定理28:仲間のヒーローになりたい!(後編)
地下大広間の無機質な静寂を切り裂いたのは、轟音とともに崩落した天井の破片だった。
「……システムに論理的欠陥、発見!強制デバッグ、開始します!」
もうもうと立ち込める塵埃の中から、一人の少年が力強く飛び出してきた。
カレルの息子であり、エラーラの助手の少年、ゴウ・オータムだ。
彼はその細い腕に、エラーラが昨日「出力が不安定すぎて使い物にならない、ただのスクラップだよ」とゴミ箱へ叩き込んだ『超高周波振動スパナ』と、自ら徹夜で魔導回路を組み替えた『反量産型パッチ散布機』を握りしめていた。その顔は煤だらけだが、瞳はまっすぐに前を見据えている。
「ゴウ!?なぜここに!ここは子供が来ていい場所ではありませんのよ!」
監獄の中で魔力を吸い取られ、膝をつきながらもナラティブが叫ぶ。彼女の声には、怒りよりも相棒の息子を案じる悲痛な響きがあった。
「リウさんに、あらかじめ予備の座標を教えられていたんです!」
ゴウは着地と同時に、迫りくる自動人形の攻撃を転がって回避した。制服が汚れるのも構わず、彼は必死に叫ぶ。
「リウさんが言ってたんです。『カレル警部もナラティブも、正義感が強すぎて必ず真正面から罠に嵌まるから、あんたが最後に助けに来なさい』って! だから僕、ずっと後をつけて、解析してたんです!」
「リウ……!あんた、そんなことを……!」
ナラティブが驚いてリウを見ると、リウは包囲されながらも笑顔で返答した。
「当然ですわ!芸術家はいつだって、キャンバスの余白を計算に入れているものですのよ!それに、少年の可能性を信じてみたかったのですわ! 彼はきっと、わたくしたちにない『色』を持っていますから!」
ゴウはスパナを構え、震える声を張り上げた。
「それに、師匠の理論によれば、完璧に量産されたものには、必ず『共通の脆弱性』が存在する!全員が同じ動きをするなら、全員が同じ弱点を持っているはずなんだ!」
「私の完璧なシステムに弱点などない!不確定要素が入り込む余地など、一ミリたりとも……!」
犯人が苛立ちを露わにする。しかし、ゴウは迷うことなく、ナラティブを閉じ込めている論理監獄の基部へと突っ込んだ。
降り注ぐ自動人形たちの、精密機械のような弾丸の雨。
それをゴウは、日々エラーラの理不尽な実験を手伝い、爆発寸前のガジェットを回収し続けて鍛え上げた「俊敏さ」と「生存本能」で、紙一重の差で回避していく。
「当たるもんか!師匠の実験室の爆発に比べれば、こんな攻撃、止まって見える!」
「ちょこまかと……!一斉射撃だ!あのバグを排除しろ!」
「量産品は確かに綺麗だけど……美しくない!師匠がいつも言ってるんだ!『完璧なものに、私の知的好奇心は一ミリも動かされない』ってね!人間は……間違えるから面白いんだ!」
ゴウは跳躍し、高周波の唸りを上げるスパナを、監獄を維持するマナ発信機の心臓部へと叩き込んだ。
「くらえ!設計ミスへの物理的制裁!」
ガギィィィッ!
空間を切り裂くような不協和音が響き渡る。犯人が誇る「完璧な周波数」が、ゴウの繰り出す「制御不能な振動」によって内側から崩壊し、ナラティブを囲んでいた透明な壁が、一瞬にしてガラスの雨となって砕け散った。
「ナラティブさん、今です! リウさん、不完全な『色』を、そのガラクタたちにぶちまけてください!」
ゴウが散布機のトリガーを引くと、中から自動人形たちの光学センサーを完全に無効化する、不規則な波長を放つ「七色の極太マナ・インク」が広場中に吹き荒れた。
バチバチッ!
インクを浴びた自動人形たちが、不規則な動きを始め、互いに衝突し合う。
量産品であるがゆえに、一度一箇所に致命的なノイズが混入すれば、システム全体が連鎖的にエラーを引き起こし、完璧だった連携が瓦解していくのだ。
「……助かりましたわ、ゴウ!あんたのその乱暴な仕事ぶり、最高ですわ!」
ナラティブが鉄扇を開き、優雅に、しかし獰猛に笑った。その表情は、水を得た魚のようだ。
「お礼に、こいつの『量産されたプライド』を、あたしの鉄扇でひしゃげさせて差し上げますわ! カレル警部、行きますわよ!」
「ああ!よくやった、ゴウ! 警察の教科書には載っていない、最高のイレギュラーだ! 父として、そして刑事として、お前の背中、確かに見届けたぞ! 今夜はご馳走だ!」
カレルが新たな弾倉を装填し、ニヤリと笑う。
自由を取り戻したナラティブの格闘技術が、混乱に陥った犯人の懐を容赦なく捉え、カレルの精密射撃が、視覚を失った自動人形たちの動力核を次々と正確に撃ち抜いていく。
阿吽の呼吸。黄金タッグの復活だ。
右からナラティブが崩し、左からカレルが撃ち抜く。その連携には、言葉など不要だった。
「な、何故だ……私の計算は完璧だったはずだ! 何故、こんな不完全な子供に……!私のシステムが、崩れていく……!」
犯人が絶叫し、後退る。
「まだですわ! これで終わりだと思わないでくださいまし!」
狼獣人のリウが、インクにまみれながらも、その極太の尻尾を大きく振り上げた。彼女の全身から溢れる、計算などでは決して測れない情熱のオーラが、地下室を熱く染め上げる。
「量産屋さん!芸術は、『答え』じゃないんですわ!魂が、生きた証が『爆発』することなんですの!ゴウのこの勇気こそが、わたくしの見た最高の一点物ですわーッ!」
「い、いやぁぁぁッ!私の完璧な世界がぁぁぁッ!」
リウの尻尾による渾身の一撃が、犯人の操るマザーコンピュータ、すなわち「完璧な要塞」を物理的に粉砕し、地下大広間に轟音が鳴り響いた。
悪意の量産工場は、一人の少年の勇気と、黄金タッグの執念、そして芸術家の魂によって、文字通りのガラクタの山へと変貌したのである。
事件解決後の、夕焼けに染まるヴェリタス探偵事務所。
窓の外ではネコたちが満足げに喉を鳴らし、王都の平和が守られたことを告げるように、穏やかな風がカーテンを揺らしていた。
事務所の中は、戦いの後の心地よい疲労感と、達成感に包まれていた。
「フム。ゴウ君。君の行動は、私の論理的なシミュレーションでは生存確率が極めて低かったが……」
エラーラが、いつになく穏やかな、しかし態度は相変わらず傲慢なハスキー声で言い、ソファに座るゴウを見下ろした。
「……まあ、私の『スクラップ』を有効活用し、私の助手にふさわしい独創的なデバッグを行った点は、評価に値する。さあ、ドーナツを半分、分けてあげようじゃないか」
「えっ、半分も!?ありがとうございます、師匠! いつもは一口だけなのに!」
ゴウが目を輝かせてドーナツを受け取る。
カレルは温かい珈琲を啜りながら、ゴウの肩を何度も力強く叩いた。その目は少し潤んでいるようにも見えた。
「……ゴウ。俺の息子が、よもや俺とナラティブを救うとはな。警察の威信にかけて言う。お前は、今日、王都で最も勇敢な『正義』だった。……誇りに思うぞ」
「父さん……。僕、少しは父さんの役に立てたかな」
「少しどころじゃない。お前がいなければ、俺たちは今頃スクラップの一部だったさ」
「……認めますわ、ゴウ。あんたは、ただの助手じゃありませんわ。あたしたちの背中を、命を預けられる、探偵事務所の一員ですわ!」
ナラティブが少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐにゴウの瞳を見て言った。その言葉は、何百億の報酬よりも重く、ゴウの胸に響いた。
「お礼に、明日のお掃除はあたしが半分手伝ってあげてもよろしくてよ? ……ま、あんたがどうしても一人でやりたいと言うなら、止めるのも野暮ですが」
「いえ、手伝ってください!ナラティブさんの鉄扇があれば、天井の煤払いも一瞬ですから!」
「あら、調子のいい子ね。でも、今日だけは許してあげますわ」
「ゴウ、最高でしたわ!あなたこそが、わたくしの求めていた『未完成の奇跡』!今日のあなたの戦い、わたくし、一生かけて巨大な壁画に描いてみせますわ!」
リウが感極まってゴウを抱きしめ、その豊かな胸にゴウの顔が埋まる。
「く、苦しいですリウさん……!ちょ、尻尾が巻き付いてます!」
「あはは!ゴウくんの戦闘ログ、高解像度で保存しちゃうね!これを解析すれば、お姉ちゃんのゴミ箱から最強の兵器が作れるかも!」
グリッチがカメラを回しながらはしゃぎ回る。
ゴウは顔を真っ赤にしながら、黄金タッグの二人から受けた、真の意味での「仲間」としての賞賛、そして家族のような温かさに、心の底から誇らしさを感じていた。
「ありがとうございます!でも、次はもっと完璧な機械を作って、二人を助ける前に事件を終わらせてみせますから!僕の発明品で!」
「生意気を言うようになったねぇ。なら、明日は徹夜で量子力学の講義だ。君の脳みそをスーパーコンピュータにアップグレードしてあげよう」
「ええーっ!? 学校がありますよ師匠!」
「学校での勉強など、私の講義に比べれば誤差の範囲だよ」
夕食のテーブルには、アリシアが腕によりをかけた特製のご馳走が並んでいた。湯気を立てるシチュー、焼き立てのパン、そして山盛りのサラダ。
黄金タッグの伝説に、一人の助手の名が刻まれた夜。王都の空は、明日の喧騒を祝福するように、青く、深く、どこまでも美しく輝いていた。
エラーラは満足げにドーナツを口にした。その口元には、微かなクリームがついていたが、誰もそれを指摘することはなかった。今夜だけは、すべてのバグが許される夜なのだから。




