第32話 フォークをもって
カサッ……ササッ…………ゥネネ……ウネウネ……
部屋の壁を黒光りの体躯が駆ける、駆けることをやめると、その体から伸びる二本の触角が不規則で不気味に動く。
(ッッッ…………)
部屋の壁に黒い奴がいた。
奴が俺に能力を気づかせてくれた大きな原因の一端であることを俺は知っている。
そして、それに有難みも感じていた。
だがしかし……
そんな有難みを軽々と踏み潰す以上の嫌悪感しか感じられなかった。
(…………はぁぁ)
奴を認識した瞬間、能力を発動させた時の激情……俺の耳元まで奴が近付いてきた時の恐慌や嫌悪がフラッシュバックするような感覚を味わったが、それは直ぐに収まり、俺の頭は思考を巡らせることに集中し始めた。
(……まさか、また会うなんて……いや、こんなところだから会うのかもな…………もしかしたら、確率的には全然会っていないのでは……)
俺と両親が居るところが山奥や森の奥などであると仮定すると、奴がこの部屋に現れる確率はもっと高いのではないか?と俺は思った。
(さて、どう対処するべきか……あの時とは違って能力を使えるからなあ……やりようは幾らでもある……あっ、そうだ)
俺は奴への対処を考える中で1つの閃きを得る。
(さっきまでやろうとしてたのに……奴のせいで始められなかったからな……よし、奴を使って"瞬発力"検証だ)
ウネウネ……ウネネ、ウネ…………ササッ、カサササ……
俺が奴への対処法を決定する間も奴はその体全体を使って気持ち悪さを表していた。
(おっと、その前に"もう一つ"の検証をしなければ……)
俺は始めようとしていた瞬発力検証をする前に、やることを思い出した。
(ふぅ…………よっ!)
妙に気合の入った気持ちで能力を発動しようとする。
そしてその能力の対象は……
ウネウネ……
黒い奴だ。
俺は黒い奴それ自体に能力を使い、奴を動かそうと試みる。
だが……
ウネウネ……
奴が動いているのは気持ち悪い動きをする触覚だけであり、それも俺の意思によって動かしているものでは無かった。
(これは……)
端的に言えば、失敗であった。
奴を能力によって動かすことはできない……それは"ある現象"と酷似していた。
そして、それを確認した俺は…………
(やはり、か……)
悲しみや落胆の気持ちになるのではなく、むしろ今回のことで、とある確信を深めていた。
ガタッ……スゥゥ……ガガッ、スゥゥゥゥ…………コテャコテャ……
棚の引き出しが建付けの悪い音を立てながら開き、その中で物がぶつかり合う音が聞こえてきた。
コテャ…………スッ……
ぶつかり合う音が収まると、先ほどまで引き出しに仕舞われていた物がゆっくりと飛び出してきた。
…………ヒュン
そして、その飛び出してきた物……フォークが俺の目の前まで動かされて来た。
(………………)
俺は能力で目の前まで持ってきたフォークを目で捉えつつも、その目は奴に対しても向けられていた。
俺は能力で持ち上げられる最大重量が分からない。
それを予測でも良いから調べようとして、持久力検証をしたが、その結果では予測することさえ困難であった。
しかし、それで手詰まりになってしまった訳ではない。
最大重量が分からないと言ったが、俺が本当に知りたいのはこの能力の"最大出力"である。
最大重量を知りたかったのは、それが感覚的にも数値的にも最大出力を知るのに分かりやすい上、簡単な予測方法だからだ。
持ち上げられる最大重量=最大出力、だと考えられるから最大重量さえ分かればいいのだ。
だが結局、最大重量は分からなかった。
であれば直接、最大出力を調べるしかない。
では、どうするのか?
能力の瞬発力を調べればいい。
持久力検証の時のようにただ単純に持ち上げるだけだと、そこに必要なエネルギーは持ち上げる対象の重量と移動距離を含めたものにしかならない。
しかし、そこにスピードというエネルギーを加えることで、総エネルギー量が増える。
そうすれば、実質的な能力の最大出力を測ることができる。
それこそが、黒い奴が出現したせいで止められた瞬発力検証だ。
そんな瞬発力検証と兼任して、俺は奴を討伐することにしたのだ。
(いつもの瞬発力検証とはやり方が全然違うけど……まあ、実戦検証ってことで)
俺は先ほど取り出したフォークの先端を奴へと向ける。
(んん……このフォーク、木製なんだけど……いけんのかな?)
俺は僅かな不安を覚える。
(まあ、他にいいものが無いし……なんやかんや、これが一番使い勝手が良さそうだしな)
しかし、その不安は直ぐに払拭された。
(ふぅぅ………………)
そして、奴への討伐準備を始める。
(…………つつ…………筒……)
俺はフォークと奴を一直線で結ぶような、フォークと同じ横幅の穴を持った筒をイメージした。
………………ォォォフオオオオ
そのイメージに呼応してか、部屋の中の空気が動き始めた。
ヒュゥゥゥゥ…………
(………………よし)
そして、俺はフォークと奴との間に高密度の空気の道が形成されたように感じられた。
(…………圧縮…………高圧……)
俺は次に、空気の筒に包まれたフォーク、そのフォークの奴へと向けられている先端とは逆の方の先端に高圧、高圧縮のイメージをした。
………………
これに対して、空気が動くことは無かったが、
俺には圧縮をイメージした部分に高圧のガスがギチギチに詰まっているように感じられた。
………………
そして、俺の能力を受けたフォークが今にも圧力で震えるのではないかと感じられた。
………………
(ふぅぅぅ………………)
奴の討伐準備が完了したことで、後は俺が実行に移すだけとなった。
ウネウネウネ…………ウネネネ…………
今はその脚を動かずその触覚だけを動かしている奴を、俺はフォークで捉えていた。
(………………)
準備完了から数瞬も経っていないのに、俺の体感時間は明らかにそれを超えていた。
(………………)
ウネウネ…………
(………………ッ!)
そして……
ブヒュンッッッ!!!!!
俺の目の前にあったフォークが忽然と姿を消した。
さらに一瞬も待たずして……
ギュギャッッッ!!!!!
それまで黒い奴が鎮座していた壁から、今までに聞いたことの無いような音が響いた。
(………………)
その音は……フォークが奴ごと、壁を貫いた音であった。
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