第59話 単純な延長
…………パッ
眠りから覚め、目を開けた俺の視界には、眠る前と変わらぬ暗闇が溢れていた。
俺は夜明けがまだ訪れていないことを知る。
(……ふぅ)
夜明けが来ていないことが分かった俺は、寝過ごすことが無かった、と安心した。
…………
そんな俺の視界には、暗闇だけが映っている訳では無かった。
暗闇の中に見えるのは、肉や穀物、野菜と汁……俺が昨晩使用した餌が、昨晩と変わらぬ空中で固定されていた。
俺の能力には欠点がある。
それは、俺が視界に捉えていない対象をうまく動かすことができない、という欠点だ。
そして、この欠点を知ってから今に至るまで、この欠点が無くなるということは無かった。
しかし、無くなった訳ではないが、この欠点には例外のようなものがあった。
その例外とは……視界から外れる直前にしていた動きであれば、視界から外れた後でもその動きを継続できる、というものであった。
どういうことかと言うと……
例えば、フォークを空中で浮かばせておき、それを視界から外した後に浮かばせることとは別の動きをさせるのは難しいが「浮かばせる」という視界から外れる直前の動きはフォークを視界に入れていなくてもできる。
他には、フォークに直線運動をさせておき、それを視界から外した後に直線運動とは別の動きをさせることは難しいが「直線運動」という視界から外れる直前の動きであれば、フォークを視界に入れていなくてもできる。
つまり、動かす対象が見えていなくても、見えなくなる直前の動きであれば、その動きだけは継続させることができるということである。
ただし、複雑な動きは継続させることができない。
編み物をするだとか、掃除をするだとか、出鱈目な動きをさせるだとか、そういう動きは継続させられない。
精々はその場に浮かせておく、固定しておく、直線運動をさせる、その程度の単純な動きしか継続することはできない。
おそらく、複雑な動きができないのは、複雑な動きが単純な動きの集まりであり、能力には単純な動きを継続するだけのキャパシティしかないからであると思う。
つまり、編み物や掃除は、直線運動や固定を大量に組み合わせた動きであり、それらの最初の単純な動きの次の動きは別の動きであると能力が判定しているから、複雑な動きは継続できないのではないか?ということである。
要するに、この継続という例外は、視界から外れる直前の動きを俺の意思に反して能力が自分から考えて継続している……とかではなく、俺の意思なのか能力が能動的にやっているのか、はたまた別の要因なのかは分からないが、視界から外れる直前の動きが"結果的"に継続されているだけなのではないか?ということである。
言わば、直前の動きが"継続"されているというより……"延長"されているという表現の方が正しいのではないだろうか?ということである。
そして、俺は今回、その継続……もとい、延長を活用して、昨日の夜から今まで餌を空中で固定し続けた。
この部屋は日没になると暗闇となってしまうが、それは真なる暗闇ではなく、目の前のものであれば見ることができる。
であれば、この延長をそもそも活用する必要は無かったのではないか?
否、活用する必要があった。
もし、活用しないのであれば、俺が起き続けて、餌を見続けなくてはならない。
俺は寝たかったのだ。
そして、眠るときは目を閉じなくてはならない。
だからその時に、俺はこの延長を活用する必要があったのだ。
ここまでで分かったかもしれないが、能力のこの延長の仕組み……俺が寝ていたとしても有効なのだ。
それどころか、延長している対象と俺との距離がかなり離れたとしても有効なのだ。
以前、この部屋に落ちていた埃を部屋の空中に浮かせたまま、村長の家に行ってきたことがあり、村長の家から帰ってから確認したら、部屋を出た時……つまり視界から外れた直前の位置で浮いていた。
このことから、ある程度の距離では延長を止める要因にはならないと分かった。
さらに、時間も関係が無かった。
同一の動作であれば、見えている時に動かせる時間と見えていない時に動かせる時間には差は一切無かった。
例えば、棚をずっと浮かせておく動作を、棚を見る場合と見ない場合の2パターンで試したが、持久力の限界を迎えて、落ちたのはほとんど同じ時間が経過してからであった。
なので、時間経過もこの延長を止める要因にはならない。
ただし、延長している間でも、能力の使用それ自体を中止すれば、延長の動きも止まる。
……パアアァァァァ
そして、目を覚ましてから体感にして20分ほどが経つと、部屋の中が暗闇から解放され始めた。
(…………)
俺は夜明けが来たことを察した。
(始めるか……)
ヒュゥゥゥ……
そして、俺は目の前で浮いていた餌を動かすと、昨日の日没まで作戦を実行していた場所……外へと繋がる隙間に最も近い隅へと餌を移動させた。
ヒュゥゥゥ……
餌を移動させ終えると、昨日と同じように、空気を動かして外へと餌の匂いを拡散し始めた。
(どうなるかな……)
俺は作戦準備を終えると、昨日と同じように獲物を待つ態勢に入った。
(んん……)
俺は獲物が訪れない餌を無心と退屈の狭間で見ていた。
(……1時間、よりも経っているな)
俺は餌を見ながら、作戦開始からの時間経過を意識した。
部屋へと入ってくる日の光、その光量を見ると、もう既に1時間が経過しているどころか、それに加えてその半分も経過している……つまり、1時間半ほどが経過した頃ではないかと感じた。
(んん……そろそろやめた方がいいかな……早めに来たら面倒だし)
この作戦の制限時間は2時間であり、それは母親が俺の朝食を持ってくるまでの時間ということである。
しかし、母親は偶に早めに来ることもある……というより、この家には時計が無いから、母親はそこまで時間に厳格では無いし、俺自身も正確な時間経過が分からないのだ。
だから、念のため、俺は朝の作戦を終了することにした。
(とりあえず、母親が部屋に来るし、やめるなら餌は外に捨てないと…………)
ギッ
俺が作戦の終了を考え始めた刹那、音が響いた。
(っ……)
その音に即座に気付いた俺は、その発生源を探し始めた。
ギッ
音は自らを見つけて、と言わんばかりにもう一度鳴った。
俺はその音につられて、とある一点へと目を向けることになった。
そこは、隙間……この部屋と外へと繋がる隙間であった。
俺が隙間へと目を向けると……
ギ……ギギッ……
(え?……"揺れた"?)
隙間を作り出している建材が揺れた。
ギギッ……ギギッ……
またもや揺れた。
それは風などに吹かれたからでは無かった、そもそも家を揺らせるほどの風の音など、今は聞こえていない。
俺はその事実を受け止めると同時に、おかしさを感じていた。
(掛かった……ということか……だが)
隙間の建材が揺れているのが、風の影響でなければ、考えられる中で最も可能性があるのは、何かが建材を揺らしている可能性である。
そして、その何かが隙間へと来た原因……つまり餌を作った俺には察することができた。
餌に誘き寄せられてきた獲物が隙間の建材を揺らしながら、部屋の中へと入ろうとしているのだ、と。
しかし、それを察するからこそ、俺はおかしさを感じていた。
あの隙間は、大人どころか俺のような1歳半の子供などが到底通れるような穴ではなく、細くて狭い。
しかし、黒い奴であれば、楽々と通ることができるであろう。それは前回のデカい奴も例外ではない。
そんな奴らがこの隙間を通るのに、周りの建材を揺らしながら入る、ということは考えられない。
そもそも、建材を動かせるほどの膂力があるのかも怪しい。
(これは……)
俺が、一体どういう事なのか?と考えていると……
ギギギッ……ギギギッ……ギギギッ……
隙間はさらに大きな音を響かせ始め、その隙間の大きさを拡大し始めた。
しかし、隙間は徐々に大きく開いていくのに、それとは反比例するように、そこから差しこんでくるはずの光が段々と弱まっていくのが分かった。
広がっているはずなのに、段々と弱まる光。
ギギギッ……ギギギッ……ギギギッ……
その隙間から響く音。
ギギギギギギギギ……
最後に今までで最も長く大きな音を響かせた隙間、そこには……
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