第36話 1ミリが起こす
コットッコットッコットッコットッコットッ……
連続した小気味良い音が、部屋の中に響いていた。
コットッコッ……トッ……コッ…………トッ…………コッ………………トッ………………
そして、その音のリズムが急激に遅くなり……
………………………………トンッ
遂に、途切れてしまった。
(…………ん?)
能力を使って、棚と椅子を上下させる持久力検証をしていた俺は違和感を感じていた。
(見間違い……ではない……どういうことだ?)
俺は既に床へと降りてしまっている棚と椅子を見ながら、先ほどの持久力検証に対して疑問を投げていた。
黒い奴との再会から丸一日が経過した。
いつもの日課としてやっている持久力検証に、俺は違和感を感じていた。
(なんだ?どういうことだ?)
持久力検証は今日も変わらず、棚と椅子が天井と床を往復1753回したという結果に終わった。
しかし、この回数には含まれていないが持久力検証にとって重要な部分がある。
それは……
1753回目の往復が終わった後の天井までの上昇距離だ。
もし、持久力に変化があった場合、真っ先にその変化を知らせてくれるのがこの距離の変化だからだ。
俺はその距離を壁の傷や罅をメモリの代わりにして測っている。
そして、持久力検証を最初に始めた時から、昨日の黒い奴が現れる前にやった時まで、その記録はただの少しも変化していなかった。
しかし、今さっきやった持久力検証の記録では、いつも届きそうで届かない壁の罅にほんのわずかに届いていたのだ。
数値的に言えば、1ミリメートルかそこらの変化だ。
でも、最後の上昇距離が変化したことは確かなのだ。
(まあそもそも、いつもの検証に一切の偏差が存在しないのはどうなんだって話だがな)
今回を除く前回までの全ての持久力検証に、回数の誤差も最後の上昇距離の誤差も全く存在しないのは、普通に考えておかしい。
スポーツでも筋トレでも学力テストでも、同じ条件で複数回やって、それぞれの結果に差が文字通り一切存在しない、なんていうことは普通あり得ない。
人間が観測できる範囲だとしても、その差はほとんどの場合、必ず現れるはずだ。
(つまり……)
俺は今回の変化の理由を考える。
俺は今回の変化の理由には二つの可能性があると考える。
まず一つ目は、持久力検証に関わる意識を変えてしまったのではないか?という可能性だ。
今回まで、持久力検証の結果が一切変化しなかったのは、俺が無意識的に限界を決めてしまっていて、それに無意識的に従ってしまっており、今回の持久力検証ではそれに従わなかったということだ。
俺は、無意識に1753回という限界数を定め、その後の最終上昇距離もいつもの罅にギリギリ届かないところで止まってしまうと考え、それに能力が縛られていたのではないか?ということだ。
これは、割と可能性としてあると思う。
なんなら、今回俺が無意識の限界に従わなかった理由……というよりきっかけ、かもしれないものと昨日会ったわけだしな。
次に二つ目は、能力が成長したのではないか?という可能性だ。
文字通り、能力が成長したことで、能力の持久力が上昇したのではないか?ということだ。
筋力も知力も、運動能力も、やり続ければ成長していくというのは自明だ。
ならば、この能力も成長しても良いのではないだろうか。
数か月も持久力検証という名目で能力を使い続けてきたのだ、それによって成長したとしても、ちゃんちゃらおかしいことでも無いだろう。
様々な力の成長は様々な成長の道筋を辿る。
筋力であれば、超回復と呼ばれる適度な回復期間を挟んだ成長。
知力……特に記憶であれば、とにかく繰り返し覚え、思い出すことによる成長。
この能力にも、この能力独自の成長方法があってもおかしくはないだろう。
他の力の成長から考えれば、数か月ほぼ毎日やり続けて、成長が僅か1ミリメートルというのは極端なような気もするが、元々潜在能力が少ないから成長の余地も少ない可能性や成長速度がとても遅い可能性がある。
それにこんな能力の存在自体の不可思議さから考えれば、今更その成長に特異な部分があったところで驚くようなことでも無い。
(……だが、)
俺は持久力検証の変化の理由として挙げた、二つの可能性を肯定的に考えているのと同時に、別の考え……否、思考とは言えないような主張が自分の中にあった。
(だが、この二つの理由は違う気がする……その他に浮かんで考えた理由も違う気がする……)
俺は自分が考えた変化の理由を考えずして、否定していた。
(……根拠が、どうとか……論理性が、どうとか……自然かどうか、とか…………そういうことがある訳じゃないのに否定することが……一言で言えば、)
俺は自分の考え、というより気持ちをまとめていた。
(……落ち着く)
結局、俺は持久力の変化の理由を見出せずにいた。
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