表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェリタスの最終定理4アスナ・ヴェリタス  作者: LIU
●第11章:男性向けコメディ短編集

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/80

定理0:プロローグ

さあ、どこから話そうか。


そうだね、私はあの日、空が赤黒く焼け焦げ、王都の誇る建造物たちが無惨に崩れ落ちていく光景を見上げながら、心の底から嬉しかったのだと、今でもはっきりと断言できるよ。


狂犬病と、エボラ出血熱と、魔導の暴走が引き起こした原因不明の奇病。それらが同時多発的に蔓延し、世界はものの見事に、そして滑稽なほどあっけなく破滅していった。

通りには血と汚物を吐き散らしながらのたうち回る人々が溢れ、かつて私を見下していた高慢な貴族たちも、私に小銭を投げて寄越した裕福な商人たちも、皆等しく獣のように咆哮を上げ、自らの家族の喉笛に食らいついていった。


愉快だったさ!


本当に、腹の底から笑いが込み上げてくるほど痛快な終末だった!


なぜなら、彼らは自業自得で滅んだからだ。


奇病に冒された人間や、ウイルスを媒介する獣たちに対して、彼らは何をしたか。

切り捨てるべき汚染源を、自分たちの「善良さ」を証明するための道具として扱い、隔離も感染対策もろくに行わずに無防備に優しく抱きしめたのだ。

愛は病を癒すとでも本気で信じていたのだろうか。


その独りよがりな薄っぺらい慈愛が、致死性のウイルスを社会の深枢へとあっという間に運び込み、結果として全員が仲良く地獄へと落ちていった。


私は、無関心という暴力によって、社会から人生を潰された人間だ。


生まれながらにして王都の最下層、陽の当たらないスラムの泥濘の中で浮浪児として生を享けた。私が飢えに苦しみ、寒さに凍え、ゴミ箱を漁っている時、この素晴らしい王都の「心優しい」市民たちは、誰一人として私に救いの手を差し伸べることはなかった。彼らの視界に、汚れた浮浪児は入っていなかったのだ。


そんな底辺の泥水の中から、私を拾い上げ、踊り子という、まだ人間の尊厳を保てる生活に引き上げてくれたのは、ファントム・シュピーゲル博士、ただ一人だった。彼だけが私を人間として扱い、生きる術を与えてくれた。


だからこそ。


私を無視し続けた世界が、自分たちの偽善的な優しさのせいで自壊していく様は、最高のエンターテインメントだった。


世界が、終わる。


私から全てを奪い、私を透明な存在として扱った、このクソみたいな社会が、ついに正当な罰を受けるのだ。


やがて、私の体にも致死の病魔が忍び寄り、肺を焼かれるような激痛と共に意識が薄れていった時でさえ、私の唇には満足げな笑みが浮かんでいた。


ようやく、終わる。


これでいい。これが正解なのだと。


だが。


死の淵で、私の意識は暗黒へと溶けるのではなく、眩いほどの純白の精神世界へと引きずり込まれた。

走馬灯だったのか、あるいは魔導の極致が見せた幻覚だったのか。

果てしなく広がる白い空間の只中で、私は「それ」を見た。


私と瓜二つの顔!


私と同じ褐色の肌!


しかし、私とは正反対の、高潔で清らかな魔力を纏った女魔導士!


そして、その女に付き従う、長い耳を持った白髪のエルフの少女!


彼女たちは、白い空間の中心に浮かぶ、一人の少女の魂を囲んで立っていた。

その魂は、絶望に打ちひしがれ、自ら命を絶ったという、ひどく矮小で、どこにでもあるありふれた悲劇の残骸だった。

私は、そこで彼女たちが交わす言葉を聞いてしまったのだ。


この褐色肌の魔導士は、そのたった一人の、投身自殺した見ず知らずの少女の魂に感情移入し、彼女を救済するために、この破滅した世界そのものを「巻き戻す」というのだ!


何億人もの人間が苦しみの中で死んだ。


私の恩人であるシュピーゲル博士も、そして私自身も、無惨に死んだ。


その事実を全て無に帰し、何億という命の重さを天秤の片方に乗せておきながら、もう片方にたった一人の少女の個人的な絶望を乗せ、あろうことか少女の方を選んだのだ。


傲慢だ!


理不尽だ!


神を気取った、あまりにも醜悪なエゴイズムだ!


なぜ、私が苦しんでいた時は誰も世界を巻き戻してくれなかったのか!


なぜ、その見知らぬ少女の絶望だけが、世界をやり直すほどの価値を持つというのか!


さらに、私の怒りを限界まで沸騰させる言葉が、その魔導士の口から紡がれた。

その少女を絶望へと追い込み、虐待の限りを尽くした元凶こそが、あのファントム・シュピーゲル博士であると、彼女たちは断定したのだ。


嘘だ!


絶対に嘘に決まっている!


シュピーゲル博士は、私のような汚れた浮浪児にさえ、分け隔てなく愛を注いでくれた、正真正銘の聖人だ。彼が誰かを虐待するなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。

あの高慢な魔導士は、あの弱さを武器にする少女は、自分たちの個人的な感傷を正当化するために、被害者ぶるために、善人ぶるために、私の唯一の恩人を悪の元凶に仕立て上げたのだ!


「ふざけるな……!博士を愚弄するなっ!」


私は、実体のない精神世界の中で、絶叫しながらその瓜二つの女魔導士とエルフに向かって飛びかかろうとした。

私の恩人を貶め、私の待ち望んだ完全なる破滅を横取りしようとするその傲慢な首を、この手で引き裂いてやるために。


だが!


私の指先が彼女の衣服に触れるより早く、空間全体が爆発的な光に包まれた。

視界が白く焼け焦げ、意識が光の奔流に飲み込まれていく。

そして、次に私がまぶたを開けた時。

鼻を突く、安物の白粉と、使い古された衣装の埃っぽい匂い。

鏡の前に無造作に置かれた、私自身の踊り子としての装飾品。

窓の外から聞こえてくる、平穏で、活気に満ちた、あの忌まわしい王都の喧騒。


そこは……世界が破滅を迎える数年前、私が所属していた劇団の薄暗い控え室だった。


鏡に映る自分自身の姿を見る。奇病の斑点はない。血を吐いた痕もない。若く、生気に満ちた、褐色の肌を持つ踊り子、ヘレナの姿がそこにあった。


「……戻った。あの野郎。本当に、戻しやがったのか……」


私は震える手で自身の顔に触れた。

あの精神世界での光景は幻ではなかった。あの傲慢な魔導士は、本当に世界を巻き戻したのだ。あの一人の少女を救うためだけに、この何億という人間が蠢く巨大な世界を、ビデオテープを巻き戻すかのように時間を逆行させたのだ。

胸の奥底から、ドロドロとした黒い泥のような怒りと、吐き気が込み上げてきた。


私たちが迎えるはずだったあの美しい終末を、この世界に対する完璧な復讐を、あいつは台無しにしたのだ!


再び、この欺瞞に満ちた、無関心で冷酷な社会で息をしなければならない!


金持ちが貧者を踏み躙り、善良さを装った悪意が蔓延る、あの反吐が出るような日常を、もう一度最初からやり直さなければならないのだ!


その時だった!


背後で、控え室のドアが乱暴に開かれた。


「失礼いたしますわ! 魔導規制局の者です!」


振り返ると、そこには見慣れない女が立っていた。

艶やかな黒髪のセミロングに、細縁の黒眼鏡。仕立ての良い高級な制服に身を包み、背後には極太のドラゴンの尻尾が揺れている。


竜人の、女だった。


彼女は、魔導規制局の身分証を片手に、事務的な、しかし、どこか横柄な態度で控え室に踏み込んできた。

だが、私は彼女の顔を見た瞬間、心臓が凍りつくような感覚を覚えた。


この目つき。


この、世界を自分の論理で測ろうとする、どこか歪んだ傲慢さを隠しきれない瞳。


そして、精神世界で見た、あの魂から発せられていた特有の魔力の波長。


間違いない。


こいつは……あの時の少女だ!


あの魔導士が、世界を巻き戻してまで助けようとした、あの矮小で不快な魂の持ち主。それが、竜人の官僚という全く別の姿に転生し、いけしゃあしゃあと私の前に立っているのだ。


「劇団の魔力調査に参りまし……」


言いかけた竜人の女の言葉が、私と目が合った瞬間にピタリと止まった。

彼女の青い瞳が、驚愕に見開かれる。彼女は私の褐色の肌、顔立ち、そして私から発せられる魔力を、信じられないものを見るような目で見つめた。


「エラーラ……さん……!?」


彼女の口から、無意識のうちにその名前が零れ落ちた。


エラーラ。


それが、あの精神世界で見た、私と瓜二つの魔導士の名前だったのか。

竜人の女は、すぐに頭を振り、自身の言葉を訂正した。


「……いえ、違いますわね。でも、魔力の波長が驚くほど似ている。それに、その容姿。……さては、エラーラさんの妹さんですの?」


その言葉は、私の頭を力一杯殴りつけるほどの衝撃を持っていた。


エラーラの、妹?


私が?


このスラムで泥水をすすって生きてきた私が、あの高潔で、世界を巻き戻すほどの強大な力を持った魔導士の妹だというのか?


思考が急速に繋がり、残酷な真実を導き出していく。


もし。


もしだよ。


もし、私が彼女の妹だというのなら、なぜ、私はスラムで孤児として死にかけなければならなかったのか。


あのエラーラという女は、自分だけが安全で高位な魔導士としての地位を享受し、血の繋がった妹である私を、あの薄汚い路地裏に置き去りにし、今もなお、見殺しにしている。


そして、私を捨てた分際で、見ず知らずの他人の魂のために世界を救うなどという、虫唾が走るほどの聖女ぶった真似をしている。


全身の血が沸騰するような怒りが、私の中で爆発した。


悲しみではないよ。


これは、純粋に、相手を切り刻みたいという「殺意」だったね。


いや、私は手を下さない。


必ず、自らの手でその身を切り刻まなければならないように仕向けてやる。


私をゴミのように捨てた姉。


そして、その姉に守られ、のうのうと官僚として偉そうに私を見下している目の前の竜人。


この世界は、どこまで……どこまで私をコケにすれば気が済むのか!


私は、口元に張り付いていた踊り子としての愛想笑いを完全に消し去った。

手元にあった化粧水が入った重いガラスの小瓶を掴み取ると、私はそれを竜人の女の足元に向けて思い切り叩きつけた。

ガラスの破片と香りの強い液体が床に散乱する。

竜人の女が驚いて後退る。


「……帰れ!」


私の声は、自分でも驚くほど低く、そして冷え切っていた。


「魔力調査だか何だか知らないが、今すぐここから出て行け!二度と私の前にその面を見せるな!……次に私に話しかけたら、必ず懺悔させて、跡形もなく消滅させてやる!」


竜人の女は、私の放つ異様なまでの敵意と殺気に圧倒されたのか、反論の言葉を見つけられないまま、唇を噛み締めた。


「……失礼いたしましたわ。今日のところは、これで引き取らせていただきます」


彼女はそう言い捨てると、尻尾を不機嫌そうに揺らしながら、足早に控え室から去っていった。


ドアが重い音を立てて閉まる。


部屋には私一人だけが残された。


私は鏡に向き直った。


そこに映る、エラーラと同じ顔。


同じ肌の色。


私は自分の頬を、爪が食い込むほど強く掻きむしった!


この顔を見るだけで、吐き気がした!


「ふざけるな……絶対に、お前らの思い通りにはさせない」


私は鏡に映る自分自身を、いや、私を捨てた姉を睨みつけながら、低く呟いた。

お前が一人の少女のために巻き戻したこの美しい世界が、どれほど醜く、どれほど腐りきっているか、私が教えてやる。

お前が守ろうとしたものが、いかに価値のないゴミ溜めであるかを、私が証明してやる。

そして、私の唯一の救いであるシュピーゲル博士。彼を破滅の元凶として断罪しようとしたお前たちの企みは、私が絶対に阻止する。博士のあの優しさが、あの美しい哲学が、この腐った世界に正当な罰を下すその日まで、私は何度でも這い上がってやる。


平和だった頃の、王都。


その裏側に潜む無関心と悪意を誰よりも知る私は、踊り子としての衣装を静かに脱ぎ捨てた。


これから始まるのは、姉が守ったこの欺瞞の舞台を、完璧に破壊するための、私だけの喜劇だ。


私は暗い控え室の中で、音もなく笑い続けた……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ