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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

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定理42:思い出のシアターを守りたい!(後編)

取り壊し前夜。

王都は、世界が泣いているような冷たい雨に包まれていた。

光座の周囲には魔導規制局の封鎖線が張られ、無機質な重機が明日の解体を待ちわびて並んでいる。

だが、その地下深く、油とカビの匂いが漂う薄暗い空間では、一つの奇跡が産声を上げようとしていた。


「お姉ちゃん、ただいまぁ!『超高出力エネルギー源』、持ってきたよ!」


バンッ!と扉が開き、ずぶ濡れグリッチが飛び込んできた。その後ろから、疲労困憊のカレル警部が魔改造された旧式魔導爆弾を運び込む。


「……フム。よくやったねぇ、グリッチ、カレル君」


私が頷くと、次々に家族たちが帰還した。


「遅くなりましたわ。市場の人々の温かいカオスを閉じ込めた『記憶のレンズ』ですわ」


アリシアが濡れた日傘を畳み、美しく輝く幻獣の水晶を差し出す。その横でリウが「筋肉と野性の勝利だぜ!」と笑う。


「お母様、行政のシステムを突破する『地脈へのアクセス権限』ですわ」


ナラティブが、アスナから託された暗号鍵のパスカードを掲げた。アスナ自身も、少しだけ恥ずかしそうに、けれど清々しい顔でナラティブの後ろに立っている。


「完璧だ。すべての変数が揃った」


私はドーナツの最後の一口を飲み込み、白衣を翻した。


「グリッチ、ジェネレーターを接続したまえ!アリシア、水晶を投光部へ!ルル君、ナラティブの暗号鍵で地脈のプロテクトを解除だ!」


「ニシシ!物理接続、完了!」


「レンズ、固定完了ですわ」


「……アクセス権限、承認。地脈へのルート、開いた」


ルルの指が携帯ゲーム機の上で踊り、分厚いファイアウォールが音を立てて崩れ去る。真鍮製の巨大な旧世代魔導映写機が、脈を打つように重低音を響かせ始めた。


「少年」


私は、震える手で映写機を見つめる彼を呼んだ。


「君の手で、この、巨大な歯車を回したまえ」


少年はコクリと頷き、小さな、けれど力強い両手で、映写機の起動レバーを握りしめた。


「……お願い。僕たちの映画館を、守って!」


ガコンッ!


レバーが最深部まで押し込まれた瞬間、王都の地脈から膨大なマナが吸い上げられた。

水晶レンズが眩い閃光を放ち、光座の古い屋根を突き破り、雨空を真っ二つに裂く極太の光の柱が王都の夜空へと放たれた。


それは、映画のフィルムではなかった。

光の粒子が上空で結像し、王都全体を覆い尽くすほどの巨大なホログラムとなって夜空に広がった。映し出されたのは、この映画館が百年かけて見つめてきた、名もなき王都の人々の「生きた記憶」だった。


第一の光景が夜空に浮かぶ。

雨宿りの軒下。不器用な青年が、震える手で小さな花束を少女に渡す、初恋の告白の瞬間。

その不器用で真っ直ぐな想いに触れ、爆弾を抱えていたグリッチが「……なんか、胸がギュッてなるよぉ」と呟き、カレルが目を細めて静かに涙を流した。


第二の光景。

夕暮れの河川敷。大喧嘩をして泥だらけになった親友同士が、泣きながら一つの肉まんを半分こして笑い合う姿。


「……アスナさん」


「はい、ナラティブさん。……半分こ、美味しいですよね」


相反する立場でありながら、互いのノイズを認め合った二人が、空を見上げてそっと涙を拭った。


第三の光景。

亡き母の大きな温かい手に引かれ、初めて光座の巨大なスクリーンを見上げた、幼い少女の満面の笑顔。


「……お母様、温かいですわ……」


アリシアが両手を胸に当てて涙をこぼし、リウが「……ああ、あったけえな」と優しく彼女の肩を抱いた。


記憶の投影は続く。

テストで満点を取った日のお祝いのケーキの甘さ。

初めて買ってもらった万年筆の、誇らしい金属の感触。

迷子が見つかった瞬間の、母親の泣き崩れるような安堵の顔。

深夜の屋台で、冷えた体に染み渡る温かいスープの湯気。

重い病から回復し、久しぶりに見上げた青空の眩しさ。


「……あたたかい……。セーブデータ、消したくない……」


無表情なルルの瞳から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「……凄いよ。こんなにたくさんの、優しいデータが……」


ゴウが、溢れる涙を腕で拭う。

そして。


「……非論理的だねぇ」


私は、空を見上げながら呟いた。

私の中の完璧な演算回路が、この無駄で、非生産的で、けれどどうしようもなく美しい感情の波状攻撃によって、処理落ちを起こしていた。


「……計算外の水分だ」


最強の魔導師である私の頬を、一筋の温かい涙が伝い落ちた。


記憶はさらに加速する。

名もなき思い出が一気に空を駆け抜けた。

焼き立てのパンの匂い。

子犬の柔らかい温もり。

夕立上がりの空に架かる虹。

不器用に靴ひもを結んでくれた大きな手。

初めて自転車に乗れた日の風。

路地裏で欠伸をする三毛猫。

遠くから聞こえるお祭りの囃子の音。

転んだ時の痛みを和らげるおまじない。

ポケットの中で溶けたチョコレート。

初めて海を見た日の潮風。

雪の日の静寂と足跡。

寝る前に読んでもらった絵本の声……。

光の奔流は、100、1000、10000と無限に溢れ出し、王都の空を極彩色の万華鏡のように染め上げた。

それは、都市開発という名の下に切り捨てられようとしていた「ノイズ」。

しかし、それこそが、人類が積み上げてきた、生きとし生けるものの愛と希望の全データだった。


「ああ……ああ……!」


映写機にすがりつくオーナーが、子供のように声を上げて泣き崩れた。


「僕たちの……みんなの映画館だ……!」


少年もまた、ボロボロの帽子を握りしめ、しゃくり上げながら夜空の奇跡を見上げていた。

王都中が、その光を見ていた。

眠りについていた市民も、窓を開け、傘を捨てて夜空を見上げた。

行政のトップも、議会の重鎮たちも、現場の作業員たちも。

誰もが、自分の中にある「愛おしいノイズ」を思い出し、涙を流していた。

効率化という名の削除プログラムが、全市民の感情という名の定数によって、完全にオーバーライドされた瞬間だった。


翌朝。王都は台風一過のような抜けるような青空に包まれていた。

ヴェリタス探偵事務所の電話が鳴り響く。


『光座の取り壊し計画は、地脈への影響を考慮し、無期限の凍結とする』


行政からの公式な通達だった。論理が感情に負けたのではない。感情という最強の変数が、論理式の一部として正式に組み込まれたのだ。


「やりました!やりましたよ、エラーラ師匠!」


ゴウが歓喜の声を上げ、家族たちが抱き合って喜ぶ。

数時間後。

営業を再開した『光座』のロビーに、私たちは集まっていた。


「……少年。君の依頼報酬だがね」


私は、少年から預かった全財産、一万クレストをチケット売り場のオーナーに差し出した。


「この通り、経費として全額計上させてもらうよ」


「えっ……でも、エラーラさん……」


「勘違いするな。これは私が、君たちという『愛おしいバグ』を観察するための投資だ。……大人九枚と、子供一枚……頼むよ!」


少年、アスナ、カレル、ゴウ、リウ、ルル。

そして、アリシア、グリッチ、ナラティブ、エラーラ。

合計十人。

光座のチケット代は、大人も子供も一律、一人千クレスト。

十千クレストの報酬は、その瞬間に完璧に、そして論理的に消費された。私の財布は空っぽになったが、胸の中は奇妙な満腹感で満たされていた。

場内が暗くなる。

カビ臭いビロードの座席に、私たちは横一列に並んで座った。


上映されたのは、不朽の名作『マジック・レイル』。四人の少年たちが線路の果てへ旅をする、不器用で愛おしい物語だ。

スクリーンから放たれる光が、私たちの顔を優しく照らす。

ゴウが食い入るように画面を見つめ、隣で少年が感動の涙を拭っている。

ナラティブがルルの手を優しく握り、リウがグリッチの口にポップコーンを放り込み、アリシアがカレルにハンカチを貸す。

アスナは公務員の顔を忘れ、映画の世界に没入して鼻をすすっている。

バラバラだった私たちは、今、同じ暗闇の中で同じ光を見つめ、共に笑い、共に泣き、ポップコーンを分け合っている。

この非効率で、無駄が多くて、けれど最高に温かいノイズの集合体。


「……フム。一万クレストを投じて、これだけの非論理的な笑顔という名のバグを生成するだなんて」


私は小さく呟き、白衣のポケットの中で拳を握った。


「全く、世界で最も不採算な投資だよ、これは」


だが、それこそが、私が世界征服をしてでも守りたかった「世界」の形なのだ。

スクリーンの中で、少年たちが希望に向かって歩き出す。

すべての生きとし生けるものに、明日への希望があることを信じて。


「これが、真理だ」


私は暗闇の中で、誰にも聞こえない声で、確信を持って宣言した。

エンドロールが流れ始め、場内が温かい拍手に包まれる。

エラーラの論理的で、少しだけセンチメンタルな冒険は、こうして、ハッピーエンドを迎えたのだった。

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