第56話 奴が変化させる
コットッコットッコットッコットッコットッ……
連続した小気味好い音が、部屋の中に響いていた。
コットッコッ…トッ…コッ……トッ……コッ………トッ………………
そして、その音……棚と椅子が部屋の天井と床を軽く叩く音が徐々にその間隔を広げていった。
………………………………トンッ
最後に一つ音を立てると、棚と椅子は往復運動を止め、床で止まっていた。
(…………)
日課の持久力検証を終えた俺は今、唖然とした思考でもって、その結果を受け止めていた。
俺がそのような心持ちになってしまったのは、持久力検証の結果が変化していたからであった。
持久力が変化するのは前回を含めて、これで2回目であった。
だがしかし、俺の思考は前回よりも激流の渦であった。
それはなぜか?
前回の変化は、持久力検証の最後の上昇の時に1mmほど向上するという変化であった。
しかし、今回の変化は、距離ではなく……回数に現れていた。
(……1763)
今回の持久力検証の回数……棚と椅子を天井と床で往復させられた回数は、1763回であった。
この回数は、最初に持久力検証を始めた時からずっと変わっていなかった1753回から、丁度10回増えた回数であった。
(瞬発力もやっておこう……)
俺は今回の持久力の変化に関して本格的に考える前に、もう一つの検証……瞬発力検証もしておくことにした。
ヒュゥゥゥ……
木の板と布を所定の位置で固定し、その2つを振動させた圧縮空気で囲み、瞬発力検証を開始した。
(……少しだが)
いつもの手順を踏んで開始された瞬発力、その結果は……
(上がっている)
変化していた。
前回持久力が1mmほどの変化を見せた時、俺の目利きが必要となる瞬発力の方は変化を観測することができなかった。
しかし、今回の瞬発力検証はその変化こそわずかではあるが、そこには明確な変化があった。
木の板の回転によって生じた風に吹かれた布は、以前と比べてその角度を天井や床との直角から、より平行へと向かうように変化させている。
そして、その変化は1度にも満たないが、布がより平行へと向かう確かな変化であった。
俺はこの両者の変化を受け止めると共に、その考察を深め始めた。
ただし、変化が本当に起きたのか否か?などという、変化の是非を問う考えなどしない。
今回の変化は、確かな数と量の変化になっていたのだから。
(考えるべきは……)
この変化に関して、真に考えるべきなのは、この変化が起きた理由である。
俺は、前回変化が起きた時にその理由として、能力が成長したからという理由と、能力に対する俺の意識が変化したからという理由、この2つを可能性として挙げた。
前者は、能力という力が筋力や記憶力などの力と同じように成長したという理由で、後者は能力を扱うときや能力それ自体に対する俺の意識が変化したことでリミッターのようなものが外れたという可能性である。
(この変化……)
そして、前回と今回の変化の理由が、この2つの理由である可能性はある。
(だが……)
しかし、今回の考察をするにあたって、前回の時とは明らかに違う点がある。
それは、前回と今回の変化、両者の状況には共通点があるということだ。
前回と今回の変化の状況で共通していること、それは……
(黒い奴)
黒い奴のことである。
能力の変化が起きる直前に、俺は黒い奴と出会い、奴を殺害している。
これは前回の変化でも今回の変化でも起きている出来事であり、この共通点は前回では確信に至れなかったことであった。
そして、俺は能力の変化の直前に起きたこれらの出来事こそが、この能力の変化に関わっているのではないかと考える。
もし黒い奴との出来事が能力変化の理由であると仮定して、考察を進めるのであれば、ある疑問が湧いてくる。
それは、どうやって黒い奴との遭遇や殺害という出来事が能力の変化に繋がるのか?というものである。
言い換えると、黒い奴との出来事が"直接"的に能力の変化に繋がるのか?それとも、"間接"的に繋がるのか?という疑問である。
前者の直接的に繋がるというのは、黒い奴と会う、黒い奴を討伐する、などの俺と黒い奴との間で直接起こる事象こそが能力の変化の原因になっている、ということである。
後者の間接的に繋がるというのは、俺と黒い奴との間で直接起こる事象によって、能力に対する俺の心のリミッターが外れたり、俺の精神が変容したり、はたまた別の事象が引き起こされたり、といったことが能力の変化の原因になっているということであり、要するに、黒い奴と能力の変化の間には別の事象が能力変化の直接的な原因として存在しており、黒い奴との出来事が直接ではなく間接的な原因でしかない、ということである。
俺の思考はこの2つの可能性の間にいた。
(んん……)
しかし、両者の内、どちらが正しい理由なのかについては決め兼ねていた。
(……いや、それよりも前に……)
だが、そもそもの話、この2つの理由が存在するためには、欠かせないものがある。
それは、直接にしろ間接にしろ、能力の変化には"黒い奴"が関係しているという前提である。
どういった形にせよ、黒い奴が関係していないとすれば、この2つの可能性は理由として破綻してしまう。
そして、俺は黒い奴が関係していることに関して、前回と今回の変化、その両者の直前で黒い奴との出来事があるから、という状況証拠は見つけているが、それを裏付ける物的証拠は見つけられていない。
(だが……)
俺は黒い奴こそが、能力の変化の原因であると感じていた。
状況証拠があるとはいえ、確実な証拠は見つかっていないのに、なぜ俺はそう感じるのか?
それは……
(そう考えると……落ち着く)
大凡論理的な理由では無かった。
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