定理1:最強のラスボスを倒したい!(1)
●リメイク元
「エラーラ・ヴェリタス」関心のない介入
「ナラティブ・ヴェリタス」復讐者
「ナラティブ・ヴェリタス」文脈の破壊者
●現在の自分の救済
「観測者が本を閉じた時、物語は終わりを迎える」
王都の昼下がり、ヴェリタス探偵事務所の気温はアスナ・クライフォルトの極太の尻尾が床を叩く音によって物理的に上昇していた。
「エラーラ!貴女という人は……毎日毎日その薄汚れた白衣ばかり着て!少しは身だしなみというものを気にしなさいな!」
アスナは手土産のミスター・マジックの紙袋を机に叩きつけながら吠えた。
私は紙袋からハニーグレイズドーナツを抜き取ってかじった。
「やあアスナ君。服などというものはね、体温の維持と外部装甲としての機能さえ満たしていれば十分だよ。私の白衣は耐熱耐爆仕様であり、機能美の極致だよ」
「機能美ゼロです!そもそも貴女は私の妻なのですから、一緒に王都を歩く時くらい、まともな服を着てくれないと私が恥ずかしいのです!」
アスナは顔を真っ赤にして叫び、淹れたての珈琲を一気に煽った。
「おかあさま、アスナさんの言う通りですわ。わたくしのように日替わりでドレスを仕立てろとは言いませんが……せめて火薬の匂いがしない服を着てくださいませ」
キッチンで優雅に紅茶を啜りながら、アリシアが冷酷な同意を示す。
「お母様がドレスを着たら、あたしがエスコートしてあげるわ。この鉄扇で、お母様に近づく輩を片っ端から吹き飛ばしてあげる」
ナラティブがリウからもらった謎の干し肉を齧りながら、物騒な提案をした。
「お姉ちゃんのお着替え!私の出番だね!お姉ちゃんのスリーサイズから摩擦係数まで、全部この端末に記録されてるよ!」
ダクトから降ってきたグリッチが、棒付きキャンディを舐めながら狂ったようにはしゃいでいる。
フム。どうやら我が家の世論は私に新しい服を着せるという方向で一致しているようだ。
私はドーナツを飲み込み、真理の眼を首にかけ直した。
「よかろう。そこまで言うなら、君たちの審美眼を凌駕する、究極のオートクチュールを私が直々に開発してやろうじゃないか」
「開発?」
アスナが怪訝な顔をするが、私は既に設計図の構築に入っていた。
服飾の歴史とは、即ち防御の歴史。ならば、最新の魔導産業の粋を集めた服こそが至高。
翌日から、事務所は狂気の工房と化した。
私はジャンク街の歯車通りにゴウを走らせ、旧時代の軍事用魔導通信機の残骸や、大型スラスターのノズルを大量に買い集めた。
「エラーラさん、これ本当に服の材料なんですか?どう見ても飛行機の部品なんですけど」
ゴウが困惑しながら運んできた鋼鉄の板を受け取り、私は笑った。
「愚問だね助手よ。現代の服には、突然の魔導テロにも耐えうる装甲が必要不可欠なのだ」
「お母様、このチタン合金のフレーム、コルセットの骨組みになるかしら」
ナラティブが分厚い金属板を軽々とひしゃげさせて持ってくる。
「ナラ君、素晴らしい曲線美だ。そこにグリッチの持ってきた魔力コンデンサを直列で繋いでくれたまえ」
「はーい!お姉ちゃん、違法高出力ジェネレーターも三基組み込んでおいたよ!」
「完璧だ。アリシア君、総工費の計算は?」
「計算機が二度爆発しましたわ……」
アリシアが虚無の塩を舐めながら報告する。
その頃、アスナは王都魔導規制局の屋上で、空の彼方に微かなマナの歪みを感じ取っていた。
「……何ですか、この重苦しい空気は。まさか……エラーラが服作りに熱中するあまり、膨大な魔力を消費しているとでもいうのですか?」
アスナは顔を赤らめ、両手で頬を押さえた。
「あんなに服に無頓着だったエラーラが、私が妻として恥ずかしくない格好をしてと言ったばかりに……王都の地脈を揺るがすほどの熱意で、私好みのドレスを仕立ててくれているなんて……!」
アスナは規制局の備品のドーナツをかじりながら、一人で勝手に照れ笑いを浮かべていた。
そして三日後。
ヴェリタス探偵事務所に、期待に胸を膨らませたアスナがやってきた。
「エラーラ!約束の服は完成しましたか!」
「おお、アスナ君。見よ、これが真理を纏う至高のドレスだ!」
私が事務所の奥を覆っていた巨大なブルーシートを引き剥がす。
そこに鎮座していたのは、フリルでもレースでもなく、鈍色に輝く巨大な鋼鉄の塊だった。
両翼には暴力的なサイズのスラスター。中央には人を固定するための無骨なハーネス。むき出しの魔力コンデンサが紫色の光を放つ、航空法違反スレスレの要撃ブースター。
「……これは、何ですか」
アスナの笑顔が凍りつき、眼鏡の奥の瞳がすっと細められる。
「見たまえ、この洗練された流線型!対王都魔導規制局用絶対公務執行ブースター・カスタムだ!これを着れば、どんな悪天候のデートでも君を安全に目的地まで空輸できるし、万が一のテロにも全弾発射で対応可能だ!」
「服を作れと言ったんです!どうして歩く戦闘機が完成しているのですか!」
「機能美だと言っているだろう!試しにナラ君、これを着てみてくれたまえ」
ナラティブが巨大なハーネスに収まると、ブースターが彼女のドレススーツと親和性を見せた。
「ほら見ろ!シックな黒にチタンの銀がよく映える!これぞ最新の王都ファッションだ!」
「狂っています!こんなものを着て街を歩けるわけがないでしょう!」
「歩くのではない、飛ぶのだ!グリッチ、点火テスト!」
「了解!メインスラスター、出力十パーセントで点火!」
グリッチが手元のスイッチを押した瞬間、ブースターから強烈な炎が噴き出した。
「ちょっと待ちなさい!室内で点火など……!」
アスナの制止も虚しく、推進力を得たナラティブがハーネスごと前方にスライドし、事務所の壁に激突する。
ドガァァァァン!
ヴェリタス探偵事務所の壁が物理的に吹き飛んだ。
「フム。推力調整にバグがあったようだねぇ。だが装甲の頑強さは証明された」
私は焦げた白衣の袖を払いながら、冷静に分析を終え、アスナの口にハニーグレイズドーナツをねじ込んだ。
「もごっ!誤魔化さないでください!こんなふざけた装備、二度と起動させませんからね!」
アスナはドーナツを咀嚼し、極太の尻尾で残った壁を粉砕した。




