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第7話 クラット原、実りの秋

 秋の光が丘を包み、〈クラット原〉の田が黄金に波打った。かつて葦が繁った湿地は、今や稲穂の匂いに満ちている。初穂の井戸の滑車が鳴り、風見の広場には市が立ち、麦の小楼には新米の袋が積まれていった。


「リオ男爵、初めての収穫だね!」


 ノエが籠を担ぎ、稲穂を揺らしながら笑う。栗色の髪に汗が光り、彼女の声には誇らしさがにじんでいた。


 堤の内側の田では、子どもたちが稲刈りを手伝い、女たちは束ねた稲を干し、男たちは舟に積んで運ぶ。歌声が風に混じり、どこからか太鼓が鳴った。


「今年の米は、去年の泥からできたんだね」

「泥が米になる。それを信じた手が、いま笑っている」


 僕は鍬の柄を握り、胸の奥に広がる温かさを感じた。


 ◇◆◇


 夕暮れ。風見の広場に篝火が焚かれ、収穫祭が始まった。長屋の軒先には布が張られ、鍋には新米の粥と焼き魚。子どもが笛を吹き、年寄りが歌い、ミーナの作った料理が並ぶ。


「男爵さま、今年の粥は甘いね」

「土の甘さだ。来年はもっと旨くなる」


 笑い声が重なり、夜空に吸い込まれていく。


 広場の中央で、ノエが声を張った。


「女の作業小屋もできたよ! 子どもを寝かせる床も、夜に縫える窓もある。これで女の人も安心して働ける!」


 拍手が湧き起こる。人々の輪が広がり、祭りは一層賑やかになった。


 ◇◆◇


 夜。堤に登ると、遠くに王都の灯りが瞬いていた。かつて参勤交代の「バイト兄ちゃん」だった僕は、今こうして領地を持ち、人々の暮らしを支えている。


 鍵束が腰で鳴り、星明かりに小さく光る。紙の線は泥の線となり、泥の線は人の暮らしへ変わった。


 ノエが隣に立ち、静かに言った。


「来年も、再来年も、この田んぼは実るよ」

「そうだな。泥も水も、人も……すべての手で育てたんだ」


 風が稲の香りを運ぶ。


(参勤交代で始まった僕の旅は、ここで終わり、ここから続くんだな)


 胸の内でそうつぶやき、僕は夜空に深く頭を垂れた。


 こうして〈クラット原〉は初めての収穫を迎え、人々の笑顔とともに、未来へと歩み出した。


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