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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

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定理50:再生する世界(2)

世界は、またしても二つの色に引き裂かれていた。

天空を支配するのは、冷徹な蒼。それは最強魔導師エラーラ・ヴェリタスが展開する、痛みと進化を強制する論理の光。

地上を覆うのは、甘美な黄金。それは聖女アリシア・ヴェリタスが広げる、停滞と無痛を約束する愛の檻。

かつて同じ食卓を囲んだ家族たちが、今、世界の覇権を懸けて激突していた。


戦場には、既に敗者たちの残骸が転がっていた。

エラーラの思想に共鳴し、彼女のために剣を取ったリウ・ヴァンクロフトとルル・ヴァンクロフトは、アリシアが展開した絶対防御とグリッチ・オーディナルの予測不能なハッキング攻撃の前に、手も足も出ずに敗北していた。リウは極太の尻尾を力なく投げ出し、ルルはスレートを抱きしめたまま気絶している。


そして、二人の姉妹の殺し合いを止めようとしたナラティブ・ヴェリタスもまた、大地に伏していた。彼女は武の化身でありながら、どちらにも刃を向けられず、エラーラの論理とアリシアの愛の板挟みになり、精神的な限界を迎えて崩れ落ちていたのだ。


「残念だよ、アリシア君。残るは君と、グリッチだけだ」


エラーラは重力を無視して天空に浮遊し、眼下に広がる黄金の結界を見下ろしていた。彼女の背後には、無数の魔導砲が展開され、そのすべてがアリシアへと照準を定めている。


「いいえ、おかあさま。わたくしには魔力こそありませんが、この世界を愛する心が、最強の矛を動かしますわ。グリッチさん、お願いします。あの方の冷たい論理を、根底から破壊なさい」


地上で祈りを捧げるアリシアの声は、優しく、しかし、狂気を孕んでいた。彼女はそのカリスマ性と狂信的な愛だけで、世界最強のハッカーであるグリッチを使役していたのだ。彼女の命令を受け、グリッチが狂ったように笑いながら空間をハッキングする。


「あはは!いいよぉ!お姉ちゃんの論理、全部めちゃくちゃにしてあげる!」


グリッチの瞳から赤い光が迸る。無数の瓦礫がエラーラに向かって逆流し、空を裂く魔導砲の制御が乗っ取られようとする。エラーラとて、世界の防衛システムそのものを掌握したグリッチの演算速度には、防戦一方にならざるを得ない。

戦況は互角。いや、物量においてアリシア側が有利に見えた。

だが。


「……ねえ、アリシアお姉ちゃん」


グリッチが唐突に、ハッキングの手を止めた。


「な、何ですの?早くトドメを刺しなさい」


「私ね、お姉ちゃんのことが大好きだよ。アリシアお姉ちゃんの作るご飯も、優しいところも大好き」


グリッチは満面の笑みで、けれど氷のように冷たい瞳でアリシアを振り返った。


「でもね、私の『大好き』の定義ファイル、最上位ディレクトリにあるのは、いつだってエラーラお姉ちゃんなんだよねぇ!」


「な……ッ!?」


次の瞬間、グリッチの指先が反転した。エラーラに向けられていたハッキングの矛先が、一瞬にしてアリシアの展開する絶対防御結界へと突き刺さる。


「バックドア、承認!ファイアウォール、強制解除!お姉ちゃん、今だよ!」


「よくやった、グリッチ!君の愛のベクトルが、私に向いていることは計算済みだ!」


エラーラの機転――最初からグリッチの裏切りを含めた論理的なトラップが発動した。アリシアが信じていた「家族の愛」という基盤が、最も狂気的な家族によって内側から食い破られたのだ。

パリン、と世界を覆っていた黄金の檻が砕け散る。

絶対的な守りを失ったアリシアの目前に、エラーラが転送される。


「チェックメイトだ、アリシア。支配だけで世界は守れない。それを守るための計算を、他者に依存した君の敗北だ!」


エラーラが指を弾くと、衝撃波がアリシアを吹き飛ばした。聖女は絶望の表情で崩れ落ち、瓦礫の中に沈んだ。

戦場に静寂が戻る。立っているのは、勝者であるエラーラと、彼女に擦り寄るグリッチだけだ。


「あはは!勝ったねお姉ちゃん!これで世界はお姉ちゃんのものだよ! 私のこと、褒めて褒めて!」


「ああ、上出来だ。さあ、世界を書き換えよう。痛みと進化のあふれる、素晴らしい実験場へとね!」


エラーラが勝利を確信し、世界再編の術式を起動しようと、高らかに両手を掲げた。


一方その頃。

戦場となった王都の中心部から遠く離れた、郊外の大型スーパーマーケット『キング・マート』の駐車場。

そこには、両手にこれでもかというほど膨れ上がった買い物袋を提げ、満足げな表情を浮かべる一人の女性がいた。

王都魔導規制局の官僚、アスナ・クライフォルトである。


「ふふっ、今日は大勝利でしたわ! 特売のタマゴも、タイムセールの挽肉も、すべて完璧な計算でゲットしましたもの! これで今夜は特製ハンバーグ……あ……あら?あらららら?」


アスナがふと王都の中心部を見上げると、そこには空を裂くような蒼い閃光と、黄金色の爆発が花火のように打ち上がっていた。

地脈が悲鳴を上げ、遠く離れたこの場所でさえ、空気がビリビリと震えている。


「……またですの? またあの人は、私が目を離した隙に『また』世界を壊そうとしているんですの!?」


アスナの額に青筋が浮かんだ。

彼女の脳内で、帰宅ルートの計算が瞬時に行われる。

メインストリートは封鎖。裏道は瓦礫で通行止め。このままでは、せっかく買った挽肉の鮮度が落ちてしまうし、何よりハンバーグを焼くための「火力調整」に最適なエラーラが捕まらない。


「ふざけないでくださいまし! 今日の夕飯は、一分一秒の遅れも許されないんですのよ!」


バサリッ!


アスナの背中から、巨大な深紅の竜の翼が出現した。

かつてエラーラによって再構成された魂の形。最強の天敵としての証。

彼女は買い物袋を提げたまま、重力を無視して大地を蹴った。


ドォォォォン!


衝撃波で駐車場の車が揺れる中、アスナは超音速の弾丸となって、戦場へと一直線に飛翔した。

視点は再び戦場へ。

エラーラは、世界の法則を書き換えるための詠唱を完了しつつあった。


「さあ、見たまえ! これより世界は新たなフェーズへ……」


「させませんわーッ!」


上空から、理不尽なまでの怒号が降ってきた。

エラーラが見上げる間もなかった。


ドガァァァァン!!


それは魔法攻撃ではない。

買い物袋を盾にした、主婦の怒りを込めた超高速の「ボディプレス」だった。

アスナという名の隕石が、勝利の余韻に浸っていたエラーラを直撃し、地面へとめり込ませた。

エラーラの展開していた論理障壁は、高尚な魔術には無敵だが、「生活の恨み」という非論理的かつ物理的な質量エネルギーの前には、薄紙のように引き裂かれた。


「……あ、あれぇ?お姉ちゃんが……負けた?」


グリッチが呆然と呟く。

彼女の計算では、エラーラは最強のはずだった。だが、目の前では、ただの買い物帰りの官僚が、世界を征服した魔王をクレーターの底で踏みつけている。

買い物袋から飛び出した長ネギが、エラーラの顔にペチペチと当たっていた。


「……なんか、冷めちゃった。最強じゃないお姉ちゃんなんて、ただの変人だもん。私、向こうでネコと遊んでくるねー」


グリッチは興味を失ったように欠伸をすると、戦場を放棄してどこかへ消えてしまった。

残されたのは、アスナに襟首を掴まれ、揺さぶられているエラーラだけだ。


「聞いていますの、エラーラ!今日の夕飯はハンバーグにする予定だったんですからね! あなたたちが道路を封鎖したせいで、私がどれだけ遠回りして飛んできたと思っているんですか!もし挽肉が傷んでいたら、貴方の頭をミンチにしますわよ!」


アスナが叫びながら、買い物袋に入っていた長ネギでエラーラの頭をポカポカと叩く。

間抜けな音が、世界の終わりを告げる鐘の代わりに鳴り響いた。

エラーラは目を回し、抵抗もできずに叩かれていた。

その無防備な姿を見た瞬間、アスナの手がピタリと止まった。


(……ああ。またこの人は、こうやって無茶をして……)


アスナの脳裏に、古い記憶が蘇る。

灰色の冬。凍てつくビルの屋上。

世界に絶望し、自ら命を絶とうとした私。

そんな私を、消えかけの命を使って無理やり引き止めた、傲慢で不器用な魔導師。


『君は、私の敵になれ』


あの時、突き放されたと思っていた言葉が、今は違う意味を持って響く。

この人は知っていたのだ。自分がいずれこうして暴走し、世界を壊してしまうことを。

だからこそ、自分を止めるための「安全装置」として、私を生かした。

私に、生きる意味を与えてくれた。


「……バカな人」


アスナは、振り上げたネギを下ろした。

目の前で伸びているエラーラは、世界最強の魔導師なんかじゃない。

ただの、寂しがり屋で、不器用で、誰よりも「正解」を探してもがいている、愛おしい家族だ。


「……なんで、泣いているんだね、アスナ君」


エラーラが薄目を開けて、アスナを見上げた。

アスナは自分が泣いていることに気づき、慌てて眼鏡の位置を直した。


「な、泣いてなどいません!ネギの成分が目に染みただけです!」


「フム……。君は、強いな」


エラーラは、アスナに踏みつけられたまま、眩しそうに目を細めた。

そして、無意識にアスナの在り方を解析していた。

自分は、知性と武力を極限まで高めたが、それは他者を支配するための力となり、孤立した。

アリシアは、愛だけを信じたが、それは現実に対処する術を持たない妄想となり、破綻した。

だが、目の前のアスナは違う。

彼女は、「美味しい夕食を食べる」という愛のために、必要なだけの知性(学)と、必要なだけの実行力(武)を、過不足なく完璧に行使した。

多すぎもせず、少なすぎもしない。

ただ、今日という一日を幸せに終えるためだけの、等身大の力。


「……そうか。愛とは、均衡とは、無限を目指すことではなかったのか……」


エラーラは乾いた笑いを漏らした。


「愛という器を満たすために、必要なだけの学と武があればいい。生活を維持し、明日へ繋ぐための最小単位の力。それこそが、世界を崩壊から救う唯一の安定解……か」


エラーラの脳内に、一つの真理が閃いた。

暴君でもない。狂人でもない。

この、生活感にまみれた「普通」こそが、私たちが目指すべき到達点だったのだ。


「……私の負けだよ、アスナ君」


「当たり前ですわ!貴方が私に勝てるわけがありませんもの!」


アスナはふんと鼻を鳴らし、手を差し伸べた。


「さあ、立ちなさい。帰りますわよ。貴方には、私の荷物持ちという罰を与えます」


エラーラはその手を取り、立ち上がった。そして、倒れているアリシアとナラティブの元へ歩み寄った。


「アリシア、君の勝ちだ」


「え……?でも、わたくしは……おかあさまに負けて……」


「君が望んだ『愛に満ちた世界』は、ここにある。アスナ君を見たまえ。彼女の怒りは、すべて私たちへの愛……と食欲から来ている。痛みはあるが、それは致命的ではない。これこそが、君が守りたかった『普通』の幸福の正体だ」


エラーラはアリシアの手を取り、ナラティブの肩を叩いた。


「私は世界征服を諦める。その代わり、世界管理を引き受けよう。アリシア、君は私の難解な理屈を、民衆に分かりやすく翻訳して広めてくれ。愛を説くのはやはり……君の役目だ」


「お、おかあさま……」


「そしてナラティブ。君はもう迷う必要はない。君の拳は、この騒がしくて愛おしい日常を守るために振るえばいい」


「……はい! 了解ですわ、お母様!」


世界は救われた。

英雄の剣でも、大魔導でもなく、主婦の買い物袋によって。


「さあ、行きますわよ!まだタイムセールには間に合います!グリッチさんも早く戻ってきなさい!」


アスナが時計を見て叫ぶ。


「やれやれ。世界征服より難しいミッションだね」


エラーラは苦笑しながら、アスナの後を追う。

かつての「死にたがり」だった観測者は今、最強の魔導師を尻に敷き、聖女にレシピを教え、戦士に荷物を持たせている。

夕焼けに染まる王都を、四人の影が歩いていく。

数日後、エラーラは日誌に新たな定理を書き加えた。


「学と武の総和は、愛と過不足なく釣り合わなければならない。これが、この世界を保存するための唯一の安定解だ」


エラーラは満足げに呟き、アスナから渡された重たい買い物袋を、魔法ではなく自分の手でしっかりと握りしめた。

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