生徒会、会議を終了す
世の中には、『会議は踊る。されど進まず。』という言葉がある。
会議が活発に議論されているように見えても、実際には進展がないことを揶揄した表現だ。
何も知識をひけらかしたいわけでない。
今日の会議が、まさにそれだっただけだ。
いや、それ以上のものだった。
『会議は踊る~』の方は、悪く表現しても優雅な舞踏会というような表現に収まるだろう。最悪に酷くてもチビっこのお遊戯会という表現に収まってくれるはずだ。
しかし、現実の会議は天下一大喜利大会。あるいは魔界の儀式。
そのように形容できてもおかしくないものであった。
トヨヒコがボケる。
俺がツッコミをする。
ここまではいつも通り、定番の流れだった。
悲しいことに。だが、今日はその頻度が違った。
明らかに多かった。
そしてとうとう、ミコトがボケに走った。
ボケたいという欲が我慢ができなくなったのだろう。たまに起こる。
どちらかといえば、ツッコミの方に目覚めて欲しかった。
そちらもできるのだから尚更に。
事態の沈静化を図り、仕方がないから俺がツッコミを入れた。
だが、一度そっちに進んでしまえば、もうこっち側に戻る事はない。
大いなる流れに、小さな船は翻弄されることしかできないのだ。
更に、セナが天然ボケをぶち込んできた。
ちょくちょく起こる悲劇の一つだ。
これが全てを加速させるトドメとなった。
その頃には俺がツッコミをする気力もなくなりかけていた。
これが今日起こった悲劇の一部だ。
全てを語ろうとするならば恨み節が混ざってしまうだろう。
だから今はしない。
議題は、脇道にそれまくった。
そしてそのまま道なき荒野を爆走していった。
誰か助けてくれ。
ちなみに、本来議論する予定だったメインの議題は、『中間考査に向けた勉強会開催におけるVR空間の活用と現実の連携案』や、『VRカフェ及び目安箱の利用促進のためのアイデア出し』であった。
その他にも寮関連の問題や文化交流会といった外部にも関わる議題まで、多岐に渡っていた。
結局は、「明日もう一度会議をするから、それまでに各自で資料まとめておくように」という投げっぱなしの締めで終わった。
俺にはそれが限界だった。
そんな反省すべき内容にも関わらず、やり切ったような顔をしてるトヨヒコが鬱陶しい。
どことなくツヤツヤしてるように見える。
いつの間にか窓の外はすっかり夕暮れへと変わっていた。
茜色に染まった雲が、ゆっくりと流されていく。
少し日が長くなってき始めたとはいえ、もういい時間になっていた。
そのまま、自然と各々が解散の流れへと移っていった。
セナはいつも通り無言のままスッと立ち上がり、颯爽と去っていった。
一切の迷いがなかった。
ミコトは丁寧に椅子を戻し、会釈を一つして静かに退室していった。
VR空間内でもあれくらいの謙虚さが欲しいものだ。心の底からそう思う。
トヨヒコに至っては「じゃあ俺、宇宙船の整備あるからさ」と言い残し、去っていった。
何故か窓から。ここ2階のはずなんだけどな。
もちろん彼に宇宙船などあるはずもない。
たぶん、ない。ない、よな?
俺は一人、机に肘をつき、伏せる。
荷物をまとめる元気もない。少しだけ。
そう、少しだけ休憩しよう。
今日は、いつもよりほんの少しだけ、疲れた。
……そう思ったのが、悪かったのか?
気がついた時には、日がとっぷりと沈んでしまっていた。
いつの間にか、眠ってしまっていたようだ。
急いで荷物をまとめ、生徒会室を飛び出す。
廊下を歩き、階段を駆け降りて、下駄箱へと向かう。
下駄箱に靴をしまおうとしたときだった。
「……あれ、アユム?」
聞き慣れた声に手を止めた。
声のした方に振り向くと、ミコトが立っていた。
後ろ手を組んで片足重心。
ほんのりと頬を赤く染め、髪はさっきよりも乱れている。
どうやら急いで戻ってきたようだった。
「忘れ物?」
「……ち、違います。アユム、疲れてそうだったから。それで、寮に戻ってこなかったから、もしかしたら寝落ちしてるのかなって。ちょっと、様子見に……」
言い淀みながら、ミコトはそっと目を逸らした。
「あー……サンキュ。マジで助かった。起きなかったら、俺、朝まであそこにいたかもな。」
「……ほんと、それくらいやりかねないから困ります。生徒会長が幽霊化するところでしたよ。」
にやっと笑いながら、ミコトが冗談を投げてくる。
いつもより、ちょっとだけ口数が多い気がする。
「こういうのはどうです?……学校七不思議その1。幽霊生徒会長。会議室に座ったまま、永遠にツッコミだけし続ける。」
「やめろ。シャレにならんから。」
本当に洒落にならない。
俺は140まで生きたい。
「じゃあ、ちゃんと帰りましょ。ほら、靴、履いて。」
言われるままに靴を履きながら、ふと目をやると、ミコトの手には小さな紙袋があった。
「それ、何?」
「……いやその。差し入れです。購買で買ってきたやつ。今日、少し遅れちゃったし。それに……。さっきの会議、ちょっと疲れたでしょ。」
「“ちょっと”じゃないな。魔界の儀式だった。」
「……じゃあ、これは供物ってことで。」
そう言って差し出された袋に入っていたのは、梅のおにぎり。
俺の好物だった。
やけにピンポイントだな、と思ったが、そこは聞かないでおいた。
「……ありがと。明日、正式に会議で供養するわ。」
「そのときは議事録に残しますから。『供物、召喚成功』って。」
「地味に議題より面白そうだな。だがダメだ。バカが乗る。」
「それもそうですね。やめときます。」
しばらく無言で寮への道を並んで歩いた。
校門の向こうに、夜の街が広がっている。
電灯がぽつぽつと灯って、遠くの方で誰かの笑い声が響いた。
どことなく、澄んだ夜の空気が俺たちを包んで去っていくような感じがした。