表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強魔導師エラーラの、論理的(バグだらけ)な世界征服  作者: 自殺


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/10

定理4:カオスな街を歩きたい!(後編)

王都の夕闇を、赤い警告灯が支配していた。

映画館『光座』へと続く唯一の橋、その全てを埋め尽くす数千体の防衛ゴーレム『アンチウイルス・ナイト』。

そして、その背後にそびえ立つ、物理的な通行止め障壁『ファイアウォール』。

一般市民たちは悲鳴を上げて逃げ惑っている。


「ひえぇ! 今日は家に帰れないぞ!」


「世界の終わりだ!」


パニック映画さながらの光景だが、私たちヴェリタス家にとっては、これは単なる「渋滞」に過ぎない。


「……邪魔ですわね」


アリシアが、日傘を優雅に回しながら呟く。


「上映開始まであと25分。ポップコーンの列に並ぶ時間を考慮すると、ここを3分で通過する必要があります」


「3分? 余裕だねぇ」


私は白衣のポケットから、予備の角砂糖を取り出して口に放り込んだ。脳に糖分が行き渡り、世界が数値の羅列に見えてくる。


「行くよ。……止まるんじゃないぞ」


私が一歩を踏み出すと同時に、グリッチが前に出た。

彼女は、数千体のゴーレムの大群を見上げ、ニコリと笑った。


「ねえ、君たち」


グリッチの瞳が、深紅のノイズを発した。

彼女は指一本動かさない。ただ、視線だけでゴーレムたちの識別信号をハッキングしていく。


「君たちの敵は、私じゃないよ? ……ほら、隣にいるその子が、ウイルスに見えてこない?」


『ピ……ガ……?敵性体……検知……』


『隣接ユニット……エラー……排除……排除……』


先頭のゴーレムが、隣のゴーレムを殴り飛ばした。

それを皮切りに、指揮系統が崩壊する。

「あいつが敵だ!」「いやお前だ!」とでも言うように、数千体の鋼鉄の兵団が、互いに殴り合い、斬り合いを始めたのだ。

大規模な同士討ち。

その混乱の只中を、グリッチはスキップしながら進んでいく。


「はい、どいてねー! お姉ちゃんが通るよー!」


彼女が歩く先々で、ゴーレムたちが勝手に道を開け、爆散していく。それはまるで、モーゼが海を割るような、あるいは姫君のために敷かれたレッドカーペットのような光景だった。


「露払いは任せなさい」


続いて、ナラティブ・ヴェリタスが加速する。

彼女の標的は、ゴーレムではない。その奥にある巨大な障壁『ファイアウォール』だ。

アップデート完了まで物理的に通行を遮断する、絶対防御の壁。


「壁があるなら、風穴を開ければいいだけのこと」


ナラティブは、鉄扇を横に構えた。

魔法など使わない。

彼女が使うのは、純粋な運動エネルギーと、研ぎ澄まされた武の極致のみ。


「――穿て!」


一閃。

鉄扇が空を切る音が、轟音となって大気を震わせた。

目に見えない衝撃波が、一直線に障壁へと突き刺さる。


ズドォォォォン!!


高さ50メートルの光の壁に、巨大なトンネルのような風穴が開いた。


「道は開けましたわ。……さあ、お母様」


ナラティブがドレスの裾を払い、優雅に一礼する。

その横を、アリシアが日傘を差したまま、埃一つつけずに通り抜けていく。


「あら?少し風が強いですわね」


そして、私は中枢タワーの制御端末の前に立った。

聴診器『真理の眼』を当てる。


「フム。……処理落ちによる無限ループか。実に非効率だ」


私は、聴診器の先端で、端末のある一点をコツンと叩いた。

それは、複雑な魔術行使でも、ハッキングでもない。

昔ながらのテレビを直すような、物理的な「衝撃療法」。


『ピ……ギュ……ン……』


タワーの明滅が止まった。

赤かった空が、本来の群青色に戻っていく。


『アップデート……中断……再起動シマス……』


王都全域のシステムが、強制終了した。

ゴーレムたちが糸の切れた人形のように崩れ落ち、障壁が光の粒子となって霧散する。


「再起動には3分かかる。……その隙に、映画館へゴールインだ」


私たちは、何事もなかったかのように橋を渡りきった。

背後には、スクラップの山と、呆然と立ち尽くす市民たちが残された。

その様子を、少し離れた場所から見つめる影があった。

パトカーのランプが回る中、帽子を目深に被った男――カレル警部が、現場に到着したところだった。


「……遅かったか」


カレルは、無残に穴が開けられた障壁と、沈黙したゴーレムの山を見て、深いため息をついた。

その横には、サングラスをずらし、口をあんぐりと開けているアスナの姿があった。


「あ、ありえません……。国家予算レベルの防衛システムが、たった数分で……」


「……クライフォルト君」


カレルは、懐から胃薬を取り出して噛み砕きながら言った。


「報告書には『ガス爆発』と書いておきたまえ。……奴らが通った跡を、まともに論理的に説明しようとすれば、我々の脳と始末書が何枚あっても足りんよ」


アスナは、震える手で眼鏡を押し上げた。

彼女の瞳には、恐怖と、そして隠しきれない推しへの崇拝が混ざり合っている。


「……はい。それが、世界の平和のためですね。……(ああ、エラーラさん、格好いい……!)」


二人の常識人は、映画館へと消えていく「災害レベルの家族」の背中を、畏怖と諦めを込めて見送った。

場面は変わり、映画館『光座』。

時刻は18時55分。

外のデジタル制御された街はダウンしているが、この場所だけは別世界だった。

古びたレンガ造りの建物。接触不良でチカチカする看板。

そして、中から漂ってくる、バターとキャラメルの甘い香り。


「おや、いらっしゃい。……外は随分と騒がしいようだが」


チケット売り場の窓口から、顔中シワだらけの老エルフの館主が顔を出した。

彼は、外のパニックなどどこ吹く風といった様子だ。


「ええ。少し道路工事がありまして。……大人3枚、子供2枚。ポップコーンはLサイズで」


アリシアが優雅にチケットを購入する。


「電気は止まっとるがね。……うちは自家発電と、このオンボロ映写機があれば十分さ」


館主が笑い、奥の扉を開けてくれた。

私たちは、薄暗い場内へと足を踏み入れた。

座席のバネは壊れかけているが、それが逆に心地よい。

私たちは最前列――ではなく、全体が見渡せる最後列の中央を陣取った。


ジジジ……カタカタカタ……。


アナログな音が響き、スクリーンに光が走る。

映し出されたのは、白黒の、ノイズ混じりの映像。

『蒸気紳士の憂鬱』。

セリフはない。ピアノの伴奏と、大袈裟なジェスチャーだけで語られる、古き良き時代の喜劇。


「……フム。この時代のレンズは歪みが酷いねぇ。だが、そこがいい」


私はポップコーンを放り込みながら、スクリーンの粒子の一つ一つを目で追った。


「あら、このドレスのデザイン……素敵ですわ。リバイバルさせましょうか」


ナラティブは、ヒロインの所作を熱心に研究している。


「お姉ちゃん、あのおじさん、転んでばっかりだね! 痛くないのかな?」


グリッチは私の肩に頭を乗せ、クスクスと笑っている。


「……皆様、音を立てないでくださいな。……ふふ、でも、良い空気ですわね」


アリシアは、私たち全員が揃っていることを確認し、満足げに微笑んだ。

スクリーンの向こう側で、蒸気紳士がドタバタと走り回る。

外では、最新鋭の魔導OSが再起動し、またバグだらけの日常が始まろうとしている。

だが、この暗闇の中だけは、時間は止まっている。

最新の魔法も、最強の力も、この古い光の前では意味を持たない。

ただ、家族と肩を並べて、同じ方向を見て、笑うこと。

これこそが、私たちが世界を敵に回してでも守るべき、唯一の『真理』なのかもしれないね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ