第39話 小さな場所の統括者
「んふふっ……」
母親に付いて入った部屋には、無邪気と老獪を合わせたような笑みを浮かべた女が居た。
(…………)
女はこの部屋にある椅子の一つへと腰を掛けながら、今入室してきた母親と、俺を微笑みながら見ていた。
(……父親が言ってた、来たやつ、ってのはこの女のことか?)
先ほど父親が来ると言っていた「FULEI」とは、この女の事なのではないかと俺は考えた。
女の容姿をもう少し詳しく見ると……
髪色はくすんだ茶髪、顔の堀は深くもなく浅くもなく、一見すると大人しい風貌に見えるが、そこには瑞々しさと泥臭さのようなものが滲み出ている、20歳前後に見える女だった。
「…………」
「ふふ……」
女の方を見ながら、考え事をしていたので、必然的に俺と女の視線が交差した。
俺と女が目を合わせていると……
「hwcy~久しぶりね~……いや、fuleiだったわね~」
俺の頭上から女に向かう声が発せられた。
俺の傍に立つ母親が、どうやら女へと話しかけたようだ。
(Hwcy?また……知らない単語が出てきたな……)
俺は母親が発した言葉の中に、父親が言っていた単語と同じものと、それとは違う単語が聞こえてきた。
「ええ、リコ。久しぶり」
母親から話しかけられた女は、それにしっかりと応じた。
俺は女の応答に耳を傾けながらも、先ほどの知らない単語について考えていた。
(Hwcy……Fulei……これって多分……)
俺が単語について思考を巡らせていると……
コッ……
女が足を組み替えながら、母親に向いていた視線を俺へと再度戻してきた。
そして……
「……その子ね?あなた達の子は」
女は俺に目線を固定しながら、両親へと問いかけた。
「ああ、息子のスイだ」
女の問いかけに、部屋の奥で立っていた父親が肯定でもって答えた。
「へえ……」
父親の答えを聞いてか聞かずか、女の視線は俺の方へと維持されたままであり、その口から漏れる言葉は意味を伴ってはいなかったが、そこには関心や感嘆といった感情があると感じられた。
そんな両親と女のやり取りを見ていた俺は……
「Fuleiって何?」
先ほどからずっと気になっている答えをもらうことにした。
「っ…………」
俺の質問を耳にした女はその表情を幾分か変化させ、俺への視線を強めているように感じた。
俺は今の質問を父親又は母親へと投げかけたつもりだった。
しかし……
「fuleiというのはね、そうね……小さな場所で偉い人、という感じの意味よ」
その答えは、女から返ってきた。
「君と、そこにいるスゥとリコが暮らしているこの家の周辺の場所で、偉い人、という感じよ」
女は続けて、俺の質問への解答を示してくれた。
(……偉い人、小さな場所……この家の周辺?……場所……じゃなくて地域だとすれば……)
「そして……fuleiは私のことよ」
(村長か)
俺は女の答えを咀嚼することで、「Fulei」の意味を理解する。
(村長……若しくは、町長とか市長とか……まあ、何かしらの地域や自治体の長、という意味だろうな)
(そして……この女が……)
俺は単語の意味を理解し、そしてその単語が意味する、村長の役職にこの女が就いていることも理解した。
「Hwcy……というのは?」
さらに俺は、もう一つの分からなかった単語を聞くことにした。
「hwcyは私の名前よ。名前って分かる?」
どうやら、「Hwcy」というのはこの女の名前であるらしい。
俺は、女に名前というものが分かるのか?と聞かれたので、肯定の意味を込めて頷いておいた。
「そう……fuleiは分かったの?」
女は、先ほど教えてきた、村長という意味を持つ単語についても俺が理解しているのかどうか、聞いてきた。
「うん。ここら辺の偉い人だけど、ここら辺はそこまで大きくない場所で……その偉い人がHwcyでしょ?」
本当は、代表者とか統括者とか、そういう言葉を使って言いたかったのだが、今日初めて聞いた村長という存在が行政とか統治において役割を持っていることを一歳の俺が知っている訳無いし、そもそもそこら辺の言葉は知らない単語もあるのでうまく言えるかも分からないので、女が言ったことをほとんどオウム返しにして答えた。
「教えてくれてありがとう」
「!……どういたしまして」
俺は女へと礼を言う。
それに対して、女は俺の礼や先ほどから続く会話に驚きを見せると、徐々に感心と関心を浮かべたものへと表情を変えながら、俺の礼を受け取った。
「すごいわね、もうここまで話せるのね……それに1歳とはいえ、しっかりと立って歩けているようだし」
女は感心と関心の表情を見せながら、俺へと賛辞を送った。
(なるほど)
この部屋に入ってから、俺と女は何度も目線が合っていた。
俺は女の事を知らないから、単純な興味で見ていたが、どうやら女の方は、年齢にしては俺がしっかりと立って歩けていることに目が行っていたようだ。
「子供というより……大人みたいな歩き方してるから驚いたわ」
女が俺の歩き方を評価していると……
「そうなんだよ!FULEIから見ても、直ぐに分かっちゃうかぁ……天才なことが!」
ポジティブに荒げた声で父親が村長へと語り掛けた。
「スイは超早くしゃべり始めたし、その後も言葉をどんどん覚えていくし、体の方はなんでか最初動かせなかったみたいだが、それも治った途端にここまで歩けるようになったからな!」
父親の語り掛けは俺……すなわち、息子自慢のようだ。
「へえ、すごいわね」
女が一見いい加減な言い草で父親へと返事をしたように聞こえるが、その真意には素直な感嘆の気持ちが見えた。
「そうなんだよっ!」
女の返答に、すかさず父親は同調を返した。
「それから……」
「まあ、待って」
さらに、俺の自慢を続けようとした父親を、女は手で制した。
「その話は、こちらとしても面白そうだからちゃんと聞くわ。だけど……とりあえずあなた達全員座ったらどうかしら?家主でも無い私が言うのもなんだけどね」
女が父親との会話を止めたのは、どうやら俺達へと配慮だったようだ。
「あ、ああ。そうだな」
女の言葉を受けて、父親は空いている一つの椅子へと向かい、腰を下ろした。
(…………人数分足りないな)
女が座る椅子、父親が座る椅子、空いている椅子、この三つしかこの部屋に椅子が無いことに、俺は呆然としていた。
すると……
スッ……フワッ……
俺の脇に何かが差し込まれると、次の瞬間に俺は1メートルほど上昇していた。
タッ……タッ……
「よいしょ」
スッ……
俺を脇から持ち上げた母親が、最後の空いている椅子へと向かい、その椅子に座ると、俺を自分の膝の上に乗せることで、簡単に人数分不足の問題は解消された。
「座ったわね……立ったままじゃ、あなた達はいいけど、その子……スイが辛いんじゃないの?」
どうやら、女の配慮は特に俺のためであったようだ。
「スイは良く歩いたり走ったりするし、それも結構長い時間してるみたいだから、少し立ったままだからって疲れて辛いってことはないと思うが……大丈夫だろスイ?」
「うん」
女の配慮に対して、父親が俺には当てはまらない配慮だと告げた。
俺もそれを肯定した。
「そう?なら良いわ」
俺と父親の会話を聞いた女は要らぬ心配ではあったが、それならそれで良しと答えた。
「…………」
俺はそんな女に目線を強めて向けていた。
(両親に任せるのもありだが……ここは言った方がうまくいきそうなことになったな……よし、)
「?」
女が俺の視線に気づいて、見つめ返してきた時……
「なんで来たの?」
俺は来訪の理由を問うのであった。
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