表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理 飛竜の覚醒   作者: ♡Wan Liyue♡
●第11章:再生する世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

39/75

定理39:おなかにパワーを宿したい!(前編)

●リメイク元

「ナラティブ・ヴェリタス」爆発する理科大学生

「ナラティブ・ヴェリタス」自分のための自分の命

「ナラティブ・ヴェリタス」普通の会社のつぶし方

「ナラティブ・ヴェリタス」深夜拘束棺桶

「愛は暴力を制御し、食欲は世界を動かす質量となる。」


初夏。

王都中央駅の巨大なドーム屋根の下は、これから避暑地へと向かう帰省客たちの喧騒と、魔導蒸気機関車が吐き出す真っ白な排気で満たされていた。

その白濁した視界の中で、王都中央警察署のカレル・オータム警部は、今年一番深くて重い溜息をついた。


「……やっと、この日が来たか」


彼は今日、奇跡的に休暇を取っていた。

日頃、エラーラ・ヴェリタスという名の「知性を持った台風」の後始末に追われ、胃壁をすり減らし続けている彼にとって、これは一年越しの悲願。魂の洗濯に必要な宗教的儀式にも等しい休息だった。

隣には息子のゴウ・オータム。彼は父親譲りの常識を持ちながらもエラーラを師と仰ぐ科学少年であり、今日は最新鋭の魔導蒸気機関車『アイアン・レガシー号』に乗れることに目を輝かせている。


「いいか、ゴウ。今回の旅行は完全なる休息だ。事件も爆発も論理的なパラドックスもなし。温泉に浸かり、景色を眺め、美味いものを食う。分かったな?」


「分かってるよ、お父さん。エラーラ師匠もナラティブさんもリウさんもいない。平和そのものだよ」


そう、トラブルメーカーたちはいない。

エラーラは連日のドーナツ過剰摂取が祟り、親知らずの炎症で「私の完璧な歯列がバグを起こしている! デバッグできない痛みなんて非論理的だ!」と転げ回っている。ナラティブはその様子を「お母様の苦しむ顔……一生の宝物として最高画質で記録しなければ」とビデオ撮影に没頭しており、旅行どころではないのだ。

カレルは勝利を確信していた。


「神は俺を見捨てなかった。今日こそ静寂という名の権利を行使する!」


「お父さん、そろそろ改札が開くよ」


カレルは足取り軽く特等車のホームへと足を踏み入れようとした。

その瞬間までは、彼の世界はバラ色だった。


「あら、ごきげんよう。カレル様、ゴウ君」


ホームの蒸気の向こうから、鈴を転がすような涼やかな声。

カレルの心臓が早鐘を打った。幻聴であってくれ。

だが、そこにはレースの日傘を優雅に差した絶世の美少女、アリシア・ヴェリタスが立っていた。エラーラの養子であり、ヴェリタス家の良心を司る聖女、そして絶対管理者。今日は清楚な白いワンピースに麦わら帽子という出で立ちだ。


「あ、アリシア……ちゃん? なぜ、ここに……」


カレルの声が裏返る。だが彼の視線は、アリシアの隣で落ち着きなく揺れている「白い影」に釘付けになった。


「機関車だぁ!鉄の塊だぁ!お姉ちゃん、あれ齧っていい?爆破していい?」


グリッチ・オーディナル。エラーラの婚約者を自称する狂気の科学者であり、王都最強の危険人物。彼女は今にも線路に飛び込みそうな勢いだが、アリシアの静かな視線に射抜かれるたび、見えない首輪で縛られたように足踏みをしている。


「グ、グリッチ……!?」


「ええ。おかあさまとナラティブさんがあのような状態ですので、グリッチさんが家中の家具を分解して食べ始めまして。ガス抜きに連れ出しましたの。奇遇ですわね、ご一緒してもよろしいかしら?」


カレルの休暇計画が音を立てて崩れ去った。断れるわけがない。


「……も、もちろんだとも。ははは……賑やかになって嬉しいよ……」


「一緒だねおじさん!お祝いに靴の中にニトログリセリンを仕込んであげようか?」


「よ、余計なことをするな!」


グリッチが無邪気に叩く背中が、魔力強化のせいで異常に重い。

アイアン・レガシー号の一等客車は、王都の富裕層が利用する走る社交場だ。

真紅の絨毯、クリスタルのシャンデリア。しかし、周囲の乗客は異様だった。通路を挟んだ向かいには巨大なスーツを着たミノタウロス。斜め後ろには全身包帯のネクロマンサー。奥のラウンジでは傷だらけのオークたちがポーカーに興じている。


「お父さん。僕たちの車両、なんだか治安が悪くない?」


「しっ、見るなゴウ。彼らも善良な市民のはずだ……たぶん」


カレルが冷や汗を拭う中、列車は長い汽笛を鳴らして出発した。


「運動エネルギーの塊だねぇ!加速度が脊髄に来るよぉ!」


窓に張り付くグリッチ。


「グリッチさん、お行儀が悪いですわよ」


「はーい」


アリシアの一言で、狂犬は借りてきた猫のように席に戻った。


「さて」


アリシアがメニュー表を手に取った。その瞬間、彼女の纏う空気が「支配者」へと変わった。


「カレル様。この列車には王都随一のシェフが乗車している食堂車のケータリングがありますのよ」


アリシアはニッコリと笑った。


「事務所にいると、おかあさまの食費と賠償金で頭がいっぱいで、わたくし自身は霞を食べて生きているようなものでしたから。……今日は、食べますわ。遠慮なく。徹底的に。胃袋が悲鳴を上げるまで」


給仕のオートマトンがやってくると、アリシアの瞳に鷹のような鋭さが宿った。


「前菜に幻獣サーモンのマリネ。スープは濃厚パンプキンポタージュをボウルいっぱいに。メインは……ドラゴン・ビーフのシャトーブリアンステーキ500グラム。焼き加減はレアで」


「ご、500グラム!?」


ゴウが目を剥く。


「サイドメニューに山盛りポテト・チーズの洪水仕立て。デザートは天空のチーズケーキをホールで。あと最高級のダージリンをポットで。……以上を、わたくしの分として」


オートマトンの計算回路が一瞬フリーズした。


「ボクはねぇ、爆熱・激辛麻婆豆腐とオイルサーディンの缶詰を10個! あと機関車の魔導石炭を少々!」


「お客様、石炭は食用では……」


「じゃあ一番硬いパンでいいや。顎が砕けるくらいの!」


「……俺たちは……コーヒーだけでいい。胃薬と一緒に飲むから……」


カレルは既に固形物を受け付けそうになかった。

数分後、テーブルの上は王侯貴族の晩餐会と戦場が融合した惨状になった。


「いただきますわ」


アリシアは完璧な所作で、しかし猛獣の如き飢餓感でナイフを入れる。


「……んんっ!幻獣の生命力が舌の上で暴れていますわ! 濃厚なカボチャの旨味! これです、この『管理されていない』剥き出しの旨味ですのよ!」


「アリシアお姉ちゃん、すごい勢いだねぇ! 負けてられないよぉ!」


グリッチはカチカチのパンを魔力強化した顎で粉砕し、激辛麻婆豆腐をマグマのように啜る。


「お肉……! わたくしの元へいらっしゃい!」


分厚いドラゴン・ビーフからロゼ色の肉汁が溢れ出す。


「噛み締めるたびにドラゴンの咆哮が脳裏を駆け抜けますわ!圧倒的な弾力! 脂肪という名の愛! これぞ『生』ですわ!」


カレルとゴウは呆然としていた。普段「晩御飯はもやしですわ」と微笑む聖女はいない。食欲に憑りつかれた腹ペコ美少女がいるだけだ。


「今日は誰もわたくしを止められませんわ。わたくしが、わたくしの管理者になるのですから」


だが、その優雅なる暴食の宴は、唐突な暴力で中断された。


ドガァァン!!


後方のドアが蹴破られ、魔導ライフルを持った覆面の男たちが雪崩れ込んできた。


「動くな! 反魔導過激派『ビター・ロースト団』だ! この列車は制圧した!」


天井へ威嚇射撃。だが、ミノタウロスは新聞をめくり、オークは殴り合いを続けている。銃を持った人間など背景に過ぎないのだ。


「……リーダー、無視されてるぞ……」


怯むテロリストは、弱そうなカレルたちのボックス席を人質に選んだ。


「おい嬢ちゃんたち、大人しくしろよ」


男がアリシアの肩に手を伸ばした瞬間、全員の背筋に絶対零度の戦慄が走った。

アリシアはプリンの容器を置き、ゆっくりと顔を上げた。

慈愛の瞳の奥に、至福のデザートタイムを邪魔されたことへの静かなる激怒が渦巻いている。隣のグリッチはニコニコしながら、フォークでテロリストの急所を狂いなくロックオンしていた。


「ひっ……! リーダー、手を出したら俺たちの存在自体が『消化』される気がします……」


「馬鹿な。ただの小娘だぞ!」


恐怖を押し殺すリーダーに、アリシアが微笑むと、リーダーの足がガクガク震え始めた。

カレルが警察手帳を出す。


「王都警察だ。君たちの目的は何だ」


「俺は元々、この先の『ブロンソン・インダストリー』の社員だったんだ!」


「不当解雇か?」


「違う! あそこの給湯室のコーヒーが!不味かったんだよぉ!」


リーダーが血涙を流して絶叫した。


「は……?」


「俺はコーヒー党なんだ!なのに社長が経費削減で謎の豆に変えやがった!だからこの列車ごと本社ビルに突っ込んで、あの忌々しいコーヒーサーバーごと爆破してやるんだ!」


くだらなすぎる動機にカレルが頭を抱える中、ゴウが冷静に指摘した。


「お父さん。あの爆弾、振動制御が入ってないから、この先の急カーブの遠心力で誤作動して爆発するよ」


「な、なんだと!?」


パニックになったリーダーは客車を飛び出し、運転室へ駆け込んでアクセルを最大出力に押し込んだ。

機関車が猛然と加速する。前方には急カーブ、その先には本社ビル。


「まずい! ブレーキが壊された!」


車内が揺れる中、アリシアは深く溜息をついた。


「皆様、お静かに。……少し、教育が必要なようですわね」


そして、ワクワクしているグリッチに告げた。


「グリッチ。停車なさい」


「了解だよぉ! 分子レベルの急ブレーキ、かけちゃうねぇ!」


グリッチが窓枠を蹴って車外へ飛び出した。


「風が気持ちいいよぉ!」


彼女は屋根の上を疾走し、先頭車両の排気口付近へ飛び降りた。


「物理的制動、発動!」


グリッチの全身から紅蓮の魔力が噴き出し、強化した両足を走行中の車輪の側面に直接押し当てた。


ギギギギギギギギッ!!


鼓膜をつんざく金属音と火花。数百トンの鉄塊の運動エネルギーと、グリッチの狂気的な膂力が衝突する。

列車が傾きながらカーブに突入し、脱線しかけた瞬間。


「傾くなら、戻せばいいんだよぉ!」


グリッチがアウトコースへ回り込み、宙に浮いた車両の側面を思い切り殴りつけた。


ドォォォォォン!!


物理法則への冒涜。数トンの車両を力技で線路に叩き戻し、そのまま地面に足を突き立てて最終ブレーキをかける。

悲鳴のような音を残し、列車はブロンソン・インダストリー本社ビルの玄関前、わずか数センチ手前でピタリと停止した。

静寂。テロリストたちは精神的限界で白目を剥いて失神していた。

リーダーは「もうコーヒーには砂糖もミルクもたっぷり入れます……」と虚ろに呟いている。


「ただいまぁ!壊さずに停めたよぉ!褒めて褒めて!」


煤だらけのグリッチが戻ると、アリシアはハンカチで顔を拭い、頭を撫でた。


「ええ。大変よくできましたわ、グリッチさん」


数時間後。目的地の温泉宿。

カレルは夜空を見上げて独りごちた。到着早々、地元の警察と連携して仕事に追われ、温泉に浸かれたのは深夜だった。


「はぁ……。結局、こうなるのか。でも、温泉は気持ちいい……」


隣の女湯からは楽しげな声が聞こえる。


「アリシアお姉ちゃん、背中流してあげるー!」


「くすぐったいですわよ。……ふふ、でも今日はたくさん食べましたわね」


風呂上がり、カレルの端末が鳴った。エラーラからだ。


『やあカレル君。ニュースを見たよ。私の婚約者が列車を素手で止めたそうだね。ところで、私の分の温泉まんじゅうは確保したかね? 限定の激甘マグマ饅頭だよ。カロリーが枯渇しそうだ』


カレルは無言で通信を切り、深く湯に潜った。

翌日の新聞は報じた。


『謎の美少女二人組、テロ阻止!感謝の印として全社員に最高級コーヒー豆支給へ!』


世界は今日も、ギリギリのバランスで平和を保っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ