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ヴェリタスの最終定理【完全コメディ小説】  作者: ギデオン・ヴァンツ@週刊コロッセオ記者
シーズン2:世界征服編

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定理16:ラストバトルに勝ちたい!(後編)

祝宴の喧騒が王都の夜霧の中に溶け、事務所の空気がようやく重厚な静寂を取り戻した頃のことである。

リビングの巨大なテーブルには、完食されたステーキの皿が積み重なり、その横では肉の脂と幸福感に当てられたナラティブが、椅子に座ったまま幸せそうに高い鼾をかいていた。愛用の鉄扇を握りしめたまま眠る彼女の口元には、微かな笑みが浮かんでいる。

リビングの隅、月明かりが差し込む窓辺では、アリシア・ヴェリタスが静かに紅茶を淹れ直していた。その隣には、ゲーム大会での激闘を終え、どこか放心したようなルル・ヴァンクロフトが、膝を抱えて座っている。


「……落ち着きましたか? ルルさん。はい、温かいカモミールティーですわ。少しは神経が休まりますわよ」


「……あ、ありがと。アリシアさん。……あたし……あんなに必死になったの……初めて……」


「ふふ、貴女は本当にナラティブと気が合いますのね。ナラティブの無鉄砲さに、貴女の繊細な技術が加われば、まさに無敵ですわ。……でも、少し驚きました。貴女があんなに自分をさらけ出して戦うなんて」


ルルはカップの淵を見つめ、独り言のように、けれど確かな重みを持って語り始めた。


「……エラーラさんたちが……あたしを、見つけてくれたから。……異国の廃棄区画の奥……誰にも気づかれずに……消えかけてた、あたしを……あの日、エラーラさんが……笑って、手を……引いてくれたから」


ルルがこの事務所にいる理由。それは、狼獣人のリウが「幼少期に生き別れた妹を探してほしい」と泣きついた願いを、エラーラが自らの「野望」として引き受けたからだ。


「……エラーラさんは、……リウの願いを、……自分の野望にして……あたしを、見つけ出した。……だから、あたしも……この家のために、何かが……したかった」


「ええ。お母様は、そういう人ですわ。あの方はね、論理的だの真理だのと難しい言葉を並べますけれど、その実、誰よりも強欲で、誰よりも優しい人。……『仲間の夢を叶え、世界を自分の望む完璧な形にアップデートすること』こそが、あの方の掲げる真理なんですもの」


アリシアは夜空を見上げた。


「あの方は、他人の未練という名のバグを無視することができないの。……ルルさん、貴女、ナラティブと一緒に先日観たという映画の監督さんのこと、覚えている?」


「……うん。……没になった、怪獣のシーン。……ナラちゃん、すごく……残念がってた。『これが見られたら、あたしの人生は完成するのに!』って……」


「……嫌な予感がしますわね。お母様は今、地脈のエネルギーを計算しているようですわ……」


アリシアの予感は、翌朝、クリスマスの文字通りの「轟音」と共に的中することになる。


ドォォォォォン!!


クリスマスの朝。

王都の住人たちを叩き起こしたのは、聖なる鐘の音ではなく、大地を揺るがす地響きと、蒸気機関が悲鳴を上げるような重低音だった。


「……なん、ですの、これはぁぁぁッ!?」


ナラティブの絶叫が、探偵事務所の二階から響き渡った。パジャマ姿のままベランダに飛び出した彼女の目に飛び込んできたのは、信じられない光景だった。

窓の外、王都の中央広場を占拠していたのは、現実の物理法則を嘲笑うかのような「巨大な何か」だった。

全高四十メートル。

巨大な排気筒からは黒煙が吹き上がっている。それは、ナラティブが昨日ゲームで愛用していた機体――「ホワイトファング」を、狂気的な精密さで実物大に拡大したような鋼鉄の巨獣だった。


「メリー・クリスマス、諸君!……そして、おはようナラ君!」


巨獣の足元から、拡声器を通したハスキーな声が響く。

エラーラ・ヴェリタスが、満足げに鼻を鳴らしていた。徹夜明けのはずだが、その青い瞳は一点の曇りもなく輝き、銀髪が風に舞っている。


「君が昨日の夜、ステーキの脂身に酔いしれながら、『本物のホワイトファングに乗って、映画みたいな大立ち回りがしたい』と寝言で繰り返していたからね。論理的に、仲間の夢を放置することは私の野望に対する背信行為だ。……一晩で組み上げておいたよ!」


「お、お母様!?これ、本物なんですの!?」


「当たり前じゃないか。私の辞書に『ハリボテ』という言葉はない。地脈のエネルギーを一時的に物質化した、正真正銘の鋼鉄の塊だ! ……だが、少し計算外のノイズが混じったようだねぇ。ナラ君の情熱を具現化する際、『映画への未練』という非論理的なエネルギーまで、私の魔導回路が吸い込んでしまった」


エラーラが指差す先。

街の反対側に、巨大な異形が現れた。

三つの頭を持ち、全身が映画のフィルムのような鱗に覆われた大怪獣。

それは、映画で登場した怪獣「キメラ・オルトロス」そのものだった。


「ひ、ひぃぃぃっ!映画のキャラが……俺の怪獣が、実体化しているぅぅッ!」


監督が、エラーラの背後で脚本を抱えて絶叫する。


「エラーラさん!どうしてくれるんだ!あれは俺が、プロデューサーに予算不足でダメ出しされた怪獣なんだぞ!」


「フム。……ならば、デバッグすればいい。……ナラティブ!……乗りたまえ!君の夢を、完結させるのだ!」


ナラティブは、恐怖よりも先に、目の前の「夢の具現化」に赤い瞳を狂熱で染めた。

昨日までの不満、映画の不完全さ、そして自らの愛機への情熱。それらが今、物理的な重さを持ってそこに立っているのだ。


「……最高ですわ、お母様!あたしのホワイトファングが実体を持つなんて!さあ、監督!あんたの描けなかったハッピーエンド、あたしがこの手で完結させて差し上げますわ!姉さん、あたしの勇姿をしっかり見ていてくださいまし!」


ナラティブは、パジャマ姿のままベランダから跳躍し、ホワイトファングの操縦席へ飛び込んだ。

そこには洗練された魔導端末などなく、無数のレバーとペダル、そして剥き出しの歯車が噛み合う、あまりにもエラーラらしい「力学の暴力」が広がっていた。


「……重い。なんて重たいんですの、この鉄の塊は!ですが、これこそがあたしの求めていた、実在感ですわ!」


ナラティブがメインレバーを力いっぱい引き倒すと、四十メートルの巨体が唸りを上げた。

王都を舞台にした、現実と空想の境界をデバッグする大決戦が始まった。


ドォォォォォン!!


ホワイトファングの巨大なメカ尻尾がキメラの首をなぎ払い、王都が衝撃波で揺れる。

怪獣は咆哮し、ビルの壁面を削り取りながら迫り来る。

ナラティブは狂喜していた。ゲームのコントローラーを握るのとは訳が違う。全身に伝わる何万トンという質量の躍動。それは、エラーラが彼女の夢を肯定したという証拠そのものだった。


「見てなさい、監督!これが『本物』の、ホワイトファングの舞ですわ!」


ホワイトファングが地を蹴り、巨大な巨体を空中へと跳ね上げた。

ルルは、アリシアと共に事務所の窓から、固唾を呑んでその光景を見守っていた。


「……ナラちゃん、すごい……。……きれい……」


ルルの瞳には、もはやデータの奔流など映っていない。ただ一人の、誇り高き騎士の舞だけが焼き付いていた。


「……あたし、信じてる……。……ナラちゃんは……負けない……」


ナラティブの操るホワイトファングが、クリスマスの朝の光を背負って舞う。

鋼鉄の拳が怪獣の鼻面にめり込む。


「撮れ!撮るんだ! これこそが私の最高傑作、真実のハッピーエンドだぁぁ!」


監督が、どこからか持ち出した魔導カメラを狂ったように回し、カレル警部が遠くで「俺の始末書の枚数が……クリスマスの非番が……」と泣きながら、必死に野次馬の交通整理を行っている。幸いにも、怪我人は一人もいない。エラーラが展開した大規模な空間緩衝魔法が、市民を守っていた。


「トドメですわ!ヴェリタス流・超重量級物理デバッグ――『ホワイトファング・インパクト』!!」


鋼鉄の拳が怪獣の三つの頭を同時に粉砕した。

実体化していた思念が霧散し、王都の空には、美しい光の粒子が粉雪のように舞い散った。

役目を終えたホワイトファングは、巨大な蒸気を吐き出しながら、ゆっくりと膝をつき、そのままさらさらと粒子となって崩れ去った。地脈のエネルギーが尽きたのだ。


夕暮れ時。

瓦礫の山となった中央広場で、カレル警部が震える手でエラーラに書類を突きつけた。


「……エラーラ……時計塔の修理費、道路の舗装費、それに広場の植え込みの弁償……しめて、追加で十億クレストだ。……これで君の借金は、百六十億クレストにアップデートされたぞ……」


カレルは、震える声で告げた。


「フム。安いものだねぇ。監督の夢が救われ、ナラ君の欲望が消化された。私の野望もまた、一歩前進したというわけだ」


エラーラは、夕日に照らされた百六十億クレストの借金通知書を眺め、満足げにドーナツを口にした。


「……お母様。あたしのホワイトファング、一回の戦闘で塵になりましたわよ。せっかく優勝してステーキを食べたのに、明日からまた雑草料理が続く予感がしますわ……」


ナラティブが煤だらけの顔で、けれどどこか誇らしげに言う。その横では、ルルがナラティブの肩に寄り添い、満足げに目を細めていた。


「……ナラちゃん……また、一緒にお肉、食べようね。……あたし、……応援頑張る、から」


「……ええ。次は、あんたの分のステーキも、あたしが山盛り稼いであげますわ。……ねえ、姉さん。今夜くらいは、お説教なしにしてくださらない?」


「ふふ、考えおきましてよ。ただし、明日からの家事は三倍、手伝っていただきますわ。街の清掃ボランティアも含めてね」


アリシアは静かに微笑み、エラーラの白衣の裾を軽く引いた。


「さあ、帰りましょう。王都のバグは尽きませんけれど、私たちの絆もまた、アップデートされ続ける真理ですわ。……お姉様、次はもう少し予算を考えた野望にしてくださいましね?」


「フム、検討しておこう。……さあ、夕食のソースコードを書き換えに行こうじゃないか!」


王都の夜が、また静かに始まる。

借金は増え、街の一部は壊れ、けれどそこには、昨日よりも少しだけ鮮やかな「家族」の絆が漂っていた。

それが、最強魔導師エラーラ・ヴェリタスの、不条理で完璧な日常だった。

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