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ヴェリタスの最終定理 飛竜の覚醒【8位】  作者: 王牌リウ
希望から始まる物語

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25/63

定理13:推しのアルバムを守りたい!(前編)

●リメイク元

「ナラティブ・ヴェリタス」悪を飼いならす女帝

「ナラティブ・ヴェリタス」大人の戦い

「秘め事は必ず漏れ、武は本能的なバグには抗えない」


新暦百八年、王都の統計において「奇跡の日」が記録された。

昨日の犯罪発生件数はゼロ。交通事故もゼロ。市民の諍いから猫の喧嘩に至るまで、あらゆる紛争が地脈の凪のように静まり返った完璧な一日。カレル警部が「平和すぎて胃が痛い」と逆に薬を飲み、ゴウが「統計的異常値だ」と震えるほどの静寂。

だが、その平穏な記録の裏側で、王都の存亡……というよりは、一人の有能な官僚の社会的生命を賭けた、史上最もくだらなくも熾烈な戦争が勃発していたのである。


場所は王都魔導規制局、その最深部にある局長室。

普段であれば、冷徹な事務処理の音が響くこの部屋で、今は奇妙な荒い鼻息だけが充満していた。

アスナ・クライフォルトは、爪をカタカタと鳴らしながら、愛用の魔導端末に向き合っていた。彼女の眼鏡の奥で怪しく光る瞳に映っているのは、規制局の来年度予算案ではない。数年間にわたり、公権力と私財を投じて記録し続けてきたエラーラ・ヴェリタスの非公式観測ログ、通称「ヴェリタス・クロニクル」である。


「……昨日の教授は、ドーナツを三つ食べた。しかも、三つ目のシュガーグレーズドを頬張った際、右の頬にチョコを一粒つけたままであった。……ああっ!この無防備さ! 尊い……あまりに尊いですわ!この口角の上がり方、フィボナッチ数列よりも数学的に美しすぎます……!」


アスナは独り言を漏らしながら、その一瞬を切り取った高解像度写真を専用の暗号化フォルダに格納しようとした。

フォルダ名は『機密事項:EV聖体拝受記録』。中には、寝癖がついたままのエラーラ、猫に指を噛まれて「非論理的だ!」と叫ぶエラーラ、珈琲をこぼして呆然とするエラーラなど、ファン垂涎……というか完全に盗撮の画像が数千枚保存されている。


「この一枚は……そう、フォルダ階層の深淵、セキュリティレベル5の『天使の寝顔』セクションへ……」


アスナが恍惚の表情でエンターキーを押そうとした、その時だった。

王都を流れる老朽化した地脈Wi-Fiが、突発的な電圧サージを引き起こした。


バチリッ!


端末が火花を散らし、魔導OSが狂ったような警告音を上げ始めた。


「……な、何!?応答しなさい! 待って、そのフォルダはまだ同期しちゃダメ……!」


画面に表示されたプログレスバー。


『システムエラー発生。データの恒久的損失を防ぐため、緊急バックアッププロトコルを発動。公衆地脈ネットワークへの分散保存を開始します』


『送信中……3%』


「ああっ、送信中、三パーセント!? 停止しなさい! 停止してぇぇぇ!」


アスナの悲鳴も虚しく、バーはジワジワと進んでいく。

それはアスナにとって、確定的な社会的死を意味していた。もしこのデータが王都中の街頭スクリーンや掲示板に表示されれば、彼女は明日から「冷徹で有能なエリート官僚」ではなく、「王都一の変態ストーカードラゴン」として歴史に刻まれることになる。

エラーラさんに知られたら……軽蔑される? いや、「気色が悪いねぇ」と実験体扱いされる? どちらにせよ死ぬ!


「神よ……! なぜ私にこのような試練を……!」


絶望に染まり、机に突っ伏す彼女の前に、音もなく現れた影があった。

窓枠に腰掛け、逆光を背に笑う白い少女。


「……あ。お姉ちゃんのファンの匂い。しかも、かなり煮詰まっててドロドロしてて、最高に面白いやつの匂いがする」


「ぐ、グリッチさん!? どこから……ここは地上二十階ですのよ!?」


侵入してきたのは、白髪を揺らしたサイコパス少女、グリッチ・オーディナルだった。彼女は全身のセンサーをアスナに向け、楽しそうに足をブラブラさせている。


「わかるよ、眼鏡のお姉ちゃん。その自分の命より大事なデータが世界中にばら撒かれそうになってる時の心臓のリズム。不整脈だねぇ。私もお姉ちゃんのログを二十四時間三百六十度記録してるからね。仲間だね。シンパシーを感じるよ!」


「な、仲間ぁ……?」


「というわけで、協力してあげる!私の演算能力なら、送信を遅らせるくらいはできるからね!」


グリッチが端末に飛びつき、猛烈な速度でキーを叩き始めた。

さらに、部屋のドアが優雅に開き、もう一人の来訪者が現れた。


「あらあら。……アスナさん、お顔が真っ赤ですわよ? 大丈夫、わたくしたちが、あなたの『大切な思い出』を守って差し上げますわ」


純白のドレスを纏った聖女、アリシア・ヴェリタスだった。彼女はアスナのパニックを瞬時に察し、全てを包み込むような聖母の笑みを浮かべていた。だがその目は、「面白そうだから混ぜていただきますわ」と語っている。


「ア、アリシアさんまで……! は、恥ずかしい……! ですが、背に腹は代えられませんわ! 教授にだけは……エラーラさんにだけは絶対に知られないように、データを回収してください! この命、お二人に預けます!」


アスナは涙目で懇願した。ここに、目的は違えど利害が一致した、非公式絶対秘密防衛同盟が結成されたのである。


一方その頃。

平和なはずのヴェリタス探偵事務所では、エラーラ・ヴェリタスが金色の聴診器「真理の眼」を事務所のメインサーバーに当て、不敵な笑みを浮かべていた。


「フム。……面白い。極めて、面白いねぇ」


助手のゴウが、実験器具を片付けながら不審なものを見る目でエラーラを振り返る。


「師匠、どうしたの? また近所の猫の心音でも盗聴してるの?」


「こらこら、失礼なことを言うな、ゴウ君。これはもっと重大なインシデントだよ。王都の地脈ネットワークに、未知の情報生命体が混入している」


「情報生命体?」


「いいや、これはウイルスかな? 極めて強い執着心と、特定の個人……すなわち私に対する異常なまでの解析データで構成された、奇怪なデータ群だ。見てみたまえ、このパケットの波形。まるで『好き好き大好き』と叫んでいるかのような、粘着質なノイズだ」


そこに、情報の匂いを嗅ぎつけたルル・ヴァンクロフトが、だらだらとした足取りで滑り込んできた。彼女は手に持ったスレートを見つめ、光のない黒目を少しだけ輝かせた。


「……解析完了。……データの正体は、画像と音声の膨大なアーカイブ。……発信源は、魔導規制局の専用回線」


ルルがスレートを操作すると、壁のスクリーンに、ネットワークに流出しかけているボヤけた画像が表示された。

そこには、口の周りを砂糖だらけにして、ドーナツを頬張り幸せそうに目を細めているエラーラのドアップが映し出されていた。


「……わ」


ゴウが引いた。

だが、エラーラの反応は違った。


「……素晴らしい! この構図、このライティング! 私の無防備な生態を熟知した者でなければ撮れない、完璧な観測データだ!面白い!ゴウ君、ルル君!このウイルスを捕獲するよ!これを完全にデバッグすれば、新しい『自己認識魔導OS』のヒントが得られるかもしれない!」


「いや、師匠。これたぶんウイルスじゃなくて……」


ゴウがツッコミを入れようとしたその時、ドカドカと事務所の扉が蹴破られた。


「おーい、エラーラ!街の掲示板が変なことになってるぞ!」


血相を変えて飛び込んできたのは、カレル警部だった。


「署に苦情が殺到してるんだ!掲示板に特定の女……つまりお前のマヌケな寝顔が表示されるってな!『呪いのビデオか?』『宗教勧誘か?』って大騒ぎだぞ!」


「フム。やはり私の魅力はデジタルデータになっても漏れ出してしまうようだねぇ。よし、出動だ! ナラティブ、準備はいいかい?」


奥の部屋から、漆黒のドレススーツに身を包んだナラティブ・ヴェリタスが現れた。彼女は鉄扇をパチンと鳴らし、気高く微笑んだ。


「もちろんですわ、お母様。お母様のプライバシーを侵害し、あまつさえその美貌を独り占めしようとする不届き者……。あたしの鉄拳で教育的指導をして差し上げますわ」


エラーラは白衣を翻し、勇ましく宣言した。

彼女は気づいていない。これから自分が追いかけるウイルスの正体が、よく隣のドーナツショップで自分と相席してはモジモジしている、あの堅物官僚の純愛の結晶であることを。

好奇心旺盛なリウも「面白そうな構図だ!」と合流し、最強の追跡隊が結成された。

データのバックアップ先である王都メインサーバー室まであと数百メートル。

アスナ、アリシア、グリッチの三人は路地裏を全力で疾走していた。


「はぁ、はぁ……!急ぎますわよ!送信率が40%を超えましたわ!」


アスナが端末を握りしめて叫ぶ。眼鏡がズレ、自慢の長い黒髪が乱れているが、気にしている余裕はない。


「あはは!楽しいねぇ!鬼ごっこだねぇ!お姉ちゃんたちが追いかけてきてるよ!」


グリッチが屋根の上を跳ねながら報告する。


「ええ。おかあさまの『真理の眼』からは逃げられませんわ。……サーバー室で直接データを物理消去するしかありません」


アリシアが冷静に状況を分析する。

昨日は犯罪ゼロだったというのに、今日の王都は一人の恋する乙女のせいで爆発寸前である。

三人が大通りを抜け、サーバー室への近道である広場に出た、その時だった。

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