第83話 灰色に気を付けて
ッッッ!!!
俺との距離、残り3メートル。
俺の目線よりも少し高い空中を浮く……否、飛びながら俺へと急接近してくる存在がいた。
俺から見えるそいつの容姿を言い表すとすれば……
灰色の毛の中に赤黒いピンク色がある。
そのピンク色の中には薄汚れた白色が見える。
ピンク色は中心に向かうほど徐々に暗くなっている。
そんな姿が俺からは見えていた。
そして、俺とそいつとの距離は間近なのに、そいつから聞こえる音はほとんど無かった。
「……」
俺の中の光陰が今だけは亀の如し……否、亀よりも遅くなっていた。
俺は急減速した時間の中で1つの思考が走る。
(こいつ、俺のこと……"喰う"つもりか)
俺の中の時間は遅くなってしまったが、それでも世界の時間が止まる訳では無く、着々とその時間は進んでいた。
灰、ピンク、白色のそいつは俺の視界の中でどんどん大きくなっていく。
俺とそいつの距離を考えれば、そいつが俺に到達するまでに1秒も掛からないことは明白であった。
残り2.7メートル(m)
そいつはどんどん大きくなる。
残り2.6メートル(m)
そいつはどんどん近づいてくる。
残り2.5メートル(m)……
その時……
スッ
何かが擦れる音が聞こえた。
その瞬間……
俺へと向かってくるそいつの速度が落ち始めた。
色が乱れて、ピンクと白が消える。
そいつの速度が急激に落ちていく。
そして……
ズンッ!!!
そいつは俺に到達する前に俺から30センチメートル(cm)ほど離れた地面に落下した。
ザザズズズズズッッッ!!!
そいつは地面の上を滑っていく。
ズズズ…………
そして、そいつは俺から10センチメートル(cm)ほど離れた地面の上で倒れこむようにして、滑るのを停止した。
「…………」
俺は自分の目の前に倒れこんだそいつの"身体"を見た。
「あんまり森の奥には行っちゃだめだからね?」
ある時、村長が俺にそんなことを言ってきた。
「なんで?」
俺は村長の言い付けに質問で返した。
「"ウィピ"が出るからよ」
村長は俺の質問に返答する。
「ウィピ?何それ?」
しかし、俺は村長の言った言葉の意味……というよりその言葉を知らなかったので、さらに質問を投げる。
「ウィピはね、こわ~いこわ~い獣のことだよ」
村長は身振り手振りを使って、茶化す様に説明してくる。
「……感想じゃなくて、容姿が知りたい」
俺はその説明に無表情で応えると、違う説明を要求した。
「あはは、ごめんごめん。ちゃんと説明するよ」
そう言うと村長は姿勢を整える。
「ウィピっていうのはね、このくらいの大きさの獣で……スイみたいな人間の子供だけじゃなくて、大人や人間よりももっと大きな動物も獲物と見定めて襲い掛かってくる動物なのよ」
村長は両腕を全開まで広げて、「ウィピ」とやらの大きさを表す。
(このくらい……村長が両腕を全開に広げた時の大きさ、ということは体長160センチメートル(cm)くらいか)
人が両腕を左右に全開で伸ばした時、右手の先から左手の先までの長さはその人間の身長と同じくらい、という法則がある。
それを今回のことに当てはめれば、村長の身長は大体160センチメートル(cm)ほどであることから、そのウィピという獣の体長が160センチメートル(cm)くらいであることが分かる。
さらに、ウィピという獣は人間よりも大きな動物も獲物として襲い掛かるらしい。
そう考えれば、俺みたいな人間の子供はサイズ的にも戦闘能力的にも格好の獲物に見えるだろう。
「そして、ウィピの姿は四本足の動物で……いや、スイは四本足の動物どころか、動物自体をあんまり見たことが無そうだな……なんて説明すれば…………」
村長はウィピの説明をする中で、俺への説明の仕方を悩み始めた。
(動物は前世で普通に見ているから、四本足の動物くらい分かるけど……この体ではほとんど見たことが無いから黙っておくか)
俺が村長の説明を待っていると……
「あっ!」
村長は何かを思いついたように、一声出した。
すると……
「よいしょ……」
村長は腰を曲げ始めた。
そして……
「こういう感じよ!こういう感じ!」
四つん這いになった。
村長は手を真っ直ぐ床へと突き立て、脚は膝立ちではなく足の裏で床を踏みしめる。
村長は膝を曲げることで、腰と肩の高さを同じにした。
そして、村長は四つん這いの姿勢になった。
「四本足っていうのはこういうことよ!」
村長は四つん這いになりながら、俺にウィピの説明を続ける。
「そして……」
村長は……
「オン!オン!アオン!……って感じでウィピは鳴くのよ!」
鳴いた。
どうやら村長は自分の身を犠牲……じゃなくて、自分の身を使って四本足の説明をしてくれたようだ。
その上、ウィピの鳴き声まで表現してくれたようだ。
「オン!オン!アオン!って鳴くのよ!……分かった!?」
「うん、分かった……」
俺は四つん這いになっている村長に理解できたことを伝えた。
「んっ……よいしょ、ふぅ……」
村長は俺の返答を聞くと、四つん這いをやめて二本足に戻った。
「それでね、次が一番重要な特徴なんだけど……」
そして、村長は次にウィピの重要な特徴を教えてくれるようだ。
(四本足の獣……と言われても、そんなのは超大量にいるからな……その中での特徴を教えてもらわないとな)
俺もその情報を望んでいた。
「それは……」
村長は言う。
「灰色の毛よ」
「オ゛ン!オ゛ン!ア゛オン!!」
俺から10センチメートル(cm)ほど離れた地面に倒れこむようにして這いつくばっている灰色の獣がいた。
その獣は、自身の身体を身動ぐように動かしているが、その身体をほとんど動かすことができずにいた。
(こいつか)
俺は村長が言っていた「ウィピ」という灰色の毛を持った獣が、今目の前で這いつくばっている獣であることを理解した。
目の前のウィピは、体長が1.5メートルほど、体毛は灰色。
その姿はまさに……
(狼だな)
前世で何度も見たことがある狼にそっくりであった。
(まあ、見たと言っても動画や写真の中でだが……)
「ア゛オン!……オ゛ン!オ゛ン!オ゛ン!!!」
ウィピはその喉を震わせて、うるさく吠えた。
というより……なぜ、このウィピはこんな地面の上で身動きも取れずに這いつくばっているのか?
キラッ
木々の隙間を抜けて差しこんできた光に何かが照らされて、その身を光らせる。
こいつがこんな地面で這いつくばっているのは……
俺が仕掛けておいた"罠"に引っ掛かったからである。
突然だが、俺が先ほど採取した植物には、超長時間燃焼するという特徴と大量の煙を出すという特徴以外に、もう一つ別の特徴がある。
それは、この植物を乾燥させてから燃やすと、葉の芯……葉脈の部分だけはほぼ必ず燃え残り、燃え残った葉脈は無色透明で強靭な繊維になる、という特徴である。
その繊維の強靭さは、1枚の葉の葉脈からできた1本の繊維だけでも俺の体重10キログラム(kg)オーバーを余裕で支えることができるほどである。
さらに、横からの衝撃……切断に対してもかなりの耐性を持っており、俺が携帯している鋭利な石程度では切断することが不可能なほどの耐久力を持っている。
そして、この繊維には無色透明という特徴もあり、その無色透明さはガラスと同等以上のものなのだ。
俺はこの特徴を、偶々乾燥させた植物を手に入れて、それを燃やした時に知った。
俺はそれを知った時……
「使える」と思った。
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