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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第14章:悪の根絶

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定理6:最強のラスボスを倒したい!(5)

新暦九十八年、冬。

王都は「勝利」という名の劇薬に冒されていた。南方の資源大国ヴェニゾーラへの電撃的な侵攻、そして彼らが「解放」と呼んだ制圧劇は、王都に天文学的な富をもたらすと同時に、社会システムを根底から揺さぶる巨大な過負荷を強いたのである。


「……フム。地脈のラグが消え、代わりに欲望のノイズが都市を支配し始めたね、レクタ君」


王立大議事堂の最上階、重厚な革張りの椅子に深く腰掛けたシュピーゲル博士は、窓の外の喧騒を眺めながら、静かに珈琲を啜った。


「ええ。博士。システムが拡張する際、最も効率的なリソースの再分配が行われるのは、決まって『混乱』という名の空白地帯です」


対面に座るレクタ・ファルサスは、スレート端末に表示される膨大な数値データを淡々とスクロールしていた。

ヴェニゾーラ制圧後、その魔導油田の採掘・流通権を「国家の緊急事態」という名目で、王都議会から一任されたのは、レクタの家系であるファルサス大臣家が所有する投資組合であった。軍事作戦に多大な貢献をした功績、そして他にこの巨大なインフラを維持できる資本力が存在しないという「たまたま」重なった状況が、一族を王都最大のエネルギー独占資本へと押し上げたのである。


「素晴らしい手際だ。君の家系がエネルギーという名の血管を握り、私の親族が運営する救済組織が、難民という名の新しい細胞を管理する。これほど調和の取れた分業体制があるだろうか」


シュピーゲルは柔和な笑みを浮かべた。

現在、王都に溢れかえる難民や、地方から流入する獣人、迫害を逃れたエルフたち。彼らの居住区の整備、身分証の発行、そしてシュピーゲルが心血を注いだ「国民皆保険」の枠組みへの登録。これらの膨大な公的業務を「たまたま」引き受けることになったのは、シュピーゲルの親族が経営する慈善財団や、福祉コンサルティング企業であった。

政府が混乱し、行政がパンクする中で、シュピーゲル一族は「人道主義」という高潔な盾を掲げながら、国庫から流れ出る莫大な補助金と、安価な労働力としての難民の管理権を掌中に収めた。それは、レクタがもたらした資源と、シュピーゲルがもたらした人口という二つの歯車が噛み合い、王都を「究極の経済大国」へと変質させていくプロセスであった。


「……博士。国民は、僕たちがかつて議場で激しく争ったことなど、もう忘れています。彼らが今見ているのは、平和のために手を取り合った二人の英雄の姿だ。極右の少年騎士と、極左の聖者。この和解こそが、王都の新しい秩序となる」


「その通りだ、レクタ君。我々は対立という名の演出によって、国民の視線を本質から逸らし続けた。右も左も、結局は一つの利益という名のシステムを駆動させるための、プラスとマイナスの電極に過ぎない。この歪みこそが、王都を停滞から救い、我々に永遠の繁栄をもたらす『種』なのだよ」


二人は、かつての対立が嘘であったかのように、穏やかな会話を交わした。

レクタは軍拡の必要性を叫び続け、国防意識を高めることで軍事予算を膨張させ、それを産業へと還流させた。シュピーゲルは博愛と共生を叫び続け、難民を無制限に受け入れることで、既存の市民の既得権益を破壊し、低賃金労働市場を構築した。


その結果、王都は変質した。


国民の七割が外国系の獣人やエルフに入れ替わり、彼らはシュピーゲルの福祉によって「生かされ」、レクタの軍事によって「守られる」ことで、政治的な沈黙を強いられるようになった。軍事大国でありながら、街の至る所で「反戦」が叫ばれ、その反戦活動すらもシュピーゲルの財団が資金を管理しているという、皮肉なデッドロック状態。


「……フフ。十年も経てば、誰もが『王都は一度も侵略戦争などしたことがない』と信じているだろう。資源を奪ったことも、人を殺したことも、全ては都合により美談に上書きされる。これこそが、僕たちが作り上げた最高の芸術作品だ」


レクタは珈琲のカップを置き、冷徹な瞳でシュピーゲルを見つめた。


「レクタ君。君はこれから、熱烈な『反戦活動家』にでも転身したまえ。軍事を知る君が武器を捨てる姿を見せれば、国民は、君を救世主として崇めるだろう。私は、その背後で、さらに巨大な『愛』の網を広げよう。……誰も傷つかず、誰も考えず、ただ我々のシステムの中で消費し続けるだけの、完璧な家畜たちの楽園をね」


「ええ。博士。共に、この国を解体し、再構築しましょう」


だが。

二人の怪物はまもなく「システム」そのものによって排除された。

あまりにも巨大になりすぎた悪の利権と、あまりにも明白な悪の痕跡。王都の司法システムは、彼らを通常の法で裁くことを断念し、魔導科学による「人道的処置」という名の永久的な再起動を実行したのである。


レクタ・ファルサスに施されたのは、『脳細胞破壊措置』であった。彼の卓越した知性、冷徹な演算能力、そして未来を予測する思考回路。それらは高出力のマナ投射によって根こそぎ焼き払われた。言葉を失い、涎を垂らし、ただ目の前のドーナツに手を伸ばすだけの「空っぽの器」への改造。王都は、彼の危険な思考を物理的にフォーマットすることで、脅威を排除したと信じた。


一方、シュピーゲル博士には、より高度な『悪意摘出処理』が施された。彼の脳内に渦巻く権力欲、自己顕示欲、そして他者を管理しようとする冷酷なエゴイズム。それら「悪意」の定義に触れる電気信号のみを特定し、外科的に切除したのである。残されたのは、博愛と慈愛の言葉だけを演算し続ける、善意のみで構成された「聖者の廃人」であった。


だが……。


王都は、たった二人の「悪人」を排除したところで、正常になど、戻らなかった。

彼らがばらまいた「悪意の種」は、既に王都の土壌に深く、あまりにも深く根を張っていたのである。

魔導油田による圧倒的な経済力と、世界一の軍事力を持ちながら、その内側ではシュピーゲルが呼び込んだ反社会勢力や無政府主義思想が蔓延し、権利を叫ぶ獣人とエルフたちが人口の過半を占めるという、論理的にねじ切れた歪な国家。

それが、今日まで続く「王都」の正体であった。


・・・・・・・・・・


それから十年。

新暦百八年。知性を焼かれたはずのレクタ・ファルサスは、王都の闇に蠢く「道楽息子」として君臨していた。

思考能力は奪われ、高度な会話もできない白痴と化しながらも、彼の魂に刻まれた「純粋な悪意」だけは、焼失を免れていたのである。彼は衝動の赴くままに高級魔導車を暴走させ、気に入らない市民を物理的に排除し、数々の犯罪を繰り返した。

彼がかつて構築した「自動的に家系に富が集まるシステム」は未だ健在であり、彼がどれほどの惨劇を引き起こそうとも、莫大な資産が即座に警察や司法を買収し、全ての罪を「なかったこと」に書き換えてしまう。

思考なき悪意。

それは、理性というブレーキを失った最悪の暴走プログラムであった。


そして、シュピーゲル博士もまた、生ける屍として王都を彷徨っていた。彼は悪意を消去されたがゆえに、心から人々を愛し、救いたいと願っている。しかし、皮肉なことに彼の「思考能力」は残されていた。彼は善意のみに基づき、相手を慈しむような優しい口調で「愛のアドバイス」を授ける。


「君の今の生活は、愛に欠けている。全てを捨てて、新しい自分を探すべきだ」


その言葉に従った者は、数日後に全財産を失い、家族と離散し、絶望の中で事故に遭う。シュピーゲルには殺意も悪意もない。ただ、彼が口にする「最適化された愛」が、脆い人間の人生にとっては致死量の毒となってしまうのだ。周りからは聖者のように慕われながら、その足跡には死体と破産者の山が築かれる。彼は、殺意なき殺人鬼として、永遠の博愛を振りまき続けていた。


この二人の怪物の脳裏に、十年が経った今も強く、鮮烈に焼き付いているイメージがあった。

あの新暦九十八年、王都の運命を変えた「砂漠から来た色黒の少女」。

彼女の正体は、ヴェニゾーラの生存者などではなかった。彼女は、王都の片隅にある歌劇団に所属していた、ただの子役であった。

シュピーゲルが買い取り、レクタが台本を書き、彼女は「家族を殺された悲劇のヒロイン」を完璧に演じきった。あの日、国王の前で流した涙は単なる演技に過ぎず、彼女が語った凄惨な虐殺は単なる物語であった。

この「褐色の肌に、清潔な白衣を纏わせた少女」という虚像。

それは、二人にとっての最高傑作であり、二人を破滅に導いた最後のピースであった。

そして、新暦百八年の王都において、この脳裏に焼き付いた虚像に限りなく近い外見を持つ女性が、偶然にも、あるいは宿命的に現れた。


エラーラ・ヴェリタス。


褐色肌に銀髪、白衣を翻して真理を語るその姿は、かつて自分たちが作り上げ、そして自分たちを破滅へと導いた、あの「偽りの少女」の成長した姿を彷彿とさせた。

レクタは知性を失った獣のような衝動で、彼女を自らの「所有物」にしようと狙い、シュピーゲルは悪意なき愛という名の破滅をもって、彼女を自分の「理想の物語」に閉じ込めようと策動した。


エラーラが過去にこの二人から執拗に狙われていたのは、単なる偶然ではない。

彼女が、彼らの犯した「原罪」にただ、あまりにも似ていたからに他ならない。

偽物の演者が、本物の戦争を作り、真実の地獄を生み……そして、今の「王都」という名の醜い箱庭を完成させたのだ。

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