VR生徒会、確認す
正直なところ、嫌な予感はしている。
だがやらなくてはならない。
それが『目安箱』を置いた俺たちの、生徒会の責務であるはずだ。
俺は少し震えている自分の手を見なかったことにしてUIを操作した。
机の上に3通分のホログラムが散らばる。
少し雑じゃね?
え?想定内の挙動?そっか。
後で直しとけよ。おい。
顔を背けるな副会長。
……ひとまず今は解決を優先しよう。
コンシェルジュに頼み、1通ずつ読み上げてもらう。
まずは1通目だ。
《主題・購買のパン、秒で消える問題》
《購買のメロンパンが即完売して、毎日生きる気力がなくなってます。
生徒会さん、何かできませんか?》
何故か無駄に渋くてカッコいい声で読み上げやがった。
悪くはないがそうじゃない。
俺みたいに真面目にやって欲しいものだ。
だが、どうしようか。
「私、メロンパンよりもサンドウィッチの方が好き」
セナがあっさりした顔で口を開いた。
「……セナちゃん。それ、解決方法じゃないんよ」
霊体ゴリラの書記が当然のツッコミ。俺もそう思う。
「いっそ、事前抽選制にするってのは?」
会計が妙に得意げな顔で言ってきた。
新作ゲーム機かよ。
……お前、絶対転売ヤーになるタイプだろ。
何?購入制限をかける?
少なくとも生徒会の権限では無理だろう。
だが、そうだな。うん。
この問題は、たぶん、何もできない気がする。
後で教師に報告しておこう。
大人の力でどうにかしてくれ。
議論が迷子になる前に、俺は2通目を読み上げてもらおうとUIを操作した。
「《主題・男子トイレの謎のBGM》」
《夜9時頃、図書室前の男子トイレに入ると謎のBGMが流れます。
メロディー検索したら『ロマンティックが○まらない』でした。
怖くて入れません。誰か調査してください》
何故今度はロリ声なんだ。
一度初期化した方がいいんじゃないか?
……コンシェルジュよ。
個人チャットで媚びるくらいならやめてくれ。
そう。それでいいんだ。
さて問題は……図書室前の男子トイレか。
図書室ねぇ。確か校舎3階の西側だったはずだ。
生徒会での仕事でしか立ち寄ったことがないな。
個人的に行ったことはない気がする。
いやそれにしても
「センスが……じいちゃんの世代で止まってるんだが」
「曲のチョイスが“絶妙に嫌”で、好感持てます」
天然魔法少女が謎の評価基準を持ち出してきた。
お前マジかよ。
「えー? てか、夜9時って時間、外出禁止やなかったっけ?」
ミコトの言葉に、ハッと気付かされた。
「「確かに」」
「……え?」
なんか1人だけ反応が違ったな。
なあ、ドラム缶。
「お前……やったか?」
「やりたかった、が正解かな。」
無駄にイイ顔をするんじゃない。
報告することが増えたじゃねえか。
これ以上深掘りするとろくなことにならない。
次に行こう。
ドラム缶は余罪あるなら数えとけよ。
さて、これで最後か。
「《主題・RN:シュークリームは砕けない》」
《どうも!こんにちは、VRカフェに連日通っているシュークリーム職人です。
最近ちょっと気になってることがありまして。
あのカフェ、たまに『水しか注文しないヤツ』が長時間居座ってませんか?
あれ、マスターも内心キレてるでしょ?特におじさまの方。
そろそろ“水オンリー”の奴らにも、何かペナルティを与えません?
例えば、注文しないと椅子が低くなるとか。
ご検討、よろしくお願いしまっす!!!
P.S. トヨヒコさん、進捗どうですか? 推してます。頑張ってください。》
なんでこれだけ無機質な棒読みなんだ。
これこそイイ声でやるべきだろう。
分かってやってやがるな。コンシェルジュ。
だからポンコさんなんて呼ばれるんだぞ。
それともなんだ?反抗期か?
ていうか、ハガキ職人ってやつだよな、これ。
絶滅してなかったんだな。
本当に同年代か?
まさか、先生の誰かか?
その真実に関しては後でもいいとして
「進捗? ってのはなんのことだ?」
トヨヒコをちら見する。
「さあ? 俺、シュークリームよりエクレア派だから」
なんの話だよ。
だが、その表情に嘘はなさそうだ。
ドラム缶だからイマイチ分からんが。
「いや、俺被害者。匿名掲示板なのに名前出されてるの。」
掲示板じゃねえっての。目安箱だっての。
確かに、被害者ではあるな。
それにしても匿名性ねえ。
一応広報で注意喚起は流しておこう。
これで収まればいいが……。
……とりあえずコイツの自演ではないようだ。
やりかねないから警戒していたが。
どうやら違うらしい。
冤罪ではあるが俺は悪くない。
前科のある自分のせいだ。
「とりあえず……カチコミ行く?」
おい霊体ゴリラ。
何腕をぶん回しながら寝言言ってんだ。
大人しく座ってろ。隣のセナを見習えよ。
一人静かに紅茶を嗜んでるぞ。
……たぶん、ああいう投稿は苦手なんだろうな。
でも欲を言えば他のみんなの分も淹れて欲しかったかな。
「……まずはマスターたちに話を聞いてみようか?」
俺が冷静に提案すると、セナが満足げに微笑んだ。
「じゃあ、全部何の問題もなく解決したね」
「どこが!?」
思わずツッコミを入れてしまった俺は何も悪くないと思う。
だがツッコんだ俺に、すかさず書記が乗ってきた。
「つまり、今こそ再起動だなッ!」
ゴリラが何やらUIを操作してるように見える。
何を企んでやがる。
「空間モード、エンタメ強化、再・開・放!!」
「やめろォォォ!」
叫ぶ俺の声をかき消すように、再び壁が、床が、ネオンと虎柄に飲まれていく──
……そして、生徒会室はまた、知性の損失へと沈んでいった。
──この時の俺は、こんなのでも普通の相談だと思っていた。
だからあんなことになるとは、微塵も思ってもいなかった。
まさか。
『目安箱』に俺の殺人予告が届くとは。