VR生徒会、目安箱を設置す
今日は俺たち生徒会メンバーがVRカフェを視察する日……になるはずだった。
本来であれば。本当にそれだけのはずだった。
放課後になり一仕事終えた俺は、VRカフェにログインをした。
ここはVR空間に新しく作られた共有空間だ。
ログインと同時に視界に広がったのは、木目とネオンが混ざり合った店内だった。
妙に未来的で妙にレトロな内装。
シックなバーカウンターの上で半透明のメニュー表が浮かんでいる。
壁にはミュージックビデオか何かの映像が流れている。
VRらしいチグハグさが心地いい。
カウンターの中に人影が見えた。
渋いおじさまと、美しいおば──美しいお姉様。
このカフェテリアエリアのオーナー兼マスターAI2人組だろう。
「――お、生徒会長も来たか」
先に着いていた会計が、ドラム缶の体にビキニをつけた姿で手(のような何か)を振ってくる。
……何度見ても謎すぎる。
一応彼の名誉のために言っておくと、これが彼なりの“真面目なアバター”らしい。
ミミック、とのことだ。
彼の中での“真面目”がどういう定義なのか、誰も追及しようとはしない。
「お前、それで本気出してないんだよな……?」
「うん。ガチでやったらもっとすごいよ」
怖くて聞けなかった。
ほどなくして、副会長がふわりとログインしてくる。
男装令嬢風の、小さな魔法書をふわりと浮かべた魔法少女スタイル。
見慣れた姿だが、今日も今日とてVRの中でもVRゴーグルをつけている。
現実を見る気はないようだ。
「おはよ、アユム。おはよ、ドラム缶」
「誰がドラム缶だよ」
「見た目の通りだろ。おはようセナ。」
……目を合わせると、なんとなく言い負かされた気になる。
だからかは分からないけど、セナのことはほんの少しだけ苦手だ。
最も実際に目を見たことはないんだが。
なら、良いか。
と思った瞬間だった。
空間の一角の空気が震えて青白く弾け、テーブルごと消し飛ばした。
テロか?
恐る恐る振り向くと、マスターたちの笑顔も消し飛んでいた。
視界の隅に見たくないものが見えてしまった。
ドラム缶に、魔法少女が、座っていた。
無駄に座る姿勢がいい。
……お前らはお前らで何してんだ?
これは、フラグを立てた俺が悪いのか?
何も良くなかったわ。
「んーー!カチコミじゃーい!」
筋骨隆々の半透明のゴリラが、宙を割って現れた。
書記だった。
毎回ログインのたびに心の準備をしているが、間に合った試しがない。
俺の精神衛生に一番ダメージを与えてくるのは、たぶんコイツだ。
アバターの形状は本人曰くヤンキーとしての魂の形らしい。意味がわからない。
とにかくマスターたちに深く謝罪しておこう。
巻き添えで出禁は嫌だ。
……2人とも笑顔に戻っている。
なんとか許してもらえた、と信じたい。
王冠を押さえつつ、マントを揺らして俺は溜息をつく。
ちなみに俺のアバターは二足歩行のイヌだ。
犬種はゴールデンレトリバー。
「……揃ったな。行くぞ。」
昔っから、いつもこういうポジションに収まってる気がする。
損してるって言われたこともあるが、まあ嫌いではない。
「今日って何をするん?」
嫌いになりそうだ。
ログイン前に一度説明したんだけどな。
脳みそまで筋肉か?
モストマスキュラーしながら聞くな。
除霊するぞ。
「さっきも言っただろ。視察だ。新設されたVRカフェのな。」
「じゃあさ!要望とか投書とか、匿名でできる場所があったら面白くない?」
いきなり何を言い出すんだ?このドラム缶は。
「それ、生徒会じゃなくて、ネット掲示板ってやつじゃねぇ?いいとは思うけど。」
「私は賛成。拾える声は拾った方が、建設的だと思う」
ブルータスお前もか。
「正義ってのは、声なき声に耳を傾けるってことやしな!」
お前は乗ってくるだろうな。知ってた。
テンションの高さが妙に不安だ。
しかし、俺含め四人全員が乗り気ならば止める理由もない。
むしろこういう流れはトヨヒコが一番生き生きする。
「――なら、導入しようか。マスター。いいかな?」
2人いるマスターAIのうち、和服を着た美しいお姉様の方が笑って頷いた。
聞き心地の良い声だ。
「勿論でございます。設置場所はこちらが用意しましょう。デザインについては?」
「任せて。デザインって言葉は私のために存在してる」
セナが指を鳴らす。
音は鳴っていない。ペスンとしか。
あれ、どうやって鳴らしてるんだろうな?
おいドラム缶。自慢げに指を鳴らすな。
蹴って凹ませるぞ。
……手遅れか。
一応言っておくが俺は手を出していない。
手を出したのはゴリラの方だ。
まあなんにせよセナが立候補してくれるなら渡りに船だ。
俺はそういうデザインは苦手だと自覚している。
ネコの絵を書いてキリンと評価された俺にこなせる仕事ではない。
ミコトは……。どうせ「夜露死苦」とか書くだろうか。
集まるのは要望じゃなくて果し状になる。
トヨヒコ?名前が上がるわけない。
だってトヨヒコだぞ?
俺はまだ罷免されたくない。
なお、後日設置されたそれには『目安箱』という名称を俺がつけた。
デジタルアーカイブから引用した。我ながら良いセンスしてると思う。
トヨヒコたちには「遊び心がない」などと文句を言われたが、気にしてない。
してないったらない。
いや、いい。話を進めよう。
構造は片開きのように見えて観音開きになるという意味不明なものだった。
なお、見た目通りの構造をしていないことには、今さら誰も驚きはしていなかった。
不思議なこともあるもんだ。
まあ許容範囲内ではあった。ギリギリだが。
本当にどうやったんだか。
俺には到底マネできない。
いろいろな意味で。
もっとも一般生徒にとってはレトロなデザインだとすんなり受け入れられていた。
彼らはそれを開けて中身を取り出すことはないからな。
初見の時の俺の苦労を知らないだろう。
まあそんなことは今はいいんだ。
──このときの俺たちは、まだ知らなかった。
たかが“目安箱”ひとつで、あんなにも振り回されることになるなんて。