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ヴェリタスの最終定理 PART4/飛竜の覚醒 【8位】  作者: 王牌リウ
蘇る飛竜

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定理14:仲間のヒーローになりたい!(前編)

●リメイク元

「エラーラ・ヴェリタス」探偵対組織暴力

「エラーラ・ヴェリタス」最期の探偵

「エラーラ・ヴェリタス」学園という名の檻

「正義とは、社会に後付けで適用される、最も高価な修正パッチである」


王都の朝は、いつものように騒がしく、そして少しばかりの焦げ臭さと共に幕を開けた。

ヴェリタス探偵事務所。貴族街とスラムの境界線上に建つこの古びたビルは、築年数不詳の違法建築であり、外壁には無数の配管が蔦のように絡みついている。その一室にある真鍮製の郵便受けに、誰にも見咎められることなく放り込まれていたのは、漆黒の重厚な封筒だった。

その表面には、見る者の不安を煽るような幾何学模様の蝋封が施され、中には血のように赤いインクで、機械で印字したかのように整理されすぎた筆致の挑戦状が記されていた。


「『偽りの平和を謳歌する探偵諸君へ。論理では測れぬ、完璧に量産された絶望を贈ろう。不完全な個人の足掻きが、システムの前にいかに無力か、その身で知るがいい』……ですって。まあ、なんてセンスのない脅迫状かしら」


事務所のリビングには、朝のけだるい空気が漂っていたが、ナラティブ・ヴェリタスがその手紙を読み上げた瞬間、静寂が訪れた。


「非論理的だねぇ。絶望の量産など、供給過多による価値の暴落を招くだけだよ。経済学の基礎すら学んでいないのかな?」


エラーラ・ヴェリタスは、白衣のポケットから取り出したドーナツを無造作に齧りながら心底退屈そうに呟いた。彼女の青い瞳には、依頼主の殺意など一ミリも映っていない。彼女の関心事は、手元のスレートに表示された複雑な数式と、口の中の糖分だけだ。


「それに私はね、これからミスター・マジックで限定仕様のドーナツ『シュガー・スノー』を予約しなければならないんだ。安売りセールに付き合っている暇はないのだよ。アリシア、この紙は裏紙として計算用紙に使っていいかい?」


「あらあら、お姉様ったら。裏紙にするには、少しインクが毒々しすぎますわ。グリッチさんの落書き帳にでもしましょうか」


アリシア・ヴェリタスが紅茶を注ぎながら優雅に微笑む。

しかし、その背後では二人の「正義」が、静かな、しかしマグマのように煮え滾る怒りに震えていた。


「……おのれ。王都の安寧を乱す不届き者が、よもやこのヴェリタス事務所を名指しで挑んでくるとは。王都中央警察署の威信にかけて、この挑戦、受けて立たねばならん!」


警部カレル・オータムが、使い古された、しかし完璧にメンテナンスされた愛銃のシリンダーを、チャキリという重厚な音を立てて回した。トレンチコートの襟を立て、その表情は長年現場で戦い抜いてきた刑事のそれだ。


「そうですわ、カレル警部!悪党なんか、あたしたちの手で粉砕して差し上げますわ!あたしたちを誰だと思っているのかしら!エラーラお母様やグリッチのような破壊力がなくても、あたしたちには現場で培った『正義の重み』がありますのよ!」


その隣では、ナラティブ・ヴェリタスが愛用の鉄扇をパシリと鋭く閉じ、赤目の瞳に苛烈な、そして誇り高い光を宿らせている。彼女の黒のドレススーツは、戦闘への渇望でわずかに震えていた。


「おい、ナラティブ君。覚えているか?あの、『バハムート召喚事件』を」


カレルが懐かしむように、相棒であるナラティブに語りかける。その瞳は、遠い過去の戦場を見据えていた。


「ええ、もちろんですわ。あの時は大変でしたわね。政府要人の汚職が招いた、王都全域を灰に変えかねなかった悪夢……。空が燃えていましたもの」


「あの時、揺れる魔導飛行船の甲板で、君が言った言葉を今でも覚えているぞ!『風を読むな、風になれ』と」


「ええ!竜の弱点を一点に射抜き、マナの供給回路を物理的に断ち切った警部のあの一撃……今でも鮮明に思い出せますわ!」


「お前もだ、ナラティブ。制御を失って地上へと降り注ぐ巨大な瓦礫の嵐を、お前は鉄扇一つで切り裂き、避難が遅れた数千の市民を一人残らず護り抜いた」


二人は顔を見合わせ、不敵に笑った。その絆は、鋼鉄よりも硬い。血よりも濃い信頼で結ばれた相棒同士だ。


「それだけじゃありませんわ。コンスタンティン博士が企てた『全市民改造人間計画』を、公にされる前に闇の中で葬り去ったのもあたしたちですわ」


ナラティブが鉄扇で空を切る。ヒュッ、という鋭い音が空気を裂く。


「うむ。罠が仕掛けられた地下迷宮を、俺の直感で突破し、お前の格闘技術で道を切り開いた」


「完成間近だった人造兵器の心臓部を、あたしの鉄扇が文字通りの鉄屑に変えたとき、博士の絶望した顔といったら!あれは傑作でしたわ!」


「さらに、警察ですら長年突き止められなかった違法薬物『インフェルノ』の製造現場を、スラムではなく『高級住宅地』の地下であると暴いた一件は、今も語り継がれている」


カレルが煙草を取り出し、渋く語る。


「スラムに捜査網を集中させ、犯人のミスリードに踊らされていた他部署を尻目に……。ナラティブ、お前は貴族的な社交界へと潜入し、『ノイズ』を察知した」


「あの時の連携、まさに阿吽の呼吸でしたわ! あの夜の祝杯のビールの味、最高でしたわね」


二人の回想は止まらない。彼らにとって、この挑戦状は過去の栄光を再確認し、新たな伝説を刻むためのチケットでしかなかった。


「待ってくださいまし、お二人とも!この筆跡、そしてこの無機質な言葉選び……わたくしには見覚えがありますわ!」


不意に、それまでカウンターで退屈そうに爪を磨いていた狼獣人のリウ・ヴァンクロフトが身を乗り出した。彼女はいつになく真剣な表情で、招待状の隅に描かれた、まるで機械で引いたかのように正確な紋章を指差した。


「これは、わたくしの芸術を『非効率的なゴミ』と罵り、王都から追放しようとしたあの……『量産屋さん』のマークですわ!」


「量産屋さん……?なんだいリウ、その安直なネーミングは。私がすべての猫を等しく『ネコ』と呼ぶ命名センスと同レベルだねぇ」


エラーラがドーナツを口に運びながら茶々を入れる。


「安直ではありませんわ、事実ですの!あいつは芸術を、魂の爆発ではなく、単なる模倣と効率的な複製だと信じている悪魔ですの!わたくしが描いた最高傑作のキャンバスを、あいつは『再現性がない』という理由だけで真っ白に塗り潰したんですわ!」


リウの瞳に、芸術家としての、そして一人の狼獣人としての激しい憤怒の火が灯る。極太の尻尾がバタンバタンと床を叩き、怒りを露わにしている。


「一点物の芸術、その瞬間にしか生まれない『バグ』のような美しさを愛するわたくしと、悪意すらも効率的に量産しようとする量産屋さん。これは、存在証明を賭けた倫理的な闘争でもありますの!お二人とも、わたくしも連れて行ってくださいまし!」


リウの懇願に、ナラティブが微笑む。その瞳には、リウへの隠しきれない好意と、同志への敬意が混ざっていた。


「ええ、もちろんですわ、リウ。あんたの仇、あたしが一緒に討ってあげますわ。それに、あんたの芸術を理解できないような無粋な悪党に、王都の空気を吸う資格はありませんもの。行きましょう!」


「エラーラ、グリッチ。今回は俺たちの捜査領域だ。論理で割り切れぬ悪を、俺たちの執念でデバッグしてやる」


カレルが低く重厚な声で宣言し、三人は事務所を飛び出した。

目指すは、かつてインフェルノ事件の舞台となった、現在は呪われたように静まり返っている高級住宅地の地下大広間だ。

地下への階段を降りるたび、空気は冷たく、そして不自然なほど均一な魔導の波動に満たされていく。埃一つない通路、等間隔に配置された照明、完全に直角に曲がる廊下。そこには、生物的な温かみが一切感じられなかった。


「……気持ち悪いですわね。まるで、世界全体が工場になってしまったような……。この壁の質感、生理的に受け付けませんわ」


ナラティブが嫌悪感を露わにし、鉄扇を強く握りしめる。


「気をつけろ。この整然とした空間こそが、奴の狂気の表れだ。ゴミ一つ落ちていないことが、逆に異常なんだ」


カレルが銃を構え、リウも尻尾の毛を逆立てて警戒する。


「ここ、匂いもしませんわ。ペンキの匂いも、埃の匂いも、生活の匂いも……。まるで真空パックされたみたいですの」


「……フム。来ましたね、時代遅れの英雄たち。そして、野蛮な落書き屋、リウ。君たちの不完全な正義を、今ここで私の『完璧な量産品』で上書きしてあげましょう」


広大な地下大広間の闇の中から、無機質な声が響き渡った。

そこにいたのは、ただ「量産」を至高の真理と信じる狂気の魔術師。白衣とも軍服ともつかない無機質な制服を纏った犯人の背後では、寸分違わぬ動作で整列した数百体の自動人形たちが、一斉に魔導灯を点灯させた。


「お黙りなさい!あんたのような、魂のない複製しか作れない輩に、あたしたちの歩みを否定させるもんですか!あたしたちの歴史は、あんたのコピー機なんかじゃ再現できませんわ!」


ナラティブが猛然と突っ込んだ。彼女のプライドが、この無機質な空間を許せなかったのだ。

しかし、その足元、不自然に磨き上げられた石畳の上で、カチリと、運命を断ち切るような乾いた音が響く。


「しまった、ナラティブ! 罠だ、動くな!」


カレルの鋭い警告よりも一瞬早く、ナラティブの周囲を、エラーラの理論に基づいた「観測を遮断する論理監獄」が囲んだ。透明な、しかし絶対に破壊不可能なマナの壁が、彼女を外界から隔絶する。

ナラティブは、自らの正義感とリウを護りたいという情熱に突き動かされ、敵が仕掛けた「完璧な計算」という名の落とし穴に、自ら飛び込んでしまったのだ。


「っ……、何ですのこれ! 鉄扇が、あたしの力が……吸い取られていきますわ……! 身体が、鉛のように……!」


「感情で動くからそうなるのです。私の計算では、君が真っ先に飛び込んでくる確率はほぼ確実でしたよ」


犯人の冷笑が響く。


「ナラティブ!おのれ、汚い真似を!」


カレルが魔導拳銃を連射し、自動人形の群れに立ち向かう。しかし、敵の繰り出す攻撃は、個体差のない「完璧な連携」によってカレルの弾道を次々と封じ込めていく。

一発撃てば、三体が同時にカバーに入る。隙を見せれば、五体が同時に死角から攻撃してくる。


「くっ、私の射撃パターンが読まれているだと!?」


「ええ、全ての動きはデータ化され、量産されていますからね。君たちの正義ごっこは、もう古いのです。過去の栄光にすがるだけのバグは、消去するに限ります」


リウもまた、四方から迫る、一点の乱れもない「左右対称の暴力」に囲まれ、その自由な野生の動きを削り取られていた。


「わたくしの芸術的な尻尾攻撃が、通じませんの!?あいつら、動きが気持ち悪いほど揃っていますわ!」


「終わりだ。不完全な個人の力など、完成されたシステムの前に消え去るがいい」


犯人の傲慢な宣言が地下室に響き、絶体絶命の影が黄金タッグと芸術家に伸びる。

ナラティブは檻の中で膝をつき、カレルは弾切れを起こし、リウは包囲された。

その刹那、この完璧な絶望のコードを、想定外の「ノイズ」が突き破った。


「待ってください! その計算式には、重大な変数が抜けています!」


天井から響く、まだ幼さの残る、しかし確固たる意志を持った少年の声。


「……な、なんだ、あの子は!?」


犯人が見上げると同時に、天井が爆発した。瓦礫と共に降ってきたのは、ヴェリタス探偵事務所の未来を担う一人の少年だった。

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