二人の処罰
見慣れた天井。
見慣れたベッド。
微かに香るご飯の匂い。
ここは………お屋敷か…。
どうやら俺は今、お屋敷のベッドにいるらしい。
目に見える全てが、なぜか懐かしく感じる。
窓から差し込む光が眩しい。
外はもう明るい。
この部屋にはいい匂いが漂っている。
もうお昼時か…。
「目覚めの気分はどう?お寝坊さん。」
声のする方に顔を向ける。
同時に、静かな痛みが体を走る。
「いてて……その声は…マイナか…。」
そこには、全身に包帯を巻き、まさにミイラと化したマイナがいた。
「最高の気分ですよ。……見ての通り…五体満足とはいきませんでしたが、命があるだけ儲け物です。…マイナも……こっぴどくやられましたね。」
すでにそこにない右腕を見ながらそう言う。
実際に見ても、未だ腕がないという実感が湧かない。
これからは…お嬢様を撫でれないのか…まぁ、左もあるし……。
そう考えると、惜しい気持ちが湧いてくる。
考えても仕方ないね。
今は助かったことを喜ぼう。
自分に強く言い聞かせる。
「えぇ、本当に……ここまでなのは初めてよ…。でも、これで済んでよかった…あの時、私とお嬢様を一瞬で移動させたのはあなたでしょ?あれがなかったら、もっと悲惨だったし……感謝するわ。」
「いやいや…結果的に二人とも逃がせましたけど、あれは確実に間に合っていなかった……。マイナが身を犠牲にしてくれたおかげで間に合ったんです。マイナのおかげで…お嬢様を助けれたんです……感謝するのは俺のほうだ。」
目を合わせずに、言葉だけで会話する。
二人で静かに讃えあう。
この会話が…なんとも心地よい。
「それで…その……ごめんなさい…色々と。」
「ん?」
視界の外で彼女は言う。
「…なんかありましたっけ…?」
「……戦っている中で…あなたのことを貶してしまったことです。あの時は…その…」
確かに、そんなこともあったな。
その後に色々ありすぎて忘れていた。
だがあれは、お嬢様を思ってのことだろう。
マイナの気持ちは分かるし、俺は別に気にしていない。
「ふっ…俺は気にしてないですよ。お嬢様を守りたい気持ちが溢れちゃったんでしょう?俺がマイナの立場なら同じことをしましたよ。」
「…ですが……」
「そう重く捉えないでください。マイナが言っていたことは…俺から見ても正しいと思います。それに…マイナの心の奥を聞けた気がして、俺はよかったと思いますよ。」
「……。」
マイナは少し不服そうだ。
「…マイナは少し真面目すぎる。あの時出た不満も、以前から溜め込んでいたんでしょう?その真面目さはあなたの魅力ですが、同時に自分を苦しめる。これはマイナが一番よくわかってることだと思うけどね。」
不満を言えないって気持ちは…俺もよく分かる。
俺も色々あったしなぁ。
だからこの世界では好きにしている。
そういう子は大体苦労している。
そして、その例が今目の前にいるんだ。
マイナには先輩として世話になった。
今度は俺が支えなきゃね。
「もう一度言います。そう重く捉えないでください。そんでもって…もっと話してください。自分一人で背負おうとしないでください。俺にマイナがいるように、マイナには俺がいる。頼りにならないかもしれないけど…話を聞くぐらいなら俺にもできる。マイナ一人でじゃない…俺たち二人で…お嬢様を支えるんだ。もっと気楽にとは言えないけど…もっと楽しんで生きていこう。この世界を…三人でね。」
「……うん。」
それ以上の返事はない。
うん……これでいい。
「あの…こんな時に図々しいかもだけど…敬語はいらないわ。今までは…壁があったけど…今はもっと仲良くしたいと思ってるから…。」
あらあら、そっちから来てくれるなんて…願ってもない話だ。
かわいいところがあるじゃないの。
「そう言ってくれなら…そうしよっかな…。これからどうなるか分からないけど…よろしくね、マイナ。」
「…えぇ、こちらこそ。」
目線も合っていないのに、確証もないのに…心が通じたような気がした。
これは大きな進歩かな…
「それで…クルーガ…?一個聞きたいんだけど…」
「ん?なんかあった?」
「いや…気にすることじゃないかもだけど、その…あの時言ってた…私が好き…って……それは…」
「やぁやぁどうも、お話中失礼するよ。」
マイナの言葉を遮って、部屋の扉が開く。
そこには旦那様がいた。
「マイナー!クルーガもー!」
「うぐっ!お嬢様…今はちょっと…」
痛む体に小さな体がのしかかる。
お嬢様は元気が溢れているようだ。
「こらこら、ルナ。降りなさい。クルーガが痛がっているだろう。」
お嬢様は小動物のように持ち上げられる。
いやだと駄々をこねるも、旦那様に説得されている。
「…さて、二人とも。少し話そうか。」
旦那様の声のトーンが変わる。
マイナと俺は跪くため起きようとするが、思うように体が動かない。
「あぁ、いいよいいよそのままで。重病人に鞭を打つほど僕は鬼じゃないさ。もっと楽にしておくれ。」
それを聞き、俺とマイナは姿勢を楽にする。
「うん、それでいい。それで話なんだけど……分かってるだろ?」
「旦那様…どうか責めるのは私のみにお願いします。今回の件…私がもっと警戒していれば防げていたこと…。なのに自身の力を過信し、お嬢様を危険に晒してしまいました。クルーガに責任はなにもありません。処罰するなら私を…」
「それは違います、旦那様。今回の責任は私にも…。私があの場にいなかったから…」
「それは私がそう仕向けたことで…!」
「だからこそダメなんだ。結果的にお嬢様は無事だったが、万が一最悪の場合が起きていたら……そこにいなかったから助けれなかったで済ましていいことじゃない。今回のようなことを考えていなかった俺にも落ち度はある。」
「いいや、あなたはあれが最善だった!怪しいと分かっていたのに無理矢理にでも引き止めなかった私の落ち度よ!」
「それもあるかもしれないが、警戒していなかった俺も悪い。だから…」
ぱんっ!ぱんっ!と大きな音に遮られる。
旦那様が手を叩いたようだ。
「二人の言い分は分かったよ。それくらいにしておくれ。…まぁ、私の話し方が良くなかったな。」
そういうと、旦那様はおもむろに頭を下げた。
「旦那様!頭を上げてください!」
「そうです、旦那様!頭を下げるようなことは何も…」
「いいや、これは然るべきことさ。君たち二人は、その身をもってルナを守ってくれた。そのおかげで、私はルナを失わずに済んだんだ。これに感謝をしないわけがないだろう。二人とも、私のルナを守ってくれてありがとう。」
旦那様は公爵家の当主……その身分の方が俺たち奴隷に頭を下げた……。
これは普通ありえないことだが…今まさにその現場に直面している。
必死に止めようとするも、旦那様の意思は固かった。
「話は聞いたよ。相当…激しかったようだね。その体を見れば事の大きさはすぐに分かる。そんな中でルナが無傷だったのは奇跡と言えるだろう。あの悪魔の輪を相手にして、よく二人で救出してくれた……本当に…よくやってくれた。何度も言う、ありがとう。」
旦那様は頭を上げ、言葉を続ける。
「ここからは君たちのこれからの話をしよう。今回の件で、君たちのミステリア家…ルナに対する熱量がはっきり分かった。ルナを守らんとする気持ち…今までもだが、君たちが運ばれてきた時には特に感じた。私は嬉しかった。ルナをこんなにも慕ってくれるとは…思いもしなかったからね。」
旦那様はお嬢様を見つめる。
「…そろそろ、その思いに報いようじゃないか。君たち二人……これからは私の奴隷ではなく、ルナの奴隷として生きてみないかい?」
「それは…!」
それはつまり、俺らの所有権をお嬢様に譲渡するということ。
この家ではほとんどの奴隷の所有権は旦那様がもっている。
俺やマイナも同様。
そのため、旦那様の命令が第一であり、旦那様の命が最優先だった。
ただ、俺やマイナは年が近いということもあり、お嬢様のお世話を旦那様から命じられていたのだ。
そのおかげで今がある。
俺たち奴隷の命は、俺たちの所有権を持つ者に宿る。
旦那様が俺たちの所有権を持つ限り、俺たちの命は旦那様が握っているのだ。
しかし、その所有権を旦那様はお嬢様に委ねようとしている。
「ルナも少ししたら中等部の学校に通わせる。今はそんなこと考えていないだろうが、そろそろ人の上に立つということを理解しなければならない。その過程に、君たちが協力して欲しい。前々から考えていたんだ。ルナのそばに置けるのは誰かって。今回の件を見れば…その答えは明白だったよ。君たちならいいだろう…いや、君たちにお願いしたい。どうだろうか…この話…受けてくれるかい、二人とも?」
俺たちの所有権がお嬢様に移れば、今まで以上にお嬢様のために働ける。
この命をお嬢様のためだけに使える。
この話は、俺にとってメリットでしかない。
この話を断る理由がない。
「もちろんでございます。この命、お嬢様に捧げられるなら…私は喜んで受け入れます。」
「わ…私も…お嬢様のそばに入れるなら…願ってもない話です。」
「…そうかいそうかい、それは良かった。善は急げだ。早速やってしまおうか。」
旦那様が手を叩くと、俺とマイナの奴隷契約に関する誓約書が運ばれてくる。
旦那様はその紙を勢いよく破り捨てた。
「二人とも、今のようなすぐに破棄できる奴隷契約と、体に刻む死ぬまで離れない呪いのような奴隷契約のどっちがいい…」
「体に刻みたいです。」
「後者がいいです。」
「……君たちならそう言うと思ったよ。ではこちらにしよう。二人とも、少し寄ってくれるかい?」
俺とマイナは体をよじりながら移動する。
「ほら、手を出して。ルナは二人と手を繋ぎなさい。」
俺とマイナはお嬢様の手を握る。
「うん、では始めよう。」
そう言うと、辺りが蒼く優しく輝きだす。
「クルーガに問う。天より与えられしその命…いつ、いかなる時も我が娘ミステリア・ルナに捧げると誓うか。」
「誓います。」
「同じくマイナに問う。天より与えられしその命…いつ、いかなる時も我が娘ミステリア・ルナに捧げると誓うか。」
「誓います。」
「ルナ、答えておくれ。君はもっと二人といたいと思うかい?」
「うん!」
「ふふ…」
すると、手首の裏に蒼い模様が入っていく。
「大きな翼はその身を支え、小さな身体は道を示す。一心同体の旅路には、一切皆苦のこともなし。まっすぐ…ただまっすぐ、己の道を進むのだ。その旅が長く、長く続くことを心の底から祈っている。」
蒼い模様は形を作る。
「ミステリア家当主、ミステリア・ミロの名においてこれを書き留めよう。二人ともルナのことは任せたよ。」
蒼い光は静かに消え、いつも通りの部屋に戻る。
「さぁ、これで終わりだ。今君たちの身に刻んだ蒼き紋は我がミステリア家の家紋で、凛々しくも賢い鷲の紋章さ。それを刻んだ以上、君たちは生涯我らの…ルナものだ。その契約は今までのような温い契約じゃないからね、今まで以上に身を粉にして働いてくれ。君たち三人が、立派に空高く羽ばたいている姿を…いつか見てみたいものだ。」
手首の紋を眺めて震える。
やっと、スタート地点に立てたのだ。
これからは俺が…いや、俺とマイナはが二人で支える。
この先どんな困難が待っていようと、乗り越えられる自信がある。
「さて、二人はこれで休んでくれと言いたいところだが、まだ聞きたいことが山ほどある。起きて早々申し訳ないが、協力しておくれ。」
こうして、いつもとはちょっと違った日常が始まる。
その紋章を目に、胸にも刻んで、俺の気持ちは絶頂だ。
そして、俺にも聞きたいことは山ほどある……そう…山ほどね。




