目安箱、動き出す
VRカフェのオープンから2週間が経過した。
先生方との打ち合わせを終わらせた俺はひとり、VR生徒会室にログインする。
そこは現実の生徒会室が忠実に再現された空間。
いつも通りの静かな、温かみある木調の空間。
──であるはずだった。
ログイン直後、目の前に広がったのは、いろいろな意味でうるさい空間だった。
床は虎柄。黄色と黒が世界を支配している。
壁も同じく虎柄。天井にはシャンデリア。
誰の趣味だ?
机があるはずの場所にはやけに低いカウンターが設置されている。
その奥の壁にはネオンの文字が『営業中』と浮かんでいる。
何がだ?
背後で流れているのはおそらくクラシックとクラブミュージックのミックス。
……何かの宗教か、これ?
どうやら今は、『おふざけモード』のようだ。
内装が知性の全損を訴えてきている。
「現在の空間:エンタメ強化モード。知性の損失にご注意ください」
耳に届いたのは、エレベーターガールのような喋り方の女性の声。
このVR生徒会室の管理を担当している、AIコンシェルジュだ。
メインの役割は生徒会のサポート。
その他にも部屋の管理とかいろいろとやっている。
VR世界にバグを起こさないよう制御してる凄いやつではある。
あるんだが、相変わらず真面目な時とふざける時の温度差が別人級だ。
……誰か中に入ってるって噂は本当なのか?
「知性が損失してるのはお前だ。コンシェルジュ」
ため息混じりにツッコみながら、バーカウンターに視線を送る。
「誰だよ、これ設置したの……」
「お察しください」
返ってきたのは、一切の悪びれもない声色だった。
会計か書記か。どっちだろうな。
と、そのときだった。
視界の片隅、目安箱が光った。
壁の一角に設置された、目安箱。
観音開きで、一見さんお断りしてるコイツは、 VRカフェのやつの子機らしい。
中身が転送される仕組み、とのことだ。
どうやってかは知らない。
作ったやつに聞いてくれ。
今まではただの置き物だった。
だが、今日は妙に主張が激しい。
その箱全体がまるで呼吸でもしているかのように、ゆるやかに脈動しながら淡く光を放っていたからだ。
「……は?」
何が起きてるのかコンシェルジュに尋ねようとした、その瞬間だった。
「――ログインボーナス、発動ッッ!!」
何故かコンシェルジュが、急にテンションを爆上げしてきた。
本当に何故だ。
「――SSR!!セナッ!!」
……ソシャゲか?
眼前に薄く光の輪が広がる。
その中心からふわりとログインしてきた一人の女性。
副会長だった。
男装令嬢風の魔法少女アバター。浮かぶ魔法書。
VR内でも着けてるVRメガネ。なるほど確かにSSRの風格だ。
「おはよ、アユム。おはよ、ポンコちゃん」
相変わらずのマイペースだ。
ちなみに彼女は、AIコンシェルジュのことをポンコちゃんと呼ぶ。
気持ちは分からんでもない。
「ああ、おはようセナ。」
ポンコちゃんと言われたことが不服なのか音楽が切り替わった。
デジタルアーカイブで視聴したプロレスの入場音。嫌な予感がする。
「SSR!!赤コーナー!!、ミィーコートー!!」
コンシェルジュの声が、プロレス実況のように響いた。
演出過多な光とともに、空間の一角が爆発四散する。やりすぎだろ。
書記の霊体ゴリラだった。案の定だった。
「んーー!!カチコミじゃーい!!」
今日も元気にカチコミ宣言して空間を壊していく。
ログイン=カチコミなのか?空間じゃなくて価値観壊せよ。
第一どこだよ赤コーナー。
いや、そもそもログインボーナスってなんだ?
俺たちはいつから、ソシャゲのガチャ扱いされるようになったんだ。
と、そんな俺の混乱を追い打ちするように。
「おっすアユム。え? なにその顔」
会計のドラム缶がログインしてきた。
なぜかコンシェルジュは無言だった。
いや、お前だけログインボーナス無いんかい。
「お前、演出カットされてんぞ?」
「なんの話だよ。」
事情を説明すると達観したような表情を浮かべた。
「うん、たぶん愛されてない」
「自覚はあるんだな……」
少し気まずくはなったが、思い出したように目安箱を指差す。
「ていうか、あれ。目安箱が脈動して光ってんだけど。誰か知ってる?」
「ん? あ、それ俺が仕込んだやつー」
「「やっぱり」かぁ」
セナとミコトが完全に納得している。
まあ、だいたい予想はついてた。
「やっぱりってなんだよ。メーヨキソンだぞ?」
「適切な扱いだろ」
「なんだと!」
そのとき。
目安箱が、突然ミラーボールのような光を放ち始めた。
壁という壁、床という床に反射して、派手なグリッターが空間を支配する。
いや何でだよ。てか、
「「「「眩しいわ!」」」」
全員の声が揃った。
「……お前も言うのかよ」
いや想定してない挙動かよ。
何とかしとけよ。
もういい。
いいからまず落ち着け。
俺はマントを翻し、王冠を抑えながら、空間管理用のメニューUIを開いた。
「現在の空間を、通常運用モードに切り替える」
「現在の空間:エンタメ強化モード。です。おふざけが足りません」
黙れ。
「……5秒後、切り替わります」
5、4、3、2──。
「現在の空間:通常運用モード。です。真面目にしやがれください」
「……後ろ髪、引かれてないか?」
気のせいだと思いたい。
ともかく、これでようやく落ち着いた。
眩い光は収まり、空間は元の木調ベースの落ち着いた様子に戻っている。
無事、カウンターも消え去り、見慣れた机が現れた。
と同時に、改めて目安箱に視線を向ける。
箱の正面には「3件の新着あり」と表示されていた。
「……来てる、な。」
俺はひとつ息を吐いて、足を進める。
設置から2週間。予想していた範囲だ。
いや、予想よりちょっと多いか?
「──さて。回収するか」
中には、3通の投稿。
どうせまともな内容じゃないんだろうな。
だが、それでも拾うのが俺たちの役目だ。
たぶん、きっと、そういう感じのやつだ。
さあ、地獄の蓋を開けよう。