第58話 離乳餌作戦
("離乳餌作戦"を次の段階に移すとするか)
俺は心の内で、作戦名と作戦の進行を告げた。
この離乳餌作戦の概要は至ってシンプル。
餌を用意する、餌を所定の位置に置く、獲物を待つ……以上。
この三つのプロセスを進めることが作戦内容である。
そして、餌を用意することに関しては、俺の目の前に浮かばせた離乳食があるので、既にその作戦段階は完了している。
つまり、次にやるべきことは、餌を所定の位置に置く、である。
では、その所定の位置とはどこなのか?
黒い奴は、細くて狭い場所を通る習性がある。
黒い奴は、その習性故に、家の中だと床や壁の真ん中……ではなく、部屋の隅を伝うようにして移動することが多い。
しかし、よく床や壁の真ん中付近で黒い奴を見つけることが多いと思うかもしれない。
だが、それは人間がよく見る場所に偶々現れた奴を見ているから奴が真ん中のエリアにもよく現れると思うのであって、部屋の隅といったあまり見ない場所では、そもそも人間が見ないのだから発見のしようが無いのである。
そして、この習性がここら辺の地域の黒い奴にもあるのだと仮定すれば、餌を置く場所……つまり所定の位置とは、奴らの通り道である部屋の隅だ。
しかし、部屋の隅と言っても、この部屋に限らずほぼ全ての部屋には隅が複数ある。
では、その複数ある隅の中から、どの隅を選ぶのか?
ヒュゥゥゥ……
俺は目の前で浮いていた離乳食……もとい餌を目の前から動かした。
そして、餌は迷うことなく、部屋の一角へとたどり着いた。
そこは、この部屋と外を繋いでいる隙間、に最も近い部屋の隅であった。
(黒い奴の侵入経路……明らかにここだろう)
黒い奴がこの部屋に二度三度と現れたのは、この部屋に入るための侵入経路があるからであり、その侵入経路として最も容疑があるのは、この部屋と外を繋ぐこの隙間であろう。
であれば、そこに最も近い部屋の隅を、所定の位置として指名するのは妥当の判断である。
ところで、この隙間から黒い奴が入ってくることが明確に予想できるのに、なぜ俺はこの隙間を塞がないのか?
それは、そこを上手いこと塞ぐことができる建材が無いからという理由がまず挙がる。
そして、建材が無いのであれば、それを使わずに塞ぐには能力を使うしかないくらいの力と精密さが必要な作業を要してしまう。
(そんなことは1歳半の俺には"普通"できないからな)
そして、俺は部屋の隅へと置かれた餌へと、能力を使って新たな動きを加える。
チュゥゥゥゥゥ……
餌は徐々に形を変えていき、半球状になった。
この餌には離乳食の汁が入っているため、その汁を利用して、半球状に形成したのだ。
餌はただ置くだけであれば、その水分が即座に床の木に吸われてしまうか、徐々に乾燥して無くなってしまう。
人間と同じように、黒い奴もその食事は乾燥しているよりも、ほど良く水分があった方が好ましいだろう。
なので、俺は能力使って餌の水分が無くならない様に保持しておく。
ヒュゥゥゥ……
次に、俺は餌の周りにある空気を動かしていく。
俺の能力によって動かされた空気は、餌の表面に触れる。
そして、餌へと触れた空気は餌の周りを離れていき、外へと繋がる隙間へと向かう。
最後は、隙間から外へとその空気が放出される。
そして、また新たな空気が餌に触れて、触れたら外へと放出される……それを繰り返し始めた。
これは、空気に餌の匂いをしみ込ませて、外へと拡散するためにやっている。
こうすることで、単に部屋の中に餌を置いておくよりも、獲物を誘き寄せられる確率が高まるだろう。
(準備完了だ)
そして、作戦の準備段階が終了した。
(あと、2時間くらいかな?)
先ほどの食事は1日の終わりの食事……夕飯であった。
そして、その夕飯から大体2時間くらい経つと、日が沈み、この部屋は暗闇となる。
この部屋の夜の暗闇では、奴が来たとしても、それに気づくことができない可能性が非常に高い。
そもそも、俺の能力は動かす対象が見えていなければ、能力を使うことができない、という性質がある。
これらを考えれば、暗闇となってしまう夜は作戦を中断するのが必然であろう。
だから、作戦を遂行できる時間は、今から日が沈むまでの2時間なのである。
ヒュゥゥゥ……
俺は、能力を使って、隙間から餌の匂いを外へと拡散し続けながら、待つ。
(……無し)
部屋が暗闇に包まれ、能力がほとんど使えなくなった。
夕飯から日没までの2時間……収穫は無かった。
だが、俺は2時間で絶対にかかるとは端から思ってないので、特に落ち込むということは無かった。
(次は、夜明けから2時間だな)
次に作戦を開始できるのは暗闇から解放される夜明けであり、そこから作戦を継続できるのは朝食までの2時間である。
そして、夜明けまで俺にできることは特に無い。
(まあ……寝るか)
俺は作戦再開まで寝ることに決めた。
(寝るなら……)
ヒュゥゥゥ……
俺は、寝るために目をつぶる前に能力を使い始めた。
今、俺の目の前には、日没で完全に部屋が暗闇になる直前に、暗闇でも何とか視界に捉えることができる目の前へと持ってきた、餌が浮いていた。
そして、俺の能力によって餌の周りの空気が動かされていき、餌の周りを囲んで、餌を密閉するように固定された。
(よし、これで匂い漏れも乾燥も大丈夫だろ。あとは……)
さらに、餌も浮かばせたまま、その場に"固定"した。
(じゃあ、寝るか…………)
そして、俺は目を閉じた。
「…………すぅ……すぅ……すぅ」
直ぐに眠りについた俺の目の前には……餌が微動だにせず浮いていた。
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