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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

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定理47:過去のトラウマを打破したい!(前編)

●リメイク元

「ナラティブ・ヴェリタス」破壊を生み出す者

「アリシア・ヴェリタス」楽園の崩壊

「血の繋がりとは、初期設定されたシステムコードに過ぎない」


新暦百八年、初冬。

王都に珍しい雪が舞い散る中、ヴェリタス探偵事務所には、異常事態が訪れていた。


「……桁が、合わないねぇ」


エラーラ・ヴェリタスは、通帳の数字を三度見直し、さらに裏返して透かして見た。

だが、そこに印字された数字は変わらない。


『残高:+5,000,000,000クレスト』


マイナスではない。プラスだ。

過去の発明特許が再評価され、さらにはグリッチが適当に組んだ株取引プログラムが暴走的に利益を叩き出した結果、ヴェリタス探偵事務所は一夜にして王都屈指の資産家になってしまったのだ。

督促状のない朝。爆発のない昼。

エラーラは、満たされた胃袋と財布を抱えながら、ふと提案した。


「……ナラ君。たまには、二人で出かけようか」


「え?」


「いやなに、君に新しいドレスでも買ってあげようと思ってね。……単に私が……なんだ、その、大切なナラ君と、歩きたかっただけかもしれないがね」


ナラティブは目を丸くし、それから花が咲くように微笑んだ。


「……喜んで!お供しますわ、お母様!」


二人は街へ出た。

王都のメインストリートは、クリスマスの装飾で彩られている。

エラーラは白衣を脱ぎ、上質なウールのコートを羽織った。ナラティブもまた、深紅のベルベットのドレスを纏っている。

二人は、普通の姉妹のように、あるいは親子のようにはしゃいだ。


「夢みたいですわ……」


ナラティブが、ショーウィンドウに映る自分たちの姿を見て呟いた。


「あたしたち、本当に幸せになってしまいましたのね」


「フム。……悪くない気分だ」


エラーラはナラティブの肩を抱いた。


「君が十五年間、スラムで泥水を啜って生きてきた分まで、私が贅沢をさせてあげるよ」


二人の間には、暗黙の秘密があった。

ナラティブは四年前、十五歳の頃、エラーラによって未来から連れてこられた孤児であることを。

だが、そんな重い過去さえも、今日の暖かな陽光と資産の前では、些細なノイズのように思えた。

一方その頃。

主のいないヴェリタス探偵事務所に、二人の来客があった。


「ごめんください。……エラーラさんは、ご在宅かな?」


現れたのは、銀髪に知的な眼鏡をかけた壮年の紳士と、黒髪の美しい淑女だった。


「あら、おかあさまはお出かけですわ。わたくし、娘のアリシアと申します」


アリシアが優雅に応対する。


「娘?……おお、そうか。我々はエラーラさんの……古い友人、のようなものでね。近くまで来たので寄らせてもらったのだよ」


紳士は穏やかに微笑んだ。

事務所には、非番のカレル、学校帰りのゴウ、リウ、ルル、そしてグリッチがいた。

初めは警戒していた彼らも、二人の巧みな話術と、あふれ出る知性に魅了されていった。


「ほう!カレルさんはあの事件を担当されたのですか!」


「なんと、ゴウ君は量子力学を? ……素晴らしい!」


「リウさんの絵画、実に見事だ。野性の中にある黄金比……これぞ芸術だ!」


紳士――リニア・アルゴリズムと、淑女――プロキシ・アルゴリズムは、瞬く間にその場の空気を支配した。


「……良い人たちだねぇ。お姉ちゃんの知り合いに、こんなまともな人がいたなんて」


グリッチが毒気を抜かれたように笑う。


「ええ。とてもお優しい方々ですわ」


アリシアも紅茶を注ぎ足した。

事務所は、かつてないほど温かな、知的な団欒に包まれていた。


夕暮れ時。

エラーラとナラティブが、両手いっぱいの紙袋を抱えて事務所に戻ってきた。

二人が扉を開けると、そこには幸せな光景が広がっていた。

暖炉の火、湯気の立つ紅茶、そして談笑する仲間たち。

その中心にいる、見知らぬ二人の男女。

リニアとプロキシが、ゆっくりと振り返った。


「……お帰りなさい、エラーラ。それに、ナラティブ」


リニアが微笑んだ。

プロキシが目を細めた。

その瞬間。

エラーラとナラティブの時が止まった。

エラーラは無表情のまま、コートを脱いだ。


「……少し、着替えてくるよ」


ナラティブもまた、ドレスの裾を握りしめたまま、無言でうつむいた。


「……荷物を、置いてきますわ」


二人は逃げるように、リビングを通り過ぎ、奥のキッチンへと向かった。

扉が閉まる。

静寂。

ナラティブが、買い物袋を取り落とした。


「……ナラ君?」


エラーラが振り返る。

そこには、ガタガタと震え、顔面蒼白になったナラティブがいた。

彼女は自分の両腕を抱きしめ、キッチンの隅にうずくまっていた。

その大きな赤い瞳から、ポロポロと大粒の涙が溢れ出している。


「……怖い……」


ナラティブが、掠れた声で呟いた。

普段、どんな巨大な怪物を前にしても鉄扇を開いて笑う彼女が、小動物のように怯えている。


「……身体が……覚えているんですの……。あの、冷たい目……あの視線……」


彼女の脳裏に、封印していた記憶の断片がフラッシュバックする。

暗いスラム街。冷たい雨の降る路地裏。

あるのは、冷たいコンクリートの感触。


「……間違い、ないですの……。あいつらが、あたしを捨てた……親……間違いないですわ……!」


ナラティブの直感。野生の勘。

それは論理を超えた、生存本能からの絶叫だった。

エラーラは、息を呑んだ。

親。

ナラティブを捨てた、顔も知らない親。

それが、あの二人だというのか。


「……そうか」


エラーラは、ナラティブの言葉を疑わなかった。

彼女は静かにナラティブに歩み寄り、その震える肩を抱きしめた。

ナラティブの体温が、氷のように冷たい。


「……お母様……ッ!あたし……あたし……ッ!」


「大丈夫だ。君の直感は、私の論理よりも正しい」


エラーラはナラティブを抱きしめたまま、白衣のポケットから愛用の聴診器『真理の眼』を取り出した。

そして、それをキッチンの扉に押し当てた。

すると、すぐさま冷酷なデータが出力された。


『解析結果、遺伝子配列の一致率99.99%、対象、リニア・アルゴリズム、およびプロキシ・アルゴリズム、関係性、実父、実母』


エラーラの青い瞳が、驚愕に見開かれ、次いで絶対零度の冷徹さを帯びた。

確定だ。


『追加解析、エラーラ・ヴェリタスとの一致率、99.99%、関係性、実父』


「……な!?」


私とナラティブは、他人ではなかった。

同じ親から生まれ、同じように捨てられ、そして時空を超えて再会した、実の姉妹だったのだ。


「そういうことだったのか……」


全ての計算が合った。

なぜ私が未来でナラティブを見つけた時、他人とは思えない引力を感じたのか。

なぜ彼女が、私の思考を理解し、背中を預けられるのか。

私たちは、最初から一つのパケットだったのだ。


「……ナラ君。ここで待っていなさい」


エラーラはナラティブを椅子に座らせ、涙を拭った。

そして、キッチンのポットから、一番濃くて、泥のように苦いコーヒーをカップに注いだ。

エラーラはリビングに戻り、優雅にソファに座る男女の正面に立った。

そして、カップをテーブルに叩きつけるように置いた。


「……単刀直入に聞こうか」


エラーラは、男――リニア・アルゴリズムと、女――プロキシ・アルゴリズムを見下ろした。


「君たちが、私とナラティブの『親』、だね?」


シン、と部屋が静まり返った。

リニアとプロキシは顔を見合わせ、そして――にこりと笑った。


「ご名答だ、エラーラ。成長したな」


リニアが、エラーラを値踏みするように見た。


「久しぶりね、私の可愛いエラーコード」


プロキシが、艶然と微笑んだ。


「……今さら何の用だい。君たちは私たちを捨てたはずだ。論理的に言って、今さら再会を喜ぶ義理はない」


「誤解しないでほしいな」


リニアが紅茶を一口啜った。


「捨てたのではない。『処理』したのだよ。あの時の君は、産業廃棄物だった」


「産業……廃棄物……?」


ゴウが震える声で呟いた。


「だが、状況が変わった」


プロキシが続ける。


「あなたたち、随分と『稼いで』いるようじゃない?……だから、権利を行使しに来たのだよ」


リニアが立ち上がり、両手を広げた。


「親権、という絶対的な管理者権限をね。法律上、君たちの資産は我々の管理下にある。……さあ、資産も人脈も才能も、すべてを親に返しなさい」


あまりにも身勝手な論理。

カレルが拳銃に手をかけた。リウが唸り声を上げて立ち上がる。


「お座り。野蛮な獣たち」


プロキシが一瞥した瞬間、リウとカレルの体が目に見えない重圧で床に縫い付けられた。


「無駄だよ。君たちのような旧式OSでは、我々の演算速度にはついてこれない」


リニアが冷たく言い放つ。


「さあ、エラーラ。……再教育の時間だ」


絶体絶命の重圧。

だが、その時。

キッチンの扉が、物理的に吹き飛んだ。


「……ふざけるんじゃあ、ありませんわ!!」


爆風と共に現れたのは、黒いドレススーツに身を包んだナラティブだった。

彼女の目は赤く腫れていたが、そこにはもう怯えはなかった。


「あたしたちは、貴方たちの所有物じゃありませんわ!」


ナラティブが床を蹴った。

魔力を持たない彼女の、純粋な身体能力による加速。

プロキシの反応速度を上回る一撃が、女の目前まで迫る。


「ほう。……牙を剥くか」


プロキシが指先で空中に障壁を展開する。


ガギィィン!


鉄扇と魔力壁が衝突し、火花が散る。


「ナラティブ!加勢する!」


リウが拘束を強引に引きちぎり、拳を振るう。


「俺もだ!こんなふざけた親がいてたまるか!」


カレルが魔導銃を構える。


「僕も戦います!師匠とナラティブさんは、僕たちの大切な家族だ!」


ゴウが魔導スレートを展開し、演算サポートを開始する。

ルルが影からナイフを投擲し、アリシアがフライパンを構える。


「……フム。見たまえ、リニア」


エラーラが、リニアの前に立ちはだかった。

彼女の背後には、頼もしい仲間たちがいる。

かつて捨てられ、孤独だった彼女たちは、今やこんなにも多くの「ノイズ」に囲まれている。


「君たちの計算式には、この変数は含まれていなかっただろう?『愛』という名の、非論理的で、無限の出力を持つバグがね!」


「感情は判断を鈍らせるだけだ!」


「だから君は負けるんだよ、お父様!」


戦端が開かれた。

狭い探偵事務所が、魔法と物理と罵倒が飛び交う戦場と化す。


「『多層記述』!」


エラーラが数千の魔力弾を放つ。


「『最適化障壁』」


リニアが最小限の動きでそれを弾く。


「無駄だエラーラ。お前の魔法のソースコードは、全て私が書いたものだ。欠陥も、癖も、全て把握している」


「なら、これはどうですの!?」


ナラティブがプロキシの懐に飛び込む。


「遅い」


プロキシがナラティブの心臓に掌を当てる。


「『精神汚染』。……思い出させてあげるわ。あの雨の日の寒さを。誰にも必要とされなかった絶望を」


「あ……が……ッ!?」


ナラティブの動きが止まる。

視界が暗転する。

十五年間の孤独。ゴミ捨て場の臭い。寒さ。飢え。

『いらない子』という呪いが、彼女の心を蝕んでいく。


「ナラティブ!」


リウが叫ぶが、プロキシの結界に阻まれる。


「終わりだ。……所詮は不良品!」


リニアが、動けなくなったエラーラとナラティブに向けて、極大消滅魔法を構えた。


「サヨナラだ。利用不可能な資産に意味はない。消えてくれ」


閃光が放たれる。

万事休す。

誰もがそう思った。

だが。


「……定理……過去の傷跡は、現在の強度の証明である……」


エラーラの声が響いた。

消滅魔法の光の中で、彼女は立っていた。

そして、その腕の中には、震えるナラティブが抱きしめられていた。


「ナラ君。……聞こえるかい? 君の心臓の音を」


「……お母、様……?」


「君の心臓は、今まで一度も止まらなかった。……生きていた!生きていたんだよ!君は生きた!誰の助けもなく、君自身の力で、今日まで生き抜いたんだ!」


エラーラの言葉が、ナラティブの呪いを解いていく。


「それに、君は独りじゃない。……私たちが姉妹だったなんて、まあ、笑い話にもならないがね。でも、だからこそ言える。私の妹を傷つける奴は許さないよ!」


「……姉妹……?」


ナラティブが顔を上げる。


「ええ。そうらしいよ。DNA検査の結果だ」


エラーラがウィンクした。

ナラティブの瞳から、迷いが消えた。

彼女は鉄扇を開いた。

その扇面に、リウの描いた絵のような、鮮やかな「生」の輝きが宿る。


「……最高ですわ。お母様が、お姉様だったなんて」


ナラティブが立ち上がる。


「あたしは……ナラティブ・ヴェリタス!今のあたしには、帰る場所も、愛する人も、そして最高の姉もいますもの!」


ナラティブが地を蹴った。

その速度は、過去のトラウマを置き去りにし、プロキシの認識速度すら超えた。


「な……ッ!?」


ナラティブの鉄扇が、プロキシの展開した精神汚染の霧を切り裂き、その本体へと深々と突き刺さった。

物理的な質量と、想いの熱量。

魔力を持たない彼女の一撃が、最強の精神魔導師を粉砕した。


「馬鹿な……! 私の演算が……!」


プロキシが崩れ落ちる。


「次は君だ、リニア!」


エラーラが聴診器を構える。


「君は言ったね。私のコードは君が書いたと。……なら、書き換えてやるよ!ゴウ君、サポートを!」


「はい、師匠!並列演算、開始!」


ゴウのスレートが光る。

エラーラの魔力が、幾何学的な図形を描いてリニアを包囲する。


「古いOSはね、新しいアプリに対応できないんだよ! ……食らえ、『進化するバグ』!」


エラーラとゴウ、二人の世代を超えた知性が生み出した、カオスで、複雑で、解読不能な魔法式。

それがリニアの完璧すぎた論理障壁を、ウイルスのように侵食し、内側から食い破った。


「ぐあぁぁぁッ!? ……なぜだ……なぜ、不完全なものが……完全な私を……!」


「完全だからだよ……。完璧なものは、それ以上変われないんだ。だから君は、進化し続ける私たちに勝てないんだ」


エラーラが、冷徹に、しかしどこか哀れむように見下ろした。


「さようなら。……そして二度と、私の家族に、触れるな」


閃光が炸裂した。

リニアとプロキシ、二人のヴィランは、自らの欲望と慢心に飲み込まれ、光の粒子となって消滅した。

静寂が戻る。

ボロボロになった探偵事務所に、荒い息遣いだけが響く。


「……勝ちましたのね、あたしたち」


ナラティブが、へたり込んだ。


「ああ。……勝ったよ」


エラーラが、ナラティブの手を握った。

グリッチ、リウ、ゴウ、みんなが駆け寄ってくる。

アリシアが、煤けた顔で微笑んだ。


「……今夜のスープは、少し塩辛くなりそうですわね」


「いいえ。……最高の味ですわ!」


ナラティブは泣き笑いの表情で、家族たちの顔を見渡した。

血の繋がりなんて関係ない。

ここにある温もりこそが、彼女の全てなのだから。

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