第73話 保証の無い契約は無い
2歳になって、俺は村長に仕事の手伝いを申し出ると、それはすぐに快諾された。
そして、村長の手伝いを始めてから1年が経ち、俺が3歳になった時、俺は村長にとあることを、それとなく言い続けた。
それは、俺独りで外を出歩けるようになりたい、ということであった。
そのことを聞き続けた村長は、両親に対して、俺に自由時間を与えてはどうか?と提案することになった。
俺は自由を手に入れるために両親にお願い……否、この場合は交渉をする必要があった。
交渉というものは、最終的に契約や約束が成立する、交渉が決裂する、という二つの道がある。
俺は両親との交渉の結果として、俺独りでの外出という契約を結びたかった。
そのために両親へとそのことをすぐに打診してみる……という選択肢は取りづらい。
契約というものは、その契約に関わっている全ての契約者がそれぞれ保証や担保を提示することで初めて成立する。
例えば、金の貸借をする契約の場合、金を借りる側が自分の収入や資産などの保証や担保を提示することで、金を貸す側は借りる側に金を貸しても返ってくる保証があると判断できる。
これは金を貸す側でも同じであり、金を貸す側が金を貸すことができる資金を実際に持っていることや法外な金利を要求しない健全な実績があることなどを保証や担保として提示することで、金を借りる側は金を実際に借りることができると判断できる。
この両者の判断があることで、ようやく金の貸し借りに関する契約の話ができるのだ。
もし、金を借りる側が収入や資産などの保証や担保を提示しなければ、金を貸す側は貸した金が返ってくる保証があると判断できない。
逆に、金を貸す側が金を貸すことができる資金を持っていることや法外な金利を要求しない健全な実績などの保証や担保を提示できなければ、金を借りる側は実際に金を借りることができるという判断ができない。
そうなると、金の貸し借りに関する契約の話が進むことは無いのだ。
要するに、契約は契約者全員が保証や担保を提示できなければ、成立することなどあり得ないのだ。
そして、今回の俺の場合においても、俺には独りでの外出の契約を両親と結ぶために、両親へと提示する保証が必要なのだ。
なので、俺はその保証……保証人として、村長を使うことにしたのだ。
俺から両親に独りでの外出の契約を申し出るのではなく、村長から両親に対して、俺の独りでの外出を推薦すれば、村長が俺の独りでの外出を推薦したというこの事実は両親が俺との外出の契約を結ぶことの保証になる。
村長の推薦が無い俺が両親にお願いするよりも、村長が俺の保証人となった上でお願いした方が圧倒的にそのお願いが叶う確率が上がるだろう。
つまり、前言撤回や自分勝手という性質を持つ子供が「約束守るし、お手伝いもするから、外で遊ばせて!」と言うよりも、実績と信頼を兼ね備えた大人が「この子は約束をいつもしっかり守る上、手伝いも誠実に熟してくれます。なので、外出を許可しても良いのではないでしょうか?」と言った方が契約の成就する確率が高いということだ。
ここまでで分かったと思うが、契約における保証や担保というものは、形があって目に見えるものでなければならない……ということは無く、形が無くて目に見えないものでも良いのだ。
例えば、友達同士での何気ない遊びの約束にも保証が存在している。
その保証とは、友達という関係性……もとい関係性を基にした信頼である。
この場合の遊びの約束というものが成立するのは、契約者全員が友達という関係で結ばれているからであり、この約束に関わっている全ての契約者にとってみれば「彼、彼女は友達だから、この約束によって私に害を与えることは無いだろう。若しくは害を与えるとしても、それ以上の利益を私に齎してくれるだろう」という認識が存在しており、それがこの約束の保証として存在しているのだ。
もっと飛躍して考えれば、赤の他人同士で遊ぶ約束を立てることができるのか?ということである。
赤の他人同士だと、お互いに相手の性格も過去の実績も知らないので、約束の日時や内容を守るのかどうかも全然分からないし、いざ遊んでみたら全然面白くなかったり退屈だったりするかもしれないし、もしかしたら相手が何かしらの犯罪行為を自分にしてくるかもしれないのだ。
つまり、赤の他人では相手が何をするのか予想できる保証がほとんど無いので、約束など結びようが無いのである。
しかし、友達同士であれば、遊びの約束を履行する際に相手がどのような行動を取るのかを相手の性格や実績から予想することができるため、約束を結ぶことができるのだ。
そして、そこに形のある保証や担保は無く、あるのは形の無い"信頼"という保証なのである。
つまり、俺も今回の独りでの外出の契約を結ぶために、保証人という"信頼"を両親に提示する必要があったのである。
しかし、村長を保証人にするといっても「保証人になってください」「はい、いいですよ」と、簡単になってもらえる訳ではない。
俺は両親との契約を結ぶ前段階として、村長に保証人になってもらうという契約を結ぶ必要があった。
だから、俺は村長に保証人になってもらうための保証……村長からの信頼を最初に勝ち取る必要があったということである。
そして、俺は村長に保証人になってもらうための保証……信頼を得るために、村長の仕事の手伝いをしていたのである。
つまり、俺は両親との契約の保証人に村長がなってもらうための契約の保証である信頼を仕事の報酬にして、村長の手伝いをしていたのである。
結果的に俺は3歳半になるよりも前に、村長から両親への推薦のお蔭で、俺は独りで外を出歩く許可をもらうという契約を両親と結べたのである。
ただし、これはあくまでも契約である。
この契約によって俺は独りで外出できるという権利を持つが、両親にも俺の独りでの外出を制限するという権利がある。
そして、両親はその権利を行使して俺に3つの制限……約束をさせた。
1.独りで外出できる日は村長の家に行く日と両親が許可した日だけ
2.外での活動可能時間は夜明けから日没まで
3.森は浅い所まで
両親はこの3つの約束を俺にさせた。
1は俺が外出しているということを大人の誰かが知っておくための措置であり、要するに、独りで外出することは認めるが、黙って勝手に外出することは認めない、ということである。
2は単純に夜が危ないからという一般常識的なものに則っている約束である。
3に関しては……
(まあ、いいか)
こうして、俺は外出に制限があるとはいえ、家にばかりいた時を考えれば、かなりの自由を手に入れていた。
そんな俺は今……
「…………」
森の中で木の箱の底を覗き込んでいた。
…………
そこには、仰向けになって死亡している虫がいた。
「久しぶりの新種だったな」
俺はそんなことを呟いた。
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