第38話 新天地
「FULEIが来た」
父親は何かしらの来訪を教えるために、この部屋へと来たようだった。
(なんて?)
しかし、俺には何が来たのかを聞き取ることが出来なかった……否、知らなかった。
「もうそんな時期なのね~」
疑問符を浮かべる俺とは対照的に、母親は大した驚きも無く平然とした様子で応えていた。
(そんな時期?)
俺はそんな母親の応えを聞いたことで、さらに疑問を深めることになった。
(Fuleiとやらが来ると、季節の変わり目が分かる、とかか?……いやでも、それだと去年は何も無かったし……それとも、俺が知らなかっただけか?)
俺は父親と母親の言葉から、「Fulei」という単語の意味を推測した。
「ああ、俺も忘れてた……というか、日数なんて数えないからな」
「それもそうね」
俺が意味を推測している間にも、両親の間で会話が進んでいた。
(日数を数えると、覚えていられること……やっぱり、季節とか時期に関係することか?)
そんな二人の会話からも俺は考えを深めていた。
(んん……素直に聞いた方が早いか)
しかし、俺は考えるよりも早めに解決する方法を取ることにした。
「Fuleiってのは……」
「よしっ、じゃあ行くぞ!」
俺が単語の意味を聞こうとした疑問の声と同時に、父親が出発の言を唱えてしまった。
それも、俺の声より大きな声で。
「リコ、スイ。行くぞ!」
そして、今度は俺と母親の名前を呼んでから出発を告げた。
「ええ」
それに母親は同意を示して、この部屋の扉へと向かっていった。
既に父親は出発を告げると同時に、部屋の外へと出ていた。
(…………)
聞きたかったことを聞き逃した俺は、そんな両親の様子を呆然と見ていた。
「スイ~行くわよ~」
俺がベビーベッドの上で静止していると、母親が同行するように呼び掛けてきた。
「お靴履いたら付いてきてね~」
母親の同行の申し出に対して、俺は……
「……うん、行く」
特に断ることなく了承した。
ィィィイ……バタンッ
部屋の外へと俺が出たのを確認した母親が部屋の扉を閉めた。
(…………)
ベビーベッドを降りて、母親が開けてくれていた扉から部屋の外へと出た俺は、扉の前で立っていた。
(……初、だな)
父親も母親も、俺が部屋の外へと出ることが当たり前かのように、呼び掛けていた。
だが……
実は、外へと出るのは初めての事なのだ。
そんな俺が、初めての外を見たらどう思うのか?
(…………変わらん)
特に思うことは無し。
なぜなら、外の様子があまりにも……
(部屋と同じ……)
同じ材質の床や壁、天井、それらに存在する無数の傷や罅。
あの部屋で今まで触れてきた文明相応の空間でしかなかったからだ。
(あの部屋の外がどんなものか?それくらいの予想はしていたが……予想と似ている、というか……)
ほとんど同じものであった。
「スイ~ほら、止まってないで行くわよ~」
始めて見た部屋の外に対して、感想が無い、という感想を抱えていた俺に、早く付いてくるように、と母親が言ってきた。
「うん……」
俺はその言葉に従って、母親の後ろに付いて歩き始めた。
(廊下は……短いな……壁と、もう一方は……)
母親の後ろを付いて歩く俺は、部屋の外に感想が無いとしても、その情報はしっかりと集めることにした。
部屋の外を出たところ……今俺と母親が歩いている場所は廊下のようなところであり、その長さは5メートルほどしかない様に見えた。
そして、その廊下の終点は、一つが行き止まりの壁になっており、もう一つの終点が廊下や部屋などの他の床と比べると、一段下がった場所に床がある土間のような場所になっていた。
(部屋は……1……2…………3つかな?)
次に、廊下から見える扉の数を数えると、3つを見つけることができた。
どうやら、俺が産まれてから372日を過ごした部屋を含めて、今見えるだけだと3つの部屋がこの家にあることが分かった。
「スイ~ちゃんと付いてきてる?」
俺がこの家の構成を把握していると、母親は俺が付いてきているのか、振り返りながら確認してきた。
「うん」
俺はそんな確認に返事をした。
「ふふふ……あ~そういえば、スイは部屋の外に出るの初めてだったわね~」
俺の返事に対して、相槌のような笑いを見せた母親。
その笑いの後、俺が初めて部屋の外に出たのを思い出し、それについて俺に語ってきた。
「うん」
「静かに付いてくるものだから、忘れちゃってたわ~……それとも、内緒で外に出たことがあるのかな~?」
俺が相槌を返すと、母親は忘れていた理由が俺にあることを告げてきた。
さらに、俺が外へ出て、プラスにもマイナスにも興奮しないのが不思議に思ったのか、質問をしてきた。
勝手に外へと出たことがあるのか?という質問に対して俺は……
「無いよ」
本当に初めてなので、嘘を応える必要も無かった。
「あら~そう?なら、良いわ……ふふ」
俺の答えを聞いた母親は、そこからさらに会話を発展させることは無く、俺へと向けていた顔を前へと戻し、ついでに遅くなっていた歩みも元へと戻した。
俺は、そんな母親の歩みに合わせて、歩く。
トッ……トッ……トッ……
ところで……
俺は今歩いている。
誰かに歩かされているとか、歩くことを補助してもらっているとか、そういうことではない。
100%自分の意思でもって、歩いている。
ただし、それは俺が自分の足を使って歩いているのでは無い。
トッ……トッ……トッ……
能力を使って、歩いているのだ。
具体的には、さっき部屋を出る時に履くように母親から言われた靴を、前後や上下にうまく動かすことで基本的な歩く動作を再現し、着ている服を動かすことで歩行の補助をしたり、俺が倒れたりしないようにしている。
俺は一歳になった現在も体を動かすことが出来ない……否、一切動かすことができなかった。
正直、このことに関してはまだ一歳だから十分成長による改善の余地はあると思うが、俺は半ば諦めていた。
でも、言葉を教えてもらうために指を動かした時のように、能力を使って体をうまく動かせるように練習していた。
実際この半年で、普通の人間が動く姿と遜色無いほどにうまく動かせるようになったと思う。
ちなみに、今履いている靴は、能力を使って歩く練習をするために、両親に欲しいと言って、もらった物だ。
この家はどうやら、家の中でも土足を履く文化にいるようなのだ。
……タッ……タンッ
短い廊下を短い時間歩いていた母親は、この廊下に面する一つの扉の前で止まった。
その扉は半開きになっていた。
キィィィ……
扉の前で思いとどまる、といったこともなく、母親はその半開きになっていた扉を開けた。
タッ……タッ……
そして、開けた扉から、その向こうの部屋へと母親は入っていた。
(…………)
トッ……トッ……トッ……
待っていろ、などと言われた訳でも無い俺も、母親に続いて部屋へと入っていた。
トッ……トンッ
部屋の中に1メートル程入室したところで、俺は止まった。
(…………)
部屋の中には、俺が居た部屋にもあったような貧相な椅子が3つ置かれていた。
そして、俺と母親よりも先にこの部屋と入ってきたであろう父親が居た。
(……なんかが来た、って言ってたけど……何が来たのk……)
この部屋へと入ってきた俺と母親を一瞥してきた父親へと目線を向けていた俺が、父親が居るところから少しばかり視線をずらすと……
「…………んふふっ」
二十路ほどの女が椅子に座っていた。
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