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ヴェリタスの最終定理 飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第14章:悪の根絶

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定理9:悪の根絶(2)

王都の朝は、晴れ渡っていた。

ぼく、リオン・ゴルドファングは、昨日と同じ、いや、昨日よりもさらに騒がしくなるであろうヴェリタス探偵事務所の重いドアを叩いた。

事務所の中は既に、カオス状態にあった。


ソファーではルルが朝食のトーストを咥えてナラティブの寝癖を執拗に撫で回している。 

ナラティブがドレススーツの袖を捲り上げ、寝起きの悪い声で怒鳴っている。

天井の配管から逆さ吊りで現れたグリッチが、ぼくの目の前で銀色に光るメスを弄んでいる。

奥の実験デスクから、昨日と同じ煤だらけの白衣を着たエラーラが顔を上げた。彼女の傍らでは、ゴウが魔導顕微鏡で何かの回路を覗き込んでいる。


「エラーラ先生、おはようございます。リオンさん、昨日の劇場の配線図、僕なりに解析してみました。あそこの出力はやっぱり異常です」


ゴウの真面目な挨拶に、ぼくは少しだけ救われた気持ちになった。


「……ゴウ君、君だけがぼくの癒やしだよ!だけど今はそれどころじゃないんだ!エラーラ、君に頼みがある。ゴルドファング歌劇団の……ヘレナについて調べてほしい」


ぼくは、歌劇団の極秘のアクセス権限をエラーラに提示した。

エラーラは真理の眼をいじりながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「フム。リオン君、君は昨日からあのヘレナという役者に釘付けだね。あんなに私に似た女が気になるとは……さては君、私に惚れているのを認められなくて、代替品として彼女に恋をしたのかい?実に非論理的で、かつ純情なバグだねぇ!……リオン坊や、このエラーラ・ヴェリタスが直々に抱きしめてあげようじゃあないか!……さあ!さあさあ!」


「はああああ!?馬鹿にしないでよ!君みたいな性格の悪い学者、ぼくの恋愛対象のリストには一ミリも入ってないんだからね!ぼくが言いたいのはそんなことじゃない!」


ぼくは彼女の茶化しを全力で無視し、一気に本題を切り出した。


「あの舞台だよ。十年前の王都の悲劇を元にした、あの演劇。……昨日、劇団の裏帳簿と地脈のログを照合したんだ。そうしたら、ヘレナの経歴が不自然に塗りつぶされているだけじゃなく、当時の軍事資金の動きと劇団の公演スケジュールが、パズルのピースみたいに噛み合っちゃったんだよ」


ぼくは震える指先で、空中にホログラムのグラフを展開した。


「王都の開戦という悲劇そのものが、実は巨大な舞台装置の上で演じられた『演劇』だったんじゃないか……。さては、ヘレナは、その台本を完成させるための、たった一人の主役だったんじゃないか……ってね」


エラーラの瞳から、ふざけた光が消えた。

彼女は無言でぼくが提示したデータをスキャンし、首にかけた聴診器を自身のこめかみに当てた。


「フム。……リオン君、君のその物理的な直感は、時として私の演算を追い越すことがある。……面白い。このバグだらけの歴史を、私なりに再定義してみようじゃないか」


エラーラが本格的な調査を開始するのを横目に、事務所の雰囲気は一転して明るくなった。


「さて!難しい話はおしまいですわ!おかあさまがお仕事に入る前に、お昼にしましょう? 今日はカレル警部とリウさんもいらしていますのよ」


アリシアがテーブルに大皿を並べていく。

ドアが開き、カレル警部と、露出度の高い服装のリウが入ってきた。

カレルが席に着き、リウがワイルドに肉を噛みちぎり、ナラティブが肉に食らいつく。

ぼくたちは、目の前の食事を全力で楽しんだ。

アリシアの作るミートパイは、サクサクのパイ生地の中に、どう考えてもこの予算では買えないはずの高級な香辛料の香りが凝縮されていて、ぼくの脳を幸福へと追い込んだ。


「リオンさん、昨日のヘレナさんの演技、すごかったですね。あの時の光の屈折率と彼女の涙のタイミング、計算されていたとしたら天才的です」


ゴウがスペアリブを綺麗に食べ終えながら、ぼくに話しかけてくる。


「そうだね、ゴウ君。……でも、計算された涙ほど、冷たいものはないんだよ……」


食事が一段落した頃、エラーラがおちゃらけた足取りでリビングに戻ってきた。


「やあやあ、諸君!美味しい肉に満足したかな? 私も知的好奇心の胃袋がパンパンだよ!」


彼女は白々しく道化のように踊り、ぼくの肩を軽く叩いた。


「リオン君。ちょっと、私の秘密の研究室へ来てくれるかい?二人だけで、大学時代の試験の答え合わせでもしようじゃあないか!」


エラーラの表情は明るかったが、その瞳の奥には、底なしの深い闇が溜まっているのを、ぼくは見逃さなかった。

ぼくはアスナさんやナラティブたちの楽しげな会話を背に、エラーラと共に別室へと入った。

ドアが閉まった瞬間、エラーラの表情から一切の温度が消えた。


「リオン君、覚悟はいいかい。真理は時として、ドーナツの穴のように虚無を抱えている」


彼女は震える手で、一枚の古い羊皮紙と、魔導端末から復元された暗号化ログをぼくに見せた。


「調査結果だ。……君の予想は的中した。いや、それ以上だよ。十年前の王都の開戦という凄惨な悲劇。あれは、たった二人の男によって書き上げられた最悪の台本だった。……レクタ・ファルサスと、シュピーゲル博士だ」


ぼくの背筋を、氷のような冷気が駆け抜けた。


「二人は対立する陣営を演じながら、裏では手を取り合って、王都の富と権力を独占するための『物語』を作り上げた。そしてヘレナは、その物語にリアリティを与えるための、ただ一人の役者だったんだよ。彼女は両親を殺された哀れな少女を演じ、市民の憎悪を煽り、戦争を継続させるための触媒にされた」


「……そんな。じゃあ、あの戦争で死んだ人たちは……」


「ああ、観客だね。台本通りに死んでいった、替えの利くエキストラだ。そして今、その台本は第二幕に入っている。ヘレナの周辺で、最近ある特定の人たちが不審死を遂げている。……彼らの共通点は、十年前の『演劇』に関わった劇団員や、裏事情を知る関係者だ」


エラーラはぼくを真っ直ぐに見つめ、そのハスキーな声で、決定的な死の宣告を告げた。


「リオン君。ヘレナの最大の恩人であったシュピーゲルを、あの空中要塞ごと物理的に粉砕したのは誰かな?」


「……アスナさんだ」


「では、もう一人の恩人、レクタ・ファルサス。彼を追い詰め、逮捕に追い込み、今まさに処刑台へと送ろうとしているのは?」


「……ぼくだ」


「フム。……答えは出たねぇ。間違いなく、ヘレナは君とアスナ君を、自分から恩人を奪った『バグ』として、殺害リストの最上位に登録しているに違いない」


ぼくは、自分の指先が小刻みに震えているのに気づいた。

王都を守ったはずのぼくたちの正義が、彼女の復讐という名の狂った台本の中では、最悪の悪役として定義されている。


「……リオン君、君は今夜、ここに泊まりたまえ。……アスナ君を守るためにもね」


エラーラはそう言うと、再び笑みを浮かべて部屋を出ていった。

ぼくは、暗い部屋の中に一人取り残された。



ヴェリタス探偵事務所の朝は、ひび割れた窓硝子を透過する希望に満ちた陽光と、鼻腔をくすぐる香ばしいベーコンの脂が焼ける音で幕を開けた。


「さあ、諸君!本日の朝食は、アリシア特製の『高タンパク・エナジー・プレート』ですわ! カレルさん、リウさんも遠慮せず召し上がれ。ただし、おかわりは一回につき百クレストの追加徴収になりますからね」


アリシアが深紅のドレスの裾を軽やかに翻し、テーブルに次々と大皿を並べていく。彼女の微笑みは相変わらず完璧な左右対称を保っており、その背後ではエプロン姿のナラティブが、不器用な手つきで卵をひっくり返していた。


「ちょっとアリシア、お客様からお金を取るなんてはしたないわよ!あたしが焼いたこの目玉焼き、リウに食べてもらうんだから邪魔しないで!」


「あはは!ナラティブの焼いた卵か、そいつは豪勢だね! いただきまーす!」


狼獣人のリウが、野生的な所作で皿にかぶりつく。その隣では、カレル警部が眉間の皺を珈琲の湯気で和らげながら、ミートパイをフォークで切り分けていた。


「ふむ、アリシアさんの料理は相変わらず五臓六腑に染み渡る。規制局の冷え切った弁当とは雲泥の差だ。エラーラ、お前はこんな贅沢を毎日享受して、まだ借金を増やしているのか?」


「カレル君、失礼なことを言わないでくれたまえよ。これは私の知的能力を維持するための、必要不可欠なエネルギー・投資だよ。即ち、この一皿のベーコンは、将来的に一億クレストの利益を生む数式へと変換されるのだからねえ」


エラーラは白衣の袖を捲り、真理の眼を首に揺らしながら、トーストに山盛りのジャムを塗っていた。その隣では、アスナさんが一心不乱にハニーグレイズドーナツを咀嚼している。彼女にとっての朝食は、戦場へ向かう前の儀式に近い。


「むぐ……リオンさん、顔色が悪いですよ。ドーナツ、もう一つ食べます?」


アスナさんが、半分に割ったドーナツをぼくの口元に突き出してきた。ぼくは、無理やり口角を吊り上げ、それをひったくるようにして受け取った。


「あはは!ぼくは今、冷却フェーズに入ってるだけだよ! 美味しいね、アスナさん!」


ぼくは、そのドーナツを全力で噛み締めた。甘い、暴力的なまでの甘さが、震えそうになる喉の奥を力強く押し通っていく。

だが、楽しい時間は、終焉を迎える。


「さて……リオン君、アスナ君。準備はいいかい?」


エラーラが、珈琲カップをソーサーに置いた。その音は小さかったが、事務所内の全ての喧騒を瞬時に凍りつかせるには十分な鋭さを持っていた。皆の視線が、ぼくとアスナさんに集中する。カレル警部の顔に再び深い皺が戻り、ナラティブの鉄扇を握る手が強まった。


「リオン、アスナ。……あたしたちは、あんたたちを信じてここで待ってる。だから、変なところで躓くんじゃないわよ」


ナラティブが、少しだけ声を震わせながら言った。アリシアは何も言わず、ただ二人のコートを丁寧に整え、襟元の埃を払った。


「行ってらっしゃいませ。今夜の夕食は、最高級のステーキを用意しておきますわ。……予算は、リオンさんの実家へ請求しておきますので、ご心配なく」


「あはは、アリシアさんらしいや。……エラーラ、あとのことは頼んだよ」


ぼくは、出口のドアノブに手をかけた。その直前、エラーラがぼくの肩を掴み、耳元でそのハスキーな声を響かせた。


「リオン君。論理的な予測は、常に最悪の事態を想定しなければならない。ヘレナというバグは、君の『優しさ』という脆弱性を突いてくるはずだ……」


エラーラの青い瞳が、かつてないほど真剣に、そして深い悲しみを湛えてぼくを見つめていた。ぼくは、その視線を真正面から受け止めた。


「わかってるよ、エラーラ。ぼくは賢者、リオン・ゴルドファングだ。君の導き出す真理を追い越して、最高のハッピーエンドを掴み取ってきてあげるよ。……ねえ、アスナさん?」


「はい。規制局の誇りにかけて、市民の、そして……私たちの家庭を脅かす不法なノイズは、一滴残らず排除してみせます」


アスナさんが眼鏡を指で押し上げ、極太の尻尾を一度だけ、力強く床に叩きつけた。


「よし、行こう!デバッグ作業の開始だ!」


ぼくは、事務所の重い木製のドアを力いっぱい開け放った。


「行ってきます!」


ぼくとアスナさんの二人の声が、重なって朝の王都へと響き渡る。


「……行ってらっしゃい」


エラーラの小さな呟きを背中に受けながら、ぼくたちは一歩、外の世界へと踏み出した。

振り返ることはしなかった。

外の空気は、昨日までの雨の名残を含んで冷たく、それでいて不気味なほどに澄み渡っていた。

探偵事務所の窓からは、エラーラ、ナラティブ、アリシア、グリッチ、ルル、ゴウ、そしてカレルとリウが、それぞれの思いを込めた眼差しで、遠ざかっていくぼくたちの背中を見送っているのが分かった。

それは、彼らという「家族」との、今生の別れとなることを……ぼくの頭脳は、非情なまでの正確さで弾き出していた。

それでも、ぼくは歩き出した。

迫り来る崩壊という名の嵐に向かって。

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