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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

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定理40:おなかにパワーを宿したい!(後編)

王都の昼下がり、ヴェリタス探偵事務所は絶望的な胃袋の咆哮から始まった。


「……足りませんわ。この一口サイズの揚げパンでは、あたしの筋肉の維持費にもなりませんわ!」


ナラティブが、大理石に見せかけた安物の木製テーブルを力一杯叩いた。ミシミシと悲鳴を上げるテーブルの上、瀟洒な白い皿の中央には、粉砂糖をまぶされた可愛らしい一口サイズの揚げパンが、まるで孤島のようにちょこんと鎮座している。

対して、山積みになった未決書類の裏に隠れたエラーラは、ハニーグレイズドーナツを頬張りながら淡々と答える。


「何がだい?ナラ君。君の今月分の給料なら、先月君が前借りしたドーナツ代と、破壊したゲーム筐体の弁償金で、完全に論理的かつ合法的に相殺されたはずだがねぇ」


エラーラの口元には砂糖と油の結晶が咥えられ、その手には既に三つ目のドーナツがスタンバイしていた。


「カロリーの話ですわ!あたしのおなかが泣いていますのよ!『もっと燃料を寄越せ』と!」


「フム。君は相変わらず計算ができないね。論理的には、その揚げパン一個に高密度圧縮された魔導糖分が充填されている。私の計算上は一個で三千キロカロリー。それを一口で摂取できるのだから、これ以上ない効率的な補給だろう?」


エラーラは悪びれもせず、首から下げた聴診器『真理の眼』をかけ直す。

ナラティブは皿を持ち上げ、プルプルと震わせた。


「食事とは、質量ですわ!油の海に沈んだ肉厚な生地を両手で引き裂き、そこに分厚いベーコンととろけるチーズを挟んで、顎が外れるほど大きく口を開けて喰らう!それが正義ですわ!」


「……野蛮だねぇ。君は、栄養素を『噛みごたえ』や『重さ』でしか判断できないのかい?原始的すぎて、私の知的好奇心がまったく刺激されないよ」


「……そもそもお母様、そのお腹! また少し育ちまして!?」


ナラティブが鋭く指摘する。彼女の指先が、エラーラの白衣の下をビシッと指差した。

エラーラの動きがピタリと止まった。そこから覗くのは、豊満で、柔らかそうで、魔力という名の脂肪がみっちりと詰まった魅惑の曲線美――要するに、重力に正直なぽっちゃりとしたお腹だった。


「……失敬な。これは知性を支えるための外部ストレージ、即ち『魔力タンク』だよ」


エラーラは真顔で、堂々と言い放った。


「私の膨大な知性を支えるためにはねぇ、これくらいの外部ストレージが必要なのだよ。思考には糖分が必要だ。魔力には質量が必要だ。即ち、この膨らみこそが、私が世界最強の魔導師であることの、揺るぎない物理的証明なのだよ!」


「ただの食べ過ぎですわ!少しは運動なさい!」


「運動?呼吸をしているじゃあないか。心臓も動いている。それに、ドーナツを箱から口に運ぶこの反復運動は、上腕二頭筋と前腕屈筋群を鍛えるのに最適だよ」


エラーラはそう言って、四つ目のドーナツをパクッと口に放り込んだ。


「あらあら。お二人とも、お静かに」


キッチンから、絶対零度の冷気が漂ってきた。

先日の温泉旅行で暴食の限りを尽くしてきたはずの、アリシアだ。今日の彼女は、清楚な深緑のエプロンドレスに身を包み、再び「聖女」の仮面を被っている。その手には、極小のクルトンが一つだけ乗った小皿が握られていた。


「足りないのなら、追加を焼きますわよ? ただし、今月の事務所の全予算を、すべて小麦粉とラードに変換してもよろしいなら、ですけれど。来月は電気も水も止まりますが、それでもよろしいのかしら?」


「「……」」


家計を握る絶対的な「管理者」の言葉に、エラーラとナラティブの動きが完全にフリーズした。二人は沈黙せざるを得なかった。

アリシアは、その極小のクルトンを小鳥がついばむように優雅に、ポリッと口に運んだ。


「……ん。美味しいですわ。これで本日の食事は終了です」


「あー……。結局、この家でどっちが強いんだろうね」


部屋の隅で、温泉旅行から帰ってきて早々、再び日常の狂気に晒されているゴウが、胃薬を水で流し込みながら呟いた。14歳の彼は、このカオスな事務所における唯一の常識人であり、エラーラの助手だ。


「え? 何がだ?」


窓際のソファで、干し肉とスルメを交互に齧っていたリウ・ヴァンクロフトが、犬歯を剥き出しにして振り返った。彼女は狼獣人だ。金髪のポニーテールを揺らし、季節感を無視した薄着で、健康的な褐色の肌を惜しげもなく晒している。


「いや、師匠の『カロリー魔導』と、ナラティブさんの『肉体質量』さ。師匠はあんなに食べて魔力を蓄えてるし、ナラティブさんも食べて筋肉にしてる。でも、アリシアさんは全然食べてない」


ゴウは真剣な顔で分析する。


「エラーラさんは動かないけど、魔法の出力は桁外れだ。ナラティブさんは魔力がないけど、物理的な破壊力は凄まじい。……強さの源って、やっぱり『食べること』なのかなって」


「食うことは生きることだ!あたしの故郷じゃあ、一番飯を食う奴が一番強くて偉かった!」


リウは豪快に笑い、スルメを力任せに引きちぎった。彼女もまた、よく食べ、そして強い。


「面白そうだな!どっちがより強く、美味そうに戦うか!あたしの絵のモデルにしてやるぜ! ……っと、そうだ。差し入れを持ってきたんだった」


リウは足元の麻袋から、巨大な肉の塊を取り出した。


「ジャンク街の裏の森で捕まえた『魔導猪』のモモ肉だ! 丸焼きにしようぜ!」


「リウ……! 素敵……! なんて野性的で力強い輝き……!」


ナラティブが頬を紅潮させ、肉とリウを交互に見つめる。彼女の片思いは今日も重症だ。リウが持ってきたのが生肉だろうが不発弾だろうが、彼女には輝く宝石に見えるのだろう。

その時、事務所のドアが爆破された。


「開けなさい! 王都魔導規制局です!」


雪崩れ込んできたのは、規制局のエリートキャリア官僚、アスナ・クライフォルトだ。彼女はビシッとしたスーツを着こなしているが、その鼻先はピクピクと動いている。


「未登録の高カロリー魔力反応を検出しました! ……この匂いは……揚げたての生地と、溶けた砂糖……そして、微かに焦がし醤油の香り……!隠しても無駄ですよ!」


「やあ、アスナ君。今日は何の用だい?また私のファンクラブ会報のネタ探しかね?」


「ち、違います!公務です!厳正なる取り締まりです!……あら、エラーラさん。その口元についているのは、駅前の有名店で限定販売されている新作の『ダブル・チョコ・クランチ』の欠片ですね?……没収します!」


アスナは素早い動きでエラーラに詰め寄り、彼女の口元をハンカチで拭った。そして、そのチョコの欠片がついたハンカチを、証拠品袋へと大事そうに丁寧にしまう。

彼女の視線はエラーラのお腹周りに釘付けになっている。


「……報告。エラーラ・ヴェリタス、推定体重、先週比プラス二キロ。……ふふっ、このだらしないライン、管理しがいがありますわ……たまりません……」


アスナは小声で変態的な報告を呟きながら、ちゃっかりテーブルの上に残っていたドーナツを一つ掴んだ。

彼女もまた、よく食べる。そして、そのカッチリとしたスーツの下には、立派な竜の尻尾と、甘いもので育った柔らかそうな肉体が隠されているのだ。


「ちょっと、アスナさん。それ、あたしの分ですわよ!」


ナラティブが抗議する。


「これは証拠品です!毒物が混入していないか、私が身をもって人体実験を行うのです!」


アスナはドーナツを一口で頬張った。もぐもぐと幸せそうに咀嚼する彼女の背後で、スーツのスカートを突き破って生えている太い竜の尻尾が、バタンバタンと床を叩き、カーペットの埃を舞い上げている。


「お姉ちゃん、どっちが上の食物連鎖か決めようよぉ!」


天井から、白い影が降ってきた。グリッチだ。

彼女は逆さ吊りの状態で、特大サイズのスナック菓子の袋を抱えていた。グリッチは袋の中身を器用に口に放り込みながら、狂気に満ちた赤い瞳を輝かせた。

彼女はスナック菓子の粉がついた指で、ガラクタの山から一台の巨大なサーバーを引きずり出した。無数のコードが伸びる、見るからに違法な代物だ。


「ジャーン!ゲーセンから廃棄処分品を回収して改造した特製シミュレーター!仮想空間『MBA・ヘビー級カスタム』だよぉ!」


「これね、プレイヤーの『摂取カロリー』を直接『戦闘力』に変換するの!つまり、食べた分だけ強くなる!」


「食べた分だけ、強くなる……? それなら、今のあたしは無敵ですわ!」


ナラティブの目の色が変わった。彼女は自分の腹筋をさすった。そこには、昨日食べた特大ステーキと、今朝食べた山盛りベーコンエッグ、そしてさっき食べた揚げパンのエネルギーが眠っている。

ナラティブが腹筋を叩けば、エラーラも最後のオールドファッションを口に放り込む。


「私のおなかに蓄積された膨大な熱量……それを物理的な破壊力として出力できるというのかい?受けて立つよ!私のドーナツ供給ラインを脅かす者は、論理的に排除する!」


空間が歪み、探偵事務所の景色がデジタルの光に飲み込まれていく。

仮想空間『MBA・ヘビー級カスタム』。

転送が完了した刹那、五人の視界は極彩色のネオン・グリッドと、粗いドット絵で描かれた無数の観客たちで埋め尽くされた。


「フム。魔力出力が現実の百二十%を超えている。やはり糖分は正義だねぇ」


青コーナーのエラーラは、全身から黄金色のオーラを陽炎のように立ち昇らせている。血管を流れる満ち足りた血糖値こそが、敵を焼き尽くす燃料になるのだ。

対角線上の赤コーナー。ナラティブは推定一万五千キロカロリー分のステータス補正で赤く発光していた。


「仮想空間のルールなんて、あたしの質量で踏み潰して差し上げますわ!」


ナラティブが猛然と突進する。その速度は肉眼で捉えられる限界を超え、通過した空間のピクセルが処理落ちして剥がれ落ちる。

対するエラーラは、虚空から無数の光弾を出現させた。光り輝く「ドーナツ型魔力弾」を数千発展開したのだ。表面には溶岩のように熱せられた砂糖のコーティングが施されている。


「行け!彼女の胃袋を強制的に満たし、鈍重にさせたまえ!」


着弾すれば高密度のカロリーが爆発し、対象を強制的に「太らせて動きを鈍らせる」というデバフ魔法だ。

だが、ナラティブは止まらない。


「いただきますわぁぁぁッ!!」


ナラティブは迫りくるドーナツ弾を物理的に叩き落とし、掴み、あろうことか口の中に放り込んだ。攻撃を物理的に「捕食」し、さらにパワーを上乗せしていく。

観客席の特等席では、アスナが最新式の魔導スレートでカメラの連写を止めることなく実況していた。


「……重力に逆らわずに揺れる豊満なライン。あのお腹の中に詰まっているのは脂肪ではなく人類の希望ですわ!当局のデータベースに、超高解像度で永久保存します!」


彼女の太い竜の尻尾が、興奮でバタンバタンと座席を破壊している。

その隣で、ルル・ヴァンクロフトが山盛りのポップコーンを食べながらナビゲートする。


「……ナラちゃん。聞こえる? ……お母様の演算の隙間。……ドーナツ二個分の消化ラグ。……今、血糖値スパイクで反応が鈍った」


ルルの的確な指示が、瞬時にナラティブの脳内へ転送される。


「そこですわね!愛していますわルル!」


ナラティブが鋭角に踏み込む。消化活動に魔力を回した瞬間の、コンマ一秒の隙。


「しまっ……!?」


エラーラが反応するより早く、ナラティブの『超・満腹掌底』が、エラーラのぽっこりと出たお腹に深々と直撃した。

肉が波打ち、衝撃が深部へと浸透する。勝利を確信した一撃。物理法則に従えば内臓が破裂していてもおかしくない。しかし――。


ボヨンッ!


「……え?」


ナラティブの拳が、圧倒的な弾力に弾かれた。底なしの沼のような、最高級の低反発枕のような弾力に吸い込まれ、倍の威力で押し返されたのだ。


「フフン!見たまえナラ君!これが私の『魔導脂肪装甲』だ!」


エラーラが白衣をバサリと翻す。


「食べたドーナツは裏切らない!この贅肉こそが、衝撃を分散し、吸収し、魔力へと再変換する最強の装甲なのだよ!この『厚み』の壁は超えられないねぇ!」


「そんなのアリですの!?」


ナラティブが愕然とする。脂肪が盾。カロリーが鎧。

だが、恋する乙女の脳内物質が、胃袋のカロリーと核融合を起こし、限界突破する。ナラティブの筋肉が限界まで膨張し、ドレススーツが悲鳴を上げた。


「うおおおおおおッ!愛と食欲の、フルコースですわぁぁぁッ!」


「ならば私も、カロリーを全放出する!」


エラーラもまた、青い瞳を限界を超えた魔力光で白く染める。


「奥義『カロリー・バースト』!」


極大消滅魔法と、物理的質量攻撃の激突。


ドォォォォォォォォォォン!!


仮想空間のサーバーが悲鳴を上げ、処理落ちした世界が極彩色に爆発した。空間の裂け目から、現実世界のドーナツとステーキの匂いが逆流してくる。

事務所の巨大サーバーは物理的に溶け、全員が強制ログアウトされた。


プシュゥゥゥ……。


探偵事務所のリビングのあちこちから、黒煙が上がっていた。


「……フム。……引き分け、か」


エラーラが、煤けた顔で天井を見上げた。彼女の白衣はボロボロだが、そのお腹だけは無傷で、誇らしげに上下している。


「……お母様も、あのお腹の弾力、……反則ですわ」


ナラティブもドレスを破きながら笑った。二人は互いの健闘を称え合い、ガッチリと握手をした。

そこへ、アリシアが涼しい顔でワゴンを押してきた。その上には、巨大な寸胴鍋が鎮座している。


「特製の大盛りラーメンですわ。背脂は限界突破、チャーシューは一人十枚です。麺は五玉ずつ入っております」


全員が洗面器のような巨大な丼に食らいつく。


「……これが、真理だ!」


スープの最後の一滴まで飲み干したエラーラが叫んだ。

その傍らで、自分の分は小さなサラダだけのアリシアが微笑む。

ゴウはハッとして気づいた。彼女は「供給者」なのだ。

猛獣たちに餌を与え、管理する。食べないからこそ、彼女は誰よりも飢えておらず、この家で最も冷静で、最も強い支配権を持っているのだ。


「真理の味……アリシア様、女神様……美味しすぎて公務員辞めそうですわ……」


いつの間にか卓に混ざっていたアスナが、尻尾を振りながらラーメンを啜る。スーツのボタンは今にも弾け飛びそうだ。

幸せな満腹感が事務所を包んだ、その時。


ドガァァン!


事務所の扉が外から爆破された。


「王都魔導規制局・監査部だ!違法サーバーの容疑で家宅捜索令状が出ている!」


雪崩れ込む本庁の局員たち。


「げっ、本庁!? 隠して、このラーメン隠して! 私、今日は非番なのに!」


狼狽えるアスナ。だが、エラーラは立ち上がった。そのお腹には、五玉分のラーメンという新たな質量が充填されている。今の彼女は、さっきよりも強い。


「あらあら。食後の運動にはちょうどいいですわね。総員、迎撃!」


アリシアの号令で、ヴェリタス家の面々が動き出す。

借金と罰金はまた増えるだろうが、彼女たちの心と胃袋は、明日を戦うためのエネルギーで限界まで満ち溢れていた。

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