表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理 飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第13章:世界を駆ける者

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

61/75

定理5:ギデオン・ヴァンツ

これを手に取ったあんたに、最初に言っておくことがある。

これは、俺という一人の記者がその存在のすべてを賭けて記す、一切の脚色も、一欠片の嘘もない、ありのままの記録だ。

俺はギデオン・ヴァンツ。十五年、インクの匂いが染みついた指で、この国の『真理』を書いてきた。

だが、俺、ギデオン・ヴァンツは知ってしまったのだ。

この世界には、『真理(ヴェリタス)』よりも強引に騒がしく、世界を覚醒させた者が存在することを。

もしあんたが、悲劇の結末を期待してこの紙束を読んでいるなら、今すぐ窓から投げ捨てて、別の退屈な悲恋小説でも探すんだな。

ここから先に書かれるのは、極太の尻尾で世界をまとめてぶん殴った「飛竜(ドラゴン)」についての記録だ。


王都の高級住宅街に鎮座する、ドミトリー・ヴォルコフの屋敷。

応接室は、今や世界で最も騒がしく、そして間の抜けたティーパーティーの会場と化していた。

俺は、震える手でメモ帳を握りしめながら、目の前で繰り広げられる光景に呆然としていた。


「……それで、先生。最近の第三居住区の異常気象について、どうお考えで?」


俺が恐る恐る問いかけると、正面に座るエラーラ・ヴェリタスは不機嫌そうに顔を歪めた。


「最悪だよ!せっかく私が人類の環境適応能力を測定するために、局地的な人工吹雪を発生させたというのに、たったの二時間で無効化されたんだからね!」


「おかあさま。言葉を選んでいただけますか? あれは『保護』ですわ」


純白のドレスに金のケープを纏ったアリシア・ヴェリタスが、優雅に紅茶のカップを置きながら、どこか晴れやかな、毒の抜けた笑顔で言った。

アリシアの視線の先。

そこには、この世界で最も偉大な二つの知性と権力を完全に沈黙させた張本人が、口の周りを砂糖だらけにして座っていた。


「むぐむぐ……んっ、ごきゅごきゅ……ぷはーっ!やはり、この次元のドーナツと珈琲も格別ですね!」


黒髪のセミロングに細縁の黒眼鏡。少しふっくらとしたお腹を揺らしながら、両手に持ったドーナツを猛烈な勢いで頬張る竜人の女性。

彼女の名はアスナ・クライフォルト。

平行世界からたまに遊びにくるという、エラーラの妻……とのことだ。


「アスナ!君はまた私の壮大な実験を台無しにしたね! あの吹雪の生存データを計算するのに、どれだけの徹夜を重ねたと思っているんだ!」


エラーラが身を乗り出して抗議するが、アスナは全く動じることなく、新しいドーナツに手を伸ばした。


「市街地に吹雪を起こすなど言語道断です。王都の交通網を麻痺させる行為は、魔導規制局の官僚として見過ごせません。それに……」


アスナは眼鏡の奥の青い瞳を鋭く光らせ、極太の尻尾をパタン、と床に叩きつけた。


「あんなに冷え込んだら、ハママツさんが取材帰りに風邪を引いてしまうじゃないですか」


「……ハママツさん?」


俺は思わず自分の顔を指差した。俺の名前はギデオン・ヴァンツだ。ハママツなどという単語は、俺の人生のどこにもかすっていない。


「俺は……ギデオンですが」


「ええ、分かっていますよ、ハママツさん。今日も良い記事を書いてくださいね」


アスナは慈愛に満ちた笑顔で頷いた。エラーラも、アリシアも、ナラティブも、そして俺自身も、彼女がなぜ俺をハママツと呼ぶのか全く意味が分からず、部屋に奇妙な沈黙が落ちた。

だが、アスナ本人は全く気にする様子もなく、さらに皿の上のドーナツへ手を伸ばそうとした。

その瞬間、漆黒のドレスを着たナラティブが横から素早く皿を奪い取った。


「アスナ!食べすぎ!それはグリッチとルルと、リウとゴウの分ですよ!カレル警部の分は……食べていいから!少しは残しておきなさいよ!」


「ああっ!私の主食が!ナラティブさん、あと一つ、せめてそのチョコのかかったやつだけでも!」


「だーめ!アスナはお腹が出てるんだから!」


「なっ、竜人の立派な蓄えに向かって失礼な!」


かつて姉と母の間で引き裂かれ、捨てられた子犬のような顔をしていたナラティブは、今や屈託のない笑顔を取り戻し、アスナと子供のような口論を繰り広げている。

エラーラがニヤニヤと笑いながらアスナの脇腹に指を這わせた。


「ひゃっ!? や、やめてくださいエラーラ! そこは、あっ、ふふっ、やめ……!」


アスナが顔を真っ赤にして身をよじった瞬間、彼女の口からボワッ、と豪快な炎が吹き出した。


「うわっ! 熱い熱い!」


エラーラが慌てて飛び退く。

だが、エラーラの瞳には深い愛情が宿っていた。アリシアも、その騒がしい光景を優雅に微笑みながら見守っている。

正義と正義の衝突など、このドーナツと珈琲を愛する竜人の前では、ただの夫婦喧嘩に過ぎない。


「珈琲の抽出温度は八十三度が論理的な最適解だ!君のように感覚で適当に湯を注ぐなど、豆に対する重大な冒涜だよ!」


「何事も計算通りではつまらないと言っているのです! 淹れる者の愛情という不確定要素こそが、珈琲を美味しくする究極のスパイスなんですよ!」


世界最強の頭脳を持つ大賢者と、次元を超えてやってきた竜人の官僚は、冷めかけた珈琲を挟んで子供のように些細な口論を繰り広げていた。


「……本当に非論理的な言葉だ。私には全く理解できんよ」


エラーラは呆れたように息を吐き、手元のスレートに視線を落とした。


「そんな不確定要素を語る暇があるなら、私は不確定要素で生まれたバグを、修正しておこうか」


エラーラが何気ない仕草で指先をスレートに滑らせた瞬間、王都の地脈を、いや、次元の壁を越えた異世界の果てまでをも巻き込んで、途方もない規模の魔導の光が脈打った。

それは、あの無垢な少年の仮面を被った悪魔によって理不尽に命を奪われたすべての人間たちを、一瞬にしてこの世に蘇らせるという『奇跡』だった。理不尽に奪われた未来が、エラーラの指先一つで完全に書き換えられ、元の穏やかな日常へと接続されていく。

アリシアもナラティブも、俺も、誰一人としてその世界がひっくり返るような現象に気が付かなかった。

だが、特異点である竜人のアスナだけは違った。

彼女の青い瞳は、世界を巡る数万、数億の魂が本来の場所へと帰還し、命の鼓動を再開させたその途方もない輝きをはっきりと捉えていた。

アスナは尻尾をゆっくりと揺らし、言葉を失ったようにエラーラを見つめた。


「エラーラ……あなた、今、どれほどの人を……」


「なに、ただの失われたデータのバックアップとリストアだよ。フン……数値が元に戻っただけだ。私の完璧な理論の証明のためにね」


照れ隠しのようにそっぽを向く大賢者の褐色肌は、珈琲の熱のせいか、それとも別の理由か、ほんのりと赤く染まっている。

アスナはふっと優しく、泣き出しそうなほど愛おしげに微笑んだ。

論理だデータだと強がりを言い張りながら、その実、誰よりも深く、誰よりも不器用にこの世界を愛しているこの人間を、どうして愛さずにいられるだろうか。

アスナはエラーラの胸元に歩み寄ると、その白衣の襟をそっと引き寄せ、驚いて目を見開く大賢者の唇に、静かに、深くキスをした。


「……えっ? あ、アスナ……!?」


「不確定要素ですよ、私の可愛い大賢者様!」


やがて、部屋の空気が微かに揺らいだ。

アスナの足元から、淡い次元の光が立ち上り始める。彼女の里帰りの時間が終わろうとしていた。


「おや、もう時間ですか。楽しいひとときはあっという間ですね」


アスナは名残惜しそうに極太の尻尾を揺らし、立ち上がった。


「もう帰るのかい、アスナ」


エラーラが少しだけ寂しそうに目を伏せる。


「またすぐに来ますよ、エラーラ。あなたたちが、この世界でバカな喧嘩をしないように監視しなければなりませんからね!」


アスナは皆に笑顔で手を振った。最後に彼女は、俺に向かってニッコリと微笑んだ。


「それでは皆さん、また。ハママツさんも、お元気で!」


「だからギデオンだと……まあ、いい」


俺がため息をつくと同時に、アスナの姿は眩い光の奔流に包まれ、そのまま音もなく元の世界へと帰っていった。

俺は、ペンを握る手の震えが完全に止まり、代わりに熱いものが胸の奥から込み上げてくるのを感じていた。

彼女たちの運命は、たった一人の竜人が持ち込んだ、どこまでも不器用で、騒がしくて、底抜けに温かい愛情によって完全に書き換えられたのだ。


たとえこの先、正義と正義が牙を剥きあう世界であっても。

どこかの世界にあの飛竜(ドラゴン)がいる限り、俺たちはこれからも、一杯の温かい珈琲を片手に、家族のように笑い合えるだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ