちゃんとケンカする訳ないじゃないですか。楓歌ちゃんが突然家に引きこもっちゃったんですよ」

 一週間前の昼頃だった。いつも通りに楓歌ふうかちゃんが我が家に遊びに来るのを待っていたらLINEにメッセージが届いた。

 おやつのリクエストでも来たのかなと思ってメッセージを見たら(ごめん。しばらく行けない)とだけ記されていたのだ。

 私は発狂した。

 理由も分からずに楓歌ふうかちゃんに会えないなんて耐えられない。

 何か気に障る事でもしてしまったのかと思って「どうして?」「何かあった?」「悪いところがあったら直すから会わないなんて言わないで」と、鬼のようにメッセージを返した。

 それでも返って来たのは(新学期になったら話すから)という一言だけだったのだ。


楓歌ふうかちゃんが突然引きこもるのは前にもあったんです。その時は新しいゲームにハマって徹夜で遊んでたみたいで」

「じゃあ今回も大丈夫なんじゃないかな?」

「だからと言って会えていないのは事実なんです。私はいま楓歌ふうかちゃん成分が足りていないんです。ああ。このままだとその辺りの女の子を襲ってしまいそう」

「それは一生、楓歌ふうかちゃんと会えなくなるからやめておこうね」

 だけどようやく今日、愛しの楓歌ふうかちゃんに会える。 

 何にハマったのかは知らないけどそれも全部話してくれるだろう。だって私と楓歌ふうかちゃんの仲だもの。お互いに知らない事なんて何一つ無い。良い事も嫌な事もずっと分かち合ってきた二人だもの。意気揚々と部室に入って来た楓歌ふうかちゃんが、一週間分のエピソードをマシンガンのように語りだすんだろう。


 この時の私はそう思っていた。

 でも違った。今回はそうじゃなかったのだ。

 今日この日から。

 私の日常は、今までとは違う世界へと進み始めることになる。


 私が二つ目のお菓子に手を伸ばしたところで、ガチャリと音を立てて部室の扉が開いた。

「おはようございまーす!」

 大きな声で部屋に入ってきたのは小柄な少女。クリクリの大きな目が可愛い私の幼馴染、花見楓歌はなみふうかちゃんだ。

 見た目良し。性格良し。愛嬌良し。おまけに勉強もできて運動も得意。誰からも好かれて行動力もある。あまりにも人間としてのレベルが高い、私にとっては眩しい存在だ。

「おはよう楓歌ふうかちゃん」

「おはよう小雪ちゃん。一週間ぶりだね!」

 とろけるような甘い声が私の耳をくすぐる。

 楓歌ふうかちゃんの声は私にとっての清涼剤だ。怒りを覚えるような夏の暑さも楓歌ふうかちゃんの声を聞けば耐えられる。

「9月になってもまだ暑いね。汗が全然止まらないよ」

 部室の扉を閉めた後、トコトコと歩いて来た楓歌ふうかちゃんは私の隣の席に座った。

 長く伸ばした髪からフワッといい匂いがして鼻孔を通り抜けていく。

 うん。これこれ。楓歌ふうかちゃんの匂いだ。鼻から入って血と混ざり合い、そして全身に染みわたって行く。最高の栄養だ。 

 私の乾いた心が潤いを取り戻し始めていると、楓歌ふうかちゃんが制服のシャツの首元を大胆に緩めて、片手を扇いで胸元に風を送り込み始めた。

 出た。楓歌ふうかちゃんの【無自覚えっち行動】だ。

 楓歌ふうかちゃんは昔から肌を晒すことに頓着がない。普段からお腹が見えていようが肩が見えていようが全くもって気にしないのだ。この前だって私の家で腋を露わにしてゴロゴロしていたので注意したばかりだ。

 私の位置からだと下に着ている薄ピンクのキャミソールがバッチリ見えている。見てはダメだと自分を戒めても、どうしても自然とそこに視線が吸い寄せられてしまう。あとちょっと。あとちょっと覗き込めばその控えめなお胸が見えてしまいそうだ。

 いかんいかん! 私は楓歌ふうかちゃんの大親友。淫らな目で彼女を見てはいけないんだ。強い意志を持って楓歌ふうかちゃんに注意しなくては。

 そう思った矢先――。

「もう面倒だから脱いじゃおっと」

 ぽぽーん。なんてオノマトペが付きそうな勢いで楓歌ふうかちゃんはシャツを脱いでしまった。

「待て待て待てーい!」

「え!? どうしたの小雪ちゃん」

 私の大事な幼馴染はあっという間に肌着姿になっていた。

 首元の隙間から見える楽園をほんの少しだけ堪能させてもらうつもりだったのに、少しだけどころか完全に見えてしまっている。

楓歌ふうかちゃん! 私達しかいないからってその恰好はNGだよ!」

「だって暑いんだもん。汗でベタベタで風邪引いちゃうよ」

「もおー! だから夏場は汗拭きタオルを忘れないようにしてねって言ったのに!」

「持ってきたけど教室に置いてきちゃった」

「私の貸してあげるから」

「ありがとう。助かるよ」

 私はカバンの中から楓歌ふうかちゃん専用のタオルを探し出して渡した。この不用心娘はきっと忘れるだろうと思って用意しておいたのだ。

 ここが部室で良かった。もし教室でこんな恰好になっていたら女子高とはいえ注目の的になっていただろう。

「みだりに服を脱ぐのは危ないから気をつけてね。誰が見てるか分からないんだよ?」

「誰も私の貧相な体なんて見てないよ」

「私が見てるから!」

「小雪ちゃんならいいじゃん」

「この子はすぐにそういう事を言う! ほら早く体を拭いて。ボタン閉めて。はい。はい。よくできました!」

 もっと見ていたいという気持ちを押し殺して楓歌ふうかちゃんにシャツを着せる。

 私が言わなかったら体が冷えるまで下着姿で過ごしていたに違いない。そっちの方がよっぽど風邪を引く。

 私達の関係はずっとこんな感じだ。いつも危なっかしい楓歌ふうかちゃんの面倒を私が見ている。他人から見たら世話女房のようだろう。

「2人は相変わらず仲良しだねぇ」

 私達のやり取りを眺めていた汐星しおせ先輩が微笑んだ。

汐星しおせ先輩も楓歌ふうかちゃんが服を脱ぎ出したら止めてください!」

「どうせ女の子しかいないしキャミぐらいならいいんじゃないかな。うちの教室なんて酷いもんだよ。スカートおっぴろげでも誰も気にしてないよ」

「あーもう。これだから女子校は!」

 これだから女子校は。

 これだから女子校は……最高だ。

 女の子しかいないからみんなが隙だらけ。制服をだらしなく着崩そうが、スカートで大股開きだろうがお構いなしだ。女の子好きな私にとっては天国のような場所。それが女子高。

 ただそれを素直に喜んだりはしない。あくまで呆れた態度をとっている。

 何故なら女の子達が隙を見せてくれるのはそこにハンターがいないと思っているからだ。もし私というハンターが獲物を求めて目を光らせているなんて知れたら、たちまち全員が警戒態勢だ。だから私は興奮する気持ちを抑え、横目でチラ見するくらいに留めている。我ながら理性が強いと褒めてあげたい。

 だからまた胸元を広げて風を送り込んでいる隣の幼馴染もガン見したりはしない。しないんだ。

「じゃあみんな揃ったし部活を始めよっか」

 ふわふわしていた汐星しおせ先輩が部長モードに入った。

 そうだ。今日は新学期最初の日。楓歌ふうかちゃんとの一週間ぶりの再会も大事だけど、その前に部活動だ。幼馴染の肌着姿に興奮している場合じゃなかった。

 私も楓歌ふうかちゃんも汐星しおせ先輩の方に向き直した。

「それでは新学期第1回目の部活は、予定通り夏休みの宿題を提出してもらおうと思います。宿題は休み中に新しいシナリオを1つ以上書き上げる事。じゃあまずは小雪ちゃんから提出してもらおうかな」

 待っていましたと言わんばかりに、私はカバンから3冊のノートを取りだして机に広げた。

「はい。私は新しいギミックを盛り込んだシナリオを3つ作って来ました」

「3つもできたんだ。さすが小雪ちゃん」

「とは言え最後の1本は結構苦労しました。どうしてもいい感じのクライマックス演出を思いつかなくて」

「うんうん。そうやって悩んだ分だけいいシナリオができるんだよ」


 シナリオ作り。

 シナリオと聞くと映画や舞台の脚本のように思えるかもしれない。でも私達が言っているシナリオとはそうでは無くて、TRPGで使用するシナリオの事だ。

 【TRPG】テーブルトーク・ロールプレイングゲーム。

 今やテレビゲームの定番となった誰もが知るロールプレイングゲーム。通称RPG。それは元々紙と鉛筆、それにサイコロを使って、参加するメンバーが実際に喋りながら遊ぶゲームだった。

 ロールプレイの名の通りキャラクターになりきって物語を進めていくこの遊びは、アイデア次第で色んな楽しみ方ができた。

 参加したプレイヤーのトークによって、時にゲームを進行するGMゲームマスターの予想のしない展開になったりする。そういうライブ感を楽しむゲームなのだ。

 ただしこのTRPGには一つ大きな弱点があった。

 それは参加するメンバーが集まらないと遊べないという点だ。

 実際にキャラクターを演じる以上、人がいなければキャラクターは存在できない。シナリオを進行していくGMの他に最低1人はいないと成立しない遊びなのだ。

 その弱点を克服したのがテレビゲームのRPGだ。

 プレイヤーは主人公になりきって、それ以外のキャラクターはコンピューターが受け持ってくれる。わざわざ人数を集めなくてもすぐに遊べるのが最大の特徴だ。

 そしてこのテレビゲームのRPGの出現により、従来のRPGをTRPGと呼ぶようになったのだ。

 しかし人が集まらないと遊べないという問題を持ったTRPGをそれでも愛する人は多く存在する。

 私の所属するこの部活はそんなTRPG好きが集まる、その名の通り【TRPG部】だ。

 まあ、今は私を含めて部員は3人しかいないんだけど。


楓歌ふうかちゃんはどうかな? 小雪ちゃんから一週間も家に引きこもってたって聞いたよ」

「はい天使てんし先輩! 夏休みに入ってから合計で5本書きました!」

 天使先輩は楓歌ふうかちゃんが汐星しおせ先輩につけたあだ名だ。楓歌ふうかちゃんは知り合った人に変なあだ名をつけるクセがある。

 汐星しおせ先輩は出会った頃から天使みたいに優しい人だったからそのあだ名にも納得だった。でも楓歌ふうかちゃんに由来を聞いてみたら、単純に天橋あまはしの【天】と汐星しおせの【し】を合わせただけらしい。

 ちなみに私は楓歌ふうかちゃんに出会った当初、苗字の七夕から連想した織姫おりひめちゃんと呼ばれていた。さすがに恥ずかしいのですぐにやめてもらった。

「新作5本は凄いねぇ」

「いつの間にか私よりも作ってたんだ。毎日うちでゴロゴロしてるだけだと思ってたのに」

「へへん。私だってやる時はやるんだぜ」

「もしかしてこの一週間はゲームにハマってたとかじゃなくてシナリオを作ってたの?」

「そうだ! 聞いてよ!」

 楓歌ふうかちゃんはバンと机に手をついて身を乗り出した。

 このウズウズとした気持ちが抑えられない感じ。やっぱり何かしら新しいものにハマったのは間違いなさそうだ。


「私、声優になりたいんだ!」


 予想外の答えに耳を疑った。

 何の冗談なんだと楓歌ふうかちゃんを見ると、その顔は真剣そのものだった。

「はぁ……」

 部室の空調の音だけが静かに聞こえる中、私と汐星しおせ先輩はお互いの顔を見合わせた。

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