第86話 一匹狼はいないから有名
キラッ…………
スイの背中に反射した光が当たる。
スイはそのことに全く気付いていなかった。
…………
光を反射させた牙の持ち主はそれまで隠れていた木の陰から姿を現した。
ここまでの動作に、音は一切伴っていなかった。
スイまでの距離、残り3メートル(m)。
次の瞬間……
ッッッ!!!
牙の持ち主はスイに向かって飛び掛かって来た。
スイとの距離3メートル(m)を物ともしない勢いで、急接近してくる。
2.9、2.8、2.7、2.6メートル(m)……
その牙が数瞬も掛かることなくスイに到達することは明白だった。
「うーん……」
しかし、スイはそれに気付いていない。
残り2.5メートル(m)
スッ
その時、何かが擦れる音がする。
すると……
!!!
スイとの距離残り2.5メートル(m)まで急接近していた牙の持ち主は、2.5メートル(m)以降急激に勢いを殺し始めた。
ッ!
さらに、牙の持ち主は空中で姿勢を保てなくなる。
そして、遂には……
ズンッ!!ザザズズズズズッッッ!!!
スイから30センチメートル(cm)ほど離れた地面に盛大な音を立てながら、不時着してしまった。
ビクッ!
俺は背後から突如聞こえてきた音に、肩をびくりと震わせてしまった。
ブンッ!
そして、すぐさまその音が発生した方向へと振り向いて、音の発生源を確認する。
「…………」
音の発生源は俺から30センチメートル(cm)ほど離れた地面であった。
そして、その音を発生させた原因は俺から10センチメートル(cm)ほど離れた地面で這いつくばっていた。
「ア゛オン!ア゛オン!オ゛オ゛ン!!」
先ほどネット罠を使って捕まえたウィピとは別のウィピであった。
(…………)
俺は地面に這いつくばった2匹目のウィピを見ると……
(こういうのを保険って言うんだろうな……いや、言わないかな?)
そんなことを思った。
1匹目のウィピがネット罠に引っ掛かった後、俺はそいつが地面に這いつくばる姿を"ただ"見ているだけでは無かった。
地面に転がっている1匹目のウィピを押さえつけるために使われているネット罠の代わりをすぐに取り出して、展開していたのだ。
そう……2本目のネット罠である。
狼という生物は独りで生きるのではなく、群れや家族単位の集団で行動する、というのは有名な話であると思う。
だからこそ、逆に「一匹狼」という言葉が有名になるのだと思う。
今回の俺の状況……1匹のウィピを捕まえただけという状況では、狼が集団で行動することから考えれば、1匹目のウィピの仲間が来ると考えるのは必然のことだろう。
なので、俺は即座に2本目のネット罠を取り出し、自分の周りに展開していたのだ。
そして、案の定2匹目が俺へと襲い掛かってきたが、2匹目も俺が展開しておいたネット罠に引っ掛かった、という訳である。
「よし」
スッ、ズスススス……
「オ゛ン!ア゛オン!オ゛ン!!」
俺は2匹目のウィピがネット罠に絡まっていることを確認すると、即座に能力を使って、2匹目のウィピも逃げられないようにネット罠で地面に押さえつける。
(そして……)
フワッ……
そして、俺は2匹目を地面に押さえつけている間に、自分の服と靴を空中へと浮かばせた。
ヒュゥゥゥゥゥ……
そして、さらに空高くに向かって急上昇させた。
つまり、俺は今空を飛んでいた。
これまでに判明した能力の特性からすれば、俺一人を空に飛ばすくらい、どうということは無かった。
……ヒュンッ
そして、地上5メートルくらいまで上昇すると、俺はその上昇を停止した。
フワ……フワ……
俺は、その場で留まるように浮遊する。
なぜ急に、俺は空を飛んだのか?
それは……
(ネット罠を作るには、あの植物を採取したり乾燥させたり燃やしたり結んだり……色々と手間が掛かるから、ネット罠はそんなに作れないんだよな)
今の状況を自分でどうにかしないといけなくなったからだ。
要するに……
自分の周りに展開できるネット罠がもう無い。
ネット罠という防衛手段が無い状態で、地上にいるのは危険。
だから、空に飛び上がった
……ということである。
(ネット罠が無い状態の時に、あんな無音で襲い掛かられたら、面倒この上ない)
俺は地上5メートルの空中で浮遊すると、周囲の地面を俯瞰して観察し始めた。
(見た感じ、俺の真下にいるあの2匹以外は見当たらないな)
俺は先ほど捕まえた2匹の仲間がまだいる可能性を考えて、その仲間を探し始めた。
(木の陰とかに隠れているのかもな……)
俺は現在浮遊している場所を移動して、捜索範囲を広げようかと考える。
すると……
「オ゛ン!!!オ゛ン!!!ア゛オン!!!」
「ア゛オン!!ア゛オン!!!オ゛ン!!!」
真下で押さえつけていた2匹のウィピが大声で吠え出した。
俺は2匹の鳴き声を聞いた瞬間……
(っ!)
先ほどまで見ていた周囲の地面……では無く"自分"の周りを注意深く観察し始めた。
特に……耳を研ぎ澄ませて。
「ア゛オン!!ア゛オン!!!オ゛ン!!!」
「オ゛ン!!!オ゛ン!!!ア゛オン!!!」
サァァァ……
吠え続ける2匹の声に邪魔されながらも、小さな葉擦れの音が周囲から聞こえる。
俺は心の中で2匹の声を除外する。
ヒュゥゥゥ……
木々の間を抜ける風の音が聞こえる。
…………
俺は、葉擦れの音も風の音も、心の中で除外する。
…………
俺はさらに耳を研ぎ澄ませる。
…………
「…………」
…………ザサッ
俺の背後から一つ……音が鳴る。
「!」
ブンッ!
俺はその音を認識した瞬間、背後へと振り向いた。
……キラッ
振り返った俺の目の前には、3匹目のウィピがその牙を剝き出しにして、俺へと飛び掛かって来ていた。
俺までの距離、残り1メートル(m)
1秒も掛からずに俺の首元へと喰らいつけるところまで、3匹目のウィピは迫っていた。
俺はこの状況に声を出す暇も無かった。
残り50センチメートル(m)
ウィピが俺の元に辿り着くまでの時間という時間は残されていなかった。
残り30センチメートル(m)
俺の首とウィピの牙は完全に接触する運命にあった。
残り20センチメ……
ボギュッッッ!!!
しかし次の瞬間……
俺に向かって空中を進んでいたウィピの体が俺の方向では無く、空に向かって1メートル(m)ほど急上昇した。
ウィピはその首を押し上げられたような形で上昇していた。
そのウィピの首元には、赤茶色の物体が突き刺さっていた。
……ヒュゥゥゥゥゥ
そして、急上昇したウィピはその勢いを失うと、反転するように地面に向かって落下し始めた。
ヒュゥゥゥゥゥ…………ザドッ
ウィピは5メートル(m)の落下を終えると、ネット罠で押さえつけられている2匹のウィピの間に落下した。
落下したウィピの姿は、他の2匹よりも小さかった。
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