第49話 種類も不明なのだが
ガチャッ
俺の居る部屋の扉が開く。
「スイ、帰る時間だよ。準備して……て、もう終わってるか」
村長宅の仕事部屋の扉が開くと、家の主である村長が入室してきた。
そして、入室と同時に、帰路に就くための準備をするように、俺に言ってきたが……
「うん。帰ろう、ハツィ」
俺は既に、帰る準備を済ませていた。
ちなみに、Hwcyとは村長の名前であり、分かりづらいので脳内変換してハツィと呼ぶことにしている。
(まあ……ハツィでも、若干言いづらいがな)
「相変わらず、時間を破ることが無いね。スイ」
俺の返事に対して村長は事も無げな様子で語り掛けてきた。
「スイくらいの子供だと、時間なんて煩わしいものでしかないと思うんだけど?」
さらに、村長は俺の模範的な行動に文句を付けてきた。
そんな村長の言葉に……
「じゃあ……破っていい?」
俺は冗談のおねだりを返すことにした。
「いやぁ、それは勘弁だよ」
もちろん、そのおねだりはしっかりと跳ね返された。
ザッ……ザッ……
ザッ……ザッ……
俺と村長は今、畑の畦道を歩いていた。
ジジジーーー……ジジッジジッ……
そこでは、良く分からない虫の鳴き声が響いていた。
それは、村長宅を出た後の帰り道だった。
「なんか、今日のことで聞きたいこととか……ある?」
帰り道を歩いていると、村長が俺に話しかけてきた。
その質問は、色々と省略されていて、何を言っているのか分からない様に聞こえるが、俺には分かっていた。
「別に無い」
なので、俺は簡潔に答えた。
本を発見し、それをきっかけにして、村長へと本を読めるようにしてほしい、と頼んでから半年が過ぎていた。
そして、この半年の成果は十分にあった……
否、十二分にあった。
結論から言うと、この半年で俺は村長宅に置いてあるあの本を"全て"読めるようになった。
それどころか、村長から読み書きを教えてもらったことで、両親や村長、そして今や俺も使っている言語の読み書きをマスターした、と言っても良いくらいになった。
彼ら彼女らが使っている言語は、同じ読み方なのにそれぞれが全然別の意味になる言葉であったり、文字としてちゃんと書かれているはずなのに発音しない文字であったり、そういったものが少ない言語だったので、思っていたよりも簡単に習得できた。
そして、あの本に関しては、文字通り"全て"読むことができる。
そもそも、あの本が読み書きの教材になっていたのだ……読めないところがあるはずも無い。
おそらくだが、基本的な読み方書き方はほぼ完璧だと思うので……辞書的なものさえあれば、あの本ではない他の本であっても、独りで読破できると思う。
(まあ……こんな、本が一冊しかないような所に、辞書なんて高尚なものがあるはずもないがな……そもそも、二冊目が無いしな)
俺が初めて村長の家で見つけた本……あれは村長の家にある、唯一の本であった。
タイトルは「ウィニー」。
ウィニーはどんな本なのか?
歴史本か?科学本か?経済本か?政治本か?自己啓発本か?小説か?
答えは……どれでも無い。
そして、俺にも答えは分からない。
分からない……そう、分からないのだ。
この本が一体全体何を言いたいのか分からないのだ。
本の内容を説明するのであれば、とても抽象的で捉え所の無い言葉や文章が延々と並んでいる、というものである。
今日、俺が読み上げた「賜る愛は退かれ、伏する愛は重ねられ、傲る愛は導かれ……そんな愛は朧気で」みたいな言葉と文章が、徹頭徹尾……首尾一貫……続いている本なのだ。
しかし、そんな分かりづらい内容であることに反するように……それ以外は綺麗なのだ。
殴り書きのようないい加減な筆跡で書かれている訳ではなく、この本からはとても丁寧な筆運びで書いていることが伝わって来た。
さらに、その文章構成や文法は、本の内容からすれば不自然だと思えるほどに、理路整然としていた。
内容は意味不明、だけど書き方や文章は綺麗。
そんな本のジャンルは一体何なのか?
俺は考える中で、一つの予想を立てた。
それは……宗教関係の本である。
あのジャンルは一読しただけでは内容を理解できなかったり、内容の理解のために先達からの教えが必要であったり、読み込んでいる者同士であるはずなのに、その間で解釈の相違が起きたりする。
であれば、内容は分からない、だけどそれ以外は整っている、そんなあの本も宗教系の本なのではないだろうか。
俺は読み進める中で、その予想を思いつくと……村長へと、あの本のジャンルが何なのか、について尋ねてみた。
その結果は……分からない、であった。
村長曰く、あの本に該当するような聖書や宗教系の本は彼女の知る範囲では無いらしい。
その上、村長もあの本の内容については、俺と同じように読んだとしても空を掴むような感覚になるだけ……つまり内容が意味不明だと思っているらしく、あの本のジャンルについては分かり兼ねる、とのことであった。
では……なんで、そんな自分が信仰するものの聖書とか宗教系の本とかでも無い、内容が意味不明な本を村長は持っているのか?
俺はそれを村長に聞いてみた。
結論から言うと、どうやらあの本は正確には村長の所有物ではなく、預かり物のようなものであるためらしい。
だから、あの本は村長が欲しくて買ったとか、もらったとか、そういう物ではないので、内容が意味不明でも持っているらしい。
何となく、答えの予想はつくのだが……一応、なんであの本を勝手に処分しないのかも聞いてみた。
その答えは、本という物がここら辺……否、この村では貴重品の中の貴重品という価値を持っているので、無期限的に預かっているという。
ザッ……ザッ……ジャ
「ほら、着いたよ」
柔らかい地面の畦道から、踏み固められた土のエリアへと入った村長は、進行方向を指さす。
ザッ……ザッ……ジャ
その村長に追随するように、俺も踏み固められた土のエリアへと足を踏み入れる。
村長の指の先には、両親と俺が住む家があった。
ジャ……ジャ……
足を止めた村長とは反対に、俺はその足を止めることなく、村長の前へと歩み出た。
ジャ……ジャジャ
そして、村長から3歩ほど前に出ると立ち止まり、家の方向から逆側の村長が立っている方へと向き直った。
「今日もありがとうございました」
俺は頭を下げて、今日も帰り道を送迎してくれたことに、素直な礼を告げた。
「いえいえ、どういたしまして」
村長は俺の礼に合わせるように、丁寧な返しをしてくれた。
ジャジャ……ジャ……ジャ……
そして、俺は返答をくれた村長を一瞥した後……家の玄関へと向かって歩いていった。
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