第07話 黒い奴
ゥネ……ウネ……ウネウネ……
楕円が、テカテカと黒光りする。
黒い楕円から伸びた、二本の毛が不規則に、不気味に、動いている。
(……!?!?!?)
長い間、人類と共存し、そして、人類の宿敵として存在する、例の黒い奴だった。
黒い奴は、その二本の触角を動かし、俺のベッドの縁に張り付いていた。
(……は……ふ……ふっふっ……ふぅ…………ふぅぅ)
俺は、いつの間にか乱れてしまった息を整える。
(ふぅぅ……排除、しなければ)
そして、本能とも言うべき、奴への嫌悪感をあらわにする。
(どうやって、こいつを排除するべきか……とりあえず、ティッシュか、殺虫剤を…………あっ)
俺は、奴を排除するために、いつも使っているティッシュや、殺虫剤を探そうとするが……現状を思い出した。
(そうじゃん……この部屋、殺虫剤どころか、ティッシュもねぇわ)
(そもそも、あったところで……俺、動けないし……)
周囲の文明レベルと、今の俺の体、という現状が、奴の排除を妨げていた。
(こんなのどうすれば……)
(…………んん……はぁぁ)
(動けないんじゃ……どうしようもないだろ)
(あっ、泣き声で親を呼ぶという方法もあるな……だが)
(母親か父親を呼ぶのであれば、それなりの大きさの泣き声を出す必要がある……そんな泣き声を出したら、親よりも先に、こいつが呼ばれて来るんじゃないか?)
(今、部屋にいない両親との距離は分からないが、以前、俺が呼びつけた時、母親は、彼女が寝ていたであろう部屋からこの部屋にくるまでに30秒以上をかけていた……そして、こいつは、文字通り目と鼻の先だ。おそらく、這ってくれば数秒、飛んでくれば、一瞬で俺のもとへと到達するだろう)
俺は、両親を呼ぶ方法では、一手も二手も遅いことを悟る。
(呼ぶのは、だめかな……もしかしたら、こいつが俺の泣き声に反応しない、可能性もある……が、その博打は打てないな)
(もう、ここは諦めて、どこでもいいから、俺とは逆の方向にこいつが行ってくれることを願うしかない、か……これこそ運否天賦な気がするけどな)
俺は、結果的に、自分の運命を、奴の意思に託した。
(はぁ……こいつから目が離せない……)
俺は、恋する乙女が言いそうなセリフを、心の中でつぶやいてしまった。
だが、実際の俺の心には、嫌悪と恐怖しかない。
(さっきから、微動だにしないくせに、触角だけはウネウネ動いているのが、本当にきも……)
気持ち悪い、と思った刹那……
サッ!
奴が、予備動作も無く、スタートダッシュを切った。
(!!!……!?!?!?!?)
俺の頭は、最初に奴が動き始めたことを理解した。
そして、奴が向かう方向をも同時に理解した。
カサササッ
(ちょっ!こっちきてるこっちきてる!!)
奴の向かおうとする終着点が、どこなのかは分からないが、その道中に、俺の顔があることを確信した。
(こっち!にっ!きてっ!るっ!)
サササササ
(こっちくんな!こっちくんな!こっちくんな!)
サササササ
(!!!!!)
奴は、先ほどまで、ベビーベッドのサンバイザーのようなところの縁で、静止していた。
奴は、その縁、俺の敷布団になっている布、俺の顔、の順番で、その足を進めるだろうと俺は予測した。
そして、奴は今、俺の敷布団になっている布へと到達したと"思われる"。
「思われる」と表現したのは、首を動かすことができない俺では、その布を見ることが出来ないからだ。
"見えない"
……という事実と、奴が今なお俺に向かってきている、という予感が相乗されることで、俺の心はさらに激動の一途をたどってしまう。
(?&”$!?#$&!?”’!%#”&?!$!”$)
動けない、見えない、でも、奴は近づいてくる……俺の激情が、さらに加速する。
……ッ……ッ……サ
(!?!?!?!?!?!?)
視覚で捉えられなくなった奴を、俺はついに、聴覚で捉えることに成功した。
それは同時に、俺の顔と奴との出会いが、間近に迫っていることを意味していた。
……サ……サ……サササ
俺の右耳が、段々と大きくなる奴の音を、感じ取る。
ササ、ササササ、カサササ
大きくなる。
サ……カサササ!
さらに、大きくなる。
カササササ!!!
最高に、大きくなる。
その瞬間……
ッーーーーー
突然、奴から発せられていた不快音が、消失した。
(???)
俺は、突然の消失に疑問を覚えるが、すぐに消失の原因を理解した。
バサッッッ!!
奴の音よりも大きな、別の音が、俺の耳に届いていたからだ。
(?……!?)
その音が聞こえた直後、俺の目の前には、貧相な布があった。
すると、その布は、徐々に俺から離れていき……
そして、俺のもとから、放物線を描くかように飛んで、消えていった。
(……………………)
その現象を、呆然と見ていた俺は……
「ばぶ」
(さむ)
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