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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒   作者: Wan Liyue
●第11章:蘇る飛竜

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定理18:ミームの汚染を食い止めたい!(前編)

●リメイク元

「ナラティブ・ヴェリタス」田舎少年と夏

「ナラティブ・ヴェリタス」調和の花

「非論理的な主張は、不可視の質量へと相転移し、やがて実体化する」


王都の昼下がり。

空は、まるで誰かが青いペンキをぶちまけたかのような快晴だった。

ヴェリタス探偵事務所の二階、日当たりの良いベランダで、ナラティブ・ヴェリタスは鼻歌交じりに小さな植木鉢に水をやっていた。


「……大きくなぁれ。……そしていつか、あたしの晩酌のツマミになぁれ」


植えているのは『リチウムフラワー』。

王都の小学生が自由研究で育てるような、微弱な魔力を放つだけの無害で可愛い花だ。その葉はピリッとした辛味があり、サラダにすると美味しいらしいという噂を、ナラティブはどこかの裏ルートで仕入れていた。

平和だ。なんて穏やかな午後なんだろう。

ナラティブは、この小さな命食材が育つのを楽しみにしていた。


「すみませーん! そこのお嬢さーん!」


道路から、とても元気で、そして信じられないほど声量の大きい声が響き渡った。

ナラティブがジョウロを持ったまま下を見下ろすと、そこにはパリッとしたスーツを着こなし、ニコニコした中年男性が立っていた。腕には手作りの「王都のルールを守る会」という腕章をつけている。

どこにでもいる、ただの「ルール愛好家」のおじさんだ。


「はい? 何かしら? 今、植物との対話中なんだけど」


ナラティブが手すりから顔を出すと、男はビシッと、軍人のように美しい角度で敬礼した。


「こんにちは! とても綺麗なお花ですね! ところでそのお花、『王都魔術法・第108条』における『公共空間への魔力放出』の手続きはお済みでしょうか!?」


「……手続き?」


「はい! 微量とはいえ魔力です! チリも積もれば山となる! 万が一、王都中のベランダがお花畑になったら、魔力バランスが崩れて爆発が起きるかもしれません! 念のための確認です!」


彼の目に悪意はない。あるのは純粋すぎる「法への愛」と、石畳の目地まで定規で測りたくなるような「几帳面さ」だけだ。

ナラティブが「面倒くさいのが来たわね」と溜息をつこうとした、その時。

どこからともなく、他の人たちも集まってきた。


「おや、議論ですか? ならば私も混ぜていただきたい!」


長い耳をピクピクさせた、麻の服を着たエルフの紳士が現れた。


「エルフにも『規制される権利』が必要です! なぜ花ばかり注目されるのですか! 我々エルフは呼吸するだけで高純度の魔力を出しているのですよ? もっと我々を危険視して、構ってください!」


「待て待て! その花は美味いんだぞ!」


コック帽を被り、よだれを垂らした豚の獣人がやってきた。


「観賞用もいいが、リチウムフラワーの茎をオリーブオイルで炒めると絶品なんだ! 食の可能性についても議論しようじゃないか! ちなみに私は『獣人食文化保存会』の者だ!」


「何を言う! 植物にだって心はある!」


今度は頭にヒマワリをつけた人間たちがやってきた。


「『植物の気持ちを考える会』です! その花は、水をかけられるときに『冷たい!』と思っているかもしれない! お湯をかけるべきだ!」


あっという間に、事務所の前は「井戸端会議」の規模を超えた、巨大な「青空討論会」になってしまった。

みんなニコニコしながら、しかし一歩も譲らずに、それぞれの大義名分を叫んでいる。


「ルールを守ろう! 手続き大好き!」


「僕を見て! エルフの魔力を見て!」


「お腹すいた! レシピ公開して!」


「お湯をかけろ! ぬるま湯だ!」


騒音レベルが、ジェット機の離陸音を超えようとしていた。

そこへ、一台の魔導公用車が通りかかる。

降りてきたのは、王都魔導規制局のエリート官僚、アスナ・クライフォルトだ。

彼女はたまたま巡回中で、人だかりを見て心配して降りてきたのだ。


「あのー、皆さん? 道路は空けてくださいねー? ここは公道ですよー?」


アスナが眼鏡を直しながら声をかけると、人々は「新しい観客が来た!」と言わんばかりに彼女を取り囲んだ。


「おお! お役人様だ! プロだ!」


「ちょうどいい! 私の条文解釈を聞いてください!」


「いや、私の隠し味について聞いてくれ!」


「植物にお湯をかける法案を通してください!」


「えっ、あ、ちょっ、順番に……! 尻尾引っ張らないでください~! 今、脱皮前で敏感なんです~!」


アスナは悪意のない群衆の熱意に押され、目を回している。

竜人族としての怪力を使えば全員吹き飛ばせるのだが、彼女は根が真面目な公務員なので、市民に暴力を振るうわけにはいかない。

このままでは埒が明かない。

ナラティブが鉄扇を抜こうとした瞬間、ベランダの窓が開き、白衣の魔女と、ドレスの聖女が現れた。


「……フム。随分と賑やかだねぇ。学会の発表会場かな?」


エラーラ・ヴェリタスが、楽しそうに眼下を見下ろす。

隣のアリシア・ヴェリタスは、ピクニックバスケットのようなものを手に持っていた。


「そこの代表者様。皆様。……そんなに熱く語り合いたいのでしたら、王都の正式な様式に則りましょうか?」


エラーラが指を鳴らすと、事務所の屋根に設置された魔導プリンターから、空から紙吹雪のように大量の「申請書」が舞い降りた。


「わあ! 書類だ!」


腕章の男が目を輝かせてキャッチする。


「『魔力植物育成に関する異議申し立て申請書』……! 紙質も上等だ! なんて美しいフォーマットなんだ!」


「皆様、こちらへどうぞ」


アリシアが、路上に即席の受付カウンター……という名のミカン箱に綺麗なクロスをかけたものを設置した。


「わたくし、皆様の熱い想いを形にするお手伝いをいたしますわ。……さあ、こちらの書類に、皆様の主張を記述してくださいな。誤字脱字は減点、押印が不鮮明な場合は却下ですわよ?」


その瞬間、群衆の目の色が変わった。

彼らは「クレーマー」ではない。「表現者」だったのだ。


「燃える……! ルール好きの血が騒ぐぞ!」


「よーし、僕のエルフとしてのアイデンティティを、このA4用紙に叩きつけてやる!」


「最高のレシピを書いてやる! イラスト付きでな!」


「お湯の温度についての論文を書くぞ!」


群衆は、一斉に懐から万年筆を取り出し、書類に向かって猛烈な勢いで書き込み始めた。


カリカリカリカリカリ……ッ!


数千本のペンが走る音が、王都の空に響く。

それはもはや抗議活動ではなく、「第一回・王都青空作文コンクール」の様相を呈していた。

みんな、自分の話を聞いてほしいだけなのだ。そして、それを「公式な書類」として受理してもらえることが、何よりの快感なのだ。

数時間後。


「……できた! 完璧な申請書だ!」


腕章の男が、涙ながらに書類を提出した。指にはペンだこができている。


「素晴らしい……。私の法解釈への想いが、公的文書として永久保存されるなんて……!」


「はい、拝見しますわ」


アリシアが優雅に書類を受け取り、赤ペンでチェックを入れる。


「……ふふ、第3項の論理展開、素晴らしいですわね。……95点。受理いたします」


ポンッ!

花丸のハンコが押される。


「やったー! 95点だ!」


男は子供のように喜んだ。

他のエルフや獣人たちも、次々と提出し、アリシアに採点してもらい、満足げな顔で帰っていった。


「ありがとう! 楽しかったよ!」


「また話を聞いてくれよな!」


「今度は植物にぬるま湯をかけてくれよ!」


嵐が去った後には、達成感に満ちた静寂と、書き損じの紙屑、そして人々の熱気だけが残った。

アスナは制服が少しヨレてしまっているが、怪我はない。


「はぅぅ……。王都の市民の皆さんは、情熱的すぎます……。私の知らない条文まで暗記していました……」


彼女は眼鏡を直し、へたり込んでいた。

私たちも、作文の添削と受付業務に追われて汗だくだった。

ナラティブが自分の匂いを嗅ぐ。


「う……。最悪。インクと、おじ様たちの整髪料と、獣人のスパイスの匂いが混ざって……カオスね」


エラーラが、空を見上げた。

そこには、巨大な煙突から真っ白な蒸気を吹き上げる、王都の新しいランドマークが見える。


「……フム。論理的なリフレッシュが必要だね」


エラーラは言った。


「風呂だ。……『テルマエ・ギア』。公衆浴場の高圧蒸気で、この汗とインクの匂いをサッパリ流しに行こうじゃないか」


「賛成ですわ!」


アリシアが手を打つ。


「アスナさんも、ご一緒にいかが? そのヨレた制服も、ついでにクリーニングに出しておきますわよ」


アリシアに誘われ、アスナが顔を上げた。


「え……い、いいんですか? 私、敵対組織の人間ですけど……」


「お風呂場では、皆、裸の付き合いですわ。それに、その自慢の尻尾もケアしてあげないと、鱗がカサカサになってしまいますわよ?」


「……! そ、そうなんです! 最近忙しくてクリーム塗れてなくて……! はい! 喜んで!」


こうして、ヴェリタス探偵事務所一同は、王都最大の銭湯へと向かうことになった。

ベランダのリチウムフラワーは、夕陽を浴びて、どこか誇らしげに咲いていた。


……だが、エラーラの眼は、その平和な光景の裏側に潜む「歪み」を捉えていた。

ベランダの下、人々が去った後の石畳には、目に見えないほど微細な、しかし粘り気のある「思念の澱」が残されていた。数千枚の申請書に叩きつけられた、エルフの自意識、獣人の食欲、そしてルール愛好家の執着。

それらはアリシアの手によって論理的に処理されたはずだったが、王都の古い配管は、その膨大な「声」の熱量を逃がしきれずにいた。


「……フム。ナラ君。どうやら今日は、少々『キャパシティ』をオーバーしたようだねぇ……」

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