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最強魔導師エラーラの、論理的(バグだらけ)な世界征服  作者: 自殺


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定理6:幻のグルメを食べたい!(前編)

●リメイク元

「エラーラ・ヴェリタス」消えた文豪

「ナラティブ・ヴェリタス」液体の豚

「価値とは、真実に対する情報の比率であり、実体がゼロに収束する時、その価値は無限大へと発散する」


王都の空気は、ここ数週間、奇妙な熱に浮かされていた。魔導産業革命がもたらした情報の高速伝達網、地脈Wi-Fiを通じて流れるノイズの九割が、ある一つの単語に支配されていたからだ。


「至高の寿司」


それは、ある日突然、王都の流行に敏感な層の間で囁かれ始めた噂だった。最初は小さな呟きに過ぎなかったそれが、やがて著名な美食家の魔導端末を経由し、テレビのワイドショーで「神の手を持つ職人の一貫」として紹介されるに至り、熱狂は臨界点を超えた。画面の中では、派手な衣装を纏った文化人たちが、一度もその店に行ったことがないにも関わらず、まるで昨日食べてきたかのような熱量で語り合っている。あの一貫は宇宙の真理だ、一度食べればこれまでの人生が全て否定される、新暦百八年が生んだ最大の奇跡だ、と。

しかし、誰もその店の場所を言わない。正確には、誰も知らないのだ。評価という情報の残響だけが王都を覆い尽くし、肝心の実体は霧の向こう側に隠れたまま、幽霊のように街を徘徊していた。


ヴェリタス探偵事務所の居間では、一人の少女が爆発寸前の火山のような不機嫌さを撒き散らしていた。


「……もう、耐えられないわ。あたしの胃袋が、この不条理に対して反旗を翻しているのよ!」


ナラティブ・ヴェリタスは、ソファーを力任せに叩いて立ち上がった。黒いドレススーツの裾を翻し、燃えるような赤い瞳をギラつかせる。一流のレディとして、流行りものに無批判に飛びつくのは三流のすることだと自分に言い聞かせ、精神の気高さを保とうとはしてきた。だが、ここまで街中が寿司、寿司と騒ぎ立て、どこを歩いてもその幻の味の称賛が聞こえてくる状況では、食い意地の張った彼女の理性が保てるはずもなかった。


「お母様は研究に没頭して、あたしのこの空腹という名の切実な問題を無視しているし! こうなったら、あたしがその伝説の正体を暴いてやるわ。一流の美食家として、偽物なら叩き潰し、本物なら胃袋に収める。それがあたしの流儀よ!」


ナラティブの視線の先には、十七工程の魔導ドリップ装置で抽出されたコーヒーを片手に、ドーナツの穴の向こう側を計測器で覗き込んでいるエラーラがいた。


「フム……。ナラ君、また食べ物の話かねぇ。寿司なんて、ただの酢飯と魚の組み合わせだよ。栄養価なら、このドーナツの方が論理的に優れている」


「うるさいですわ! あんたのその砂糖の塊と一緒にしないでくださいまし! 行くわよ、リウ!」


ナラティブは決然と歩き出し、まずはキャンバスに向かって怪しげな抽象画を描いていたリウ・ヴァンクロフトの襟首を、迷いなく掴んだ。


「ああっ、何かしら、ナラ様! 今、私の芸術的感興が、王都の夕闇に溶け込む官能的な色彩を捉えようとしていたところですわよ! 離して、そこは性感帯に近いですわ!」


「芸術なら、その伝説の寿司とやらを食べてから描きなさい! 行くわよ、リウ。あんたのその無駄に鋭い鼻を、今こそ役立てる時よ。一流の画家になりたいなら、一流の食材を見極める目を持つことね」


「まあ! 伝説の寿司ですって? それはまさに、味覚という名のデカダンス! 行きましょう、ナラ様。私の魂が、あの一貫の美しい構図を求めて疼いておりますわ! 生魚の滑らかな肌触り……激しい色彩の奔流が脳裏を駆け巡りますわよ!」


リウは金髪のポニーテールを揺らし、褐色の肌に宿る生命力を爆発させるように拳を握った。ナラティブはそのまま、部屋の隅にある薄暗いパーテーションの裏で、重たい毛布にくるまって魔導端末を操作していたルル・ヴァンクロフトの元へ突進した。


「ルル、あんたもよ! 起きなさい!」


「……あ、無理です。今、期間限定のレイドボスが湧く時間なんで。……外とか怖いです。陽キャが多いですし、太陽光は私にはデバフにしかならないんで。……あの、ゴミ箱の中で液状化しててもいいですか……?」


ルルは黒い長い髪の隙間から消え入りそうな声を出し、光のない黒い目で必死に抵抗を試みる。だが、ナラティブの強引な腕力と、逆らうことを許さない鋭い眼光を前に、逃げ場などなかった。


「限定イベントなら、あの一貫を食べてからやりなさい! 一流のゲーマーなら、伝説の隠しダンジョンを見つけるような情熱を持って、この店を探し出すのよ! あんたの情報収集能力、今ここで使わなくていつ使うのよ! さあ、その重い腰を上げなさい!」


「……ひぃっ。物理演算がおかしいです……。ナラティブさんの筋力値、チートじゃないですか……。あ、引きずらないでください、私の最大HPが削れていきます……」


ルルは床を這うように抵抗したが、ナラティブの冷徹な力によって、なかば強引に事務所の外へと連れ出された。さらに、事務所の入り口では、あらかじめ連絡を受けていたアスナ・クライフォルトが、眼鏡を拭いながら手ぐすね引いて待っていた。


「……遅いですよ、ナラティブさん。規制局のデータベースの裏をかく準備は整っています。これはあくまで無認可店舗の摘発という大義名分のもとに行われる、厳正な公務……という建前の、私の個人的な不満の解消です!」


アスナは黒髪を揺らし、立派な竜の尻尾をピリピリと不機嫌そうに振っていた。公務員としての建前を口にしてはいるが、彼女の竜人の本能は、街に漂う未知の美味というバグを特定したくて疼いていた。色白の肌は興奮で僅かに赤らみ、細縁の眼鏡の奥で鋭い瞳が光っている。


「あら、アスナ。あんたも暇人ねぇ。公務員なら大人しく書類と格闘していればいいものを」


「なっ!誰のせいで書類が増えていると思っているのですか!エラーラさんの不始末の処理で疲弊した私の脳が、高純度の海鮮エネルギーを求めているのです!さあ、行きますわよ!王都の全ての寿司を摘発……じゃなくて、試食してやりますわ!」


こうして、食い意地の張った、あるいは変態的な執念を持った四人の女性たちによる、王都彷徨が始まった。

最初は、貴族たちが集う名門の飲食店街だった。大理石の石畳が続く整然とした街並みを、ナラティブは鋭い視線で射抜く。


「……いないわね。ここにあるのは、見栄と高いソースの匂いだけよ。伝説の職人が、こんなお高くとまった場所に店を構えるはずがないわ。一流の味は、常に喧騒の裏側に潜んでいるものよ」


「左様ですわね。ここにある色彩は、あまりにも予定調和。私を狂わせるような、破滅的な一貫の影すら見当たりませんわ。もっとこう、背徳感に溢れた筆致が必要なんですの!」


リウが、ドレススーツの胸元を大胆に広げ、熱気に当てられたように顔を仰ぐ。その後ろで、ルルが幽霊のように肩を落とし、今にも地面の影に溶け込みそうな足取りで続いている。


「……あそこの行列……。みんなNPCみたいに同じ動きしてます……。寿司最高って書き込んでますけど、誰も店内のインスタンスには入ってない……。サーバーがバグったMMOみたいで、不気味です……」


ルルの指摘通り、街角には至高の寿司を称賛する号外を配る者や、その噂を熱心に語り合う集団が溢れていた。だが、その誰もが、具体的な場所については「路地裏の奥深くだ」「選ばれた者にしか見えない」「真理を知る資格のある者にだけ暖簾が現れる」という、抽象的な言葉を繰り返すばかりだった。

次に一行が向かったのは、職人たちが集まる歯車通りのジャンク街だった。巨大な歯車が軋む音と、魔導ボイラーの排気が入り混じる過酷な環境。


「……論理的に考えれば、隠れた名店はこういう場所にこそ存在するはずですわ。規制局の査察から逃れるには、物理的なノイズの多い区画が最適ですから! 排水の成分からも、それらしい残留物を検出できていませんが、それこそが隠蔽工作の証拠ですわ!」


アスナが、手に持った解析スレートを叩きながら、焦燥を隠せない様子で叫ぶ。彼女は規制局の権限を最大限に利用し、未認可店舗の隠れ蓑になりそうな場所を片っ端から特定していたが、辿り着く先にあるのはいつも、古びた配電盤や、ただの猫の溜まり場ばかりだった。


「誰かが言ったことを、みんなが自分の体験みたいに語り直しているだけ。あたしたち、幽霊でも追いかけてるのかしらね。情報の伝播効率だけが異常に高くて、実体が追いついていない。これはもはや、都市規模のバグだわ」


ナラティブは、吐き捨てるように言った。一流の料理には、必ず一流の匂いがある。だが、この街に漂っているのは、実体のない熱狂という名の悪臭だけだ。彼女の誇り高い嗅覚は、情報のノイズに麻痺させられ、正解を導き出せずにいた。

さらに四人は、猫たちが集う魔導通信網の吹き溜まりのようなスラムの境界まで足を伸ばした。そこは、情報のゴミと物理的な廃棄物が積み上がった、王都の澱みのような場所だった。


「……ナラ様、見てください! あの暗がりに、未知の感性を刺激するような、歪な影が! もしかして、あれが伝説の暖簾ではありませんの!?」


リウが、薄暗いゴミ溜めを指差して叫ぶ。だが、そこにはただの壊れた魔導端末が積み上がっているだけだった。


「……もう無理です。スタミナゲージがゼロです……。リスポーン地点に戻りたい……。ナラさん、もうログアウトさせてください……。私、ここで野良猫の餌になりますから……」


ルルがついにその場に座り込んだ。ぽっちゃりとした体が、疲労と空腹で限界に達している。ナラティブも、自らの胃袋が上げる悲鳴を無視することはできなかった。


「……全滅ね。撤退よ。あたしたちは、幽霊を捕まえることには失敗したわ。一流のレディが、こんな泥だらけの路地裏で野垂れ死ぬなんて、あってはならないことだわ。美学に反する事態よ」


ナラティブが、苦渋の決断を下した。彼女のプライドは、空腹という名の絶対的な理性の前に、ついに屈したのだ。


「……賛成です。論理的な調査を継続するには、まずは低血糖状態を改善する必要がありますわ。このままでは、私の竜人の本能が、周囲の魔導看板を齧り始めてしまいそうです。官僚としての理性が、食欲という名の荒波に呑まれていく……」


アスナもスレートをカバンに叩き込み、重たい足取りで歩き出した。王都の夜が、街全体を冷たく包み込む。ガス灯のオレンジ色の光が路地を照らし、どこからか聞こえてくる陽気な笑い声は、彼女たちの空腹を嘲笑うかのようだった。

四人は、無言のまま夜の街を歩いた。辿り着いたのは、いつもの路地。王都の喧騒が嘘のように静まり返った、静かな隠れ家がある通り。


「……行くわよ。あそこへ」


ナラティブは、自分たちが最もリラックスし、最も頻繁に通っていた、あの一枚の重い扉を目指して、最後の一歩を踏み出した。伝説の寿司なんて、今はもうどうでもいい。確実にそこにある一滴の酒と、温かい食事が、今の彼女たちの救いだった。

バー、奥泉。その店名が心に浮かぶだけで、彼女たちの絶望に、僅かな、けれど確かな光が差した。

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