1の戦闘
「ぶはっ!!」
勢いよく転がっていく。
お嬢様解放の説得の末、私はこの小柄な男と戦うことになった。
ここまでこの男と戦ってきて私が思うこと、それは……
勝てる…!
相手が悪魔の輪ということで、身構えすぎたのかもしれない。
この男、最初こそ威勢は良かったが、次第にその勢いも失っている。
奴の武器である火属性魔法も、警戒していたが……
「来るな…来るな…来るなぁ!!」
相当焦っているようで、魔法の標準はブレブレ…私が唯一使える肉体強化魔法を使わなくとも…あれには当たらないだろう。
「なんで…なんで当たんねぇん…」
「真拳突き!!」
「ごほっ!!」
魔法に必死で、隙だらけの胴に拳を突き出す。
それをもろに受けた男は、後ろの木に吸い込まれるように吹き飛ぶ。
手応えあり……
これだけ受ければ、あの男ももう立てないだろう…
「くっそぉ…痛えぇ…こんな強いなんて聞いてねぇぞ……」
「今ので分かったでしょう?あなたは私に勝てない。」
抵抗できないよう、さらなる追撃を狙う。
「…ま、待て!待ってくれ!俺は脅されてやってるだけなんだ!」
奴の声に、体が止まる。
「どういうことですか?」
「そのまんまさ!俺もあの燃えた騎士と同じ!家族を人質にされて仕方なくやってるだけなんだ!」
「……言い訳ではなく?」
「言い訳じゃない!本当だ!」
手が震えている……
どうやら本当のことのようだ。
「なぁあんた!そんだけ強いんだ!俺のことも助けてくれよ!!なんでもするから!!」
「……では、そこで大人しくしていてください。あなたの処罰はあの大男を倒してから考えます。二度とこんなまねしないよう、そこでしっかり反省してください。どう足掻いても、私には勝てませんよ。」
「あ、ああ!」
よし…この男には勝った…。
あの大男の仲間でなかったのが幸いだった…おかげで少ない消耗で済んだし、お嬢様を連れて逃げる体力もある。
こいつには相当打ち込んだし…しばらくは大人しくしているだろう。
次はあの大男だ。
小柄な男があの程度なら、大男だって意外と……
変わらずお嬢様を抱き上げている大男に、つま先を合わせる。
私なら…このまま……
「おい大男!お前の仲間は…」
「だがお前は間違ってる。」
それは私が負かしたはずの男の声。
そして……
「こんな手を使うから、お前みたいなやつにも勝てるんだ。」
「なっ……!」
男の指から火花が飛び散る。
それは炎、そして火の玉へ変わり、私へまっすぐ向かってくる。
「あぶっ……!」
至近距離での魔法攻撃に、体勢を崩しながらも間一髪でそれを避ける。
不意打ち…危なかった……!
「貴様…」
「ガラ空きだぁ!」
振り返りながら気づいた。
炎を纏った拳が、隙だらけの胴に迫っていることに。
「しまっ…ぐっ!!」
その拳は堂々と脇腹を突き刺す。
殴られた体は、地面へと転がり、倒れる。
「…がはっ!あ……熱い…!」
拳の跡がくっきり残る。
奴の炎は服を超え、肌をも焼いた。
「あぁ…すっきりすっきり……なぁ、女。綺麗に転んだな?」
「う……貴様…卑怯だ…」
「卑怯じゃねえよ、戦略だ…それに…結構いいとこ入ったなぁ?」
くそ……苦しい…呼吸がしにくい…今の一発でこんなにも……
呼吸を整えるのに集中する。
だが、奴は待ってくれない。
「もういっぱぁぁぁぁつ!!」
今度は奴のつま先が、腹部を突き刺す。
これも炎を纏っている。
「がはっ!!」
もう一発……これは…!
「なぁ、女ぁ?お前さっき俺が降参するって言った時、なんて言ってたか覚えてるか?」
「な…に……?」
「俺ははっきり覚えてるぜぇ?あなたじゃ私に勝てません……だったよなぁ?」
「……何が…言いたい…?」
「どうだ?無様に這いつくばる気分は?教えてくれよ?」
「……。」
「余裕だと舐めてた奴に!見下ろされる気分は!どうなんだ!?おい!!」
この男……!
「さっき言ってたよなぁ!俺はお前に勝てねぇって!でも……あれぇ?なんで俺が立ってんだろうなぁ!!」
「うぐっ!!」
こいつ…さっきとは威力が違う…わざと…隠して……
「はぁ…言っとくが、俺は怒ってなんかいねぇぞ?お前の気持ちはよーく分かる。楽しいよなぁ、弱者をいたぶるのは?」
「そんなこと……!」
「そういう訳じゃないってか!?そりゃあ、無理あるぜ!だったらあの発言はなんだ!俺を見下したあの発言はぁ!!」
「がっ!」
「素直になれよ?何も、責めてなんかいねぇ……逆に安心したぐらいだ…お前がそういう人間でなぁ!!」
「うっ!!」
それは違う…私はただ…戦意を失わせるために……
「俺は好きだぜぇ?お前みたいなの…。傲慢で軽率…ちょろっと弱みを見せれば、自分が上だと勘違いしやがる…典型的なバカだ。」
違う…私は……
「……だまれ…」
「そんでもって、立場が変われば……気を失ったように静かになる。んーん、まさに今のお前だなぁ?」
私は……
「……だまれ!!」
無理矢理体に鞭を打ち、見下ろす男に拳を向ける。
しかし、それも難なく躱される。
「おせぇよ!!」
「あぐっ!!」
くそ……なんで…まだやれるのに…
この男が……あんな卑怯なことをしなければ……!
精一杯の恨みを込めて睨む。
「おぉ…いい顔だぁ…そういう顔を見ると……あ“あ”…ゾクゾクするぅ…」
くそ…くそっ…!!
「なぁ、俺がなんで火の魔法を好んで使うか知ってるか?」
男は自身の炎を見せつけながらそう言う。
「火ってのは痛ぇんだ…じわじわ、じわじわと苦しめる…。この火はなぁ…余裕から絶望へ、傲慢から後悔へ……鼻が伸びてる連中を地獄に落とす。この火で、そいつの顔が歪むんだ……それがまぁ楽しいんだよ!」
「外道が…!」
「きゃっは!確かにな!だがなぁ…弱いのが悪いんだぜ?今までもそうだった…調子に乗ったやつから死ぬ。そういうもんだろ?」
何もできない現状を、ただ恨む。
何か…私にまだできることは……っ!
「……そろそろだな。お前のその顔……どんなになるか楽しみだぁ。」
男は一歩一歩と近づいてくる。
「今からお前をじっくり焼く…そのまま、最高の顔を見せてく…あ?」
目の前の不可解な光景に男は固まる。
ドンっ!
地面が揺れる。
ドンっ!
両手を振り上げ、地面を揺らす。
ドンっ!
今…私にできる最後の抵抗……
ドンっ!
それは、私の位置を知らせること。
「何やってんだ…お前?ついに頭ぶっ壊れたか?…まぁいいや。おい、こっち見ろよ。」
髪の毛を掴まれ、男の炎にジリジリ炙られる。
「さぁ!喚いてみせろ!!お前の次はあのガキだ!!」
「ふ……ふはは…!」
「……あ?」
「お前にお嬢様は殺せない!!調子に乗ったのはお前の方だ!」
「何を今更…じゃあ誰が俺を止める!?助っ人でも呼んでんのかぁ!?」
「はははっ!お前は負ける!!絶対に!!」
だって、私にはまだあいつがいる。
顔のニヤケが止まらない。
「本当に……悔しいけど…同情するよ。」
「何言って…がっ!!」
男は空から降ってきたあいつに押し潰される。
その場に立つあいつは、いつも通り澄ました顔をしていた。
「マイナ……敵の数は?」