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【ヴェリタスの最終定理:ライトサイド】  作者: 王牌リウ


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定理15:獣のミステリーを暴きたい!(前編)

●リメイク元

「エラーラ・ヴェリタス」逃亡者

「エラーラ・ヴェリタス」知と学と狂気

「エラーラ・ヴェリタス」禁じられた思考

「ナラティブ・ヴェリタス」相棒の真実

「ナラティブ・ヴェリタス」夢を追うもの

「ナラティブ・ヴェリタス」薬物依存について

「真理とは、無関心によってのみ存続を許され、過度な観測は往々にして当事者の恥部を露呈させる」


事の発端は、王都魔導規制局の官僚、アスナ・クライフォルトが探偵事務所に持ち込んだ一冊の古びた絵本と、信じがたい捜査依頼だった。


「フム……。幻獣、かねぇ?」


エラーラ・ヴェリタスは、呆れたように呟いた。彼女の目の前では、アスナが鼻息荒く、鱗のついた極太の尻尾をパタパタと揺らしながら、絵本の挿絵を指差している。


「そうですわ!南方の秘境のさらに南にある『忘却の村』。そこに、この伝説の幻獣シュレディンガーの虚象が生息しているという情報が入ったのですわ!規制局としては、未登録の魔導生物が地脈に与える影響を無視できませんの!」


「非論理的だねぇ。私はね、今日これからミスター・マジックで期間限定の『重層カスタード・地脈味』を食べに行かなければならないんだ。おとぎ話に付き合っている暇はないのだよ」


エラーラが白衣を翻して席を立とうとすると、アスナは眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせ、一枚の書面を突きつけた。


「……依頼料は、成功報酬を含めて三千万クレストですわ。経費は別ですわよ」


エラーラの動きが止まった。彼女の脳内では、現在進行形で膨れ上がる百五十億の借金と、ドーナツ一個の単価、それから自分の平均余命が超高速で演算された。三千万クレスト。ドーナツ一個百五十クレストと計算して……二十万個。一日三個食べても、約百八十二年分……つまり、一生分のドーナツに相当……。


「よし即決だ!アスナ君、君のその科学的根拠を欠いた情熱、嫌いじゃないよ!」


「即決ですわね……」


こうして、突発的な南国調査行が決定した。しかし、事務所の全員が動けるわけではない。ナラティブは親友のリウと「超特厚熟成ステーキ・食べ放題デート」の予約を数ヶ月前から入れており、リウの極太尻尾を吸う準備に余念がない。さらに、グリッチとアリシアは映画館『光座』で新作映画の特別先行上映を観に行くと言って聞きもしなかった。


「現物は書物にはなく、現場にしかいない。これがフィールドワークの真理だねぇ!」


エラーラは、暇を持て余していたゴウと、スレートを抱えてだらだらしていたルル、それから「警察の威信にかけて未確認生物を見逃すわけにはいかん」と意気込むカレル警部を引き連れ、アスナが手配した豪華飛行船『レガシー・エラ号』に乗り込んだ。


王都から南へ向かう空の旅は、まさにファンタジーの詰め合わせだった。雲海を泳ぐ巨大な空鯨とのニアミスでは、エラーラが「あの巨体を浮遊させるガスの成分を分析したい!」と叫んでカレルに止められ、地脈の乱れが引き起こした空中浮遊島ではゴウが物理演算を駆使し、それから嵐の夜に現れた幽霊飛行船とのレーシングではルルがナビゲートして強行突破した。


三つの困難をエラーラの理不尽な魔術とカレルの正確無比な射撃、それから食欲で乗り越え、一行はついに目的の地、亜熱帯の原生林に囲まれた「忘却の村」へと降り立った。

村に足を踏み入れた瞬間、アスナは驚愕の声を上げた。


「……な、なんですの、これ!どこを見てもあの幻獣だらけですわ!」


村の入り口には「シュレディンガーの虚象」の石像が並び、民家の軒先にはその形をした風鈴が揺れ、子供たちが遊ぶ広場の地面には巨大な地上絵が描かれている。これほどまでに対象が神格化され、文化に浸透している場所は珍しいほどだった。


「あ、あの……聞き取り調査、開始します……。ひ、人に話しかけるの、心臓が……保たない……」


ルルが光のない瞳で村人たちにスレートを向けた。ゴウもメモ帳を手に、村の広場で洗濯物を干している女性に声をかけた。


「あの、すみません。このシュレディンガーの虚象という幻獣、このあたりに本当にいるんですか?生態系とか、食事とか……」


「ああ、いるよ。そこらじゅうにな。昨日は私の家の軒先で寝てたし、今朝も畑を荒らしてたねぇ」


「本当に!?それなら、捕獲したり、研究したりしないんですか!?」


「はあ?なんでそんな面倒なことしなきゃならないんだい? 洗濯物が乾けばそれでいいじゃないか。あんなの、ただの風景だよ」


ゴウは困惑した。いると断言しながら、まるで道端の石ころ以下の関心しかない。次にルルが、日向ぼっこをしている老人に話しかけた。


「あ、あの……情報提供、お願いします……。出現ポイントと行動パターンの、データを……。ふ、服に、視線が刺さる……」


「幻獣? ああ、あれか。わしの横にいつも座っておるよ。邪魔だから退かすんだが、また戻ってくるんじゃ」


「あ、あの……座標特定……案内してください……。無理なら、ここで……ゴミに還ります……」


ルルは無表情のまま、スレートをカチャカチャと操作した。理解不能。彼らにとって幻獣は、存在しているが視界に入らないノイズ扱い。

一方、カレル警部とアスナは、村の自警団のような男たちに詰め寄っていた。


「未確認生物による被害状況を確認したい!住民への危害の可能性は!?」


「ないない。あいつら、噛みもしないし吠えもしない。ただ、なんか、ボーッと光ってるだけだ。夜になると街灯代わりになって便利なくらいだな」


「なっ……!未登録魔導生物の飼育は禁止されていますのよ!ちゃんと管理してくださいまし!」


「管理?誰が飼ってるなんて言った?勝手にそこにいるだけだ。俺たちは俺たちの生活があるんだよ。あんたたちも、そんなことより一杯やってくか?」


カレルとアスナは顔を見合わせた。この村の人々は、幻獣を信仰しているわけでも、恐れているわけでもない。ただそこにいることを認めつつ、徹底的に興味を持っていないのだ。


「……非論理的だ。あまりにも非論理的すぎて、脳が糖分を欲しているよ」


調査が難航し、暑さと湿気に耐えかねたエラーラは、早々に探索を切り上げた。


「ゴウ君、ルル君、あそこに素敵なオープンカフェがあるじゃないか。現地の糖分を摂取して再起動を図るよ!」


一行が立ち寄ったのは、村の外れにあるテラス席だった。そこで供されたのは、現地の特産である「南国ナッツの揚げドーナツ」と、火山灰で焙煎したという漆黒の珈琲。


「素晴らしい!外側のカリッとした食感と、内側の発酵した生地の弾力!そしてこの珈琲の暴力的な苦味!王都の洗練された味とは対極にある、野生の真理がここにあるねぇ!」


エラーラは白衣をはだけさせ、お腹を出しながらドーナツを貪り食った。おかわりを五回ほど注文し、珈琲の香りに酔いしれているとき、隣でスレートをいじっていたアスナと、周囲を警戒していたカレルが、同時にエラーラの袖を小声で引いた。


「……エラーラ教授。右後方。三時の方向を見てくださいまし……」


「……エラーラ、動くなよ。……いる。あそこに、例のヤツがいる」


エラーラは面倒くさそうに珈琲カップを置き、視線をドーナツからわずかに逸らした。

そこには、木漏れ日を浴びて淡く発光する、透き通った羽を持つ小さな象のような生き物がいた。シュレディンガーの虚象。絵本に描かれていた通りの姿で、それは市場の果物売り場のすぐ隣で、のんびりと草を食んでいたのだ。

驚くべきは、その距離だった。わずか数メートル。本来なら世紀の大発見に王都中が騒ぎ出すような距離にありながら、市場の客も、店主も、遊んでいる子供たちも、誰一人としてその幻獣を視ようとしなかった。まるでそこに何も存在しないかのように、あるいは透明な壁があるかのように、徹底的な無視を決め込んでいたのだ。


「フム……?」


エラーラは立ち上がり、ゆっくりとその生き物に近づいた。

一歩、二歩。

幻獣との距離が縮まる。エラーラがその神秘的な毛並みに触れようと手を伸ばし、その瞳を覗き込んだ瞬間、幻獣のつぶらな瞳がエラーラを捉えた。

視線が合った。

その刹那、シュレディンガーの虚象の身体は、パッと弾けるような光の粒子となって霧散し、南国の風に溶けて消えてしまった。


「……ああっ! 消えてしまいましたわ!」


アスナが叫び、ルルがシャッターチャンスを逃したことに「ひ、ひぃぃ……世界が滅ぶ……」と小声でパニックを起こしてスレートを抱え込んだ。カレルは銃を構える間もなかったと肩を落とした。

しかし、エラーラだけは、消えた場所を指でなぞりながら、高らかに笑い声を上げた。


「素晴らしい!実に論理的だねぇ! アスナ君、カレル君、謎はすべて解けたよ!」


「どういうことですの、教授! 今のは魔術による転移ですか!?」


「いいや、違う。あれはね、観測されることを拒む生存戦略そのものなのだよ」


エラーラは、残った珈琲を飲み干して解説を続けた。


「この村の住人たちは、幻獣を知ってはいるが、決して『知ろう』とはしていない。興味を持たないことで、あの存在のパーソナリティを保護していたのだ。あの幻獣はね、『純粋な関心』を向けられた瞬間に、その存在の確定を拒否して消滅する性質を持っているんだ」


「つまり、見ようとすればするほど見えなくなる、ということか?」


カレルが呆れたように尋ねると、エラーラはドーナツの粉がついた指を立てた。


「その通りだ。王都の学者がどれほど探しても見つからなかったのは、彼らが『見つけたい』という『強烈な関心』を持って捜索していたからに他ならない。この村の人々が無視を貫いていたのは、無関心こそが、あの美しきバグをこの世界に繋ぎ止めるための、唯一の信仰の形だったからなのだよ」


「関心を持たれたら消える幻獣……」


アスナは呆然と呟いた。科学的探究心の塊であるエラーラにとって、それはある種の皮肉な結末だった。研究対象として観測しようとすれば消え、どうでもいいと思えば現れる。


「フム。関心が毒になるなら、私はこれからあの子のことを、一生忘れる努力をすることにするよ。三千万クレストの報酬があれば、別のドーナツに関心を移すのは容易いことだからね!」


「そ、そんな!報告書にはどう書けばいいんですの!」


「『南国の湿気による集団幻覚』とでも書いておきたまえ。本当ではないが、嘘でもないさ。我々は確かに、何も『確定』できなかったのだからね」


王都への帰路、飛行船の中でエラーラは再び南国ドーナツの味を思い出しながら、幸福そうに目を細めた。


結局、幻獣の写真は一枚も撮れなかった。

だが、エラーラの懐には一生分のドーナツ代が、それから彼女の記憶には「視ないことでしか触れられない真理」の味が、確かに残された。


「……やはり、世界は未知のバグに満ちているねぇ」


エラーラが呟くと、カレルとゴウは「またドーナツの話か」と呆れ、ルルは無言でうなずき、アスナは「経費精算が大変ですわ……私のボーナスが……」と頭を抱えた。


南の風に乗って、飛行船は王都へと消えていく。

その軌跡を、誰も見ていない森の奥から、小さな光る象がひっそりと見上げて、パオと小さく鳴いたのかもしれない。

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