第47話 読みたい
ベラッ
タイトルの書かれた本の1ページ目が姿を隠し、新たなページがその姿を現す。
本の2ページ目である。
(…………)
俺はそのページを観察していた。
2ページもタイトルと同じ様な、品質の良いとは言えない紙の上に、これまた品質の良いとは言えないインクが使われていた。
(手書き、か……)
そして、それらを使って書かれた文字は、印刷機では出せないような味を持っていた。
(まあ、ここの文明レベルを考えれば、本が手書きで書かれているくらい、当然のことだと思うが……本一冊まるまるを手書きで書くのって、滅茶苦茶面倒じゃね?)
俺は当たり前のことを訝しんだ。
次に、本の構成ではなく、本の内容について観察してみることにした。
(……1ページ目よりも断然多いな)
2ページ目には手書きで書かれた文字が、横に列を成して並んでいた上、その列は縦に並ぶように幾つも存在していた。
2ページ目に書かれた文字の数は1ページ目よりも圧倒的に多く、その数の差はまさにタイトルと本文の関係を表しているようだった。
そんな2ページ目を観察した俺は……
(読めない)
タイトル同様、もちろん読めていなかった。
しかし、何となく分かっていることもあった。
(多分、この感じ……目次じゃなくて、いきなり本文から始まってるな)
2ページ目、そして今開いている見開きの片側に存在する3ページ目……それら2つのページに書かれた文字はそれぞれのページの中にギッシリと詰まっていた。
(目次なら、一文や単語がある程度の隙間を空けながら書かれていると思うんだが……これは、かなりギチギチだしな)
(いや……もしかして前書きか?前書きだったら目次の前に書くし……んん……まあ、次を見れば分かるか)
俺は自分の中に浮かんだ考えを証明することにする。
「次。見せて」
「次?……ああ、おっけ」
村長は俺の言葉に一瞬だけ悩むが、直ぐに俺が求めている物を理解する。
ベラッ
次のページが開かれる。
(んん……)
開かれた4ページ目、5ページ目は……
(……同じ)
2ページ目、3ページ目と同じ様な窮屈な書かれ方であった。
「次。見せて」
「はい。どうぞ」
俺はもう一度、村長にページを捲るように頼む。
ベラッ
6ページ目、7ページ目と見える。
(……同じ、だ)
しかし、またもや書かれている形式は同じであった。
「次」
「はい」
ベラッ
さらにもう一度、ページが捲られる。
(同じ……)
「次」
「はい」
(同じ)
「次」
「はい」
次々とページが捲られていく。
ベラッ
(同じ……やっぱ、目次ないな)
しばらくページを捲ると、そのページ数は全体の5分の1から4分の1ほどまで進んでいた。
(この本に目次はないのか……もし、ここまで前書きだったら、とんだ笑い種だな)
俺はこの本に目次が無いと、結論付けた。
「どう?これはお気に召したかい?」
本を読めるはずもないのに、何かを必死な様子で観察する俺に対して、村長が話しかけてきた。
「いや、こんなに興味津々な様子なんだ……不粋な質問だったかな?」
俺は村長の質問に対して……
「読む」
端的に答えた。
「読む?……ああ、そういうことね。それじゃあ、私が読むよ」
村長は、俺の"読む"という言葉に納得を示し、文字が読めない俺の代わりに読んでくれようとしたのだが……
(そういうことじゃない)
村長の対応は俺にとっての正解ではなかった。
(俺が言いたいのは……)
「読みたくて、読むように……いや、読むことを……」
(ああ……上手く言えねえ。読むっていう言葉はさっき教えてもらったばかりだからな……若干おかしくなった……だが、次は)
俺は新しく学んだ言葉であるため変な言い方を繰り返していたが……
「読めるようになりたい」
(よし、言えた)
ようやく、正しい頼みを伝えられた。
「…………ああっ!そういうことね!私がここで今読むんじゃなくて……君一人で本を読めるようになりたい……そういうことね」
そして、今度は村長に正しく伝わったようだ。
「もっと言えば……この本だけじゃなくて、他のものも読めるようになりたい、そんなとこかしら?」
「うん。そういうこと」
正しく伝わるだけでなく、村長は俺の意図をさらに汲み取った。
(全く……相当に、都合が良いな)
俺は村長の対応に喜び半分な気持ちだった。
「教えて」
村長へと頼みの内容が正しく伝わったということで、俺は簡潔に、そして真摯に村長へと教えを乞う。
「うん。いいよ」
そして、あっさりと俺の頼みは快諾された。
「…………」
俺はそんな簡単さに、拍子抜け、とまではいかないが、都合の良さを感じた。
「いいんだけど……それは私はいいよ、ということだよ」
先ほどのあっさりとした快諾から一転、何かを付け加えるかのように村長は話し始めた。
「君が読むことをマスターしたいのなら、何回何十回とここに来てもらわないと駄目だと思うんだ。君がいくら天才だとしても、流石に1回やそこらでは難しいと思うからね」
さらに続ける……
「そして、ここに何度も来るのであれば、私の許可と……リコとスゥの許可をもらわないとね」
(そりゃあそうか……)
村長が言いたいことは、俺の保護者である両親から定期的な外出の許可をもらってこい、ということだ。
俺は、その当たり前の条件に納得する。
パタンッ…………タッ……タッ……
俺に教えるための条件を伝えた村長は、俺の目の前に開いていた本を閉じると、元の棚へと本を戻しに行った。
「ところで……なんで、リコとスゥに読むことを教えてもらおうとしないの?」
本を棚へと戻し、俺の元に戻って来た村長は開口一番でそんなことを聞いてきた。
俺と村長がこの家を探索し始めた時から、俺の両親は探索には参加せず、玄関で待っている。
その二人に、なぜ俺は読むことの教示をせがまないのか?そんな質問であった。
俺はこの質問に対して……
(忘れてたとか、知らないとかで、惚けてもいいんだけど……)
(この村長相手なら、惚けるよりも……"正解"を言った方が適切な気がするし、その上そっちの方が良い方に面白くなりそうだ)
一瞬の逡巡の後、俺は……
「リコとスゥは本と木の板を持ってないのに、なんで教えてもらうの?」
"正解"を言うことにした。
「いや、気になっただけだよ……ふふ」
俺の答えを聞いた村長は呆れの表情になっていたが、それは好意的な呆れであった。
「それじゃあ、リコとスゥのところに行こっか」
そう言いながら、村長はこの部屋の扉へと向かい、扉を開けた。
そして、俺の方を振り返ることもなく……その足は部屋を退出し、玄関へと向かっていった。
「…………」
俺はその足を無言と破顔を携えて追いかけた。
「面白かった!」
「続きが気になる!」
「この作品を応援している!」
と思ったら
下にある【☆☆☆☆☆】から作品への応援をしていただけるとうれしいです!
あなたのお好きな☆の数で大丈夫です!
ブックマークもいただけると幸いです。
よろしくお願いいたします!




